Special Report

ロシアのウクライナ侵攻と金融制裁の功罪

中尾 武彦
みずほリサーチ&テクノロジーズ理事長

杉田 弘毅
共同通信社特別編集委員兼論説委員

本年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻に伴い、世界各国は相次いでロシアに対する経済制裁を発動した。
経済制裁は「経済戦争の新たな道具」であり、基軸通貨である米ドルによる金融制裁は「21世紀に発明された精密誘導兵器」として恐れられている。金融制裁とはどのようなものであり、世界の資金の流れと基軸通貨は今後どうなるのか、世界経済のブロック化は進むのか、そして日本はどう対応すればいいのか。財務省の国際金融部門を総括する財務官や加盟国67カ国を擁するアジア開発銀行総裁等を歴任した中尾武彦みずほリサーチ&テクノロジーズ理事長と、2020年に「アメリカの制裁外交」(岩波新書)を上梓した杉田弘毅共同通信社特別編集委員兼論説委員に伺った。

聞き手:佐分利応貴 RIETI国際・広報ディレクター / 経済産業省大臣官房参事
インタビュー収録:2022年4月22日

金融制裁の破壊力

―本日はありがとうございます。まず、杉田様から、金融制裁について簡単にご説明いただけますでしょうか。

杉田:
現在ロシアに対して世界各国からさまざまな経済制裁が行われています。これまでは、経済制裁といえば、戦前・戦中の日本に対する石油禁輸措置や、冷戦時代の対共産圏への輸出規制(ココム)など「モノの遮断」が中心でした。

しかし、21世紀になって、新たに敵対する国や組織を締め上げるために基軸通貨ドルと世界経済の動脈である米国の金融システムをフルに使う「カネの遮断」、いわゆる金融制裁が重みを増しています。モノの遮断は制裁対象となっていない第三国を経由したり、北朝鮮の「瀬取り」(洋上で船舶の物資を積み替えること)などの抜け穴がありますが、カネの遮断は米国が独占的に基軸通貨のドルの使用についてにらみをきかせているので、抜け穴封じができるのです。

メディアに登場するSWIFTとは1973年に創設されたベルギーに本部を置く「国際銀行間通信協会」のことで、現在200以上の国・地域の金融機関11,000社以上が参加しており、国際決済の大半をカバーしています。

金融制裁は、マフィアのような国境や領土を持たない組織にも効果的なので、米政府は1980年代から麻薬組織のマネーロンダリング対策やテロ組織の対策に金融制裁を使ってきた経緯があります。米国は、金融制裁を効果的に実施するためにはSWIFTの協力が不可欠であるとして情報提供を求めましたが、SWIFT側は中立性と顧客の秘密厳守を理由に断ってきました。これが9.11テロの衝撃から、米国の要請に応じるようになったのです。これにより金融制裁は一層強力になり、対象も北朝鮮やイラン等に拡大しました。

金融制裁には、①資産凍結、②投資、援助、国際機関の支援の停止、③金融システムからの締め出し等の措置がありますが、米国の金融制裁の対象となると違反者はドルを使えなくなり、世界でビジネスを続けられなくなります。国際的な企業にとって「死刑宣告」だと言ってもいいでしょう。対国家でも、ニューヨーク連邦銀行は多くの国家や中央銀行が口座を持っているので、米国政府はいつでも外国政府の口座凍結という強力な制裁を科せられます。米国の金融制裁は、米国内の企業や国民だけでなく国外の対象にもピンポイントで適用される、域外適用ができることから、「21世紀に発明された精密誘導兵器」とも呼ばれています。

例えば、華為(ファーウェイ)の孟晩舟副会長は、米国の「国際緊急経済権限法」(IEEPA)等によりカナダで逮捕されました。このIEEPAは恐ろしい法律で、米国の安全保障上重大な脅威と認定した国や団体・個人と米企業間の金融取引を禁じる権限を大統領に付与しています。米国民でない者も含む「いかなる者」にも刑事罰を科せるのです。

中尾:
金融制裁といえば、日本では財務省の国際局が外為法(外国為替及び外国貿易管理法)に基づく金融制裁を所管しているので、私も2005年〜2007年の米国大使館勤務時代(公使)や2007年〜2011年の国際局次長・局長時代を通じて、米国の金融制裁、特に対イラン制裁への本邦金融機関の対応について、何度も米国側と難しい交渉を行いました。

米国財務省には、朝鮮戦争時に作られた外国資産管理室(OFAC)があり、ここが金融制裁を担当しています。財務省には3人の次官がいますが、国内金融担当、国際金融担当と並んでOFACを所管するテロ資金・金融情報担当次官がいることからも、米国における金融制裁の重要性がわかります。

米国の金融制裁のロジックは、①テロや大量破壊兵器の開発を画策する者や国家はその資金を必要とする、②その資金の移動は米国の銀行システムやSWIFT等の国際決済ネットワークを通じて行われる、③このためこうした資金が凍結されれば、テロや大量破壊兵器の開発を防止できる、④米国以外の金融機関に対しても、ドル建取引の帳尻はそれぞれが米国の銀行に持っている口座間の決済を通じて行われるので、米国の制裁措置によっては制裁対象の者との取引をできなくさせることができる(Uターン取引の禁止)というものです。

仮に米国以外の銀行が制裁破りのような取引を行えば、米国金融当局(FRBや財務省の通貨監督局)から巨額の罰金が課されます。さらに、米国の金融システムから締め出されるようなことになれば、国際的な活動を行う金融機関にとっては致命的です。仮に米国の制裁対象となっている者と円建て決済を行う場合であっても、ドル決済の脱法的な取引と見なされれば、罰せられるリスクがあります。

米国が単独で金融制裁を行ったとしても、このように他国の銀行はその影響を直接・間接に受けますし、評判や米国の規制当局との関係を忖度(そんたく)して危険な取引には関わらなくなります。米国に同調して日本をはじめ各国の金融当局が同様の制裁を科す場合には、効果はさらに強力です。

基軸通貨ドルの行方

―ありがとうございました。このような金融制裁を米国が多用することで、ドルを国際決裁に使うリスクが高まり、ドルの基軸通貨としての地位を危うくするのではないかとの意見もありますが、その点についてはいかがでしょうか。

中尾:
確かに金融制裁の多用はドルの信認に影響しますが、結論から言えば、ドルの基軸通貨は見通せるかぎりの将来において揺るがないと思います。

世界の公的な外貨準備(金や通貨未判明部分を除く)のうち、ドルのシェアはユーロ発足前の1995年当時も今も6割程度で変わっていません。ユーロは約2割、円は5〜6%で、ほとんど変化がない。人民元が使われているといっても直近のシェアで3%と円のシェアにも及びません。米国は人口も伸びているし、世界のGDPの1/4を占める強国です。

ドルの価値を金から切り離すニクソン・ショック、その後のユーロの創設、中国経済の急拡大などから、ドル基軸にも変化があるのではないかという議論がこれまでもなされてきましたが、外貨準備を見るかぎりそのような予兆は見られません。民間の取引における建値や支払い手段としてのドルの圧倒的な存在感にも変化はありません。

よく言われるように、米国の経済的、政治的、軍事的、それに文化・教育などのソフトな力を背景とした信頼、金融資本市場の流動性や深み、米国当局によるドルの基軸通貨として地位を保つという意思が重要な役割を果たしています。金との関係を保つための規律が失われたとは言え、米国のマクロ経済政策も比較的健全に運営されていると言えます。これらに加え、皆が一緒に使うことにより利便性が高まる「ネットワーク外部性」や「慣性」もあるでしょう。一言で言えば、ドルに代わり得る通貨はないのです。

杉田:
基軸通貨となるには、今言われたように、いくつかの条件を満たす必要があります。①発行国が巨大な経済を持つ、②通貨価値が安定している、③高度に発達した金融市場を持つ、④国境を越えた取引や移動が容易である、⑤強力な軍事力を持つ、などです。このうち①から③は周知ですし、④についてもアメリカが発行されている紙幣の半分は、実はアメリカ外で使われているように、依然としてドルの信認には高いものがあります。そして、⑤も米国は圧倒的です。つまり第一次大戦に敗北したドイツのマルクは紙切れになりましたが、米国が戦争で敗北し国家システムが崩壊することは起きない。

基軸通貨には、自由という価値の裏付けが必要です。シェール革命で米国のエネルギー中東依存度が低下し、それもあってドルに代わって原油の取引通貨としてユーロや人民元決済が徐々に拡大していますし、米国の金融システムに紐づく厳しい金融制裁リスクはドルの使い勝手を損なっていて、外国の金融機関が米国を回避する動きが少しずつ始まっているとも言われています。一方で、人民元の自由化度はドルに比べて低く、国際ビジネスで使い勝手が悪い。中国共産党が統治している限りは人民元を自由化しないでしょうから、基軸通貨にはなり得ない。米国が戦争で負けたり、人々が国際交流で英語を使わないような世界が来たりしない限り、ドルに替わる基軸通貨は早々現れることはないでしょう。

金融制裁の効果

―ありがとうございます。こうした金融制裁の効果と課題についてお聞かせください。

杉田:
そもそも経済制裁の目的には、①国際的な対立が起きた際に「敵国」の経済力を削ぐ、②核兵器の開発・拡散を阻止する、③人道や民主主義を促進する、④テロ組織を罰し、再発を防ぐ、⑤他国の領土侵攻など国際法違反を罰する、などがあります。ですが、どの目的についても、経済制裁だけで十分な効果を上げることは難しいでしょう。経済制裁という「兵糧攻め」をしても、相手国の意志を挫くことができるとは限りません。そもそも国家が他国の領土を奪う時は、決定的意志をもって行うため、制裁は覚悟しているものです。

また、制裁措置が効果を上げるためには、関係国の協力が必要ですが、「政治的な理由」「経済的な理由」により制裁に加わらない国があります。被制裁国を助ける国もでてきます。経済制裁への参加には大きなコストが伴うので、途上国はもちろん、先進国にとっても簡単なことではありません。

金融制裁は「お手軽」でeasyです。国際紛争への介入とはかつては軍隊を使ったけれど、今は米国民が望まない。戦争は人命を損なうので避けるべきだ。だけど何かしなければならない。そこで金融制裁、つまりOFACのリストに載せる。ですが、被制裁国にも国民がいて生活があるし国際経済も損なうので、熟慮の末に行うべきだと思います。米国の「お手軽介入」は国際社会から軍事介入の覚悟がないと見透かされて覇権の空洞化、につながりつつあります。

中尾:
非常に重要なご指摘です。第2次世界大戦後は冷戦下の東西のバランスや核抑止もありましたが、パクス・アメリカーナ(米国による平和)も役割を果たし、それには米国のリベラルな国際秩序を守る意思と「覚悟」が重要でした。米国社会の分断もあって、それが難しくなってきています。

ところで、金融上の措置には、制裁そのものの措置もあれば、金融システムの健全な機能を守るために行う措置が結果的に制裁と同様の効果を持つ場合もあります。日本の金融機関などにとって難しいのは、OFACは法律家の集団で、どのような取引がセーフでどのような取引がアウトか明確でないことです。通常の金融規制よりも基準がわかりにくい。

今回のロシアのようなケースでは、各国の協調した取組が必要なのは言うまでもありません。一方で、金融制裁があまりにも恣意的に行われると、世界経済の繁栄の基礎であるヒト・モノ・カネの自由な移動に大きなダメージを与えますし、ドル基軸にだって長期的なリスクとなります。透明性などに十分配慮していくことも必要だと思います。

世界はブロック化に向かうのか

―ありがとうございました。今回の事態を受けて、世界は再び東西陣営に分かれ、あるいはブロック化に向かうのではないかといった議論が出てきています、日本の今後の対応も含めて一言お願いします。

杉田:
直ちにブロック化に向かうかということには疑問があります。米国は中国と対立していますけど、ビジネスの面では非常に太いパイプがあります。中国も米国にネットワークを張り巡らせている。その点、日本は米国に比べて中国への食い込みで遅れている面があります。米国とのパイプも細っていてこのままでは米中の間で埋没してしまいかねません。米中どちらを取るという話ではなく、日本はもっと貪欲に米国へも中国へも入っていき国益を追求する必要があるでしょう。金融制裁についても、リストへの誤登記などいろんな「冤罪」がありますので、そうした場合の救済措置や、そもそもどんな制裁をどの国に科すかについて米国と事前に協議できる体制にすべきでしょう。今回の対ロシア制裁はそれができたと思います。

中尾:
世界経済の流れを俯瞰すると、ニクソン・ショックで戦後のブレトンウッズ体制が崩壊したあと、通貨は変動相場制となり、それまで固定制の維持のために抑制されていた各国間の資本移動が活発になりました。その後も、1978年の中国における改革開放の開始、1980年代の日本の直接投資にも支えられた東アジアのサプライチェーンの発展、1991年のソ連崩壊と旧ソ連・東欧諸国の市場経済への移行、そして、2001年の中国のWTO加盟など、グローバル化、市場経済化という波が次第に世界を広く覆ってきたのです。さらに、デジタルテクノロジーなどの技術革新もグローバル化を加速させ、これらは全体として経済成長を促進したと言えます。

しかし、近年は各国における所得格差の拡大、中国と西側諸国の摩擦、経済安全保障の考え方、人権や地球環境への配慮などから、国境があたかも存在しないとするようなグローバル化に対する修正の動きはこれまでも出てきています。

そこにコロナパンデミックとロシアのウクライナ侵攻問題が加わったことで、世界が逆流し始めたように感じる人は多いと思います。しかし、無制限のグローバル化に調整は必要だとしても、グローバルな貿易や投資、技術や金融のつながりは各国経済の成長、そして友好や協力の基盤でもあります。ブロック化は何とか避ける必要があります。

自国の経済的な発展が共産党の正当性の最も重要な要素である中国も、ロシアと一緒に新たなブロックを形成し、西側と大きくデカップリングするような選択肢はとらないと期待していますが、この点については、今後の推移を見ていく必要があるでしょう。中国がロシアと同じような金融制裁を受けるような事態は想像したくありません。

ロシアのウクライナ侵攻がどのような終わりを迎えるのか、世界の経済秩序に影響を持つのかは今の時点であまりにも不分明ですが、日本政府、企業は大局観を持ち、米国、G7を含む西側諸国と協調しつつ、また、ASEANはじめアジア諸国に目配りをしつつ、同時にさまざまな状況にしたたかに対応していく知恵が問われています。

―したたかに、ですね。本日は貴重な話をありがとうございました。

2022年5月2日掲載

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