岸田政権は「新しい資本主義」を経済政策の柱に掲げる。成長と分配の好循環の実現、脱炭素社会への移行、イノベーション促進や産業構造の転換、スタートアップなどの新たな起業家群の創出、経済安保の要請やパンデミックの中でのサプライチェーン強靱性の強化など課題は大きい。気候変動をはじめとした社会課題の解決へ向けた市民や消費者、若い世代の意識も急速に変化している。政府と民間セクターの連携と役割分担の見直しも議論を深めていくべき課題だ。国際的にも、資本主義の在り方を見直し、社会の中の多様なステークホルダーを重視していく考え方は大きな潮流となっている。国際経済の専門である高等国際問題・開発研究所(ジュネーブ)のリチャード・ボールドウィン教授とRIETIの矢野誠理事長、渡辺哲也副所長が国際的な動向と日本の課題について議論を行った。
イントロダクション
渡辺 哲也 RIETI副所長
(東京大学公共政策大学院 客員教授)
岸田政権では「新しい資本主義」が経済政策の大きなテーマになっています。成長と分配の好循環の実現、脱炭素社会への移行、イノベーション促進や産業構造の転換、スタートアップなどの新たな起業家群の創出、経済安保の要請やパンデミックの中でのサプライチェーン強靱性の強化などさまざまな課題があります。気候変動をはじめとした社会課題の解決へ向けた市民や消費者、若い世代の意識も急速に変化しています。政府と民間セクターの連携と役割分担の見直しも議論を深めていくべき課題です。国際的にも、資本主義の在り方を見直し、社会の中の多様なステークホルダーを重視していく考え方は大きな潮流となっています。
本日は「新しい資本主義」の在り方について、高等国際問題・開発研究所(ジュネーブ)のリチャード・ボールドウィン教授とRIETI矢野理事長からお話を伺いたいと思います。
ボールドウィン教授は2021年、イングランド銀行(Bank of England)のレベッカ・フリーマン氏と共に、地政学的緊張とパンデミックという新しい状況の中で、グローバル・サプライチェーンをどうとらえるか、サプライチェーン・リスクに備え、レジリエンスをどう高めるか、政府や民間企業の対応はどうあるべきかについて大変興味深い論文を発表されています(NBER(National Bureau of Economic Researchワーキングペーパー:「Risks and Global Supply Chains: What We Know and What We Need to Know」)。
最初に、矢野理事長から新しい経済政策の在り方について伺います。
新しい資本主義の必要性
矢野 誠 RIETI理事長
(日本学士院/京都大学経済研究所 特任教授/上智大学 特任教授)
岸田首相は、政権の重要アジェンダとして「新しい資本主義」を打ち出しました。この新構想では所得分配の重要性が強調されており、「成長と分配の好循環」を作ることによって低迷する賃金問題に終止符を打ち、経済を活性化させることを提唱しています。また、大企業による中小企業への圧倒的な支配力を抑制することや、中間所得層の拡大、人口の増加を目指しています。
その実現のために、教育や住宅への補助金や、保育所の数を増やすなどの子育て支援を行うとともに、看護や高齢者介護、保育などに携わるエッセンシャルワーカーの賃金アップを目指す計画です。米国に比べて、日本の看護師や高齢者介護士は低い賃金で働いています。BBC(英国放送協会)が発表した数字からも分かるように、日本人の平均賃金は30年以上も停滞しています。一方で、ドイツ、フランス、英国、米国、韓国では全般的に賃金が上昇しています。これは日本のGDP上昇の鈍化を示すものでもあり、政府は賃金アップによって、経済成長とさらなる経済発展を目指す考えです。
新しい産業政策に明確なビジョンはあるか
その中で、経済産業省は今、新しい産業政策を推し進めたいと考えています。
1950年代からこれまでの産業政策を3つのステージに分けて考えると、第1ステージでの目標は特定の産業を育成することであり、基礎となる経済理論は市場の失敗や幼稚産業の保護に対処することでした。イノベーション政策では、先進国のモデルや製造業に追い付き、応用することに焦点を当てており、製造業の振興が非常に重要な役割を果たしました。
第2ステージでは構造改革を行い、市場インフラを改革しようとしていました。市場指向の経済政策を行い、政府の失敗に対応し、より基礎的な科学知識の獲得に焦点を当てたイノベーション政策を目指していました。
この第2ステージの構造改革で日本は製造業から転換した一方で、技術的な優位性を失ってしまいました。先進国に追い付くまでの間は、どの技術に重点を置くかを決定するのは難しくありませんが、技術がトップレベルになってしまうとどの技術に注力すべきかを見極めるのは非常に難しくなります。技術開発の最前線に立つ国がこのような混乱状態に陥るのは避けられないことです。米国は1960年代からの約30年間、そのような混乱状態にありましたし、日本もこの30年間混乱状態にあります。日本がこのような状態から抜け出すためには、産業政策において新しいアプローチを模索することが非常に重要です。
そして、第3ステージの現在、経済産業省は「ムーンショッ」型のイノベーションを推進し、明確なターゲットを設定したミッション指向」の新しい産業政策を実施したいと考えています。製造業ではDXを行い、新しいデジタル経済に向けた新しいサプライチェーンの構築・維持を目指しています。この新しい産業政策の内容は、ボールドウィン教授がRIETIでの講演等で強調されてきたこと—市場における不確実性の克服ターゲット型のイノベーション、DX、サプライチェーンの創造と維持—と重なります。ただし、単に欧米のモデルを踏襲するだけでは、この新しい産業政策は成功しないでしょう。
日本政府が現在新たにターゲットとして主張しているのは、グリーンテクノロジー、レジリエンスとサステナビリティ DX、所得分配です。現在、TSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company)の工場を日本に誘致したことで、その技術をさらに高めて、ロジックチップの生産能力を開発したいとも考えています。
私が重要だと考えるのは、これらの取り組みを支えるグランドデザインや哲学の設定です。例えば、ジョン・F・ケネディのムーンショットは、科学的な知識だけでなく、商業的な政策やターゲット、さらには軍事的、国家的な威信までも含んでいました。インターネットやコンピュータ技術の発展を見れば、開発の初期段階から市場を意識した明確なビジョンがあったことが分かります。ですから、新しい産業政策を開始するにあたっては、技術をどのように使いたいのか、その未来像を実現するために何を開発すべきなのか、という明確なビジョンを描く必要があるでしょう。
イノベーションを生む「質の高い市場」
現在、社会はテクノロジーの大きな変化を目の当たりにしています。私が驚いたのは、最近、商業的な宇宙旅行が始まったことです。このような劇的な経済社会の変化の背景には、イノベーションの必要条件である「質の高い市場」の存在があります。パソコン、スマートフォン、電子商取引、宇宙旅行の基礎を作ったのは、整備された「質の高い市場」ですが、日本にはそれがありません。過去の経済成長の時とは異なり、今、日本が開発しようとしているものはまったく未知の技術で、未知の技術を開発するには「質の良い市場」が必要なのです。市場とは、技術と生活とを結び付ける双方向のパイプのようなもので、技術や資源は製品となって生活へ流れ、情報や人々のニーズはこのパイプをさかのぼって技術開発につながります。市場の質とは、技術と消費者をつなぐパイプの質でありパイプを通じた双方向の情報伝達の質と見ることができます。パイプが発達していれば、生産者と消費者の間に好循環を作ることができますが、今の日本には両者をつなぐ良いパイプがないのではないでしょうか。
産業政策におけるマクロの目標とミクロの目標
リチャード・ボールドウィン
(高等国際問題・開発研究所(ジュネーブ)教授)
矢野理事長、渡辺副所長、本日はこのような機会をいただきありがとうございます。
初めに、産業政策のマクロの目標とミクロの目標を考えてみたいと思います。不平等の是正が需要を喚起し、それを刺激として成長につなげるという考え方、これは産業政策のマクロの目標といえるでしょう。一方で、新しい産業政策におけるミクロの目標には、教育、住宅、保育などがあり、経済の生産力・生産性を高めるという点で非常に明確です。例えば、教育レベルの高い社会には個人が教育を受けた以上の価値がありますから、教育補助金は有効です。また、住宅は、住宅需要よりも住宅ストックの方がゆっくりと動くため、政策の効果が出やすいもう1つの分野です。育児も政策が効果的に作用する分野です。保育所が増えれば、より多くの女性がそれを利用し、働き手として社会に参加できます。
古い産業政策と新しい産業政策の間には大きな違いがあります。古い産業政策はキャッチアップ型で、日本には鉄鋼自動車、エレクトロニクス、セメント、化学、医薬品などの産業の育成が必要だという目標はイメージしやすいものでした。これに対し、1980年代、欧州と米国は価格指向(price- oriented)の政策と小さな政府に向かっていました。日本もこの動きに追随しましたが、追いつくための成長政策と継続的な成長政策は同じではないことが明らかになり、この政策は長続きしませんでした。
中国の台頭への対応
新しい産業政策では、産業界が自ら達成できないようなターゲットの設定が鍵になるでしょう。これには、中国の台頭も影響を及ぼしています。中国の工業化は、この20年の間に急速に進みました。中国は、日本、ドイツ、米国などから多くの財を輸入していましたが、2006年頃から輸入額が減り始め米国や欧州に並ぶ世界第2位の経済大国へと変貌を遂げたのです。今後は、特に中国の輸出入の動向がどう変化していくのかを見極める必要があるでしょう。
さらに、米中の地政学的な緊張が、政治的な要因による産業の混乱を引き起こしています。その一例が、半導体供給の混乱です。米中間の緊張関係がどの程度激化するかは、米国と中国の政権にかかっています。米国では、二大政党のどちらも中国との協力的なアプローチには関心がありません。中国では、習近平国家主席が国内市場と産業基盤整備に注力しています。このような変化は、過去20年間の他国間自由貿易のフレームワークを根本的に変えてしまうものです。
気候変動に対する産業界の対応
気候変動対策、私は「気候救済(Climate Rescue)」と呼んでいますが、これは非常に大きな課題です。これまでに引き起こされたダメージからわれわれ自身を救済するには、数十年の時間が必要です。温室効果ガスの排出量削減と、すでに起きている気候変動への適応は、世界中の産業に深刻な影響を与えるでしょう。
しかしながら、こうした課題の解決のための技術の導入には、ボトルネックや外部性が存在している可能性がありますこれをどう扱うかです。
電気自動車の導入について考えてみましょう。電気自動車は「鶏と卵」のように、電気自動車が増えないと充電スタンドのようなインフラが増えず、インフラが増えないと電気自動車の数も増えないというジレンマがあります。その場合、政策立案者は、補助金や規制によって電気自動車の需要を喚起することができます。また、テスラのような企業は、自らインフラを構築することで、電気自動車技術の導入に関する問題を解決しました。電気自動車はディーゼル車やガソリン車と比べても比較的単純な技術であり、インフラも単純といえます。
一方で、水素技術や二酸化炭素の回収といった技術は、より丁寧に技術の開発と導入を進める必要があるように思います。民間の需要がまだ存在しないので、この分野では政府が影響力を持ちます。このような気候変動を緩和する技術の開発に成功するのは、おそらくごく一部の企業や国に限られると思われますが、その技術は世界中に輸出され展開されることになるでしょう。また、G7諸国が競争力を発揮できるのは通常の製造業ではなく、ハイテク製造業に限られることも重要です。このような技術はたとえ国内で使用するだけであっても、今世紀の何十年にもわたって需要があるのです。
その他にも、防潮堤の建設、灌漑設備、都市移転、耐暑性の高い農業など異常気象に適応するための技術が必要になります。精密な灌漑設備や、水や肥料、農薬が少なくても育つ作物を作るための農業機器なども、気候変動時に世界中で求められるハイテク技術の一例です。ただし、農業のように、産業界へのインセンティブが必要な場合もあります。
同じく、重要な分野として淡水処理と造水があります。飲料水の確保はすでに多くの地域で問題となっており、海水の淡水化や水のリサイクル、雨水の回収などは、ハイテクノロジーまたはミディアムテクノロジーでの工学的・科学的解決法の一例です。こうした分野の外部性を克服するには、ミクロレベルの産業政策が役に立つでしょう。
新しい産業政策のターゲット
新しい産業政策において、適切なターゲットを設定することは特に難しいものです。産業界は政府以上に技術に関する知識を持っているため、産業政策は産業界に取り込まれる傾向がありますが、新しい産業政策のターゲットは、一般的かつ明確である必要があります。気候変動への適応と中国の製造パターンの変化に対応するというターゲットは、国民の大きな支持を得ることができるでしょう。
中期的な時間軸では、急速な米中関係の悪化や貿易破壊的な政策により、主要コンポーネントを保護する産業政策が正当化される可能性があります。ある産業と他の産業との関係性を政府がしっかり考える必要があります。第一の判断基準は、その産業が他の産業にどれだけ不可欠かです。1950年代、欧州は石炭と鉄鋼に焦点を当て、貿易共同体を形成しました。その後、これに原子力が加わりましたが、これらの産業は他の産業を支える要となりました。その点では半導体も同様で、最近のサプライチェーンの混乱でそのことが明らかになりました。
代替できないインプットであるということは、ターゲットとしての重要な基準の1つです。供給が途絶えた場合に同様の製造ラインを作ることが非常に困難である、もしくは時間がかかるという点も重要で、やはり半導体が好例といえます。こうした産業分野については、国内の供給体制を確保することは大変重要だと思います。
ディスカッション
ターゲット産業における行政の役割
矢野:
新しい産業政策で政府は大きな役割を果たすことができるとのことですが、この点についてもう少し詳しくお聞かせください。
ボールドウィン:
メモリーチップのように、新製品のときには非常に高価だったにもかかわらず、生産量が増えるにつれ価格が劇的に下がるものがあります(供給不足と供給過多が繰り返すいわゆるシリコン・サイクル)。価格変動のために民間企業が投資に消極的になっている場合には、採算が合わなくても生産を継続できるような、保険の役割を政府が果たせる可能性があります。また、教育や医療など、社会的な需要があっても民間企業としては十分な利益が得られない産業は、政府の関与が必要となります。
このように、代替可能なインプットがなく、リードタイムが非常に長く、価格変動が激しい分野では、企業がすべてのコストをカバーすることは困難です。ですので、こうした分野に公共投資を行えば、官民ともにリターンが得られると思います。
欧州では、エアバスがその成功例です。ボーイングやマクドネル・ダグラスがすでにジェット機を生産していたため、民間企業のエアバスは、巨大な投資に伴うリスクの正当化ができず、民間航空機市場への参入ができませんでした。欧州政府によるエアバス支援は、現在の半導体への投資を正当化する説明にもなるのではないでしょうか。
矢野:
確かに台湾のTSMCは、台湾行政の支援によって技術開発を長年続けてきましたね。
ボールドウィン:
エアバスは現在利益を上げており、支援を必要としません。韓国や台湾の半導体産業も、一時期は政府に支援を受けたようですが、今は支援の必要はないでしょう。日本は、現在存在しない新たなチップを製造したいと考えていますが、そのためには政府の大規模な支援が何年にもわたって必要になります。特に、米中の緊張関係により両国との貿易が自由で保障されたものではなくなったため、国内で産業を確立する必要性がより高まっていると思います。
恒久的な助成は特別な場合にのみ行うべきだというご意見は理解できますし、賛成です。例えば、医療、教育、道路、司法、警察、消防などは、恒久的な助成が必要な分野の例です。産業を助成する場合は、社会にとってのコストとベネフィットを評価した上で、Exit(終了)条項を設ける必要があります。スタートアップ支援と恒久的な支援を区別することも重要で、単に資金を投入すればいいというものではありません。
渡辺:
中国の需要の変化を受けて、同志国間ではどのような形での協調を強化する必要があるとお考えですか。もう少し詳しく教えてください。
ボールドウィン:
これは、政府の介入を最小限にとどめるための議論です。例えば、中国が大規模な工業化を進めていた 1990年代から2010年にかけて、日本やドイツ、米国から輸入されていた電車や重機、大型のクレーンなどの建設機械がその例です。これらの機器の中国からの需要は、世界市場をゆがめるほどに高かったのです。しかし、現在の中国では、建設機械は国内生産されており、需要が動いているのはハイテク資本財やハイテク中間財です。産業界はこの変化に迅速に対応できるかもしれません。しかし、それが大規模でシステミックなものになる可能性もあります。ですから、中国市場が戻ってこないことを認識し、他の分野に方向転換するための協調が、G7のメーカー間で必要になるかもしれません。民間企業にはそのための十分なインセンティブがありますが、このような機器の製造には多くの企業が関わっており、国家間のサプライチェーンの調整においても政府の手助けが必要かもしれません。
脱炭素社会の実現のために原子力を活用すべきか
矢野:
原子力エネルギーについての考え方ですが、フランスや EUは、原子力は地球温暖化対策の1つの手段であり、原子力の利用を引き続き検討すると発表しました。原子力という技術について、どのようにお考えですか。
ボールドウィン:
東日本大震災の後、ドイツではメルケル首相がすべての原子力発電所の廃止を決定しました。長期的には核廃棄物への懸念があることも理解できますが、2030年や 2050年までに、原子力なしで二酸化炭素排出を抑制したりゼロにしたりするのは困難です。現時点では、選択肢にある2つの悪のうち、ましな方を選ぶしかないのです。
しかし、日本では状況が違います。地震があるとなると、原子力は魅力的ではないでしょう。一方、フランスは原子力発電によって温室効果ガスの削減目標を達成することができました。気候変動対策のために、私たちは持てるすべての手段を使うべきだと思います。原子力は、長期的にはコストがかかりますが、短期的にはメリットがある手段だと思います。
グローバルな競争ルールのアップデート:
異なる資本主義とのインターフェースの確保
矢野:
中国との関係についてはどのようにお考えですか。
ボールドウィン:
問題は、中国の資本主義と欧州、日本、米国の資本主義とのインターフェースの確保だと思います。長い時間をかけて、欧州と米国と日本は、お互いにある種のインターフェースを確立しました。欧州は、貿易の原則、規制、社会的目標など、米国とは異なる資本主義システムの上に成り立っています。また、1980年代後半から1990年代前半にかけて、日本と米国の間にインターフェースが確立されるまでは、大きな対立がありました。
今度は、中国に対して適切なインターフェースを見つけなければなりません。彼らは変わらないし、われわれも変わりません。私は、中国との間にもインターフェースを確保できると楽観的に考えています。なぜなら、そのインターフェースを確保することで得られる利益は非常に大きく、確保できなければ破壊的な状況に陥る可能性があるからです。中国は、製造品に広く使用される中間財を生産しており、これらは世界中のバリューチェーンに浸透しています。例えば、カナダから製品を購入しても、その中身の多くは中国製である可能性が高い。中国の製造業、特に中間財を切り離すことは非常にコストが高く困難であるため、協力する方法を見つけることが急務です。その際に主な問題となるのは産業補助金でしょう。
矢野:
1980年代には日米も緊張関係にありましたが、当時の日本と異なり、中国は政治力と経済力を同時に獲得しつつあります。これは、米国、欧州、そして日本が対処しなければならない新しいモデルです。中国の人口は米国、欧州、日本を合わせたよりもはるかに多く、彼らはさらに強大になる可能性があります。
ボールドウィン:
中国は工業化に成功して、米国の一部の産業を廃業に追い込み、これが中国に対する米国民の反発につながっています。政治の側も、この緊張関係を利用した票集めを行っています。しかし、だからといって中国を切り離すことはできないでしょう。
中国の世界システムへの統合は、解決が非常に難しい問題だと思います。技術移転の強要、補助金、海外企業の買収などは対処すべき問題です。これらは、製品レベル、企業レベルでの競争力の変化につながり、不公平を生み出しています。先に挙げた航空機の場合には、米国と欧州との間で、政府からの融資額の上限について取り決めをしました。その結果、産業分野レベルでの協定や補助金の慣行が次々と生まれました。このように、商業レベルで現実的に解決が可能なことはあります。とはいえ、こうした手法でより大きな問題を解決できるかというと、難しいかもしれません。
技術移転の強要など先ほど挙げた問題は、二国間または多国間の問題であり、WTOの管轄外であるため、そのように対処する必要があります。ですから、経済産業省や他のエコノミストの方々は、不公正な取引や政府からの強制措置についての申し立てに注力することをお勧めします。この種の議論は、欧州、日本、韓国、米国の間では定期的に行われていますが、中国では補助金や政策の機能の仕組みが異なります。相殺関税のような古い手段では不十分な可能性もあり、そこに焦点を当てた取引を行うべきでしょう。
渡辺:
国家資本主義とのインターフェースというのは大変重要な視点だと思います。経済安全保障上の懸念に対処し、同志国や友好国で協調したアプローチをとることは急務ですが、一方で、世界経済は相互に依存しており、切り離すことができません。そうした中で、異なるタイプの資本主義である国家資本主義との間にもインターフェースを持たなければならないというのは重要な指摘です。国際ルールの中には、すでに産業補助金への規律や政府調達に関するルール、デジタル貿易に関する取引ルールなど、有益なツールがあります。経済安全保障上の懸念に確実に対応しつつ、他方で、こうしたツールキットをアップグレードすることで、ルールに基づく世界・地域の経済秩序や自由貿易システムを進化させ、強化することが必要です。これは、超大国間の競争の渦中にある日本や豪州、EUなどのミドルパワーの国々が果たすべき大きな役割です。
本日は貴重なお話をいただきありがとうございました。