Special Report

フィジカルインターネット・ロードマップについて(動画)

中野 剛志
経済産業省商務・サービスグループ 物流企画室長

経済産業省商務・サービスグループ消費・流通政策課長兼物流企画室長。1996年東京大学教養学部教養学科第三(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)入省。2001年エディンバラ大学より優等修士号(政治理論)、2005年同大学より博士号(政治理論)取得。特許庁制度審議室長、情報技術利用促進課長、ものづくり政策審議室長、大臣官房参事官(グローバル産業担当)等を経て、現職。

日本の物流は、人手不足等による需給バランス崩壊により、これまで運べていたモノを運べなくなる危機に直面しています。この危機は、物流事業者のみならず、荷主企業を含めた経済全体の課題です。こうした中で、“フィジカルインターネット”と呼ばれる、インターネット通信の考え方を物流(フィジカル)に適用した次世代の物流システムが注目されています。本日は、日本におけるフィジカルインターネットの実現を目指して経済産業省・国土交通省が策定した「フィジカルインターネット・ロードマップ」について解説します。

本コンテンツはrietichannel(YouTube)にて提供いたします。

<参考>
〇フィジカルインターネット・ロードマップ
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/physical_internet/pdf/20220308_1.pdf

■業種別アクションプラン
〇スーパーマーケット等WG
https://www.meti.go.jp/policy/economy/distribution/smwg.html

〇百貨店WG
https://www.meti.go.jp/policy/distribution/hyakkatennwg.html


「フィジカルインターネット・ロードマップ」について、現在の物流の危機的な状況等の背景も含めご説明しつつ解説いたします。

「素人は戦略を語り、プロはロジスティクスを語る」という言葉がありまして、これはオマール・ブラッドレーという、第二次世界大戦時の米国の司令官の言葉として、軍事関係者の間では有名な言葉なようです。

この場合、ロジスティクスは「兵站」を意味しますが、「物流」と読みかえてもよいと思います。

ともすれば後方支援的なイメージがありますが、実は「ロジスティクス」こそが大事だということで、この言葉を掲げました。

なぜ物流が大事なのか。資料P2のように「フィジカルインターネット実現会議」という会議を昨年の10月から開き、ロードマップを策定しました。

「フィジカルインターネット」というのは、次世代の物流システムといわれるもので、これを2040年に実現するためのロードマップを描いています。

これはおそらく政府レベルとして描かれたフィジカルインターネット・ロードマップとして世界初になります。

2040年までのロードマップですが、ワーキンググループも作り、こちらは2030年までということで、業界別の詳細なアクションプランを策定しました。いずれも経産省のホームページからダウンロードすることができます。

資料P3は日本銀行の企業向けサービス価格指数で、2015年を基準年にしています。道路貨物輸送サービス、要するに道路貨物の物流コストが薄い青い線で、この図から分かるように、ちょっと長いトレンドで見ると1980年代後半に急激に上がっていますが、これは当時バブル経済で景気がよかったため物流コストが上がっていました。

その後、規制緩和が行われて物流事業者の参入障壁が下がり、加えてバブル崩壊で長い不況に入ったので、道路貨物輸送サービス価格はずっと下がっていきました。

2014-15年をご覧いただくと、突然また上がり、バブル期並みになっています。それ以降さらに上がり、2020-2021年は、コロナ禍にもかかわらず物流コストは高止まりしています。足元、ロシアによるウクライナ侵攻でエネルギー価格がさらに上がっているので、もっと上がるのではないかと思います。

宅配のコストが2013年ぐらいからぐっと上がり、2017年もかなり高いですが、宅配クライシスと言われた2017年からさらに急激に上がっている状況です。

資料P4左図は、売上高物流コスト比率を1994年からとっており、ずっと下がっていましたが、2012年頃に底を打ち、反転して上がり始めて、売上高物流コスト比率は5%を超えています。

物流コストが上がっているということは、いかにもトラックドライバーは非常にもうかっているようなイメージがあります。しかしながら、右図をご覧いただくと、1980年代後半の物流コストインフレの時、1980年代後半のバブルの時は、確かにトラックドライバーの給与はぐっと上がり、特に大型のドライバーは、平均所得よりも多かったのですが、それがずっと下がっていって、2010年代にはバブル超えで物流コストが上がっているにもかかわらず、あまりドライバーの所得は上がっておらず、全産業平均の1割から2割低くなっています。

物流コストが上がっているのにドライバーの所得があまり上がってないというのが、80年代後半と2010年代との大きな違いで、ここに産業構造のいびつさがあるのではないかと思います。

裏を返すと、現行の物流システムが限界に達したその症状として、このようにドライバーの所得はあまり上がっていないにも関わらず、物流コストだけが跳ね上がるというような現象が起きています。

物流コストインフレは需要と供給に原因があります。まず需要サイドから見てみると、需要サイドの原因としては、ネット通販がずっと拡大してきました。

特に、2020年はご承知の通り、巣ごもり需要で拡大しました。

ネット通販は「ラストワンマイル」といって自宅まで輸送するわけですが、その「ラストワンマイル」の輸送が実は一番コストがかかるわけで、そこが非常に広がっています。

また、ネット通販以外の理由として、製品の多品種・小ロット化が非常に進んでいます。

そうなると積載効率は下がるわけで、資料P5右図は営業用トラックの積載効率ですが、ずっと下がっていってついに40%を切ってしまいました。

供給サイドの問題は、やはり少子高齢化と人手不足です。これはどの産業でも起こっていますが、ドライバーに関しては特にひどい状況です。

ドライバーは比較的低賃金で長時間労働をさせられるという過酷な労働環境にあるので、近年ドライバーのなり手がおらず、トラックドライバーの平均年齢も全産業と比べてもかなり高く、数も減ってきています。

このままだと2030年には物流需要の約36%が運べなくなる、という試算まで出ています。

トラックドライバーの年間労働時間が長く労働環境がひどいので、ドライバーを確保するためにも、働き方改革が不可欠になります。

そういった考え方から、2024年度からトラックドライバーに時間外労働の規制を入れることになりました。

ところが、他の条件が同じのまま、トラックドライバーの時間外労働規制だけが入ると、ドライバーの供給はもっと絞られ、2024年頃から物流コストがさらに上がる、特に長距離を運べなくなる、という懸念があります。

物流関係の方たちはこの問題についてよくご存じで「物流の2024年問題」といって恐れているのですが、物流関係以外の方にはあまり知られていません。

また、カーボンニュートラルの要請も、当然物流の方の供給を逼迫させる要因になってしまうだろうと思います。

資料P9は、青い線が物流の需要量で、赤い線が物流の供給量です。需要量の青い線が上回っている時には物流コストは当然上がっていき、逆に赤い線の方が上回っている時には物流コストは下がっていきますので、80年代から90年代の初頭までは、需要が上回って物流コストのインフレ状態でした。

それが、規制緩和によって物流の供給量を増やした一方で景気が悪くなったので、需要量はあまり伸びず、2000年代は需給が逆転して物流コストデフレ時代でした。

それが2010年代の初頭に需給関係がひっくり返りました。

今後どうなるのかといえば、需要はどんどんDXとともに普及していきますが、供給の方は、時間外労働規制が入ったりカーボンニュートラルの要求が強まったり、さらには少子高齢化・人手不足で、物流供給は上がる見込みがありません。

そうなると2010年代以降、長期に物流コストインフレ時代に突入するだろうと思います。

物流コストデフレ時代と物流コストインフレ時代では状況は変わってくるので、2000年代のときの経営戦略や経済政策と、2010年代以降の経営戦略や政府の経済政策が、同じであっていいわけがありません。簡単に言うと、2000年代は物流コストデフレなので、物流コストは安いし、頼めば運んでもらえる時代だったので物流のことを考える必要はなく、企業競争力の源泉は製造や販売にありました。

それが2010年代以降の物流コストインフレ時代では、運べなくなるわけですから、物流の能力こそが企業の競争力を決定します。製造や販売で優位に立っていても、物流の能力が低ければ、その企業は勝てない、そういう時代になるだろうということが容易に予想されます。

にもかかわらず、わが国の企業に顕著なのは、ロジスティクス軽視、サプライチェーンマネジメントに不得手、という点で、資料P10の左図を見ると「ロジスティクスやサプライチェーンマネジメントを経営戦略にする」と答えた企業は2割ぐらいしかなく「物流」と言えば「コスト削減」しか考えません。

それでコストが削減できれば話は簡単ですが、物流を経営戦略の中に位置付けないとうまくいかないシステムなので、物流をコストセンターとして見ている企業に限って物流のコストの削減ができないというパラドックスに陥っています。

資料P10右図は、ガートナー社が毎年出している「サプライチェーンを牽引する企業トップ25社」ですが、この25社の中に日本企業は入っていません。

そういった意味で「サプライチェーンマネジメント」が日本は不得手です。ロジスティクスやサプライチェーンマネジメントが不得手でもこれまでは問題なかったのかもしれませんが、今後は物流コストインフレ時代ですから、これではとても勝てません。

物流コストインフレ時代というのは、経営の中心にロジスティクスを据えてサプライチェーンマネジメント全体を見直さなければいけない、企業の経営戦略の大変更・大改革を要する事態のはずなのですが、「物流の2024年問題」1つとっても、事業経営を担ってる方々が認識して問題視してるかというと、甚だ心もとない状況です。

政府レベルで考えて、物流コストの抑制にはどういう政策があり得るかというと、かつては規制緩和によって競争を激化させて、運賃を圧縮することで物流コストを抑制し、一時的に2000年代は、物流コストの抑制に成功したかに見えますが、その後運賃が安い、所得が上がらないということで、ドライバーのなり手がいなくなってしまい、かえって物流コストは上がるという、皮肉な結果をもたらしました。従ってこの方策はもう取れません。

今後はドライバーを確保するために、運賃は圧縮ではなくて逆に賃上げしなければならない、労働環境も改善しなければならない、そうすると物流コストはもっと上がり、大変なことになります。ではどうするかというと、もう物流コストの抑制の方法は、物流コストに占める運賃の部分ではなく、非効率性の部分を徹底的に圧縮するしかありません。要するに、物流の生産性を向上させるということになります。

しかし、これが難しく、非効率性を効率化させるには、物流事業者というよりは、荷主側の努力が必要になり、物流システム全体を考え直さなければなりません。

そこで出てきたのが「フィジカルインターネット」で、10年ぐらい前から物流の新たなシステムとして、欧州などの大学で最初検討が進んでいましたが、次第に現実味を帯びてきました。

何がインターネットなのかというと、インターネット通信ができる前は、通信は専用回線でやっていましたが、それがインターネットということで回線を占有しなくなりました。

これと同じような考え方を物流に導入するのがフィジカルインターネットで、要するにパケット通信のパケット交換機みたいなイメージで、どこかにハブ拠点を設けて、そこで荷物を完全に共同配送するという考え方です。

このためには、デジタル技術の活用が不可欠で、物資や倉庫、車両の空き情報等を見える化して、徹底的に規格化された容器を定めてそれに商品を乗せる、倉庫やトラックなどの物流資産は完全にシェアリングするようなイメージになります。

欧州では「欧州物流革新協力連盟」(ALICE)が、2020年にロードマップを策定し、本格的な検討が開始されています。

資料P13はフィジカルインターネットのイメージですが、どこかのハブ拠点に持っていき、そこで積み合わせて、ハブ拠点で行き先に散っていく、まさにパケット通信のイメージで、これをやるためには、ハブ拠点や倉庫をみんなでシェアリングし、オープンにしなければなりません。

荷物の積み下ろしは「ユニットロード」といって、パレットとか規格化された容器で機械化してフォークリフトで運ぶので、人間の労働をできるだけ使わないで省力化します。

物流拠点で積み替えも自動で行われ、需要予測は、物流事業者や、さらには生産事業者とも完全に共有されているので、売れないものは運べませんし、そもそも作りませんということになります。

トラックは、大抵帰りは空で走っていますが、そういったことはもう許さない、帰りについでに何かをピックアップして運んだり、リアルタイムでルートの変更や最適化を行い、オペレーションを徹底的に標準化したりする。これらは今までは難しいと思われていましたが、デジタルの力を使うと、こういったことが本当にできるようになります。

ただ、フィジカルインターネットはすぐにはできず、国全体でいろんなプレーヤーやステークホルダーが行動を変えていかなければならないので、ロードマップを作りました。

2040年に設定しますが、フィジカルインターネットができると、時間・距離・費用・環境の制約から解放されるということになります。

効率性、強靱性、良質な雇用の確保、ユニバーサルサービスという4つの価値が実現するということで2040年には、11.9兆円から17.8兆円の経済効果がもたらされるだろうというふうに考えています。

最近要請が強いSDGsとフィジカルインターネットの効果を比較してみると、SDGsの目標のうち、資料P15に挙げた8つはフィジカルインターネットが大きく貢献するのではないかと考えられています。

これまで申し上げたフィジカルインターネットのロードマップは「フィジカルインターネット実現会議」において策定したもので、2040年にフィジカルインターネットを実現するイメージで、5年ごとに2025年までを準備期、2030年までを離陸期、2035年までを加速期、2036年以降を完成期と分けています。

資料P16の「輸送機器」というのは自動運転、あるいはドローンや配送ロボットのスケジュールです。次が「物流拠点」の自動化・機械化スケジュールです。現在物流拠点は一種のブームになっており、あちこちに巨大な物流拠点が建設されて、そこにマテハン機器、ロボットが導入され、高度な機械化・自動化した物流拠点が数多くできていますが、おそらく2030年ぐらいまではたくさん投資されるだろうということで、物流DX実現に向けた集中投資期間は2030年までとなっています。

「垂直統合」は、そういったことを、B to BあるいはB to B to Cのサプライチェーンマネジメントというのをやっていきます。

「垂直統合」と「水平連携」は非常に重要で、2025年まではまずは物流EDI(Electronic Data Interchange:電子データ交換)標準の普及、パレット、コンテナの標準化、商慣行の是正、業務プロセスの標準化、そういったインフラで基本的にやらなければならないことを2025年までに徹底してやります。2026年ぐらいからいろんな標準化が進めば、お互い水平連携が可能になりますので、2026年あたりから2030年ぐらいまでは、まずは業界内、あるいは地域内での、ある意味プロトフィジカルインターネットみたいなものが形成されるというふうに見込んでいます。

そういったものがいくつもいくつもできてくるうちに、業界間、あるいは地域間、場合によっては国際間でも接続をしていく時期になるだろう、それが2031年以降です。

こういったことが行われていくためには、データを集めて、いわゆるデータプラットフォームのビジネスなり仕組みが必要になってきます。

すでにそういったプラットフォームビジネスは今非常にたくさん出てきています。

おそらく2020年問題もあるので、2025年ぐらいまでにそういうスタートアップのプラットフォームビジネスがいくつもできて、物流スポット市場という形で活躍してくれると思います。

内閣府のSIP(戦略的イノベーションプログラム)ではスマート物流サービスの基盤を作っています。

2026年以降、業界内・地域内でのフィジカルインターネットの仕組みができてくる頃には、こういった各種のプラットフォームがお互い連携し、2031年以降になると、物流・商流以外のデータも含めた、業種横断のプラットフォームができてくる、そういうスケジュールになっています。

そうなってくると2026年以前の物流スポット市場で発達している分にはよかったのですが、だんだん大きくつながってくると、デジタルの情報のプラットフォームと同じで、どこか独占的な企業が出てきたり、あるいはどこかの企業だけが利益を得たりしてしまうなどの問題が物流の世界でも起きかねないということになるので、今はまだプラットフォームビジネスが育っていくのを見ている段階でありますが、おそらく2026年以降計画的な物流調整あるいは利益・費用のシェアリングのルールが民間指導の自主的なルールになるのか、政府の規制といったものを要するのかは、今から定められるものでありませんが、そういったガバナンスの検討が、おそらく2020年代後半から始まり、これがうまくいくと、フィジカルインターネットができ上がる、今はこういうスケジュールを考えております。

資料P16の「垂直統合」「水平連携」の間にある「標準化、商慣行是正などの業種別アクションプラン」というのも、これからおそらく順次、いろんな業界で類似の取組が行われて、商慣行の是正など1つずつ積み重ねていくのだろうと思います。

このようなロードマップを策定し、大きなビジョンとして共有し、かつ各業界でも2030年までにやるべきことを決めて、一つ一つ細かいことをつぶしていくスケジュールになっています。

このフィジカルインターネット実現会議は、経済産業省と国土交通省の両省で行ったもので、今般このロードマップを公表しました。

今後はこのロードマップに従った考え方を官民で共有しつつ、政策に反映させていきたいと考えているので、ぜひご協力いただければと思います。

2022年3月25日掲載

この著者の記事