Special Report

地球温暖化問題における先進国の責務とは:OECD河野前事務次長に聞く(動画)

河野 正道
前OECD事務次長 / IFRS財団評議員 / 三菱UFJ銀行 顧問、MUFG GAB委員

COP26はコロナのため1年の延期を経て英国グラスゴーで開催され、先進国と途上国の間で激しい議論が交わされた。先進国が目指すカーボン・ニュートラルとはどのようなものか。OECD(経済協力開発機構)で本年10月まで4年間にわたり事務次長を務めた河野正道氏(初代金融庁金融国際審議官:現株式会社三菱UFJフィナンシャル・グループグローバルアドバイザリーボード委員、株式会社三菱UFJ銀行顧問、IFRS財団評議員)に、地球温暖化問題への取組について伺った。

■講師略歴
1978年東京大学法学部卒業後、大蔵省主税局入省。
1995年から1999年には世界貿易機関(WTO)金融サービス貿易委員会の事務局にて金融サービス貿易委員会書記官等を務めた。
2016年7月まで金融庁に在籍し、初代金融国際審議官やグローバル金融連携センター長などを歴任。金融庁退官後、2017年8月より経済協力開発機構(OECD)事務次長を務め2021年10月退任。
2021年7月よりIFRS財団評議員、11月より株式会社三菱UFJフィナンシャル・グループグローバルアドバイザリーボード委員、株式会社三菱UFJ銀行 顧問に就任。

本コンテンツはrietichannel(YouTube)にて提供いたします。


――河野様はこれまでOECDで環境、金融、税、貿易など様々なアジェンダを事務次長としてリードされてきましたが、今回のCOP26についてどのような感想をお持ちですか?

河野:
OECDとしても、気候変動問題はトッププライオリティの政策課題として取り組んできました。これまでは各国の取組にばらつきがありましたが、地球規模の問題には地球規模の取組が必要であり、かつ縦割りの組織では十分な監視ができないため組織横断的なプロジェクトを立ち上げ、OECDが得意とする客観的なデータに基づく検証、分析、政策提言を行っています。また、OECDは様々な国際基準を設定する「基準設定主体」ですので、すべての分野にわたって「サステナビリティ」をメインストリーム化する視点を取り入れています。

途上国の気候変動への取組・適応を支援するため、2020年までに先進国は年間1000億ドルを動員するという国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の目標があるのですが、OECDの調査でこの目標の達成が難しいことが明らかになりました。このため、どうすればできるだけ早いタイミングで実行できるかを分析し、公表しました。

政府開発援助(ODA:Official Development Assistance)の分野でも、気候変動問題を「メインストリーム化」することで合意しています。これはOECD開発援助委員会(DAC:Development Assistance Committee)でステートメントを取りまとめました。

OECDの意気込みがCOP26でどこまで実現できたかについては、皆様に判断していただくしかありませんが、OECDとして取り組んでいるプロジェクトはCOPで終わるわけではなく、むしろCOPで立ち上げる分野もありますので、これから更に取組を強化し、実現するための予算や人員を配分しています。

私自身は、International Programme for Action on Climate (IPAC)という新しいプロジェクトにかなりの時間を費やして参りました。このプロジェクトは、加盟国だけでなく非加盟国も巻き込みながら、各国が自国の温室効果ガスの排出量の削減やネットゼロ目標に向けた取組の進捗状況を指標によって計測・検証し、各国の実情に合った政策提言をする、というコンセプトで、これは今年から来年一杯のプロジェクトですが、その後もOECDで継続して取り組んでいくことになります。

――RIETIでもEBPM(Evidence-Based Policy Making:証拠に基づく政策立案)、いかにデータを集め、そのデータに基づいて政策を決めていくことが大事であると言い続けていますが、IPACは世界全体のカーボンニュートラルへの取組をOECDがリードし、加盟国だけでなく非加盟国にも広げて、各国の排出量を見える化し、それを客観的に評価する、すばらしい取組だと思います。プロジェクトの実施にあたって難しかったことは何ですか。

このプロジェクトの立ち上げは非常に難航しました。加盟国の中でも取組への熱意には温度差があり、米国の政権交代を機に動き出しはしたのですが、加盟国間に「(温室効果ガス排出の)ネットゼロ宣言」をする上での抵抗や、あるいは宣言はしたものの、その実施過程には不透明な部分が残っており、指標を使って計測すると進捗が遅い国が明らかになってしまうわけです。

これは必要な取組であり、各国が目標を実施する上でその進捗状況を検証できなければ、目標は全く看板倒れに終わってしまいます。ですので、各国にその重要性を強く説得していきました。

OECDのような国際機関は、各国からの拠出金によって運営を行っており、資金がないと専門家の雇用や外部の意見の聴取ができないので、資金面でも大変苦労しました。最終的に日本・米国を含め各国からの資金拠出が得られ、プロジェクトを立ち上げることができました。

――「2020年までに先進国が毎年1000億ドルの資金動員」というお話がありました。OECDは2023年にはこの目標を達成できそうだと発表されていますが、先進国からのお金の流れは、これからさらに増えていくとお考えですか。

先進国のコミットメントについては、合意された公約ですから達成しなければなりません。そしてその達成状況についてOECDは毎年レポートを出しています。このデータにはタイムラグがあり、2020年のデータはまだ手元に揃っていませんが、2019年のデータでは1000億ドルのうち約200億ドル足りていません。それで、その足りない部分が今後どうなるかをOECDで検証しました。これは単なる推計ではなく、各国が今回のCOPに合わせて資金支援を強化すると宣言したものを集計し、民間資金や国際金融機関の資金の増加等を全部織り込んでシナリオを二つ立て、見通しを公表したわけですが、いずれのシナリオでも年間1000億の目標は2023年には達成できるだろうという結果が出ています。

これはかなり根拠のある推計で、達成はできる見通しです。ただこれは途上国へ向かう資金の一部に過ぎず、民間資金が市場を通じて供給されるためには、その市場の整備、ないしはその情報開示が極めて重要になります。この情報開示について、最近わたくしが関わるようになりましたIFRS財団(International Financial Reporting Standards)の新しい基準設定審議会で「Sustainable Standards Board」を立ち上げるとCOPで発表しました。IFRSでディスクロージャーの基準を策定し、この基準を使って投資家がサスティナブルな投資ができるようにする、一見野心的ですけれど必要な取組を行っています。それ以外にも民間資金の流入のための市場整備、あるいは格付の問題などもOECDで議論し、またIFRS財団やG20の「サスティナブル・ファイナンス・ワーキング・グループ」でロードマップを作って、整備をしていこうとしています。

――民間企業のお金の流れをTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース:Task Force on Climate-related Financial Disclosures)やIFRSが支援する形で投資の流れを加速させていく取組があると聞いておりますが、今後の世界のカーボンニュートラルの流れに関して、どのようにご覧になっているか、コメントを頂けますでしょうか。

今IFRS財団で作ろうとしている国際基準はTCFDをベースにしたものです。こういう基準の採択に過大なコストがかかるようでは普及も進まないので、既存の基準を最大限活用する、一方でEUのように、気候変動のみならず、生物多様性の問題、人権に関わるような問題についても開示を求める国においては、IFRSの基準に上乗せができるようにしていく整合性の問題も議論しています。基準を作ることが第一歩で、それをどう普及させるかが重要だと思います。

こういう動きが加速したのは、投資家の意識が大きく変わってきたことが要因です。投資家によっては、ディスクロージャーや実際の事業の取組が進んでない場合は、投資を引き上げる、多額の投資を行っている投資家も増えてきました。OECDの調査でも、今や投資資金の半分以上は、サステナビリティを投資先の選択にあたっての基準に採用しています。

問題はその基準や格付会社が評価をする際の手法がバラバラで、実際にグリーンと認定されたものでも、投資先企業の温室効果ガスの排出量の動きと低炭素化の取組の中身を検証してみると、必ずしも評価に見合った企業行動になっていないということがわかってきました。これは見方を変えれば「Green Washing:見せかけのエコ」で、こうした動きを無くすために、透明化、定量化、基準の収斂、の必要性を強く意識しています。

世界各国事情が異なりますから「One-Size-Fits-All」は正しいアプローチではないでしょう。他方で、投資家から見て比較可能でなければ、資金配分額はサスティナブルな方向に向かいませんし、投資家は当然リターンを求めますから、リターンに繋がる投資かどうかが見える必要があり、この面での進捗は非常に重要です。OECD退任後は、むしろそちらに注力してるところです。

――ありがとうございます。最後に日本政府、あるいは日本の若者にメッセージをお願いします。

最近、OECDでは局次長クラスに女性が2人立て続けに就任したり、課長クラスの女性も増えてきたり、私の在任中に女性の活躍はかなり進展がありました。今後国際機関への就職に関心のある方は、是非支援させて頂けたらと思っております。

2021年11月17日掲載