Special Report

ボージョレヌーヴォー解禁企画:日欧EPAの効果をワインの専門家に聞いてみた

鈴木 英夫
日本製鉄株式会社常務執行役員

今年もボージョレヌーヴォー解禁の季節になりました。コロナ禍で例年のように賑やかに盛り上がることのできない状況ですが、RIETIでは「ボージョレヌーヴォー解禁企画:日欧EPAの効果をワインの専門家に聞いてみた」として、名誉ソムリエであり、経済産業省元通商政策局長として日欧EPA交渉に携わっておられた鈴木英夫様に、奥深いワインの魅力、ワイン外交、日欧EPAの影響、日本が世界で果たすべき役割などを熱く語って頂きました。是非ご覧ください。

講師略歴:1981年京都大学法学部卒、通商産業省入省、1988年Yale大学大学院卒(開発経済MA)、1989年University of Washington法科大学院卒(LLM)、英国貿易産業省、茨城県商工労働部長出向、大臣官房審議官(産業金融担当)、防衛省取得改革担当審議官、産業技術環境局長、通商政策局長を歴任、2015年退官。2016年から新日鐵住金株式会社(現在は日本製鉄株式会社)常務執行役員、2005年から2007年まで埼玉大学経済学部客員教授、主な著書は「元気で豊かな日本をつくる税制改革」(新経済産業選書、2007年)、「新覇権国家中国×TPP日米同盟」(朝日新聞出版、2016年)

本コンテンツはrietichannel(YouTube)にて提供いたします。


佐分利:
本日は、RIETI対談企画「ボジョレー解禁企画:日欧EPAの効果をワインの専門家に聞いてみた」として、日本製鐵株式会社常務執行役員の鈴木英夫様にお話を伺いたいと思います。

鈴木さんはMETI(経済産業省)のOBで『名誉ソムリエ』というすごい肩書きを持ちだと伺ったのですが、これはどういうものなのでしょうか?

鈴木:
一般社団法人日本ソムリエ協会が、ワインの普及を促進するために、政治家・芸能人・作家・経済界のトップリーダーの方などワインが好きな方々に名誉ソムリエの称号を送っており、現在三百数十人認定されていると思います。そういうことで、私はたまたま名誉ソムリエに選んでいただいたということです。

佐分利:
名誉ソムリエになるとどうなるのですか?

鈴木:
単に肩書だけなのですが、飲食店などで「名誉ソムリエです」と伝えると大変サービスが良くなります。私と一緒に叙任を受けた方には伊藤忠商事の岡藤正広会長ですとか、俳優の名取裕子さんがいらっしゃいます。私が名誉ソムリエにしていただいたのは、霞が関の国家公務員では初めてだと思います。

もともと『ワインエキスパート』という資格を持っていて、ソムリエ協会に対してワインエキスパートへのサービス向上を求めたり、3年ほど前から機関紙への執筆依頼を受け、そこでは日本のワイン業界のグローバル化に関する投稿をしています。METI在任中も経済連携協定の交渉の責任者でしたから、ある意味ではワインの関税の撤廃、それから日本のワインの輸出を可能にするという、様々な側面で日本のワイン業界に貢献をしたということが評価をされて名誉ソムリエにしていただいたのだと思います。

佐分利:
お仕事の中でワインに関わっていらっしゃって、そのワインに対する貢献が評価されたということなのですね。

鈴木:
それもあると思います。

佐分利:
それはうらやましいですね。ちなみにワインはもともとお好きだったのですか?

鈴木:
ワインは昔から好きでした。ワインの面白さというのは、バラエティがあるということだと思います。非常に香りも味も幅広いですし、例えば世界で使われているワイン用のブドウというのは、主要品種だけでも300種類ぐらいあります。それからワインというのは熟成しますので、若いうちに飲んだワインと3年後、5年後、10年後、20年後、場合によっては50年、100年熟成するワインもあり、その変化の素晴らしさというのを楽しんで好きになっていきました。

あと、仕事で長い間通商交渉を担当していましたので、海外の方とお話をする際に交渉で結構ギスギスするわけですけれども、まあそうは言っても交渉の落としどころの話ができるようになるためには相手との信頼関係を作る必要があって、その時に実はワインはすごく効果的でした。交渉から離れた数時間、相手が特にワイン好きであれば、ワインの話をしながら上手くある意味「肩をもむ」というか、信頼関係を作って本当の落としどころを探っていくというのは、大きな仕事のツールとしてもすごく威力があったと思いました。

イスラム教の皆さんとかお酒を飲めない方々にはこれは効かないので、別途最近流行っている甘い日本製のお菓子を使うという手もあります。ただやはりワインはユニバーサルに仕事でも役に立ちます。そういった意味で、単に飲むだけでなく、ワインエキスパートの勉強をしてワインへの理解を深めました。

佐分利:
やはり勉強もされたのですね。

鈴木:
2000年にワインエキスパートに合格しましたが、その上に「ワインエキスパート・エクセレンス」という資格があって、これを2年前に取りました。この資格を持っている人は全国で数百人しかおらず、年間30人ぐらいしか合格しない、難しい試験です。実は難しくて一度落ちたのですが、過去試験に落ちたのは、お恥ずかしながら、司法試験と、この資格でした。それぐらい難しいのです。

佐分利:
ということは、名誉職というわけではなく、ちゃんと地道に勉強されたのですね。

鈴木:
名誉ソムリエになっている方でここまで知識を持っている方はあまりいないかもしれませんね。たまに評論家やワインライターで名誉ソムリエになっている方がいて、この方々はよくご存じですが、そういう方はそんなに多くありません。そういう意味で、名誉ソムリエではありますがワインの知識やサービスについてそれなりの知識は持っているということです。ちなみに「唎酒師」の資格も持っていますし、「酒ディプロマ」という日本酒の資格も取りました。

佐分利:
仕事のメリットもあり、ご自身の趣味も生かしながら、公務員の厳しい給料の中から投資をされてきたのですね?

鈴木:
そうですね。でもあまりにもワインが素晴らしくてのめり込むものですから、家庭不和の原因になる、これは注意事項ですね(笑)。

佐分利:
鈴木さんのおすすめワインはなんでしょうか?

鈴木:
それは大変難しい質問で、さっき申し上げたようにワインはワイン用のブドウだけでも主要品種が300種類ありますし、いろんな地域で作られています。最近日本ワインもすごくレベルが高くなっています。そういった意味でお勧めのワインというのはあまりなくて、それぞれの人がワインを飲んでみて、美味しいなあと思うワインを是非見つけて欲しいと思います。

やはり好みの問題なので、高いワインを飲めば、それは美味しいとは思いますけど、すごいレアもの、何十万、何百万するようなワインを飲まなくても、ちょっと高いですが5000円から1万円以内で十分美味しいワインはあります。最近友人と「上限2000円」縛りでワインを持ち寄ってワイン会をするすることもあるのですが、2000円以下のワインでも素晴らしいワインがいっぱいあります。そういった意味で、美味しいワインを見つけてトライしていくというのも一つの楽しみだと思います。

佐分利:
日本のワインは海外でも評判で賞を取ったりしているそうですが、日本のワインは最近そんなに評価されているのでしょうか?

鈴木:
最初に評価されたのが、メルシャンが作っている「桔梗ヶ原メルロー」というワインで、1989年に初めて国際コンクールで大金賞(グランド・ゴールド・メダル)を取りました。それが励みになって日本のワイナリーもすごく努力をされてきて、ロンドンで開催されているワインコンテストとか、世界的に有名な『デカンタ』という雑誌で「アジアのベストワイン」になったりしました。

あと、例えば点数を付けるのが流行っていて、これはマーケット開拓という点でもすごく意味があったのですが、日本人はあまり商品にレイティングをつけないことが多いと思うのですけれど、アメリカで弁護士をやっていたロバート・パーカーが、1970年代から100点満点でワインを評価する仕事を始めました。これがなぜ売れたかというと、1982年のボルドーのワインはものすごく偉大な年だったのですが、フランス人の間では1982年のものはあまりよくないという評判だったのです。でもロバート・パーカーがすごく高い点数をつけたので本当だろうかということになり、実際に何年か経って飲んでみると大変美味しかったということで一気に彼の評判が高くなって、世界中でワインを100点満点で評価することが広がりました。

ただ、さっきも申し上げたように、ワインにはいろいろな種類のブドウがあり、味も香りも違いますので、それを並べて100点満点で評価するというのは結構批判もされていますが、一定の指標として今も行われています。

実は日本のワインでも最近90点を超える素晴らしいワインができています。メルシャンの『椀子(まりこ)ワイナリー』で作られたソーヴィニヨン・ブランという白ワインとか、『中央葡萄酒グレイスワイナリー』のシャルドネのスパークリングは10年ぐらい前ですが90点超えでした。最近有名になったのは『デカンタ』誌の「ベストアジア太平洋スパークリング」ということで、『安心院ワイナリー(安心院葡萄酒工房)』のシャルドネのスパークリングが96点という高点数を取りまして、先日あるワイン会で出したら、みなさん「ほとんどシャンパーニュだ」とおっしゃっていた、そのくらいレベルが高いワインで、そういうワインも出てきています。

ちなみに安心院ワイナリーというのは、大分で『いいちこ』を作っているメーカー(三和酒類株式会社)で、日本国内でもそういう素晴らしいワイン作りが進んでいます。白ワインの方がレベルが高いと思いますが、さっき申し上げた『桔梗ヶ原メルロー』のような赤ワインでも非常に高い評価を受けるものが出てきています。

先日、ある民放で、メルシャンが是非チャレンジをしたいということで、メルシャンのワインと、フランスとイタリアで全く同じ値段でほぼ同じ種類のブドウを使ったワインを選んで、ソムリエやレストランの経営者にテイスティングしてもらい、どっちが好きか競う番組があって、白ワインはなんと日本6対イタリア7、日本6対フランス7で、日本は負けてしまったのですが、イタリアでもフランスでも日本のワインの方が美味しいといった人が6人もいて、そのくらい日本の白ワインのレベルは上がってきているのではないかと思います。赤ワインは残念ながら1対5ぐらいで負けまして(日本4対フランス6、日本1対イタリア12)、正直日本は気候との関係があって良いブドウができないという限界はあるんですけど、それを技術でカバーしてすごくレベルの高いワインができているということだと思います。

ワインというのはブドウに何も添加しないというのが原則なので、良いブドウができないとダメなんですね。そういった点で日本の気候は非常に不利です。ワインは春に一定の期間なら雨が降ってもいいんですが、最後にブドウが熟成して収穫の時に雨が降るとブドウの実が割れてしまって、水っぽい、まずいブドウの実になって、いいワインができないのです。収穫期は8月末から9月。日本は台風、それから9月の長雨の季節なので気候条件は非常に悪い、それをカバーするために皆さん大変苦労されていて、この日本ワインの高い評価もブドウ作りのプロの賜物なのです。

例を言うと、「レインカット」といって、傘をブドウの木の上につけたりしています。だから雨が直接ブドウの木にあたらないよう、ブドウの木の下の土壌に染み込まないように大規模な土木工事をやったり、場合によっては地面にシートを張って、雨が降ってもその雨が土の中に染みこまないようにして、完熟したブドウを収穫する。そういった努力など、実は他の国にはない苦労を日本のワイナリーのみなさんはなさっていて、その結果素晴らしいワインができているということだと思います。

最近、世界中のブドウ生産者もハイテク化していまして、畑にセンサーを置いて温度管理・湿度管理などすべてやっていますし、できる限り農薬を使わないワイン造りをする方向に戻ってきています。ある意味では非常に伝統的なブドウ栽培をして、いいワインを作ろうという考え方が中心になっていますので、それを実現するために逆にハイテクがすごく役に立っていて、ハイテク技術によっていろんな気候条件を検知して、それに対する防護策をとったり、病気とか虫がつかないように対策を打ったりしています。

もう一つ、ブドウを植える畑を探す場合においてもハイテク技術が使われていて、衛星から見た地形とか土壌とか気候条件を分析できるになっていまして、そういった衛星データを使ってブドウ栽培の適地を探して植えるということも行われています。そういった意味では農業ではあるのですが、まさにハイテク農業になっているということだと思います。

佐分利:
温暖化で気候状況が変わっていくと適地も変わっていくものなのでしょうか?

鈴木:
まさにそのとおりで、温暖化によって世界の気温が100年前に比べると1度ぐらい上がっています。1度って大体緯度でいうと丁度1度くらい、距離でいうと110キロぐらい北上しているので、今まで最適地だったところが北上しているということだと思います。

例えば、日本でも最近北海道や青森のワイナリーが非常に増えていますが、それは温暖化の影響が大きくて、今まで北海道はドイツのような寒冷地で作るブドウの品種しか作れなかったのですが、最近ではフランスで栽培しているようなもう少し暖かいところで成長するブドウについても栽培が始まっています。徐々に北海道はワインの最適な生産地になりつつあると思います。

今までは山梨が中心だったんですけど、山梨はちょっと暑すぎるんです。だからむしろ最近良いワインを作っている場所は、山梨の中でも北のほうの北杜市、標高600mから800mのところや長野県ですね。長野県はもう少し涼しくて標高600m、一番高いところで1,000mぐらいの畑もありますけど、そういうふうに温暖化ではあるけれどもそれを逆手に使って、気候条件を分析しながらいいブドウを作り、良いワインを作るということが日本でもトレンドになっています。

佐分利:
鈴木さんは各国との貿易交渉のご担当として最前線で戦われたとお聞きしていますが、日欧EPA(Economic Partnership Agreement:経済連携協定)など様々な交渉のご苦労についてお聞かせいただけますでしょうか。

鈴木:
日欧EPAの本格的な交渉の時には、私は経済産業省の通商政策局長としてスーパーバイズしていたのですが、実は2010年にこの日欧EPAをやろうという話が出た当時は、ヨーロッパ各国は日本との自由貿易協定に尻込みをしていました。やはり日本の自動車の競争力が強いので、欧州の関税を撤廃するとヨーロッパ産業にすごく影響が出るという懸念が強かったです。一方で、ヨーロッパの農業関係者は、日本にワインとかチーズを輸出したいというのがあってサポーターもいたんですけども、それ以外ではサポーターがいなかったんですね。

当時外務省と内々にペーパー(企画書)をつくって、私が欧州主要国10か国を回って、EU委員会の次官級会議(大臣級会議の準備会議)のメンバーに直接会って、日欧EPAの交渉開始を説得しました。そこから始まった話なのです。それからその後準備会合が翌年にでき、その次の年にいわゆる事前交渉が始まって、正式交渉が始まるまで3〜4年かかりました。それでやっと1年半ぐらい前に合意ができたということです(日欧EPAは2019年2月に発効)。

ただ日欧EPAについては、TPP(Trans-Pacific Partnership Agreement:環太平洋パートナーシップ協定:2016年に署名)の交渉も並行してあったので、欧州は日本がTPPに入ってアメリカとFTA(Free Trade Agreement:自由貿易協定)を結ぶことについて大変危惧していました。世界の経済の中心が大西洋から太平洋に大きく移っているわけで、人口中心の経済もどんどんアジアに移っている、ヨーロッパが取り残されるんじゃないかという心配がすごく出てきたのです。中国の台頭もあると思うんですけども、そういうのが背景になって、やっぱり日本とのEPAをまず結ぼうという機運が欧州でも逆に熱心になってきて、丁度トランプ大統領のおかげで、ああいう保護主義的な動きがアメリカ主導で行われば行われるほど、ますます欧州も保護主義的な動きを止めて自由貿易を守らなければいけないという観点から、日欧EPAが一つの象徴として欧州の中でもものすごく評価されるようになり、最終的には欧州議会もサポートしてくれて通ったということだと思います。

ただ残念ながら、欧州側の反対によりEPAで実現できなかったこともあって、例えば投資協定は含まれていないんですね。今年の11月15日に各国が署名したRCEP(Regional Comprehensive Economic Partnership:東アジア地域包括的経済連携)は、アジア諸国との協定なのでルール作りでもレベルが低いんじゃないかと言われていますが、RCEPには投資ルールはちゃんと入っているのです。ISDS(Investor-State Dispute Settlement:投資家対国家の紛争解決)という企業対国の訴訟ルール、国の政策変更によって企業に損害を与えた場合に企業は直接国を訴えることができるという条項があるんですけども、これについて欧州議会が反対をしまして、結局投資のルールというのは日欧EPAには入っていないので、TPPと比べると日欧EPAは若干レベルの低い協定になっています。

佐分利:
投資協定はおそらく先進国同士だからルールがそれほどしっかりしていなくてもということでしょうか?

鈴木:
おっしゃるとおりですね。

佐分利:
日欧EPAは、専門家の間では大変高く評価されているとお聞きしたのですが、それはどのような意味でだと思われますか?

鈴木:
TPP11(米国が抜けた後の2017年に成立したTPPの新協定)と相まってほぼ同時に合意されているということもあるんですけれども、日欧EPAは日本のGDPを押し上げる効果もありますし、トランプ大統領による保護主義的な動きを押し留めて自由貿易を進めるという意味でも大変意義があるので、そういった面で評価されていると思います。

ルール(協定)の中身についても、投資以外の分野、例えばサービス貿易、電子商取引、国営企業に対する補助金規律、知的財産権なども協定に入っていまして、そういった意味ではTPPとこの日欧EPAは世界の自由貿易協定、経済連携協定の中では最もレベルの高い協定だと思います。ある意味では今後こういった自由貿易協定を進めていく上でのモデルになっているので、そういった意味で高く評価されていると思います。

また、この日欧EPAは日本が主導して、日本から「やりましょう」と話を持ちかけてやったことがすごく大きな意義があると思います。TPPはもともとアメリカがやろうといった話で、それに日本が乗っかったわけですけれども、結局アメリカが離脱してからは、日本が主導したんです。TPP11も日欧EPAも日本が主導した。多分20年前だったら考えられなかったと思います。日本が世界の自由貿易のルール作りを主導する、それができるような国になったということですし、今後ともそういうリーダーシップを持って国際社会の新しいルール作りを日本はもっと引っ張っていけるんじゃないかと期待をしています。

佐分利:
昔のWTOやGATTの時を思い出すと、日本は貿易関係の国際交渉では常に守りだったという印象しかないんですが、この10年くらいで一気に変わって、むしろ日本が旗手となって世界の自由貿易体制を守るべく、非常に高いレベルのEPAを作っていったということなのですね。

鈴木:
もともとWTOにはルール作りの役割、紛争処理手続き、ルールに対して守らせるためのパネル裁判手続きがあって、強制的に実施できるようなことも可能ですし、モニタリングといって世界の貿易の状態とか規制とかそういったものをしっかりモニターする機能があるわけですが、WTOは2001年にドーハラウンド(新しい交渉)の立ち上げをして、その時私もドーハにいましたけれども、残念ながらその2年後に実質的に合意ができなくなってしまいました。2008年まで頑張ったんですけど決裂してダメになるわけですね。アメリカはもう「WTOは無理だ」と思っていて、百数十カ国のコンセンサスは取れないから、従ってFTA、いわゆる有志国で集まって自由貿易を進めていくという方向に大きく舵を取った年が2008年だと思います。

そのTPPの交渉開始が宣言された時とほぼ同時に、実はリーマンブラザーズが破綻する「リーマンショック」が起きて、その頃から世界の経済構造は大きく変わったのではないかと思います。アメリカに対する失望感といいますか、アメリカの限界が見えてきて、他方で中国の台頭があり、それが大きなトレンドになった、それが今の、ある意味ではトランプ政権の政策の一つの理由にもなっているわけですし、それを乗り越えて中国の台頭を正面から受け止めて、どういった貿易秩序、投資貿易のルール作りをこれからやっていくのかということが今の最大の課題で、じゃあそれがWTOにできるのかどうかですね。

今そのために日本はDX(デジタルトランスフォーメーション)のルール作りを「大阪トラック」としてやっていますけれども、できるかどうかまだ分からないですね。それよりもまずこのEPA、FTAといったルール作りをしていくことで世界を引っ張っていく、いう意味では非常に先駆的な役割があるし、今後ともその意味は変わらないのではないかと思っています。

佐分利:
EPAができることによって関税が引き下げられて、日本の農産物であったりあるいはワインメーカーだったりが影響を受けるんじゃないかという声もあると思うんですが、そのあたりはいかがでしょうか?

鈴木:
日欧EPAのケースで言うと、丁度発効して1年間の統計があるんですけれども、日本からは乗用車の輸出が14%、牛肉の輸出が35%、清酒の輸出が5%増えています。若干農業関係の産品についてもプラスアルファの効果が出ています。ヨーロッパからはワインが13%増えていたり、チーズも結構増えていて、相互にWin-Winな要素があるのかなと思います。ワインは1本あたりの最大の課税額は750ccの標準タイプのボトルで93.75円安くなるだけなんです。だからスペインのワインの平均輸入価格は400円ぐらいなんですが、400円のワインについて15%だと60円ぐらい安くなるんですが、1本60円安くなれば、企業にとってみれば大量に売れれば大変なメリットがあるので、少しディスカウントして売って利益も出るという意味ではプロモーションとしても使えるのではと思います。

これを上手く使ったのがチリなんですね。日本・チリEPA(2007年発効)ではワインの関税を12年かけて撤廃したのですが、チリ政府は、いかにも関税が撤廃されました、ということをPRの前面に打ち出してチリワインのプロモーションをしたんです。結果的に今日本に輸入されているワインの中で数量的にいうとチリがフランスを抜いてナンバーワンになっています。

私は日豪EPAの工業製品の交渉をやっていましたが、その時先方の首相とか大臣に「チリの戦略があるからワインプロモーションやったらどう?」と言ったら感謝されて、パーティーに呼んでもらってオーストラリアのワインをたくさん飲ませてもらいました。もともとオーストラリアワインもクオリティが高いので、そういうメリットをどうやってうまく使うかということで、逆にこれは日本のワインメーカーや清酒メーカーも同じことなんですよ。

欧州がひどかったのは、ヨーロッパの規格でお酒のボトルの容量が決まっていて、ヨーロッパに存在しているお酒の容量の規格しかないんですね。750ml、その半分の375ml、それから不思議な500mlっていうボトルもあるんですね。ある地方では、620mlでいうボトルもあって、そういうヨーロッパにあるボトルは認められているんですが、日本は清酒の四合瓶っていうのがありますが、あれが720mlなんですよ。なぜか日本のワインもボトルメーカーが日本で作っているので全部720mlだったんですね。ヨーロッパはそれを認めてなかったんです。非関税障壁ですよね。日本からヨーロッパに輸出するためには750mlのボトルを作ってもらって、それに詰めて売らないと売れなかったんです。

それを今回のEPAではその720mlのボトルも認めるということにしてもらって、これはもともと清酒を売るためなんですけれども、清酒だけじゃなく日本のワインも720ml入りのままで欧州で売れるようになったということで、隠れたEPAのメリットなんです。

佐分利:
そういう非関税障壁をEPAで打ち破ったのですね。最後に視聴者の皆さんへメッセージをいただけますでしょうか。

鈴木:
先程申し上げたように、TPPもRCEPも日欧EPAも実は日本が主導してきたということです。これから通商に限らず、ビジネスをやっている方も当然政府で仕事やってる方も、日本が国際社会においてリーダーシップをとれるという時代になってきてますし、恐れずどんどん飛び込んでいって、世界一を目指して努力してもらえばありがたいと思います。

まず日本一を目指してもらってもいいんですが、どんな分野でもいいから世界一を目指して頑張る、そして世界にどんどん飛び出していくということが、日本の将来にとってもすごく重要だし、皆さんの人生を豊かにしたり、楽しくするという意味でもすごく重要だと思っています。

最近特に海外への留学生がすごく減っていて心配しているんですが、片言の英語でもいいですから海外に出て行って活躍されることを期待しています。さっき申し上げた日本酒のプロモーションも、実は経済産業省がロンドンの品評会とかに出すために補助金をつけて、政府として相当後押しをしたわけです。そういったものが徐々に定着してきて、ワイナリーの皆さんとか醸造家のみなさんが自分の力で出て行けるようになりました。

例えばイスラエルで売るためには「コーシャ」という認定が必要だったり、各国の安全規制をクリアしていかなければならないのですが、自分達の力で切り開いていっておられる日本酒メーカーさんも沢山いらっしゃいますので、どんな分野でもぜひ皆さんにトライをして頑張って頂ければ、きっと自分の人生も楽しくなりますし、また日本も大きく発展するのではないかと思っています。

2020年11月18日掲載