ドナルド・トランプは米国の通商政策を一変させた。詳細にいえば、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定からの脱退、北米自由貿易協定(NAFTA)からの離脱懸念、WTOが下す新たな裁定の受け入れ拒否、鉄鋼やその他の財への追加関税、主要な貿易相手国に対する頻繁な口先攻撃そして二国間の貿易赤字に対する異常な執着である。
トランプ政権の通商政策には、ルールに則った貿易体制を台無しにする、ころころ変わりやすい特徴もある。TPPから離脱した後、3カ月も経たないうちに大統領はそれが以前よりも相当に良いものになるなら復帰を検討するつもりがあると言ったが、数日後にはその考えを撤回する結果となった。当初政権は、例えばカナダが国家安全保障上の脅威をもたらしているという、ばかばかしい理由を付けて鉄鋼関税を正当化した。後になってトランプ大統領は、カナダから輸入される鉄鋼への関税は、カナダ政府が米国から輸入される乳製品にかける関税に対しての対応であったとツイッターでつぶやいた。関税の適用除外となる国があれば、そうでない国もある。関税の適用免除期間はまちまちであり、目まぐるしく変わる。8月10日、はっきりしない動機により「私は、トルコから輸入される鉄鋼とアルミニウムへの関税率をこれまでの2倍に引き上げることをたった今、正式に許可した」と大統領はツイートした。トランプ政権下での関税を巡るやりとりについての詳しい説明は、ピーターソン国際経済研究所が作っている「トランプ氏の貿易戦争に関する年表」を参照。
口先での攻撃や、関税政策における気まぐれなトランプ流のやり方は、報復を引き起こしてもいる。米国と中国の間で報復による追加関税が本格化している。カナダ、メキシコそして欧州連合も米国からの輸入品に対し新たな関税率をかけている。こうした報復関税の多くが米国の農家に降りかかる。そこで、大統領の貿易政策を巡る争いによって生じるコストに農家が対処できるよう、政権は最大で120億ドルの資金援助を行う見込みである。
トランプ政権の通商政策における、もうひとつの特徴は不必要に事態を複雑にしていることである。商務省は、鉄鋼やアルミニウムの輸入時に課される、新たな関税の適用免除を企業が要請する場合の時間がかかる面倒なプロセスを公表した。その内容が、ウォール・ストリート・ジャーナルの社説で手際よく書かれている。
企業は自社の輸入品が米国では「満足のいく品質」もしくは「十分かつ合理的に入手できる量」で作られていないことを証明する適用免除依頼書を提出しなければならない。企業は、貨物の受け取りや鉄鋼製品の加工ならびに出荷に要する日数だけでなく、輸入したものは自社の鉄鋼製品の製造に用いることや、その製品の平均年間消費量も書き記さなければならない。企業はさらに、自社の鉄鋼製品に含まれるモリブデン、アンチモン、バナジウムなど24の化学成分(最大値や最小値)を見積もらなければならない。他にも多くの記載項目があるが、これくらいにしておこう。
鉄鋼、もしくはアルミニウムの製品で幅、長さ、形状そして型が異なるものが複数ある場合には、それぞれの製品ごとに依頼書を作る必要がある。商務省のデータベースによれば、Primrose Alloys社は1社で鉄鋼製品への適用免除依頼書を1200以上提出しているが、これまでに審査された14件すべてが却下された。
企業は、提出した適用免除依頼書に支持を与える意見書を商務省に提出することもできる。これは容易に予想されるように政治的な…
縁故資本主義、身贔屓そして外国との交易を妨害――とうとうここまで来た!
これらすべてが原因となって起こる結果の1つは、通商政策に関する不安や不透明性の非常に急激な高まりと、それに伴い経済が有害な影響を被ることである。別紙1は、私がScott Baker、Nick Bloomの各氏と一緒に作った米国の月次通商政策不確実性指数(TPU指数)を示している。この指数は、米国の新聞のなかで政策を巡る不確実性と、とりわけ通商政策について論じている記事の出現頻度を映している。トランプ氏が2016年11月の大統領選挙で予想外の当選を果たして以降、TPU指数の平均値は2013-15年の平均値と比べてほぼ5倍高い。米国のTPU指数(1985年からのデータはPolicyUncertainty.comで入手可能)を見返したとき、それと同様に不透明性が強まったエピソードは見当たらない。例外は1992年から1994年までの時期であり、このときNAFTAを巡って不安が高まった。
別紙1は、私がElif Arbatli、伊藤新、見明奈央子、齊藤郁夫の各氏とともに作成した、米国と類似する日本のTPU指数も示している。トランプ氏の当選以降、2つのTPU指数の動きは整合している。両国のTPU指数は、2016年11月にトランプ氏が大統領選挙に勝利したとき、2017年1月に彼が大統領に就任しTPPからの離脱を決めたとき、そして貿易政策を巡る緊張が高まる2018年2月以降の時期に急上昇している。
ここから2つの結論が裏付けられる。第1に、2016年11月以降の通商政策を巡る不透明性の急激な高まりは、米国の路線変更によって生じている。第2に、米国の路線変更は世界中に影響している。
近頃の動向から提起される1つの問いは、最近の追加関税や、さらなる関税引き上げへの不安から、企業が設備投資計画を見直しているかどうか、また、その場合はどのように見直しているかである。関税の引き上げは投入コストを上昇させるため、いくつかの投資案件では投資対効果検討書の魅力が薄れる。確かに関税の引き上げにより、新たに保護された産業では国内投資が増えるかもしれない。貿易相手国が報復措置として関税率を引き上げれば、米国輸出への需要減少で国内投資に影響が及ぶ。通商政策の先行きに不透明感があるとき、どの産業の企業も通商政策を巡る争いがどう展開するか成り行きを見守る間は投資を先延ばしする。関税の適用免除は複雑で裁量的な面があり、このため企業の意思決定者はさらに高い不確実性に直面する。
アトランタ連邦準備銀行が行っている企業の不確実性に関する月次調査(以前の企業幹部調査)は、これらのことについて大変参考になる結果を提示している。この調査は企業の将来の設備投資、売上伸び率、雇用量そして費用に関する予想や不確実性の情報を聞き出している。私がスタンフォード大学のNick Bloom、アトランタ連銀のDavid Altig、Mike Bryant、Brent Meyer、Nick Parkerの各氏と共同でこの調査を開発した。
2018年7月の調査には、「貴社は、最近公表された関税の引き上げ、もしくは報復への不安を理由に設備投資計画の見直しを行いましたか?」という質問がある。この質問に答えた企業のうち約5分の1が、「はい」と回答している。
別紙2が示す通り、関税を巡る不安を理由に設備投資計画の見直しを行う企業の割合は、サービスを提供する企業よりも財を生産する企業の方が大きい。製造業においてその割合は30%であり、小売業、卸売業、運輸業そして倉庫業では28%である。その一方、私たちの標本に含まれるサービスを提供する企業のなかでその割合はわずか14%である。例えば製造企業はサービスを提供する企業よりも国際貿易に深く関わっていることを考慮すれば、こうしたセクター間で見られるパターンは納得できる。
私たちは、関税を巡る不安から設備投資計画をどのように見直しているかについても企業に尋ねた。別紙3は、この関心事についてのデータを提供している。設備投資計画を見直している企業のうち67%は2018-19年に実施予定であった設備投資のいくらかを「再検討」しており、31%は以前に計画していた設備投資を「見合わせ」、ないしは「撤回」し、14%は計画を「前倒し」し、そして2%(1社)は2018-19年に新たに投資を増やした。
最後に私たちは、関税を巡る不安がこれまでに計画された設備投資にどれほど影響しているかを企業に尋ねた。設備投資計画を見直す企業の間では、平均して計画の60%がその影響を受けている。見直しのなかで最も多い形式は、以前に計画された設備投資の「再検討」である。
米国の調査から得られた結果をまとめよう。2018年7月の企業の不確実性に関する調査に回答した企業のうち、およそ5分の1が関税を巡る不安から設備投資計画の見直しを行っていると言っている。それらの企業は、2018-19年に実施する計画であった設備投資の60%(平均)を見直しの対象としている。これまでのところ、見直しの主な形式は、以前に計画された設備投資の再検討である。私たちの標本に含まれる企業のなかでわずか6%が、関税を巡る不安から実施予定であった設備投資をやめる、もしくは延期すると報告している。現在まで関税を巡る不安は、米国の設備投資にごくわずかな負の影響しか及ぼしていないことを、これらの結果は示唆している。
それでも心配に思う十分な根拠がある。第一に、製造企業の30%が、関税を巡る不安を理由に設備投資計画の見直しを行っていると報告している。製造業は非常に資本集約的な産業である。したがって貿易政策を巡る争いが投資へ及ぼす影響は、設備投資の多くの割合を占める産業に集中する。第二に、私たちの標本に含まれる企業のなかで12%が、以前に計画していた設備投資の再検討を行っていると報告している。このため、関税を巡る不安が米国の設備投資に及ぼす悪影響は、これからみるみるうちに強まっていくかもしれない。
第三に、通商政策を巡る米中間の緊張は、私たちの調査が実施された後にちょうどエスカレートしていった。7月6日時点で米国は、中国からの340億ドル相当の輸入品に新たな関税率をかけ始めた。8月23日には、別に160億ドル分の輸入品に対して追加の関税が実施される予定である。中国は、米国から自国への輸出品のうち340億ドル相当に対して追加関税を課す対応をとった。また中国はさらに160億ドル分の輸入品に対して、新たな関税率をかけるという脅しを付け加えた。今度は大統領が反応し、新たに中国からの2000億ドル分の輸入品に対し10%の関税率をかける作業に着手するよう米通商代表部(USTR)に命じた。中国はすぐさま報復措置を取ると断言した。8月1日には、中国からの2000億ドル相当の輸入品への関税率を、10%から25%へ引き上げる検討を行うよう大統領がUSTRに命じた。中国が反応して米国からの600億ドル相当の輸入品に対し追加関税を課すと脅し、さらなる報復措置を取ることもあり得ると警告した。関税の引き上げや関税を巡る不安により、米国の設備投資が受ける負の影響はこれからかなり高まりうることを、これらの出来事が示唆している。
トランプ流の通商政策を巡る不確実性が他国の設備投資へ及ぼす影響はどうか?最近ロイターが日本の企業に対して行った調査は参考になる結果を提示している(伊藤新氏が私にこの調査を知らせてくれ、その結果を英語で要約してくれた。ここに記して感謝したい。英語で書かれた関連記事としてこれがある)。
ロイター調査は、7月2日から13日にかけて行われたが、そのなかに次の質問がある-「貿易摩擦は、貴社の2018年度設備投資計画にどのように影響する可能性がありそうですか?」。253の大企業と中堅企業がこの質問に回答した。
結果は3つある。第一に、ロイター調査に回答した企業のうち、24%が様子見の姿勢をとると報告している。つまりこれらの企業は、貿易政策を巡る争いを受けて、2018年度に実施する予定だった設備投資を見合わせる、もしくは撤回するかもしれない。第二に、静観の構えを見せる企業の割合は製造業の方が高い。これは、企業の不確実性に関する調査で私たちが米国の企業について明らかにしたことと同じである。第三に、鉄鋼、非鉄、繊維、パルプそして紙を製造する企業の約半数が成り行きを見守る態度を示している。要するに、この調査結果からはトランプ流の貿易政策を巡る不確実性が、外国の設備投資も妨げることが分かる。他国でこのタイプの反応が起こると、米国輸出に対する需要が削がれる。
幸いなことに、これまでのところトランプ流の通商政策を巡る不確実性が、設備投資に及ぼす悪影響はあまり大きくないようである。少なくとも米国では、その弊害が好調な景気を背景に起きている。あまり好ましくない状況、すなわち貿易障壁が今後も高まり続けるとすると、通商政策におけるトランプ式のやり方は経済を激しく傷つける可能性がある。
最後に、関税の引き上げや通商政策を巡る不確実性がもたらす弊害は、短期における投資への影響だけにとどまらないことを強調しておかなければならない。通商政策におけるトランプ流のやり方に対するその他の批判については、数ある中でもRobert Barro、Alan Blinder、John Cochrane、Doug Irwin、Mary Lovely and Yang Liang、Greg Mankiw、Adam Posenの各氏による優れた論評がある。
本稿は、2018年8月12日にEconbrowser.comにて掲載されたものを、Econbrowserの許可を得て、翻訳、転載したものです。
原文"Trump's Trade Policy Uncertainty Deters Investment"を読む