Special Report

LIBOR:新しいようで古い問題

瀬田 (中野) 聖子
コンサルティングフェロー

はじめに

2012年11月4、5日に開催されたG20財務大臣・中央銀行総裁会議では、「(LIBOR(the London Interbank Offered Rate)等の)指標およびインデックスの設定に係る慣行の脆弱性に対処し、信頼を回復するための手段を特定するためにとられた措置や進行中の検討を歓迎」するとの声明が出された。このLIBOR等を巡る問題は、バークレイズ PLC、バークレイズ・バンクPLCおよびバークレイズ・キャピタル Inc.(以下、「バークレイズ」という)が、虚偽情報の流布、相場操縦の企て等を理由に、民事制裁金の支払い命令を受けたことによって、広く知られることとなった。しかし、本レポートでは、実は、この問題は、前々から存在する問題であることを、過去の法執行事例を概観しつつ明らかにする。また、この問題への対処方法が、近年、これまでの取引所を介した間接的な監督方法から、指標算定の直接的な監督の方向に進みつつあること等、近時の市場当局による取り組み状況を紹介する。

バークレイズ事件の米国法における位置づけ

2012年6月27日、バークレイズは、米国商品先物取引委員会(CFTC)より、虚偽情報の流布、相場操縦の企て等を理由に、民事制裁金2億ドルの支払い、業務改善等を命じられた。

この命令は、米国において、株式以外のデリバティブ取引を主に規定している商品取引法(CEA)が根拠となって出されている。CEAのセクション9(a)(2)は、虚偽情報の流布を可罰的違法性がある行為としている。具体的には、電信、電話等の通信手段を用いて、州際通商における価格に影響を及ぼす又は及ぼす可能性のある市況について、虚偽情報、誤解を生じさせうる情報、又は、故意に不正確である情報を、故意に流布すること又は流布せしめる行為としている。また、CEAのセクション6(c)および6(d)は、相場操縦又はその企て等が、民事制裁金等の対象となると規定している。具体的には、CFTCが、CEA違反、州際通商において相場操縦又はその企て等が行われていると信ずるに足りる相当の理由がある場合、CFTCは訴状を送達し、民事制裁金等を課すことができるとしている。

バークレイズは、主に、このセクション6(c)、6(d)および9(a)(2)に違反したとして、CFTCから民事制裁金等の支払いを命じられたのである。各条文の構成要件に照らして適用状況を見ると、次のとおりである。

【セクション9(a)(2):虚偽情報の流布】
  • バークレイズは、米ドル、日本円および英国ポンドのLIBORおよびEuribor(the Euro Interbank Offered Rate)に関する情報を、日常的に意図して、それぞれの指標算定主体である英国銀行協会(BBA)および欧州銀行連合会(EBF)(実質的には、それぞれから指定委託を受けているトムソン・ロイター社)に送信していたこと。
  • バークレイズが日常的に送信していた情報は、州際通商の価格に影響を及ぼす又は及ぼす可能性のある無担保借入金利に関する市況であること。
  • バークレイズが送信していた情報は、バークレイズの自己のデリバティブ・ポジションを有利に導くため又はバークレイズの財務評価を下支えするためという借入コストとは無関係の要素によって、反復継続的に導かれた虚偽の値であったこと。
【セクション6(c)および6(d):相場操縦の企て】
  • 自己のデリバティブ・ポジションを有利に導きたいとするデリバティブ・トレーダーと、指標算定主体にLIBORおよびEuriborに関する情報を送信していた送信担当者との間で行われたコミュニケーション記録から、相場操縦を企てる意図の証明できること。また、この記録によって、送信担当者が虚偽情報の送信について認識していると証明できること。
  • デリバティブ・トレーダーは、送信担当者に対して、自己のデリバティブ・ポジションを有利にする特定の値を伝えた上で、それを送信するよう要請していたこと、また、送信担当者はデリバティブ・トレーダーの要請どおりに、その値を送信していたことから、相場操縦を企てるという意図を遂行するための明白な行動を証明できること。

虚偽情報の流布および相場操縦の企てに該当する事件

このバークレイズ事件は、指標算定に内在する問題を広く知らしめることとなったが、実は、この問題は新しいようで、古い問題なのである。1995年以降、CFTCが、虚偽情報の流布(CEA9(a)(2))および相場操縦の企て(CEA6(c)および6(d))により法執行を行った事件は、計40件あり、バークレイズ事件は、その1件にすぎないのである。

ここで、過去の40件の事件を振り返ってみる。表1は、全事件の概要を示している。バークレイズ以外の全39件のうち37件が天然ガス価格、1件が原油価格、1件が食肉牛価格に関するものである。天然ガス価格に関する事件の主な構図は、天然ガス・トレーダー等が、民間出版社である指標算定主体に対して虚偽情報を送信し、この指標算定主体の出版物が媒体となって、虚偽情報が流布したというものである。原油価格に関するものも天然ガスを同様の構図である。食肉牛価格に関するものは、食肉牛トレーダー等が、シカゴ商品取引所(CME)上場の食肉牛先物取引で参照されている米国農務省公表の食肉牛価格統計の調査に対して虚偽情報を送信し、この食肉牛価格統計が媒体となって虚偽情報が流布したというものである。

これら事件の指標は、金利、天然ガス、食肉牛と異なるが、いずれの事件も、相場操縦者によって指標算定主体に送付された虚偽情報が、指標算定主体を媒体として流布したという構図である。これらより、指標算定に内在する問題は、LIBORに限って生じるものではないことがわかる。

表1:CFTCによる虚偽情報の流布又は相場操縦の企てにかかる法執行(1995年以降)
[PDF:39KB]

これまでの対処

これまで、指標算定に内在する問題への対処は、指標算定主体の直接的監督ではなく、市場当局の監督対象である取引所を介して間接的に行われてきた。具体的には、取引所が算定指標値を参照したデリバティブ契約(このようなデリバティブ契約は、現金決済型と呼ばれる)を上場している場合、市場当局は、その参照指標値の動向を監視し、虚偽情報の流布や相場操縦に該当する行為が確認された場合、その行為主体に対して法執行するという形で行われてきた。

米ドルLIBORの場合、米ドルLIBORを参照しているユーロドル3カ月先物が、CFTCの監督対象であるCMEに上場されているため、CFTCは、米ドルLIBORの動向を監視するという形である。このような現金決済型デリバティブ契約の監視は、例えばCFTCの場合、次のような視点で行われている。
(1)現金決済型デリバティブ契約が参照している指標は、参照されていない他の類似値と整合的に動いているか。
(2)現金決済型デリバティブ契約において、大口ポジションを有するトレーダーは、その参照指標に影響を及ぼすことができるか。
(3)指標算定主体に対して、著しく乖離した値を送信してきている者が存在する場合、その者は、そうすることよって、現金決済型デリバティブ契約で利益を得られる立場にあるか。

このうち(1)の視点については、CFTCゲンスラー委員長が、2012年9月24日に欧州議会で示した図Bから図Eで、具体的に見ることができる。

図B、CおよびDは、カバー付き金利平価式を用いて、為替レート(欧ユーロ、英ポンドおよび日本円)からインプリシッドに導かれる米ドルの借入金利と、米ドルLIBORを比較した図である。欧州、英国、日本および米国の間での資本移動は完全であり、通常、裁定取引によって、カバー付き金利平価は成立していると考えられる。しかし、図B、CおよびDは、2008年以降、インプリシッドに導かれた米ドルの借入金利と、米ドルLIBORの間に、恒常的乖離が生じるようになったことを示している。

図B:カバー付き金利平価から導かれる米ドル借入金利と米ドルLIBORの比較(欧ユーロ)
図B:カバー付き金利平価から導かれる米ドル借入金利と米ドルLIBORの比較(欧ユーロ)
(CFTCゲンスラー委員長スピーチより再掲)
図C:カバー付き金利平価から導かれる米ドル借入金利と米ドルLIBORの比較(英ポンド)
図C:カバー付き金利平価から導かれる米ドル借入金利と米ドルLIBORの比較(英ポンド)
(CFTCゲンスラー委員長スピーチより再掲)
図D:カバー付き金利平価から導かれる米ドル借入金利と米ドルLIBORの比較(日本円)
図D:カバー付き金利平価から導かれる米ドル借入金利と米ドルLIBORの比較(日本円)
(CFTCゲンスラー委員長スピーチより再掲)

また、図Eは、米ドルLIBORのボラティリティと類似の短期金利のボラティリティを比較した図である。この図からも、2008年以降、米ドルLIBORにおいてのみ、ボラティリティが低下し、他の類似値の動向と整合的ではないことが見てとれる。

図E:米ドルLIBORのボラティリティと類似の短期金利のボラティリティの比較
図E:米ドルLIBORのボラティリティと類似の短期金利のボラティリティの比較
(CFTCゲンスラー委員長スピーチより再掲)

市場当局は、このような経済的合理性に照らして説明が困難な事象を端緒として、取引所に上場されている現金決済型デリバティブ取引を監視することによって、これまで、虚偽情報の流布等の不公正取引に対する法執行に繋げている。

指標算定に内在する問題へのこれからの対処

しかし、指標算定に内在する問題への対処は、近年、これまでの取引所を介した間接的な監督方法から、指標算定を直接的に監督する方向に進みつつある。特にバークレイズ事件が明るみになって以降は、その方向性が鮮明になっている。

この問題に対する最も先駆的な取り組みは、2011年11月のG20カンヌ・サミット最終宣言を受けて、証券監督者国際機構(IOSCO)が、2012年10月に公表した「石油価格報告機関に関する原則」である。この原則では、石油を始めとしたコモディティの指標算定主体に対して、主に以下の事項を自主的に実施することを求めるとともに、自主的取組で不十分な場合には、適切な当局による直接的な規制等を検討するとしている。

  • 指標算定における透明性を確保すること
  • 指標算定へは約定価格を優先的に採用すること
  • ガバナンスを改善すること
  • 指標算定過程に関する情報を記録保管すること
  • 関係市場当局へ指標算定にかかる情報を提供すること
  • 本原則の遵守状況について外部監査を実施し公表すること

本原則は、2012年11月に開催されたG20財務大臣・中央銀行総裁会議において歓迎されたところである。

バークレイズ事件が明るみになって以降始まった取り組みとしては、欧州委員会および英国が、指標算定に内在する問題に対処するために、法改正に向けた手続きを開始している。欧州委員会は、相場操縦に対する刑事罰に関する指令を改正し、明示的に指標算定主体を介した虚偽情報の流布を該当行為とするとともに、これに関連する規制の枠組みを改善するために、現在、指標算定に内在する問題に関するパブリック・コメントを募集している(2012年11月15日締切り)。これに平行して、英国では、2012年9月28日に、次の事項を含むLIBOR改革案が公表された。

  • LIBORの運用およびLIBORへの情報送信を英国金融サービス市場法によって規制するとともに、LIBORの相場操縦およびその企てに対して英国金融サービス機構(FSA)が法執行を行えるようにすること
  • LIBOR運用主体を、BBAから規制当局が選定する独立委員会が実施する入札によって選定された主体に変更するとともに、新しい運用主体に対しては、LIBORへの情報送信におけるガバナンス確保、監視、調査等を義務付けること
  • 十分な約定データが得られない通貨等については、LIBORの算定・公表を行わないこと
  • 欧州や金融安定化理事会(FSB)において、LIBOR又はそれに替わる指標について議論するとともに、国際的なベンチマーク指標に関する原則を策定すること

現在、英国議会上院において、この改革のための金融サービス法の検討がなされているところである。

更にIOSCOにおいても、2012年9月14日に、金融市場の指標に関するタスクフォースが設置され、2013年第1四半期を目途に、指標算定にかかる問題点の特定化、指標算定主体の監督等に関する原則の策定が進められている。また、世界的には、2012年11月のG20財務大臣・中央銀行総裁会議において「LIBOR・EURIBORその他の金融指標に関して、我々は、指標およびインデックスの設定に係る慣行の脆弱性に対処し、信頼を回復するための手段を特定するためにとられた措置や進行中の検討を歓迎し、合意されたFSBの調整者としての役割を歓迎する」との声明が出されたところである。

一方、日本の商品デリバティブ規制においては、既に2008年に、表1で示した一連の事件を受けて、産業構造審議会商品先物取引分科会において、指標算定主体への虚偽報告にかかる問題が審議されている。審議では、「価格指標公表主体に対して虚偽の報告を行うことによって、先物市場又は現物市場で利益を得ることが可能となる」との見解が示され、「多様な相場操縦行為が登場していることを踏まえ、取引所における価格形成の公正を確保するためには、(中略)幅広い相場操縦行為に対する規定を整備することが適切である」との答申が出された。この答申を受けて商品取引所法(現在の商品先物取引法)改正案が検討された。現在、この指標算定主体への虚偽報告については、商品先物取引法第356条第1項に該当すると考えられている。

おわりに

相場操縦者が指標算定主体に送付した虚偽情報が、指標算定主体を媒体として流布し、相場操縦者がデリバティブ市場等において利益を得るという構図は、バークレイズ事件によって、広く知られることとなった。しかし、実は、この構図は、前々から存在する構図なのである。

今後、このような構図の相場操縦に対する法執行や指標算定主体の監督方法について、国際機関や国等の様々なレベルで議論が行われて行くこととなる。そのような中、筆者は、特に、相場操縦の標的となってしまった指標の算定主体や当該指標を参照した取引を上場している取引所の所在国が、当該指標によって影響を受ける国と異なる場合の法執行について、有効な措置枠組みはどのようなものかという問題意識を持って注目していきたいと考えている。

2012年11月13日

2012年11月13日掲載

この著者の記事