世界では、異常気象の発生する頻度や期間、そしてその強度が大幅に増大することが予想されている。本稿では、世界的な凶作や天候不良によって引き起こされる世界的な食料価格の上昇がマクロ経済に与える影響を検証し、経済活動の低下は低所得国よりも先進国で大きいことを明らかにした。この結果は、従来考えられていたよりも気候変動が先進国にもたらす影響が大きい可能性を示唆しており、新型コロナウイルス感染症発生以降の食料価格の大幅な上昇は、経済活動の回復を著しく阻害する可能性がある。
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、干ばつ、熱波、豪雨などの異常気象が発生する頻度や期間、そしてその強度が大幅に増大すると予測している(IPCC 2021)。概して低所得国では、すでに気温が上昇しており、生態系が生物物理学的な限界に近づいているのに加えて、異常気象の影響を軽減する技術へのアクセスが少ないため、異常気象による地域経済への直接的な影響が大きくなると考えられる。さらに、異常気象の影響を最も受けやすい産業部門は農業だが、ほとんどの低所得国では、経済活動に占める農業の割合が非常に高い(Nordhaus 2006, Dell et al.2012, Noy 2012, Tol 2015, Cruz and Rossi-Hansberg 2021)。気候変動によって生じる貧困国の負担は非常に重く、富裕国の温室効果ガス排出削減の阻害要因になっているという議論もしばしばなされている(Althor et al.2016)。
しかし、異常気象の発生頻度や強度が全世界的に増大していることに加えて、気候変動による作物病害や害虫被害も世界的な農業生産量の不足や食料価格の高騰を招き、異常気象に直接さらされていない国々の経済パフォーマンスにも影響を与える可能性がある。具体的にIPCCは、最重要穀物の世界的な生産地が異常気象に脆弱な少数の地域に集中していることから、世界的な食料システムの崩壊や農業生産量の不足が世界的な食料価格の大幅な上昇を引き起こすリスクが大きいと予測している(IPCC 2019)。このような世界レベルでの食品市場の混乱はSFではない。例えば、複数の主要生産地域で同時に発生した激しい干ばつは、2010年後半に40%、2012年夏には20%、主要穀物の価格をそれぞれ上昇させる主因となった(Barriopedro et al.2011, De Winne and Peersman 2016)(図1)。1951年から2010年ごろまでは「100年に1度」と言われていたような極めて厳しい世界的な食糧危機が、今世紀半ばまでには30年に1度の頻度で起こるかもしれないと研究者は結論づけている(Bailey et al.2015)。
世界食料価格危機の経済への影響
De Winne and Peersman (2021a)において、我々は、世界的な食品市場の混乱が75の先進国と途上国の経済活動に与える影響を検証した。各国について、世界の他の地域で発生した凶作や異常気象がもたらした世界の食料価格の変化が及ぼす影響を推定した。凶作とは、4つの最重要穀物(トウモロコシ、小麦、米、大豆)の収穫高が不測の危機的状態に陥ることである。異常気象は、農業で加重平均された世界の気象条件(グリッドレベルの農業生産高とクロップカレンダーで加重平均された平均気温と総降水量の二次関数)が過去の平均値と長期トレンドから乖離することである。各国への影響を推定するにあたっては、世界食品市場を介したマクロ経済への影響を測定するという観点から、異常気象が生じた国が受ける直接的な影響ではなく、世界の他の地域で生じた異常気象がそれぞれの国の経済活動に与える影響のみを対象とした。
図2は、凶作と異常気象によって世界の食料価格が10%上昇した場合における75カ国の経済活動の反応について、その平均を示したものである。どちらの食料価格変動要因においても動学的な影響はほぼ同じで、実質GDPは6四半期後に最大の下げ幅であった(0.53%)。過去に異常気象によって10%以上、最大30%の価格変動を引き起こしたことがあることを考えると、この影響はかなり大きい。この結果はまた、最近の世界的な食料価格の高騰(図1参照)が、コロナ後の回復を妨げる可能性を示唆している。
さらに、食品市場の混乱を受けて、世界の経済活動の複数の指標が低下する(と予想される)一方で、消費者物価は大幅に上昇することがわかった。関連研究である、De Winne and Peersman(2016)とPeersman(近日発表予定)では、米国とユーロ圏それぞれについて、食料価格の高騰は食品の生産チェーンを通じて食品小売価格に影響を与えるだけでなく、賃金上昇や為替レートの変動を通じて間接的なインフレ効果を引き起こすことが示唆された。さらに、家計においては、食料消費が減少するだけでなく、耐久財消費や投資もはるかに大きく減少する。投資の減少は、インフレの影響を安定させるために行われる金融政策対応の結果でもある。全体としては、マクロ経済への影響は、消費者物価指数と家計消費に占める食料品の割合によって示される最大衝撃値の倍数であることがわかった。
富める国と貧しい国の違い
図3を見ると、高所得国と中所得国は、他国での凶作や異常気象による世界的な食料価格の変動の影響を大きく受けていることがわかる。高・中所得国の実質GDPは、それぞれ0.52%と0.91%減少しているのに対し、低所得国の減少幅は0.19%に過ぎず、統計的にも有意ではない。
先進国への影響が大きいのは意外である。なぜなら、先進国では、家計支出に占める食品(日用品)の割合が低所得国に比べてはるかに低いからである。また、一般的に高所得国では政府機関がより効果的に機能しているため、食料価格の上昇によって、食糧暴動など経済活動に悪影響が及ぶような紛争が起こる可能性は低い(De Winne and Peersman 2021b)。さらに、先進国では金融市場が発達しており、所得ショックも吸収されやすい。
しかし、こうした有利な条件は、いくつかの不利な条件によって相殺されていることがわかった。まず、農産物の輸出超過国では、マクロ経済への影響が小さいことがわかった。これは交易条件効果によって説明できる。また、経済活動において農業の割合が高い国では、実質GDPの下落がより限定的であることもわかった。これは、こうした国には自給自足の農家が多く、また農村部では輸送コストが高いために多くの農産物が地元の市場でしか取引されていないことから、国内の食料価格が世界食料価格の変動から切り離されていることが理由として考えられる。さらに、GDPに占める非農業貿易の割合が低い国でも、影響が小さいことがわかった。つまり、食料価格の上昇によって世界経済が悪化しても、貿易を通じて世界の他の地域との統合が進んでいない国では、受ける影響が小さいということである。
低所得国はこうした条件に当てはまる典型例であり、このことから、低所得国が世界的な食料価格の上昇の影響を受けにくい理由は説明できる。特に、低所得国の条件をパネル回帰でコントロールすると、一人当たりの所得が高いほど、経済活動の低下は少なくなることがわかる。
結論
主要な農業生産地域で干ばつや熱波などの異常気象が起こった結果、世界的に食料価格が上昇し、「気候変動が全くなかった場合」のシナリオと比較して、経済活動はより頻繁に、より大きく低下する。一般的な認識とは異なり(例:Financial Times 2021, Espitia et al.2020)、世界的な食料価格の上昇によるマクロ経済への影響は、低所得国よりも先進国においてのほうが大きい。このことは、これまで考えられていたよりも、気候変動が先進国に与える影響が大きい可能性を示唆するものである。このことはまた、Headey (2011) や Hertel and Rosch (2011) が以前から主張しているように、食料価格上昇の厚生効果について、より詳細な議論が必要であることを示唆している。
最後に、世界的な食料価格の変動は、多くの国の経済活動にとって非常に重要である。新型コロナウイルス感染症発生以降、大幅に上昇している世界の食料価格は、経済活動の回復を妨げる可能性がある。
本稿は、2021年8月29日にwww.VoxEU.orgにて掲載されたものを、VoxEUの許可を得て、翻訳、転載したものです。