多くの国同様、米国は、重要経済課題の解決にむけ、政府と市場とが互いに補完・代替し合う協調関係のあり方を模索し続けている。経済分析は、米国の政策担当者が国民の目標と整合する3つの重要経済課題に取り組むにあたり、その解決に寄与するものである。
国民の第1の目標は、物質的な生活の質 (QOL) を最大限に高めることである。経済理論の上では、この目標は十分な市場競争が存在する経済環境において達成されることになっている。すなわち、消費者と労働者が十分な情報に基づいて選択を行い、負の外部性が効率的に減少し、費用対効果を考慮したイノベーションが奨励され、社会的に望ましい公共財が提供されるような環境である。
第2の目標は、成功の機会を得ることである。経営者が雇用や昇進を決定する際に、特定の個人や集団に対して差別的な扱いをすることを防ぎ、教育機関の入試担当者が特定の受験者集団を有利あるいは不利に扱うような差別を行うことを防げれば、この目標は達成可能である。
第3の目標は、恵まれない家庭環境に生まれる、あるいは不測の事態が生じることによって困難な状況に陥った場合も、十分なQOLを維持することである。家計を貧困レベルより上に維持するために必要な資源が提供され、各家庭に価値財(個人や社会が支払いの能力や意思ではなく必要の概念に基づいて持つべき財)が提供されればこの目標は達成できる。
物質的なQOLを最大限に高めるという、一般的に経済効率に関連する第1の目標とその要素をここでは経済的目標と位置づけ、一般的に富の再分配に関連する第2・第3の目標とそれらの要素を社会経済的目標、もしくは短縮して社会的目標と位置づける。
残念ながら現時点では、経済学者や資本主義が前述の目標の達成に役立つのかというと、国民からの信頼度は低い。その結果、特に経済的に困窮している若者をはじめとする多くのアメリカ人は、市場という解決策に対して拒否反応を示す。だが、これは重大な誤りだ。市場の力が米国の目標達成を後押しするという実証的なエビデンスは蓄積されているのに、このことが見落とされてしまっているからである。
拙著Gaining Ground: Markets Helping Governmentにおいて、筆者が入手可能なエビデンスを統合して主張したのは、現在見受けられる市場への不満とは対照的なことである。特に、経済的・社会的目標の達成において政府の政策効果が限定的な場合には、市場の力も目標達成への一助であると政府が認めることによって、米国社会は大きく前進してきたのである。さらに、政府が制約を取り除き、市場が目標達成に向けてより大きな役割を果たせるようになれば、社会はさらに前進できるとも述べた。
本書の中心的なテーマは、激しい競争と技術進歩を通じて市場がダイナミックな力を有し、経済的・社会的目標の達成を支え、これら2つの目標を同時に達成するのに有益な相互作用を生み出しているということである。さらに、市場には政府にはない強みもある。たとえば効率性のインセンティブへの反応、失敗の結果を受け入れるという形でのアカウンタビリティ、困難で時間のかかる調整を進め、変化する状況に対応し失敗を克服する能力、試行錯誤を繰り返しながら、効率化によって既存の殻を破り、市場参加者をまったく新しい活動に従事させることを可能にするようなイノベーションの開発・導入能力などである。実際に市場は、初期段階では実験に失敗しても最終的には成功するように、小規模な実験を繰り返し行うことを市場参加者に促している。
市場の最大の長所(競争、効率性のインセンティブ、イノベーションと技術変化、政府による不正や非効率性を露呈させる可能性)については、本書のさまざまな場面で繰り返し登場する。繰り返しは退屈かもしれないが、共通のツールを持つことで市場が柔軟になり、さまざまな問題に対処できることを示すという点において重要なのである。
表1は、市場の力で引き起こされた競争と技術進歩が、政府の経済政策の改善にいかに役立ってきたかをまとめたものである。市場の力は、コストと価格の引き下げ、製品の品質向上、新たな製品・サービスなどの形で、何兆ドルもの直接的、波及的な恩恵をもたらしてきた。本書で実証研究に基づいて論じているその累積効果は、米国の年間成長率を少なくとも1ポイントは押し上げている。
表2は、市場環境において企業がビジネスチャンスを追求しブランド価値を高めていこうとするインセンティブが、貧困や労働市場における差別を抑制し、価値材を提供する政府の社会政策を後押しし、米国社会において最も脆弱な立場にある人々のQOLを向上させてきたことを示している。
政府の政策が改善されれば、市場の力によって消費者の厚生がさらに拡大する可能性が開ける。たとえば、いまだに政府の規制を部分的に受けている多くの市場における価格引き下げとサービスの質の向上、環境外部性を軽減する技術進歩の促進、公的部門によるさまざまな非効率的なサービスを代替する民間市場の創出などだ。また、政策改革によって、市場が技術進歩を促進し、効率的で新しい民間市場を作り上げることで、社会的目標の達成をさらに後押しできる。
市場がさまざまな形で政府を支え、そして機会が与えられれば、その支援をさらに拡大できるということは非常に重要である。なぜなら、効率的な政策改革を特定し、制定するための障害を克服するよう政策担当者に訴えるだけでは十分ではないからである。政策立案の場に蔓延する現状維持バイアスを克服するために押すべき正しいボタンが(おそらく永遠に)分からないから実現しないのだ。だからこそ、いつまでも非効率性がはびこる。これを是正できるのは市場だけである。
市場が政治を後押しするという視点を推進する上では、政策研究者で構成される委員会を創設し、市場が政府に寄与し得る複数の分野に関して詳細かつ緻密な提案を行い、これを産・学・政による議論の叩き台とすることが有益であることを示唆し、本稿の結びとしたい。いかにして市場が政治を後押しできるかを解明するような一連の政策実験をこの委員会が提案し、それを5年後などに別の委員会が検証することも考えられるだろう。こうした取り組みによって政策コミュニティの考え方が根本的に変わり、市場が効率性のインセンティブや、さまざまな競争の出現、技術進歩につながるイノベーションなどを提供することで、経済的・社会的目標の達成に市場がどれだけ貢献できるのか、定期的に検討するようになることを期待したい。
本稿は、拙著Gaining Ground: Markets Helping Governmentの要約である。