世界の視点から

お父さんが家に居られるとき―父親の職場の柔軟性と母体の健康―

Petra PERSSON
CEPRリサーチアソシエイト/スタンフォード大学助教授(経済学)

Maya ROSSIN-SLATER
スタンフォード大学助教授(健康研究・政策)

職場の柔軟性は、母親である女性の労働市場における成果を改善し、男女間の賃金格差をさらに縮小する上で重要な要素であると考えられている。しかし、父親が職場の柔軟性を重要視しているのかどうか、他の家族がそれから恩恵を得ているのかどうかなど、職場の柔軟性の他の側面についてはほとんど知られていない。本稿では、スウェーデンの社会保険改革を利用し、職場の柔軟性が高い場合、父親はそれを活用すること、また父親の職場の柔軟性は母体の健康にプラスの波及効果を及ぼすことを論証する。

職場の柔軟性は、母親である女性の労働市場における成果を改善し、男女間の賃金格差をさらに縮小する上で重要な要素であると考えられている。しかし、父親が職場の柔軟性を重要視しているのかどうか、他の家族がそれから恩恵を得ているのかどうかなど、職場の柔軟性の他の側面についてはほとんど知られていない。本稿では、スウェーデンの社会保険改革を利用し、職場の柔軟性が高い場合、父親はそれを活用すること、また父親の職場の柔軟性は母体の健康にプラスの波及効果を及ぼすことを論証する。

世界の多くの国では、幼い子どもを持つ母親および父親の大半は家庭の外で働いており、仕事の責任と家族としての責任との両立を図らなければならない。職場における時間的柔軟性を促進する政策が施行されれば、例えば子どもの病気や降雪による休校など、予期しない家族のニーズが発生した場合でも、親は仕事上の障害を最小限に抑えながら労働時間を再調整できる。つまり、職場の柔軟性の重要な特性は、いつ仕事を休んで家に居るかについての柔軟性を生むことにある。予期せぬ家庭のニーズに対しすぐに対応できるよう「待機」するのは、父親よりも母親である傾向が強いため(Weeden et al. 2016)、職場の柔軟性は、母親である女性の労働市場における成果を改善し、男女間の賃金格差をさらに縮小させる上で重要な要素であることが、近年急速に発展するこの研究分野において論じられている(Bertrand et al. 2010, Goldin 2014, Goldin and Katz 2016)。

しかし、職場の柔軟性の他の重要な側面について私たちが知っていることはとても少ない。第一に、父親は職場の柔軟性を重要視しているのだろうか。言い換えれば、職場に柔軟性がある場合に、父親はそれを活用するのだろうか。第二に、例えば、個人の労働時間は家族関係の質や配偶者のウェルビーイングに悪影響を及ぼすなど(Shafer et al. 2018, Fan et al. 2019)、仕事に関連するストレスは家庭内に波及することをいくつかの研究が論証している一方で、職場の柔軟性を促進する政策がこうした負の波及効果を緩和し得るのかどうかについてのエビデンスはまだ乏しい。家族の一人が職場の柔軟性を促進する政策の対象である場合、他の家族は恩恵を受けるのだろうか。第三に、職場の柔軟性は家族を形成することによって生じる母親のキャリア形成上のコストを削減する役割があるという理解だが、それに比べて、子どもを持つことに関連する他のコストについて職場の柔軟性がどのような影響を及ぼしているのかあまりわかっていない。

最近の私たちの研究(Persson and Rossin-Slater 2019)において、上述の疑問に答えるため、職場の柔軟性へのアクセス増加に対する父親の反応と、父親が職場の柔軟性にアクセスできることによる母体のウェルビーイングへの波及効果を分析している。波及効果がとりわけ大切と思われる時期として、家族の生活にとって重要な意味を持つ出産直後の数カ月に分析の重点を置く。この時期の母親にとって、家族を持つことの主要なコストは、自分のキャリア形成上のコストではない。キャリア形成上のコストは、出産後長い期間をかけて大きさと重要性が増加する(例えば、Kleven et al. 2018)。それよりもこの時期の主要なコストはむしろ、産後の回復期における身体と心の健康によるものである。そこで私たちは、新しく父親になった男性の職場における柔軟性が、母親の産後の健康回復を通じた波及的な便益をもたらすのかどうかを検証する。

この論点を調査するため、スウェーデンの社会保険改革を利用する。この改革は、育児休業制度の主要な制限を緩和することによって、新しく父親になった男性の職場における柔軟性を効果的に増大させた。改革前のスウェーデンの育児休業制度では、子供1人につき16カ月間の有給の就労保障休業が付与され、それを2人の親の間で配分していた。しかし一般に、両親が同時に休業を取得することは認められておらず、実際、同時に休業が認められるのは出産前後10日間に限られていた(以下、こうした10日間の休業を「基本休業」と呼ぶ)。スウェーデンの母親は実質的に全員が出産後数カ月完全休業を取るので、このルールは、父親が母親と同時に有給の休業を利用する資格を事実上制限するものであった。実際、一般的な家庭においては、母親が産後14カ月間休業し、父親は母親が仕事に復帰して初めて休業を取っていた。2012年1月1日に施行された「Double Days」改革により、両親は、子どもが1歳になるまでの間、追加で30日を上限に同時に完全休業できるようになり、同時休業の制限が緩和された。重要なのは、こうした同時休業を断続的に取得することが可能な点であり、よって父親には、母子とともに家に居るための有給休業を請求するかどうかを1日単位で選択する柔軟性がさらに付与されたことにある。

父親が家に居ることに対する家族の需要、ならびに父親が家に居ることが母体のウェルビーイングに与える潜在的な影響について予測を立てるため、まず簡単な理論的枠組みを示す。この枠組みでは、家族は父親が母親とともに家に居るべきかどうかを毎日決定しなければならない。この決定は、父親の在宅によってもたらされる家族の便益とそれに関わるコストとの間のトレードオフによって決まる。それに関わるコストとは、父親の収入の損失分(休業給付は賃金の一部相当額のみ)および将来における育児休業日の利用機会の損失である。また、重要なこととして考慮に入れなければならないのは、父親の在宅による便益は日によって異なることである。ぱっと考えつくだけでも、母親の具合が悪い時、医療が必要な時、あるいはストレスや不安を抱えている時など、母親に対する追加のサポートがとりわけ貴重である日があるだろう。主要な理論的予測は、母親に対するサポートのニーズが最も高い日に父親が母親のそばに自宅で付き添うことを家族が選択するということである。

次に、Double Days改革が父親の休業利用と母体の健康に及ぼした影響について包括的な実証的分析を行うため、私たちは、出生記録、育児休業請求、ならびに入院、専門医の外来受診および処方薬の記録など、スウェーデン当局の複数のデータソースを接続した。初産の単胎児の親に関する2008年から2012年までのデータを用いて、改革前後3か月間に子どもが誕生した親のアウトカム変数の差異と、改革前3年間の同時期における同様の親のアウトカム変数の差異を比較する調査設計により研究を実施した。したがって私たちの実証的戦略は、改革が行われていない年の10月-12月と1月-3月に出産した家族のアウトカム変数のその他の差異(例えば、異なる季節に出産した母親の特徴の差異、法律上の休日における差異、学齢に関する法律に基づく出産のタイミングの差異など)を差し引く一方で、Double Days改革直後に生まれた子どもの両親に対する同時休業の資格の変化を利用するものである。

まず、職場の柔軟性がより高い場合、父親はそれを利用することを示す。Double Days改革の結果、父親が基本休業である10日を超えた日数の休業(以下、「基本休業後の休業」と呼ぶ)を、子どもの誕生後の最初の60日間および180日間に利用する可能性がそれぞれ3.9%ポイントおよび5.9%ポイント増加した。これは、標本平均と比較してそれぞれ50%および24%の効果に相当する。基本休業後の休業利用に対する効果はかなりのものである一方で、興味深いことに、子どもの誕生後、最初の6カ月間に父親が取得した休業日数の合計は平均して1~2日増加したのみである。したがって、改革は父親の休業利用に関して、内延的というよりは外延的な影響を主に与えたようである。

次に、父親の職場の柔軟性は、母体の健康にプラスの波及効果を及ぼすことを示す。改革により、母親が出産に関連する合併症によって入院するもしくは専門医を外来受診する可能性は1.5%ポイント(14%)減少し、また、母親が産後6カ月間に抗生物質の処方を受ける可能性は1.9%ポイント(11%)減少したことが明らかになった。さらに、産後のメンタルヘルスにも改善が見られることがわかった。産後6カ月間に抗不安薬の処方を受ける可能性は、統計的に有意傾向ではあるが、0.3%ポイント(26%)減少していた。これらの効果のタイミングを検証してみると、産後3カ月間における抗不安薬処方の減少がとりわけ顕著であることがわかった(一般的な水準で統計的に有意)。特に産前に精神的・身体的既往症のある脆弱な母親については、こうした母体の健康に対する効果が絶対的に見ても相対的に見てもより大きい。

母体の健康に対する効果が大きいということは、休業を取る価値がとりわけ高い日に父親は休業を取る、という理論的予測と一致する。さらに、母親に産前の既往症がある家族においては、改革によって、母親が医療を受ける日に父親が休業を取る可能性が増したことも明らかになった。したがって、父親にとって職場の柔軟性が高まれば、母親が医療を受ける間、父親は家に居て子ども達の面倒を見ることが可能となり、加えて、そもそも医療介入を必要とする合併症を回避することもできる。

私たちの研究結果は、職場の柔軟性が限られている環境(例えば、有給の家族休業に関する国家政策のない唯一の高所得国である米国など)に重要な示唆を与えるものである。職場の柔軟性の欠如によるコストは、ほとんどを母親が負担する。それには、(先行文献で実証されているように)家族を持つことで生じるキャリア形成上の直接的なコストのみならず、予期しない家庭のニーズに父親が対応できないことで生じる出産後の母体の健康悪化など、間接的なコストも含まれる。私たちの研究は、父親が取得する休業の平均日数のわずかな増加が母体の健康に大いに有益であるということを明らかにした。更に、職場の柔軟性に関する政策は、休業する時期はいつが最も有益かについて家族が持つ私的情報を活用することができ、また割り与えられた休業日をいつ、どのように利用するのかを選ぶ行為主体性を家族に与えるものであることから、極めて費用対効果の高いものであり得ることが示唆される。

本稿は、2019年9月1日にwww.VoxEU.orgにて掲載されたものを、VoxEUの許可を得て、翻訳、転載したものです。

本コラムの原文(英語:2019年10月25日掲載)を読む

参考文献
  • Bertrand, M, C Goldin, and L F Katz (2010), "Dynamics of the gender gap for young professionals in the financial and corporate sectors," American Economic Journal: Applied Economics 2(3): 228–55.
  • Fan, W, P Moen, E L Kelly, L B Hammer, and L F Berkman (2019), "Job strain, time strain, and well-being: A longitudinal, person-centered approach in two industries," Journal of Vocational Behavior 110: 102–116.
  • Goldin, C (2014), "A grand gender convergence: Its last chapter," The American Economic Review 104(4): 1091–1119.
  • Goldin, C and L F Katz (2016), "A most egalitarian profession: pharmacy and the evolution of a family-friendly occupation," Journal of Labor Economics 34(3): 705–746.
  • Kleven, H, C Landais, and J E Søgaard (2018), "Children and gender inequality: Evidence from Denmark," NBER Working Paper 24219.
  • Persson, P and M Rossin-Slater (2019), "When Dad Can Stay Home: Fathers' Workplace Flexibility and Maternal Health," NBER Working Paper 25902.
  • Shafer, E F, E L Kelly, O M Buxton, and L F Berkman (2018), "Partners' overwork and individuals' wellbeing and experienced relationship quality," Community, Work & Family 21(4): 410–428.
  • Weeden, K A, Y Cha, and M Bucca (2016), "Long work hours, part-time work, and trends in the gender gap in pay, the motherhood wage penalty, and the fatherhood wage premium," RSF: The Russell Sage Foundation Journal of the Social Sciences 2(4): 71–102.

2020年6月8日掲載

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