世界の視点から

保護主義者の本能:労働市場ショックが保護貿易求める声を形成

Rafael Di TELLA
ハーバード・ビジネス・スクールWilliam Ziegler教授(経営学)

Dani RODRIK
ハーバード大学フォード財団教授(国際政治経済学)、CEPRリサーチフェロー

経済学者は従来、貿易に開放的であることの利益を強調してきたが、ポピュリストはその考えを拒否している。保護貿易を求める動きはどこまで一般化しているのだろうか。そしてそれは、労働市場に混乱をもたらしているその他の要因に比べて、どういうものなのだろうか。本稿は、失業をもたらすようなショックに直面したとき、反応として保護貿易を求める声が高まることが多く、特に、貧困国からの輸入がその原因である場合、最も大きな影響が認められることを示唆するものである。

2019年、ドナルド・トランプ米大統領は、数千億ドル相当の世界各国からの輸入品に関税を課し、選挙公約を果たした。主たる標的は中国である。同年5月までに、トランプ大統領は、中国からの輸入品3,250億ドル相当に25%の関税を課すと表明した(注1)。貿易戦争にはコストが伴うと指摘する批評家たちは、互恵的な取引に多くの利点があることを強調してきたが、中国との貿易が失業をもたらしてきたことも認めている。実際、Autor et al.(2013)をはじめ、幾人もの経済学者が過去に「中国ショック」に関する論文を書き、中国からの輸入増が多くの地域でどのように失業の増大、労働参加率の低下、低賃金化をもたらしてきたかを論じてきた。しかし、彼らは、こうした問題をなるべくコストをかけずに解決するには、影響を受けた人々に失業保険や再教育プログラムというかたちで資金を振り向ける必要があると説明している。経済モデルにおいて、保護貿易は、敗者への支援策としては極めて市場歪曲的な方法である。限られた範囲の商品(輸入品)に(過大な)関税を課し、非効率な国内生産を奨励するからである。

経済学者は、ポピュリストが諸手を挙げて保護主義を擁護する姿勢についても疑問を呈している。中国との貿易は、労働市場に影響を及ぼす数多くの衝撃の一つに過ぎないからである。技術革新や消費者の嗜好の変化、さらには経営上のミスさえもが、労働市場における需給関係に影響を及ぼしてきたことが分かっている。貿易ショックと同じように、これらの要因も、各企業が生産の縮小・拡大や生産拠点の移転を通じた調整を図らざるを得ない状況を生み出してきた。

実際、中国という側面以外に目を向けた大方の評価では、国際貿易とオフショアリングは米国における失業の要因のごく一部でしかないことが明らかになっている。労働市場の循環的変動や製造業雇用の恒久的消失(産業空洞化)をもたらした主たる要因は、技術変革(自動化)と国内需要の変化だった。Acemoglu et al.(2016)は、2000年代における製造業部門の失業のうち対中貿易の影響によるものは10%(間接的な影響によるものも含めてもせいぜい20%近く)と推定している。それでも、技術の導入や国内需要パターンの変化に対する政治的抵抗は、貿易関連の失業に対する政治的反応を前にかすんでしまう。経済学者は、自分たちの業界の保護を求める企業集団の影響をしばしば強調してきたが、保護主義はもっと幅広い有権者に受け入れられているようである。

貿易に対する反感はどこからきたのだろうか。その他の労働市場混乱要因に比べて貿易の影響が誇張されているということだろうか。それとも、熱狂的な愛国感情を利用し、他国を攻撃の標的にする扇動的な政治家に有権者が影響されやすいということなのだろうか。あるいは、失業に至るプロセスについての好みのようなものがあるということ、つまり、有権者は、この間に起きた貿易ショックを他のショックとは異なるものとして捉え、より強力な政府対応があってしかるべきと考えているということなのだろうか。

われわれの研究では、最後の仮説を裏付ける証拠(エビデンス)を提示している(Di Tella and Rodrik, 2019など)。貿易ショックは他のショックと本質的に異なるものと捉えられている。すなわち、失業という事実だけでなく、どういうかたちで失業がもたらされたかに関心が向けられているということである。われわれの推計によると、失業が国際貿易に起因する場合、とりわけ(富裕国の対語としての)貧困国への海外アウトソーシング(業務委託)が原因である場合に、人々は特に敏感に反応する。こうしたパターンは、当該仮説以外の上記仮説とは相いれない。例えば、米国の愛国感情が、「ライバル」として申し分ない裕福な国よりも貧しい国に貿易で「負ける」ことに強く反応するという現象につながるとは考えにくい。重要なのは、政策選好は一定していないということである。何かあると影響されやすいし、操作もしやすい。保護主義的傾向は、しかるべきナラティブフレーム(物語の枠組み)を与えることで増幅させ得るのである。

われわれのエビデンスは、米国で大規模なオンライン調査を実施して得られたものである。同調査では、衣料品工場が近々閉鎖されるというニュースを新聞記事の体裁で、調査対象者に読んでもらった。まず、調査対象者を無作為に6つの処置群に分け、それぞれに異なるシナリオの「新聞記事」を配布した。各処置群に配布された新聞記事は、工場閉鎖の理由について、(1)同工場で生産される製品に対する需要の減少(需要ショック)、(2)新たな省力技術が導入されたことによる生産停止(技術ショック)、(3)経営ミス(経営不振)、(4)先進国への海外アウトソーシング、(5)途上国への海外アウトソーシング、(6)劣悪な労働環境にある途上国への海外アウトソーシングによるものと説明している。

これらの処置群と比較対照するために対照シナリオも用意し、その新聞記事では失業に言及せず工場閉鎖についてのみ説明した。その上で、調査対象者にさまざまな政府の措置を支持するかどうかを尋ねた。選択肢は、「何もしない」「失業保険もしくは再教育というかたちで失業者に政府資金を投じる」「貿易保護策を講じる」の3つである。ベースライン調査で得られた結果は、経済的アプローチにとって好ましいものだった。回答者の大多数(70%)が失業者支援のための政府資金の拠出を選び、保護主義的な措置を選んだのは少数(9%)にとどまった。

図1:失業に対する政府対応に関する選好
図1:失業に対する政府対応に関する選好
注:「失業者に対する財政支援措置を講じるべき」または「輸入を制限すべき」を選んだ回答割合の対照群と処置群の差を表す限界効果。
出典:Di Tella and Rodrik (2019)

基本的に人々は失業に強く反応するという結果が得られた。われわれが用意した労働市場ショックに関する記事を読むと、政府が何らかの対応策を講じることを是とする回答がすべての処置群で大きく上昇することが確認できた。しかし、対応策の内容については、失業者への財政支援措置よりも保護貿易措置を選好する方向に強く偏っている。失業者への財政支援措置が必要とする回答はわずかしか増えなかったのに対し、貿易保護措置を講じるべきとする回答は20%~200%も増えた。

技術ショックや需要ショックのように貿易とは無関係の要因に起因する場合でも、保護貿易措置を求める回答は増えたが、貿易ショックはそれよりはるかに顕著な保護主義的な反応を引き起こした(図1参照)。貿易ショックの中でも、先進国との貿易が原因である場合より途上国との貿易が原因である場合のほうが、回答者は敏感に反応した。生産委託先の国名をフランスからカンボジアに変えるだけで、輸入からの保護を求める回答者の割合が6ポイントも上昇した(これは、ベースライン調査結果で保護貿易措置を講じるべきとした回答者の過半数に相当する)。

ベースライン調査の対象者(対照群)の政策選好が経済学者のアプローチ(失業給付金や職業訓練支援を強く選好)と一致したものの、処置群では、政策として望ましい財政支援措置より保護貿易措置のほうが、選好する回答者数の増え方がはるかに大きかった。われわれの調査では、失業が技術ショックや需要ショックのように貿易とは無関係の要因によってもたらされたものであっても、ほとんどすべての場合において、保護貿易が最も選好度の高い政府対応策であることがわかった。驚くべきことに、貿易に無関係なショックが原因である場合には、財政支援措置を求める回答者数にほとんど変化がなかった。

興味深い例外として、経営の失敗によって失業が発生した場合が挙げられる。これは、失業者に対する補償的な財政支援措置を求める回答者数が大きく増えた唯一のケースであり、保護貿易を求める回答者数がほとんど増えなかった唯一のケースでもある。補償的な財政支援措置とは異なり、保護貿易は失業した従業員だけでなく雇用主も助けることになる。経営の失敗で失業が発生した場合、回答者は、保護貿易を通じて経営者を利することを良しとせず、そのため、このシナリオでは失業した労働者への直接的な財政支援が選好されたものと思われる。

また、政治的イデオロギーの違いによって、回答に興味深い差異があることもわかった。われわれは、2016年大統領選におけるスタンスがクリントン支持、中道(クリントン寄り)、中道(トランプ寄り)、トランプ支持のいずれだったかによって、回答者をグループ分けした。予想どおり、トランプ支持者は概して、クリントン支持者より保護主義的で、貿易ショックについて知らされると、保護主義的措置をより強く選好した。つまり、政治的にトランプに同調する回答者のほうがクリントンに同調する回答者より、保護貿易を選好する度合いの振れ幅が大きかったということである。とはいえ、クリントン支持者においても、貿易ショックに関する情報をあらかじめ知っていることの影響は相当大きかった。貿易ショックに関する情報をあらかじめ与えられていたクリントン支持者は、ベースライン調査におけるトランプ支持者と同じくらい保護主義的な傾向を示したのである。

貧困国における労働環境が劣悪であることを明示した記事を配布した場合においても、政治的イデオロギーによって差異が認められた。政治的志向に基づいて回答者をグループ分けしたところ、リベラル志向の回答者(クリントン支持者)では、労働者の虐待への言及があることによって保護貿易措置を求める回答が増えたのに対して、トランプ支持者では減少した(ただし、この差異はせいぜい、ぎりぎり統計的有意と認められる程度でしかない)。これら2つのサブグループにおける逆方向の結果は合算すると相殺される。

われわれの調査結果は、比較的単純なエピソードでも政策選好に影響を及ぼす力があることを証明した。そこに示唆されているのは、政治運動がしかるべきナラティブフレームを与えることでいとも容易く政治選好を操作し得るということである。

本稿は、2019年7月1日にwww.VoxEU.orgにて掲載されたものを、VoxEUの許可を得て、翻訳、転載したものです。

本コラムの原文(英語:2019年9月30日掲載)を読む

脚注
  1. ^ See "Trade wars, Trump tariffs and protectionism explained," BBC News, 10 May 2019.
参考文献
  • Acemoglu, D, D Autor, D Dorn, G H. Hanson and B Price (2016), "Import Competition and the Great US Employment Sag of the 2000s," Journal of Labor Economics 34(S1), Part 2: S141–98.
  • Autor, D H, D Dorn, and G H Hanson (2013), "The China Syndrome: Local Labor Market Effects of Import Competition in the United States," American Economic Review 103(6): 2121-68.
  • Di Tella, R and D Rodrik (2019), "Labor Market Shocks and the Demand for Trade Protection: Evidence from Online Surveys," NBER Working Paper 25705.

2020年1月28日掲載

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