関税の引き上げや関税を使った脅し・それに対する報復関税が、経済の先行き不透明感や株価の乱高下・世界経済の先行きに対する不安の主な発生源となっている(例えば、Blanchard 2019、Crowley 2019、Evenett and Fritz 2019、Fajgelbaum et al. 2019、Jacks and Novy 2019)。本コラムでは、貿易政策の不確実性の上昇や、それが株価のボラティリティーに及ぼす作用を定量化しようとする新たな取り組みを3つ挙げる。
また、新聞記事を基にした日本のTPU指数(Arbatli et al. 2019)や中国のTPU指数(Davis et al. 2019)も2017年以降、劇的に上がっている。トランプ大統領の保護主義的な政策や脅し・好戦的な発言により、米国内外で通商政策を巡る不確実性が非常に大きく上昇したことは明らかである。
貿易政策の不確実性と株価のボラティリティー
貿易政策を巡る不確実性の影響は、株式市場において顕著である。Baker et al.(2019b)は、貿易政策の動向やその他の15のニュースジャンルと日次の株式相場の大幅な動きとの関わりを分析している。はじめに、筆者らは1900年以降で米国の株価が2.5%を上回る規模で動いた日を特定している。それらは全部で1,116日ある。次に、株価が大きく動いたそれぞれの日について、筆者らはその翌日のWall Street Journal紙に書かれた説明を読み、その要因と考えられるものを判定している。
注: この表は、Baker et al. (2019b)の中で報告されている結果をもとに作ったものである。Baker et al. (2019b)は、1900年以降で米国の株式相場が2.5%を上回る規模で上昇または下落した日のすべてを検討対象にしている。彼らは、翌日(または同日の夕方)のWall Street Journal紙に掲載された説明を読み、株価が大きく動いた原因を16のカテゴリーに分類している。表では、株価が大きく動いたときの日数と、その主因が貿易政策についてのニュースであるとされた日数が報告されている。最近では貿易政策が主因で株式相場が大きく動いたのは5日あり、各日における時価総額を基にしたウエイトで加重平均したS&P500のリターンは、2018年3月22日が-2.52%、2018年3月26日が2.72%、2018年12月4日が-3.24%、2019年8月5日が-2.98%、2019年8月23日が-2.59%である。以前に貿易政策が主因で株価が大きく動いた日は、1日を除いて全てが1930年代だった。
貿易政策は最近の金融市場を動かす元になっているが、その作用は個別の企業にも及んでいる。例えば、Huang et al. (2018)は、トランプ政権が中国からの輸入品に対し500億ドル相当の新たな関税を課す大統領令を出した2018年3月22日前後のわずかな期間において、企業レベルの株式や社債のリターンについて分析している。この日は、表1の下段にある、貿易政策についてのニュースが引き金となり株式相場が大きく動いた日のうちの一番初めの日である。筆者らは、この出来事が起きた辺りで、中国との取引が活発な米国企業ほど株式や社債のリターンの低下が大きいこと、米国への輸出額が多い中国の上場企業ほど株式リターンの低下が大きいことを明らかにしている。
また、貿易政策が金融市場へ及ぼす影響は、いくつかの大きな出来事やトランプ大統領によるツイッターでのつぶやきに収まらない。筆者らは、別の分析で株価のボラティリティーの発生源として貿易政策に関するニュースがどのように作用するかについて幅広い考察を行っている。Baker et al. (2019a)の中で、まず筆者らは自動化された記事検索の手法を用いて、米国の主要11紙に掲載された記事の中から株価のボラティリティーについての記事を特定し、株価のボラティリティー(EMV)トラッカーを作っている。このEMVトラッカーは、株価のインプライド・ボラティリティーやヒストリカル・ボラティリティーと密接に動くという点で巧妙にできている。次に、筆者らはEMVトラッカーの元である記事を解析して、何が株価のボラティリティーを高めたかについての新聞記者の認識を定量化し、引き金となった原因を約30のカテゴリーに分類している。カテゴリーの一つは貿易政策に関するものである。この方法により、株価のボラティリティーに対する各カテゴリーの重要性やその長期的な動向を評価することができる。
^ 香港の主要な英字新聞であるSouth China Morning Post紙を利用してBaker et al. (2016)が作った中国EPU指数や、中国本土の主要な新聞を利用してDavis et al. (2019) が作った中国EPU指数は急上昇している。また、Davis et al. (2019) は中国の通商政策不確実性指数も作っている。これらの指数はhttp://www.policyuncertainty.com/china_epu.htmlで入手できる。
^ 2019年末の数字は、2019年8月18日にWall Street Journal紙に掲載された記事、"Costly Tariff Spat Masks Deeper Trade Problems"の中で取り上げられたドイツ銀行とUBSグループによる推定値と、2019年6月7日にWall Street Journal紙に掲載された"The Daily Shot: How High Will the Average U.S. Tariff Rate Get?"の中のOxford Economics社作成のグラフから合成したものである。
^ Caldara et al. (2019) は、企業が開催する決算説明の電話会議の議事録を利用してTPU指数を作り、その指数が2017年以降同じように著しく上昇していることを明らかにしている。
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