世界の視点から

貿易政策の不確実性が大きく上昇

Scott BAKER
ノースウエスタン大学 ケロッグ経営大学院准教授(ファイナンス)

Nicholas BLOOM
スタンフォード大学教授(経済学)

Steven DAVIS
シカゴ大学ブース・ビジネススクール ウィリアム・H・アボット特別功労教授(国際ビジネス・経済学)、フーバー研究所シニアフェロー

関税を利用した脅しや関税の引き上げ・それに対する報復が、経済の先行き不透明性や株式相場の乱高下の主な発生源となっている。本コラムでは、新たな取り組みを3つ挙げ、米国の環太平洋パートナーシップ(TPP)からの離脱や米国での鉄鋼とアルミニウムの輸入関税引き上げ・今もなお続くBrexitを巡る不透明感・エスカレートする米中貿易摩擦により生じた貿易政策の不確実性が、近年非常に高まっていることをいくつかの指標を基に明らかにする。

関税の引き上げや関税を使った脅し・それに対する報復関税が、経済の先行き不透明感や株価の乱高下・世界経済の先行きに対する不安の主な発生源となっている(例えば、Blanchard 2019、Crowley 2019、Evenett and Fritz 2019、Fajgelbaum et al. 2019、Jacks and Novy 2019)。本コラムでは、貿易政策の不確実性の上昇や、それが株価のボラティリティーに及ぼす作用を定量化しようとする新たな取り組みを3つ挙げる。

政策の不確実性を計測する方法

図1は、米国における経済政策不確実性(EPU)の総合指数を示している。これは、どのような経済政策措置がいつ取られるか、誰が政策を立案し実施するか、そうした措置の経済効果はどれほどかについての不確実性・不透明性を捉えている。この指数は、米国の主要な新聞10紙に掲載された記事、具体的には、以下の各用語セットの用語を少なくとも一つずつ含む記事の出現頻度を示している。
1. “economy”、“economic”
2. “uncertain”、“uncertainty”
3. “congress”、“deficit”、“Federal Reserve”、“legislation”、“regulation”、“White House”

図1:米国経済政策不確実性指数、1985年1月-2019年7月
図1:米国経済政策不確実性指数、1985年1月-2019年7月
注:月次データであり、指数の1985-2009年における平均値が100となるように正規化されている。
出所: Baker et al. (2016)、www.policyuncertainty.comにおいて定期更新中。

米国のEPU指数は世界金融危機以降、高水準で推移している。しかし、政策の不確実性が高い原因は、時が経つにつれ変わっている。金融危機に対する欧米の政策対応から、2011-2013年の時期には米国の財政政策を巡る論争へ移り、2016年にはBrexitや米大統領選挙へ移っている。最近、米国のEPU指数が大きく上昇しているのは、貿易協定や関税・関税を使った脅し・貿易交渉に関する報道を反映している。

図2は、世界のEPU指数を示している。これは、世界産出量の80%を占める21か国のEPU指数をGDPに基づくウエイトで加重平均して算出されている。世界で見ると、政策の不確実性の上昇はさらにいっそう際立つ。世界のEPU指数は、2016年以降、何度も史上最高値を更新している。

図2:世界経済政策不確実性指数、1997年1月-2019年7月
図2:世界経済政策不確実性指数、1997年1月-2019年7月
注: 世界GDP(現在価格)の80%を占める21カ国のデータを使用。指数の1997-2015年における平均値が100となるように正規化されている。
出所: Baker et al. (2016)、Davis (2016)、PolicyUncertainty.com

これらのピークの多くが貿易政策の動きと実によく対応している。2017年1月に米国が環太平洋パートナーシップ(TPP)から離脱、2018年3月に米国が鉄鋼とアルミニウムの輸入関税を引き上げ、今もなお続くBrexitを巡る不透明感、米中貿易摩擦の激化である。米国による輸入関税の引き上げや、トランプ大統領の貿易に関する容赦ない発言の最大の標的になっている中国では、2017年以降、政策の不確実性および貿易政策の不確実性が劇的に強まっている(注1)。

貿易上の懸念が唯一の原因ではないが、米中間の貿易関係は明らかに以前より不透明になったし、保護主義的になった。貿易量に基づくウエイトで中国からの輸入品に対する関税率を加重平均して算出された税率は、3.1%(2017年)から18.3%(2019年5月)へ上昇した(Brown and Zhang 2019)。現在の計画では、2019年12月15日時点で中国からの輸入品に対する平均関税率が24%を上回る(Brown 2019)。中国もこれに反応し、米国からの輸入品に対する平均関税率を8.0%(2018年年初)から16.5%(2018年6月)へ引き上げ、さらに2019年12月15日には25.9%になると推定されている(Brown 2019)。

中国を含むすべての国々で見てみると、貿易量に基づくウエイトで加重平均した米国の輸入関税率は、2017年12月には2%未満であったが、2019年5月には4%まで上昇した。2019年末までに輸入関税率は5-8%(推定値)に達する予定である(注2)。他国は米国からの輸入品に対し貿易障壁を引き上げて対抗している。

こうした出来事や関連する出来事が引き金となり、貿易政策やそれが経済に及ぼす影響についての不安や不透明性が非常に大きく高まった。この点を数字で示すため、図3では新聞記事を基にした米国の通商政策不確実性(TPU)指数を示している。これは、米国の新聞の中で経済政策を巡る不確実性と貿易政策問題について書かれた記事の出現頻度を示している。指数は1985年から2009年までの平均値が100となるように作られている。

図3:米国通商政策不確実性指数、1985年1月-2019年7月
図3:米国通商政策不確実性指数、1985年1月-2019年7月
注: 月次データであり、指数の1985-2009年における平均値が100となるように正規化されている。
出所: Baker et al. (2016)、www.policyuncertainty.comにおいて定期更新中。

図3では、二つの時期が目に付く。一つは、1992年8月から1995年3月までであり、これは北米自由貿易協定(NAFTA)の交渉や批准・施行を巡る不確実性を示している。もう一つは、2016年11月にドナルド・トランプ氏が大統領選挙で勝利して以降である。TPU指数は、この選挙結果、2017年1月に米国がTPPから離脱、2018年3月に米国が鉄鋼とアルミニウムの輸入に対し追加の関税賦課を受けて300を突破した。米中間で貿易政策を巡る対立がエスカレートしたことで、2018年後半や2019年にTPU指数はさらに高く上昇した。2018年3月から2019年7月までのTPU指数の平均値は301であり、これは2013年から2015年までの平均値の7.7倍、1996年から2015年までの平均値の5.3倍である(注3)。

また、新聞記事を基にした日本のTPU指数(Arbatli et al. 2019)や中国のTPU指数(Davis et al. 2019)も2017年以降、劇的に上がっている。トランプ大統領の保護主義的な政策や脅し・好戦的な発言により、米国内外で通商政策を巡る不確実性が非常に大きく上昇したことは明らかである。

貿易政策の不確実性と株価のボラティリティー

貿易政策を巡る不確実性の影響は、株式市場において顕著である。Baker et al.(2019b)は、貿易政策の動向やその他の15のニュースジャンルと日次の株式相場の大幅な動きとの関わりを分析している。はじめに、筆者らは1900年以降で米国の株価が2.5%を上回る規模で動いた日を特定している。それらは全部で1,116日ある。次に、株価が大きく動いたそれぞれの日について、筆者らはその翌日のWall Street Journal紙に書かれた説明を読み、その要因と考えられるものを判定している。

表1では、株価が大きく動いた原因として貿易政策を挙げたニュース記事が前例のない多さであることを強調したデータを示している。2018年と2019年に株式相場が大きく動いたのはたった13日だけだったが、翌日のWSJ紙の説明では、それらのうちの5日(38.5%)は通商政策についてのニュースが主因であるとされている。これまでの118年間で、翌日の新聞の説明に株価の大幅な動きの主因が通商政策についてのニュースであると書かれていたのは、1,103日のうちわずか7日(0.6%)である。強い違和感を抱かせるような書き並べになるが、1900年から2017年までの間で、通商政策についてのニュースが引き金となり株式相場が大きく動いた日は、1日を除いて全てが1930年代だった。

表1:2018-2019年に貿易政策は米国の株式相場に衝撃を与えた
表1:2018-2019年に貿易政策は米国の株式相場に衝撃を与えた
注: この表は、Baker et al. (2019b)の中で報告されている結果をもとに作ったものである。Baker et al. (2019b)は、1900年以降で米国の株式相場が2.5%を上回る規模で上昇または下落した日のすべてを検討対象にしている。彼らは、翌日(または同日の夕方)のWall Street Journal紙に掲載された説明を読み、株価が大きく動いた原因を16のカテゴリーに分類している。表では、株価が大きく動いたときの日数と、その主因が貿易政策についてのニュースであるとされた日数が報告されている。最近では貿易政策が主因で株式相場が大きく動いたのは5日あり、各日における時価総額を基にしたウエイトで加重平均したS&P500のリターンは、2018年3月22日が-2.52%、2018年3月26日が2.72%、2018年12月4日が-3.24%、2019年8月5日が-2.98%、2019年8月23日が-2.59%である。以前に貿易政策が主因で株価が大きく動いた日は、1日を除いて全てが1930年代だった。

貿易政策は最近の金融市場を動かす元になっているが、その作用は個別の企業にも及んでいる。例えば、Huang et al. (2018)は、トランプ政権が中国からの輸入品に対し500億ドル相当の新たな関税を課す大統領令を出した2018年3月22日前後のわずかな期間において、企業レベルの株式や社債のリターンについて分析している。この日は、表1の下段にある、貿易政策についてのニュースが引き金となり株式相場が大きく動いた日のうちの一番初めの日である。筆者らは、この出来事が起きた辺りで、中国との取引が活発な米国企業ほど株式や社債のリターンの低下が大きいこと、米国への輸出額が多い中国の上場企業ほど株式リターンの低下が大きいことを明らかにしている。

また、貿易政策が金融市場へ及ぼす影響は、いくつかの大きな出来事やトランプ大統領によるツイッターでのつぶやきに収まらない。筆者らは、別の分析で株価のボラティリティーの発生源として貿易政策に関するニュースがどのように作用するかについて幅広い考察を行っている。Baker et al. (2019a)の中で、まず筆者らは自動化された記事検索の手法を用いて、米国の主要11紙に掲載された記事の中から株価のボラティリティーについての記事を特定し、株価のボラティリティー(EMV)トラッカーを作っている。このEMVトラッカーは、株価のインプライド・ボラティリティーやヒストリカル・ボラティリティーと密接に動くという点で巧妙にできている。次に、筆者らはEMVトラッカーの元である記事を解析して、何が株価のボラティリティーを高めたかについての新聞記者の認識を定量化し、引き金となった原因を約30のカテゴリーに分類している。カテゴリーの一つは貿易政策に関するものである。この方法により、株価のボラティリティーに対する各カテゴリーの重要性やその長期的な動向を評価することができる。

図4は、この手法によれば、貿易政策が株価のボラティリティーに作用することを強調している。重要な貿易協定が結ばれた時期を含む1985年から2015年までの間、貿易政策問題は株価のボラティリティーに関する記事の中でわずかな注目しか集めていない。その記事の割合は3%に満たない。ドナルド・トランプ氏が大統領選挙で勝利したことを受け、その割合は10%を超え、一時的に低い水準へ下がる前、米国がTPPから離脱すると再び10%を超えた。2018年3月に米国が鉄鋼とアルミニウムの輸入に対し追加関税を課し、トランプ大統領が中国からの輸入品に新たな関税を課す大統領令を出したとき、その割合は急上昇した。2018年3月から12月にかけて、株価のボラティリティーについての記事のうち4分の1を上回る記事の中で通商政策が述べられている。

図4:米国の主要紙に掲載された株価のボラティリティーについての記事のうち、貿易政策問題が述べられている記事の割合、1985-2018年
図4:米国の主要紙に掲載された株価のボラティリティーについての記事のうち、貿易政策問題が述べられている記事の割合、1985-2018年
注: 米国の主要11紙に掲載された記事のうち、株価のボラティリティーに関する記事と(株価のボラティリティー+貿易政策)に関する記事を自動的に読み込んだのち割合を算出。
出所:Baker et al. (2019a)

数か月の間に、貿易政策は、金融市場で付け足しぐらいであったものから、おそらく世界中の金融投資や企業戦略に影響を及ぼす一番差し迫った問題へと変わった。

終わりに

最近の貿易政策を巡る不確実性の高まりは、いくつかの指標をみても桁外れである。本コラムのテーマではないが、多くのエビデンスから貿易政策の不確実性が企業行動や景気に負の影響を及ぼすことがわかっている(注4)。左派と右派でポピュリスト政治勢力が勢いを増しており、そうした勢力が国際貿易やグローバル化に対し反感を抱いていることを考えると、筆者らは、貿易政策を巡る不確実性が高いことが、今後の経済見通しの中で際立った特徴になると思っている。つまり、このところの貿易政策の不確実性の高まりが新常態になるおそれがある。

本稿は、2019年9月17日にwww.VoxEU.orgにて掲載されたものを、VoxEUの許可を得て、翻訳、転載したものです。

本コラムの原文(英語:2019年9月20日掲載)を読む

脚注
  1. ^ 香港の主要な英字新聞であるSouth China Morning Post紙を利用してBaker et al. (2016)が作った中国EPU指数や、中国本土の主要な新聞を利用してDavis et al. (2019) が作った中国EPU指数は急上昇している。また、Davis et al. (2019) は中国の通商政策不確実性指数も作っている。これらの指数はhttp://www.policyuncertainty.com/china_epu.htmlで入手できる。
  2. ^ 2019年末の数字は、2019年8月18日にWall Street Journal紙に掲載された記事、"Costly Tariff Spat Masks Deeper Trade Problems"の中で取り上げられたドイツ銀行とUBSグループによる推定値と、2019年6月7日にWall Street Journal紙に掲載された"The Daily Shot: How High Will the Average U.S. Tariff Rate Get?"の中のOxford Economics社作成のグラフから合成したものである。
  3. ^ Caldara et al. (2019) は、企業が開催する決算説明の電話会議の議事録を利用してTPU指数を作り、その指数が2017年以降同じように著しく上昇していることを明らかにしている。
  4. ^ 不確実性が景気にどう影響するかに関する議論やその文献の詳細なリストについては、Bloom (2014)とDavis (2019)を参照。
参考文献
  • Arbatli, E, S J Davis, A Ito, and N Miake (2019), "Policy Uncertainty in Japan," NBER working paper no. 23411, revised.
  • Baker, S, N Bloom and S J Davis (2016), "Measuring Economic Policy Uncertainty," Quarterly Journal of Economics, November.
  • Baker, S, N Bloom, S J.Davis and K Kost (2019a), "Policy News and Stock Market Volatility," NBER working paper no. 25720.
  • Baker, S, N Bloom, S J Davis and M Sammon (2019b), "What Triggers Stock Market Jumps?" working paper.
  • Bertou, A, C Jardet, D Siena and U Szczerbowicz (2019), "The Macroeconomic Implications of a Global Trade War," VoxEU.org, 8 February
  • Blanchard, E (2019), "Trade Wars in the Global Value Chain," VoxEU.org, 20 June.
  • Bloom, N (2014), "Fluctuations in Uncertainty," Journal of Economic Perspectives 28(2): 153-176.
  • Brown, C P (2019), "U.S.-China Trade War: The Guns of August," Peterson Institute, 26 August.
  • Brown, C P and E Y Zhang (2019), "Trump's Latest Trade War Escalation Will Push Average Tariffs Above 20 Percent," Peterson Institute, 6 August.
  • Caldara, D, M Iacoviello, P Molligo, A Prestipino and A Raffo (2019), "The Economic Effects of Trade Policy Uncertainty," presented at the SITE conference on the "Macroeconomics of Uncertainty and Volatility," August.
  • Crowley, M A (2019), "Trade War: The Clash of Economic Systems Threatening Global Prosperity: A New E-Book," VoxEU.org, 30 May.
  • Davis, S J (2019), "Rising Policy Uncertainty," BFI Working Paper, 28 August.
  • Davis, S J, D Liu and X S Sheng (2019), "Economic Policy Uncertainty Since China: The View from Mainland Newspapers," presented at the SITE conference on the "Macroeconomics of Uncertainty and Volatility," August.
  • Evenett, S and J Fritz (2019), "Misdirection and the Trade War Malediction of 2018: Scaling the U.S.-China Bilateral Tariff Hikes," VoxEU.org, 1 July.
  • Fajgelbaum, P, P Goldberg, P Kennedy and A Khandelwal (2019), "The Return to Protectionism," VoxEU.org, 12 April.
  • Jacks, D and D Novy (2019), "Trade Wars May ‘Bloc Up' World Trade," VoxEU.org, 23 July.

2019年11月22日掲載

この著者の記事