民間企業による研究開発(R&D)に対しては、他の経済活動に正のスピルオーバー効果をもたらすとして、ほとんどの国で政府が支援を行っている。R&Dのデジタル化に伴い、政府の打ち出す政策にも、その効果を維持するためにデジタル化への適応が求められている。本稿の論考はBijlsma et al.(2018)に依拠するものであり、また、経済協力開発機構(OECD)の最近の政策文書(Guellec and Paunov 2018)も、R&Dなどにおけるデジタル変革によって政策改革の必要性が高まっていることを記している。
政策の目的が、ある特定の社会的課題に取り組むことではなく、「一般的に」R&Dを促進することであれば、政策の内容も「一般的」であるべきであり、一部の可能な技術のみを対象に立案されるべきではない。つまり、技術中立的なイノベーション政策が必要となる(Tirole 2016)。R&D投資の成功率に関しては、市場関係者のほうが情報をよく把握していることが多く、政策はR&Dの方向性をできるだけ決めない方がよい。理論上は、先進国のほとんどが、OECD「フラスカティ・マニュアル」におけるR&Dの定義を採用し、この原則に従っていると見られる。しかし、実際には、ビッグデータ研究やソフトウエア開発、プロトタイプなどの適格性に苦慮している国は多く、R&Dに対する税制上の優遇措置も国によって様々である(Uhlíř et al. 2017)。事例に基づいたガイドラインは直ぐに時代遅れになるため、例えば、ソフトウエアが急速に発展する時、政府がソフトウエアのR&Dに最新の適格性ガイドラインを提供するのは困難である。さらに、R&Dのソフトウエアが抱える問題の本質と、既存技術の単なる応用とを構成するものの境界線は、いつも明確だとは限らない。
3. 新興企業よりスーパースター企業を優遇しない
インターネットを通じた販売のグローバル化や、ツー・サイド・プラットフォーム上のネットワーク外部性、データ駆動型のイノベーションは、デジタル化によって規模の経済が拡大する経路であり、「スーパースター企業」を生み出すと信じられている(Autor et al. 2017)。スーパースター企業に平穏な日々を送らせないためには、独占禁止法の慎重な執行や中小企業も利用しやすいR&D政策の導入など、政策によって活気ある競争市場の育成が可能である。しかし、この原理に反して、政治家は大企業を優遇することが度々あるように思える。イノベーション政策の文脈において、パテントボックス税制は新興企業よりも「スーパースター企業」にとって魅力的になる傾向がある。
これら3つの指針は、R&D政策を立案する上での経済的根拠はデジタル化によって変わらないことを示している。伝統的に、いくつかの市場の失敗が民間企業のR&Dの過小投資に繋がることが、政府の助成金を正当化として提唱されてきた(初期の議論についてはArrow 1962を参照されたい)。正の外部性(あるいは、知識のスピルオーバー)によって、企業はR&D活動による利益のすべてを受け取ることができない。そのため、企業は総じて社会にとって最善と考えられる水準よりも過小に投資をすることになる。最近の研究では、デジタル化にもかかわらず、スピルオーバー効果の大きさは以前とほとんど変わっていないことが示されている(Lucking et al. 2018)。
更に、我々が提唱する指針に沿ったR&D政策の立案は、デジタル化に伴うより広範な経済問題に取り組むための有用な手段ともなり得る。市場集中度が高まった証拠が次々と出てきたこと(De Loecker et al. 2018など)は、こうした経済問題の1つである。市場集中度の高まりは、デジタル時代における競争政策の見直しが必要であることを示している(Furman et al. 2019など)。Crémer et al.(2019)は最近、競争政策をいかにしてデジタル経済に適合させるかを示した。彼らは特に、有力企業とその競合企業の間のデータアクセシビリティの違いに関する分析を、市場支配力の分析に取り入れるべきだと主張している。市場支配力の測定にデータが含まれることは、M&Aの評価にも影響を与えることになる。例えば、売上は低調だがユーザー基盤が急成長しているスタートアップ企業の買収は、非競争的行為と見なされる恐れがある。また、関連があり得る第二の問題として、ビジネスのダイナミズムの低下が挙げられる。それは、例えば経済における新興企業のシェアが低下していることからもわかる。考えられる原因の一つとして、Akcigit and Ates(2019)は、知識普及の減少を指摘している。知識のスピルオーバーに注目することで、R&D政策はビジネスのダイナミズムと競争を促進する方向に進路を変え、それらの促進に貢献するものとなるだろう。