世界の視点から

FRAND料率設定に関する事件を取り扱うグローバル裁判所はなぜ必要か

Jorge L. CONTRERAS
ユタ大学S. J. クイニー・カレッジ・オブ・ロー大学教授

2019年5月、米カリフォルニア州北部地区連邦地方裁判所は、世界のスマートフォン業界向け無線モバイル通信用半導体の供給で支配的地位にあるクアルコムが、スマートフォン製造会社に対して、通信に関する主要な標準を対象とする特許を公正、合理的かつ非差別的な条件(FRAND条件)で実施許諾する義務に違反したとの判決を下した。同連邦地裁は、クアルコムが課したロイヤルティ料率(スマートフォンの価格の約5%)とロイヤルティ算定方法(標準となっている半導体ではなくスマートフォンの価格が算定の基礎となっている)の両方がFRAND宣言に違反していると判断した。その結果として、クアルコムは、世界中の製造会社との間で締結している300件近いライセンス契約の再交渉を命じられた。この判決が控訴審で支持されるか否かにかかわらず、いかに数多くのFRAND条件に基づくライセンス契約が市場に存在し、同判決は、これらの契約がいかに大きな影響を及ぼし得るかということを明確に示すものとなった。

背景:標準、特許、FRANDライセンス

WiFi、USB、4G/5Gといった相互運用のための技術的標準は、モデムでつながるネットワーク経済に絶対不可欠であるが、世界中の裁判所、競争当局、テクノロジー企業は依然として、これらの標準をめぐる特許訴訟に悩まされている。主な紛争の1つは、こうした標準を対象とする特許(標準必須特許もしくはSEP)の利用料として合法的に課すことのできる金額をめぐるものである。一般的に特許保有者は特許利用者(ライセンシー)に対して課したい料金を課すことができるが、標準化団体(SDO)と称される事業者団体に属する技術標準開発者は通常、標準化された製品の製造会社に対して、ロイヤルティフリー(USB、ブルートゥース、XML、IPv6など)もしくは公正、合理的かつ非差別的な条件(FRAND条件)に基づくロイヤルティ料率(WiFi、LTE、MP3など)で標準必須特許を許諾することに同意する。

こうした一般的な合意は世界中の製品に標準が広く採用され、展開されるようにすることを目的とするものであるが、それにもかかわらず、標準化団体は標準に適用されるFRANDロイヤルティの額どころか、その算定方法すら明確にしていない。従って、FRAND料率は標準必須特許保有者と製造会社の交渉に委ねられ、たいていは二者間の極秘取引というかたちで行われる。そのため、製造会社は、提示された料率が実際に合理的なものか、また、他の製造会社に提示されている料率と同じなのか違うのかを知り得ない状況に置かれている。こうした透明性の欠如は、当事者間の信頼の欠如と交渉の長期化を招き、しばしば合意が成立しないまま交渉が行き詰まるという事態を生み出してきた。

FRAND訴訟:透明性、一貫性、包括性の欠如

FRAND料率について当事者間で合意が得られない場合は、裁判所または法的拘束力のある仲裁による解決を図ることができる。仲裁は一般的に極秘で行われるので、特定の当事者間の紛争を解決することはできるが、透明性が欠如しているため業界内の他の製造会社にとっては、ほとんど参考にならない。近年、FRAND料率に関する紛争が裁判所に持ち込まれる件数が世界中で増えている。こうした事例においては、一般的に、標準化された製品の販売を希望する製造会社は標準必須特許保有者がFRAND条件に基づくライセンス契約を提供する義務を怠ったと主張し、標準必須特許保有者は製造会社がFRAND料率を支払おうとしなかったと主張する。FRANDロイヤルティの評価もしくは算定方法が争点となった最近の事例として、イノベーティオ事件(米イリノイ州北部地区連邦地裁2013年)、エリクソン対D-リンク事件(米連邦巡回区控訴裁2014年)、サムスン対アップルジャパン事件(知財高裁2014年)、マイクロソフト対モトローラ(米連邦第9巡回区控訴裁2015年)、アンワイヤード・プラネット対ファーウェイ事件(英控訴院2018年)、TCL対エリクソン事件(米カリフォルニア州中部地区連邦地裁2018年)、米連邦取引委員会(FTC)対クアルコム事件(米カリフォルニア州北部地区連邦地裁2019年)が挙げられる。

世界中でFRAND関連事件の判決を下す裁判所の数が増えるとともに、FRAND宣言の解釈をめぐる相違も増えてきた。FRAND料率の算定方法については、少なくとも12の点で、国家間および同一国内における裁判所の見解に大きな相違が見られる。こうした算定方法は、同一の標準を対象とする特許であっても、裁判所によって、さらには事件ごとに大きく異なる場合があり、FRANDに関する司法判断における一貫性を大きく欠く事態を生み出している。

さらに、訴訟において、標準必須特許保有者に支払われるロイヤルティは、同一の標準もしくは製品を対象とする他の特許を参照することなく個別に決定される。ほとんどの場合、特許保有者のうち裁判所に紛争解決を委ねるのは数十社に1社程度に過ぎず、たいていは、自社の特許の価値を他に比べて過度に重視している。従って、仮に、あるロイヤルティを個別に検討して、何らかの合理性テストに適合したとしても、それぞれ個別に算定され、同一製品に適用される多くの他の料率も合わせて検討すると、合理的でない可能性が高い。これは、ロイヤルティ・スタッキングというよく知られた問題である。現実においては、訴訟は本質的に敵対する二者間で争われるものであるにもかかわらず、FRANDロイヤルティの決定は、厳密には二者間の問題ではなくなっている。むしろ、標準化された技術に具現化された他の特許技術や非特許技術を検討することが不可欠となっている。ある事例で決定されたロイヤルティは必然的にそれ以外の多くの事例におけるロイヤルティの水準に影響を及ぼすからである。従って、特にさまざまな特許の対象となっている標準が絡んでいる場合においては、FRANDロイヤルティの算定は、関連する標準もしくは製品に関わりのある技術や特許を全体として考慮に入れた包括的なものであるべきだ。

FRANDライセンス制度におけるこれらの3つの欠陥(透明性、一貫性、包括性)は、主に2つの経路で市場に影響を及ぼす。1つめは、一部の市場参加者を他の市場参加者より優遇することになり得る結果をもたらすことによって、制度全体の公正性と正確性を低下させるというものである。FRAND料率の水準に関する不確実性により、製造会社は市場参入に要するコストを予測しにくくなる。

2つめの経路は、制度上、同一の特許の実施料率を争うさまざまな当事者間や異なる管轄区域で争う同じ当事者間で、重複して交渉や訴訟を行なうことになり、過度な取引コストを発生させるというものである(クアルコムだけで300件のライセンス契約を締結していたことを考えてみてほしい)。最近の事例で報告されているように、FRANDライセンスの交渉は何年もかかるのがごく普通で、訴訟でしか解決できない手詰まり状態に陥ることもままある。こうした取引コストは、中小企業が市場参入するのを阻止したり、妨げたりするとともに、大企業のコストを押し上げ、結果的に消費者の選択肢が狭められ、価格が押し上げられることになるかもしれない。その結果、業界全体における非差別的な標準必須特許許諾によって達成しようとする利益が損なわれることにもなりかねない。標準化に大きく依存する5G/6Gブロードバンドデータ通信やモノのインターネット(IoT)といった重要な新技術の出現を踏まえると、こうした懸念は特に注目に値する。

グローバルなFRAND裁判所に向けて

FRANDライセンスにおける透明性、一貫性、包括性という3つの課題に対処するために、筆者は、FRAND料率設定に関する事件を取り扱う非政府のグローバル裁判所(FRAND裁判所)を創設することを提案している(提案の詳細はこちら)。その上で、標準化団体の方針を変更し、FRANDロイヤルティをめぐる紛争についてはFRAND裁判所による解決を義務付けるか、解決が図れるようにすべきである。米著作権料委員会(CRB)などの既存の料率設定機関のように、FRAND裁判所も特定の標準に関わる特許技術と非特許技術について入手できるすべてのエビデンスを集め、その水準全体の総料率(トップダウン型の料率)を算定し、すべての標準必須特許保有者で適切にロイヤルティを分配する。こうした料率設定に関する問題以外の問題については、FRAND裁判所は一切判断を下さず、関連の契約違反や反トラスト法・競争法違反の訴えは引き続き各国の裁判所が取り扱うことになる。

標準必須特許保有者によるこうした料率設定訴訟手続きにおける不適切な利用を排除するため、標準化団体に加盟するすべての組織は、料率設定訴訟手続き中に潜在的ライセンシーを相手取った差止救済請求を行なえないようにすべきであるが、特定の標準に関するFRAND料率が算定された後は、所定の料率によるライセンス供与を受け入れない製品製造業者を相手取って、標準必須特許保有者が差止請求を行うことは認められるべきである。

上記の料率設定メカニズムは、個々の標準必須特許保有者への分配に各標準必須特許の変動価値を正確に反映させるものではないが、そこまでの正確性を求めるのは現実的ではないし、市場を機能させるための必要条件であるわけでもない。むしろ、このFRAND裁判所が創設されることで、影響を受ける利害当事者間における収益の公正な分配を実現しつつ、過度な取引コストが排除され、標準技術が世界中で広く普及できるようになることによって、FRANDライセンス市場がより効率的に機能するようになると期待される。FRAND裁判所の実施・運営の詳細はさらなる検討と議論を要するが、大まかな方向として、このアプローチは、多額の費用と混乱を伴う訴訟を回避しつつ、技術開発エコシステムの予測可能性と安定性を向上させる可能性がある。

おわりに

現在、FRANDロイヤルティの算定は、透明性、一貫性、包括性の欠如という問題を抱えている。上記提案のFRAND裁判所は、これらの問題それぞれに対処するもので、技術開発エコシステムの予測可能性と安定性を向上させ、影響を受ける利害関係者間の公正な資源配分を実現しつつ、交渉、訴訟、その他の過度の取引コストを削減することを目的とするものである。

本コラムの原文(英語:2019年6月6日掲載)を読む

参考文献

2019年9月20日掲載

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