世界の視点から

大災害のリスクとその経済的影響

Robert S. PINDYCK
マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院

私たちの多くはおそらく考えたくもないのだろうが、実はさまざまな世界規模大災害のリスクに私たちは直面しているのである。例を挙げれば、温室効果ガス(GHG)を排出し続けた結果引き起こされる気候崩壊、1918-19年に流行したスペインかぜに匹敵、あるいはそれより深刻な感染症の世界的大流行(パンデミック)、核テロリズムやバイオテロリズム、あるいは1930年代の大恐慌に匹敵する金融危機・経済危機などである。これらのリスクは、本質的には大きく異なるものだが、共通点が2つある。第一点は、地理的に限定された規模(ローカル)のリスクではなく、「世界規模(グローバル)」のリスクであること。ハリケーン、洪水、地震は深刻な被害を引き起こし、多くの人命を奪うが、影響は地理的に限定され、世界経済に何らかの重要な形で大きな影響を及ぼすものではない。第二点は、以下で論ずるとおり、上記のような大災害は世界規模の重大な経済的影響を及ぼすだろうということである。Martin and Pindyck (2015)は、こうしたリスクを分析し、回避すべきリスクと回避する必要のないリスクを見極めるという問題を検討している。本コラムの目的は、こうしたリスクが現実に存在するものであり、重大な経済的影響を及ぼすものであることを明らかにすることにある。

私たちが直面している重大な災害リスクとしてはどのようなものがあるのか、またそれらが及ぼす経済的影響とはいかなるものか。これらのリスクのうち最も懸念すべきリスクは何かについては意見が分かれるだろうが、上記で挙げた例は含まれるだろう。以下に、筆者が考える重大リスクを挙げる。筆者より想像力に富んだ(もしくは悲観的な)読者はさらにいくつか付け加えたいと思うかもしれない:

  • 気候変動。このリスクは近頃最も関心を集めてきており、確かに懸念されるべきものである。しかしながら、少なくとも「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の2014年の報告書によれば、今後20年間に壊滅的な気候変動が起こる可能性は低い。ただ、さらに長期的にみればこのリスクははるかに大きくなる。経済的影響には、生産性の大幅な低下(とりわけ農業セクター)、ハリケーン・洪水・干ばつの発生頻度や強度の悪化、それに伴う物的損害、罹患率の上昇などが含まれるだろう。これらの変化はいずれも、GDP水準および成長率の低下をもたらすだろう。今後30年間から50年間における中程度の温暖化による(世界の)GDPの実質減少率は3%から10%と推定される。しかし、壊滅的な気候変動の場合は、およそ10%から30%のGDP減少をもたらし得るだろう(注1)。
  • パンデミック。1918-19年のスペインインかぜによる死者は、欧米の人口のおよそ4%にのぼった(それほど多いと感じないというのであれば、現在に置き換えると、死者数は米国だけで1,200万人を超えるだろう)。当時と比較すると、今日では人の移動がはるかに盛んであるから、類似のウイルスであれば一層簡単に感染し流行していくと思われる。米国疾病対策予防センター(CDC)によれば、将来におけるパンデミックの脅威は少なからぬものであるという:「次の流行もしくは大流行がいつどこで始まるのかは正確に予測できないが、発生することは自明である」。その主な根拠としては以下が挙げられている:「感染性病原体が動物から人に感染するリスクの増大;抗菌薬耐性ウイルスの拡大;世界各地への旅行や世界規模の貿易を通じた感染症の蔓延;バイオテロ行為;不十分な公衆衛生インフラ整備」(注2)。大規模なパンデミックは、労働力に及ぼす影響だけでなく、輸送や小売業の機能を麻痺させるだろう。
  • 核テロリズム。さまざまな研究が、主要都市において一基もしくは複数基の核兵器が爆発する確率およびその影響について評価を行っている。参照文献としては、例えば、Allison (2004)およびAckerman and Potter (2008)がある。彼らによると可能性は高い。実際、Allisonは、今後10年間に大規模攻撃の確率は少なくとも50%はあると論じている。どのような影響が生じるのだろうか。おそらく死者は100万人を超え、加えてさらなる事象を回避するために膨大なリソースを投じる必要があると思われることから、世界的に通商・経済活動が縮小し、よって資本ストックやGDPに大きな打撃が及ぶだろう。
  • バイオテロリズム。バイオテロ攻撃の可能性(およびそのリスクを軽減するコスト)については、Nouri and Chyba (2008)、Lederberg (1999)および彼らの引用文献におおよその推定を見つけることができる。バイオテロは、多数の死者を出す可能性は低いが、それよりむしろパニックや世界規模の通商・経済活動の縮小によるGDPへの打撃が主たる影響となるだろう。核攻撃と同様、さらなる事象を回避するために膨大なリソースを投じる必要が生じるだろう。
  • 核戦争。いかなる種類の戦争も重大なリスクだが、核兵器の使用は、局地紛争においてさえ、世界経済にとって壊滅的な結果をもたらしかねない。テロリストによる核兵器の使用に比べれば、戦争で核兵器が使用される可能性ははるかに低く、核戦争をどのように防止できるかについてはきわめて不確かであるという点からも、本コラムでは詳しく論じるのは控える。
  • 世界的景気後退。大幅な景気後退がもう1つの継続的なリスクであり、金融危機や貿易戦争の高まりによる「世界大恐慌」の再来も考え得る。これまでもさまざまな規模の景気後退は定期的に起きており、重要な一種の「バックグラウンド・リスク」である。バックグラウンド・リスクは、Martin and Pindyck (2015) および Martin and Pindyck (2017) に説明されているように、他のリスクの潜在的影響を増幅するものである。
  • その他の可能性。上記だけでは懸念すべき問題が不十分というのであれば、以下も付け加えることができるだろう。制御不能となるロボットやAI、ナノテクノロジー、宇宙ガンマ線バースト、小惑星である。とは言え、少なくとも現時点では推測の域を出ないという理由で、これらの可能性は看過することにする。

気候変動を除いて、これらのリスクについて読み聞きすることはほとんどない。それらが現実のものであり、懸念する必要があることをどのようにしたら認識できるのだろうか。おそらく筆者はあまりに悲観的すぎるだけなのだろう。

これらのリスクが現実のものであることは主に次の2つの理由から自明である。第一に、それらに関する研究者がリスクは現実のものであり、もし起こることがあれば経済に壊滅的影響を及ぼし得ると、きわめて説得力ある議論を展開している点である。それぞれのリスクについて自明のこととそうではないことを包括的に論じるには本コラムでは紙面が限られているが、Martin and Pindyck (2015)、Bostrom and Ćirković (2008) およびPosner (2004)に事例と参照文献を見ることができる。

第二に、経済崩壊の可能性を加味することによって、金融市場や投資家行動について基礎的な経済データや金融データと整合して理解できるようになるからである。「エクイティプレミアム・パズル」はおそらくこの最たる例である。エクイティプレミアム-株式市場全体の期待収益率と無リスク金利の差-は、世界の主要株式市場の大半において平均5%から10%の範囲にあり、(実質)無リスク金利は平均およそ1%である。この高いエクイティプレミアムと低い実質無リスク金利は、観測される正常な株価変動と合わせて考えると、現実的なリスク回避度および時間選好率を有する投資家とは相容れない。ここで、レア・ディザスターの可能性や「大恐慌」の可能性などを株価の動向に加味してみると、それらは稀にしか起こらないので、データに顕れることはほとんどない。しかし背後に潜在していて、株式投資のリスク度の認識に影響を与えている。Rietz (1988)が初めて指摘したように、このことを加味して考えると、高いエクイティプレミアムと低い実質無リスク金利は、リスク回避度と時間選好率についての私たちの推定と整合する。

「レア・ディザスター」というこの概念は、Barro (2006)、Martin (2008)および Pindyck and Wang (2013)を含む一連の論文で検証されてきた。これらの論文にある破壊的事象は、本質的には「一般的(generic)」、すなわち、どのような原因からも起こり得るものである。重要な点は、破壊的事象がGDPおよび消費の急激な減少を引き起こし、よって株価の急落を引き起こし得ることである。一般的なレア・ディザスターという概念を導入することにより、データと整合する資産価格のモデルが可能となる。特定の大災害が経済に及ぼす潜在的影響に関する研究はさらに限定される。Martin and Pindyck (2015)は、GDPならびに株価へさまざまな形で影響を及ぼし得るパンデミックや核テロリズムなど各種の破壊的事象を検証している。しかし重要な点は、大災害のリスクの検討は-本質的に「一般的」なものであろうと特定のものであろうと-基礎的な経済データや金融データの意味を理解する上で役立つということである。

潜在的な破壊的事象の経済的重要性を考えると、それらへの関心はなぜそれほど高くないのだろうか。おそらく、そうしたリスクについて考えると暗澹としてくるので、いくつかについては無視しているのかもしれない。加えて、これらの可能性のある大災害の大半について私たちは防止策をまったくと言ってよいほど講じていないという嘆かわしい事実を認めざるを得なくなるからだろう。例えば、米国では国内に輸送されるコンテナの検査の割合はごく一部であり、テロリストが核爆発装置を持ち込むのも容易である。また、大規模なパンデミックへの対策もほとんど計画されていない。これらをはじめ他の潜在的大災害を完璧に回避することはできないものの、その可能性や潜在的影響を削減するためにできることは多いだろう。しかしそれには、政治的意思と将来を見越した考え方が必要であるが、現時点では欠けていると思われる。

少なくとも私たちに必要なことは、これらのリスクが実在するものであることを認識し、それが経済に及ぼす影響を理解することである。経済政策に関する議論では、これらのリスクは無視されることが多い。政策担当者は、大災害が発生した場合にどのような経済的影響が及び得るのか、いかにすれば最も適切に対応できるのかについてより理解を深めることが必要である。

本コラムの原文(英語:2019年5月30日掲載)を読む

脚注
  1. ^ 今後数十年間の気候変動の程度と影響の分析を試みている研究は数多い。例えば、「気候変動に関する政府間パネル」(2014)、Pindyck (2019) および Stern (2008)などを参照。
  2. ^ https://www.cdc.gov/globalhealth/healthprotection/fieldupdates/winter-2017. CDCはとりわけ、アジア系統鳥インフルエンザ(H7N9)ウイルスの変異によるパンデミックの可能性を懸念している:「...このウイルスのパンデミックの可能性は憂慮される。インフルエンザウイルスは絶えず変化しており、このウイルスが人から人に簡単にかつ持続的に感染する能力を得て、世界規模の蔓延を引き起こすことも可能である。」https://www.cdc.gov/flu/avianflu/h7n9-virus.htmを参照。
参考文献
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2019年8月19日掲載

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