図1に示したイベントスタディの結果からは、4つのメッセージが浮かび上がる。第一に、貿易戦争以前には、関税対象製品はその他の製品と比べて異なる傾向を示していない。第二に、予測効果は量的には極めて小さく、輸入者があらかじめ購入先をシフトしておくことはなかったことを意味している(注1)。第三に、輸入量は30%減少しており、関税が直ちに大きな影響を与えたことがうかがわれる。最後に、関税は関税込みの価格に完全に転嫁されており(つまり、関税適用前の価格は下落していない)、米国の輸入者が米国の関税によるコストを負担していることが分かる(注2)。こうした完全な価格転嫁は、Amiti et al. (2019) によっても確認されている。
貿易戦争の総合的な、また各主体への分配面での影響は、関税負担の帰着するところによる。上述の誘導型のエビデンスは手掛りを与えてくれるものの、これらの影響を評価するためにはモデルの弾力性推定値が必要になる。筆者らは、その推定における主要な方法論的問題においても前進することができた。すなわち、関税の変動が同時期に生じた需給ショックと相関しないのであれば(これはイベントスタディおよび事前傾向のチェックにより確認された重要な想定である)、単一の関税は、輸入需要曲線と対外輸出供給曲線の双方の操作変数として用いることができる (Zoutman et al. 2018)、ということである。
筆者らはこれらの貿易弾力性の推定値を、Caliendo et al. (2017)と同様な、米国の供給サイドのモデルと組み合わせた。具体的にモデルには、多数セクター間のインプット・アウトプット関係、郡(county)間での生産特化パターンの異質性、セクター固有の生産要素、生産要素の不完全な地域間移動、等の特徴を含めた。われわれはこのモデルを、米国の郡の経済活動に関する貿易戦争以前のデータ、4桁産業分類、製品レベルの貿易に対応させた。これらによって得られる総合的な、また地域的な影響の大きさは、推定された貿易弾力性、またこのフレームワークで暗示されているセクターレベルの供給弾力性に依存している。
Bagwell, K and R W Staiger (1999), "An Economic Theory of GATT," American Economic Review 89: 215–248
Caliendo, L, F Parro, E Rossi-Hansberg, and P-D Sarte (2017), "The Impact of Regional and Sectoral Productivity Changes on the US Economy," The Review of Economic Studies 85: 2042–2096.
Fajgelbaum, P, P Goldberg, P Kennedy, and A Khandelwal (2019), "The Return to Protectionism," NBER Working Paper No. 25638.
Irwin, D A (1998), "The Smoot-Hawley Tari: A Quantitative Assessment," The Review of Economics and Statistics 80: 326–334.
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Zoutman, F T, E Gavrilova, and A O Hopland (2018), "Estimating Both Supply and Demand Elasticities Using Variation in a Single Tax Rate," Econometrica 86: 763–771.