世界の視点から

保護主義への回帰

Pablo FAJGELBAUM
カリフォルニア大学ロサンゼルス校経済学部准教授(経済学)

Pinelopi GOLDBERG
世界銀行グループチーフエコノミスト、イェール大学エリヒュー記念講座教授(経済学)(公務により休職中)

Patrick KENNEDY
カリフォルニア大学バークレー校博士候補生、国立科学財団大学院研究奨学生(NSF-GRF)

Amit KHANDELWAL
コロンビア大学ビジネススクール教授

2018年の関税引き上げは、世界全体でグローバル貿易に対する障壁を引き下げようという数十年にわたる米国の取り組みに逆行するものだった。本稿では、その結果として生じた貿易戦争が米国経済に与えた影響を検証する。それによると、輸入価格の上昇によって米国の消費者・企業が被る損失は年間688億ドル、生産者の利得と関税収入を差し引いた年間損失総額が78億ドルであることが分かった。また米国の関税は共和党支持者の多い政治的に競争力のある郡(county)を保護している一方で、他国による報復措置は共和党支持の郡を強く標的にしているという関係性を導いた。

過去数十年にわたり、米国は世界全体でグローバル貿易に対する障壁を引き下げようとしてきた。しかしながら2018年、米国が輸入品の12.6%に対する関税を導入し、対象となる輸入品に対する税率を平均2.6%から17%に引き上げたことは、こうした取り組みに逆行するものだった。貿易相手国は、米国からの輸出品の6.2%を対象とし、税率を平均6.6%から23%に引き上げることによって対抗した。この一件は、1930年スムート・ホーリー法、1971年の「ニクソン・ショック」(Irwin 1998,2013)以降に見られた米国による保護主義回帰としては最大のものである。

筆者らは最近の論文 (Fajgelbaum et al. 2019)において、この貿易戦争が米国経済に与える影響を試算した。われわれの主な研究成果は以下の通りである。

  • 関税は貿易フローに対して直ちに大きな影響を与える。
  • 米国による関税は、製品レベルでの輸入価格に完全に転嫁される。
  • 輸入価格の上昇によって、米国の消費者・企業は年間688億ドルの損失を被る。
  • 生産者の利得と関税収入を差し引いた年間損失総額は78億ドルである。
  • 米国の関税が政治的競争力のある郡を保護している一方で、他国による報復措置は共和党支持の郡を強く標的にしている。
  • 貿易戦争による純の不利益を最も強く被っているのは共和党支持の郡である。

輸入・輸出量と価格転嫁

筆者らは米国の月次輸入統計に対してイベントスタディ法を用い、関税対象となった輸入・輸出製品に対する影響を、関税対象となっていない製品と比較分析した(製品は、10桁の製品・国ペアとして定義される)。貿易戦争による関税の影響を見る上では、それらの製品間で関税前に異なる傾向がないことを確かめることが不可欠である。さらにイベントスタディ分析では、貿易戦争による関税への事前の予測効果についても検証を行う。

図1に示したイベントスタディの結果からは、4つのメッセージが浮かび上がる。第一に、貿易戦争以前には、関税対象製品はその他の製品と比べて異なる傾向を示していない。第二に、予測効果は量的には極めて小さく、輸入者があらかじめ購入先をシフトしておくことはなかったことを意味している(注1)。第三に、輸入量は30%減少しており、関税が直ちに大きな影響を与えたことがうかがわれる。最後に、関税は関税込みの価格に完全に転嫁されており(つまり、関税適用前の価格は下落していない)、米国の輸入者が米国の関税によるコストを負担していることが分かる(注2)。こうした完全な価格転嫁は、Amiti et al. (2019) によっても確認されている。

図1:輸入に関するイベントスタディ
図1:輸入に関するイベントスタディ

筆者らは米国の輸出についても同様のイベントスタディを実施し、報復関税による影響を検証した(図2)。図からは、報復関税の対象となった米国輸出製品はその他の製品と比べて特異な傾向を示してはおらず、また事前の予測行動のエビデンスも見られない。さらに報復関税の導入後、米国の輸出は急減している。そして、米国の輸出企業が報復関税導入国向けの関税前単価を、それ以外の国向けよりも引き下げているという事実は観察できなかった。

図2:輸出に関するイベントスタディ
図2:輸出に関するイベントスタディ

総合的な影響

貿易戦争の総合的な、また各主体への分配面での影響は、関税負担の帰着するところによる。上述の誘導型のエビデンスは手掛りを与えてくれるものの、これらの影響を評価するためにはモデルの弾力性推定値が必要になる。筆者らは、その推定における主要な方法論的問題においても前進することができた。すなわち、関税の変動が同時期に生じた需給ショックと相関しないのであれば(これはイベントスタディおよび事前傾向のチェックにより確認された重要な想定である)、単一の関税は、輸入需要曲線と対外輸出供給曲線の双方の操作変数として用いることができる (Zoutman et al. 2018)、ということである。

筆者らはこの手法を用いて、製品レベルでの輸入需要および輸出供給弾力性を得た。また、輸入製品間の需要弾力性、輸入品と国産品のあいだの弾力性も得ることができた。われわれの試算によれば、完全に水平な外国の供給曲線を否定することはできない、ということが分かった。さらに、外国の輸入需要が米国の輸入需要よりも非弾力的であることも分かった。

筆者らはこれらの貿易弾力性の推定値を、Caliendo et al. (2017)と同様な、米国の供給サイドのモデルと組み合わせた。具体的にモデルには、多数セクター間のインプット・アウトプット関係、郡(county)間での生産特化パターンの異質性、セクター固有の生産要素、生産要素の不完全な地域間移動、等の特徴を含めた。われわれはこのモデルを、米国の郡の経済活動に関する貿易戦争以前のデータ、4桁産業分類、製品レベルの貿易に対応させた。これらによって得られる総合的な、また地域的な影響の大きさは、推定された貿易弾力性、またこのフレームワークで暗示されているセクターレベルの供給弾力性に依存している。

筆者らの反事実的想定の結果をまとめたものが表1である。筆者らの計算では、米国の輸入者(消費者および企業)の損失は年間688億ドルである(GDPの0.37%に相当)。政府が受領する関税収入および国内生産者の利得を考慮すると、厚生損失は78億ドルに留まる(GDPの0.04%に相当)。米国の貿易相手国による報復がないと想定する反事実的想定においては、生産者の利得が大きくなり、総体的な厚生損失は無視できる大きさになる(全面的な貿易戦争の場合に比べて3分の1にすぎない)。

表1:貿易戦争が米国に与える総合的影響
表1:貿易戦争が米国に与える総合的影響

これらの結果を理解するために、輸入家電製品に対する米国の関税がもたらす結果を考えてみよう。米国製家電製品の価格は、米国の供給[曲線]と世界の需要(米国および諸外国の需要)[曲線]の交点によって決まる。米国および外国の関税は、世界の需要をシフトさせることにより、この価格に影響を与える。輸出製品の価格が輸入製品の価格に比べて高くなれば、米国にとっては交易条件が有利になる。

米国がある生産国からの特定の家電製品(韓国産の洗濯機など)に対して関税を課す場合、消費者が支払う価格に1対1の影響が生じ(筆者らが見たような完全な価格転嫁)、消費者にとっての厚生損失と政府にとっての関税収入につながる。

さらに、米国の消費者は国産家電製品の購入を増やすことによって対応する。家電製品のセクターレベルでの生産は完全に弾力的ではない(短期的にはそのような想定が合理的である)ため、こうした再配分によって、世界市場に輸出されているものも含め、米国製家電製品の価格が上昇する。従って、ここでは交易条件に正の効果が生まれ、筆者らが試算したような生産者の利得につながる。このモデルベースの結果は、セクターレベルでの米国の輸入関税がセクターレベルの米国生産者価格指数の上昇につながっている(弾力性は0.13[標準誤差=0.06])、という結果と整合的である。同じ論理で、外国が米国製家電製品に報復関税を課せば、米国製家電製品への世界的な需要が減少し、米国の生産者の利得が減少する。

地域的な影響、保護の構造、選挙関連のインセンティブ

これらの総合的影響の小ささは、地域ごとの影響の異質性を隠している。

図3に見るように、輸入関税はミシガン、オハイオ、ペンシルベニアといった「ラストベルト」各州に地理的に集中する傾向のある鉄鋼、家電製品といったセクターに最大の保護を与えている。対照的に諸外国による報復措置の標的は、主としてアイオワ、カンザス、アイダホ、ノースダコタ、サウスダコタといった中西部・山岳州に立地する農業セクターである(図4)。

図3:米国の郡の輸入関税へのエクスポージャー
図3:米国の郡の輸入関税へのエクスポージャー
図4:米国の郡の輸出関税へのエクスポージャー
図4:米国の郡の輸出関税へのエクスポージャー

労働者の地域間での移動が低い場合、こうした地域的な異質性は富の配分に影響を与える。筆者らはこのモデルを用いて、平均では実質賃金の低下0.7%であるのに対し、貿易可能セクターにおける実質賃金の郡間での標準偏差が0.4%、であるということを導いた。

米国はなぜ一部のセクターを対象として輸入に対する保護を与え、他のセクターには与えないのか。筆者らは、保護の構造が選挙に関連するインセンティブに動機付けられているという仮説を検証した。図5は、2016年大統領選挙における郡レベルでの共和党の得票率に対して、輸入関税へのエクスポージャーの変化をプロットしたものである。この図からは、米国による関税が、共和党が40~60%の得票率となった、選挙において[共和党の]競争力が高い郡を保護することを狙っているという示唆的証拠を示している。他方、諸外国は、2016年の大統領選挙で共和党に非常に有利な投票を行った農村部の郡を標的としている。

図5:関税へのエクスポージャーと共和党得票率の関係
図5:関税へのエクスポージャーと共和党得票率の関係

こうした報復関税の結果、貿易戦争による打撃を最も強く受けているのは、共和党支持が強い郡であると筆者らは考える。図6に見るように、民主党支持の強い郡(共和党の得票率が5~15%)に比べ、共和党支持の強い郡(共和党の得票率が85~95%)における厚生損失は33%大きい。

図6:貿易可能セクターにおける実質賃金の損失と共和党得票率の関係
図6:貿易可能セクターにおける実質賃金の損失と共和党得票率の関係

結論

筆者らの研究の狙いは、貿易戦争が米国経済に与える短期的な影響に関する研究者・政策担当者の理解に資することである。筆者らの分析では、貿易戦争が経済の不確実性、生産性、イノベーション、または長期的な経済的結果への影響については考慮していない。今後、これらの分野に関する研究が進めば、本研究を補完する上で、また最適の貿易政策に関する継続的な議論にとって、貴重なものとなるだろう。

本稿は、2019年4月12日にwww.VoxEU.orgにて掲載されたものを、VoxEUの許可を得て、翻訳、転載したものです。

本コラムの原文(英語:2019年4月17日掲載)を読む

脚注
  1. ^ 筆者らはさらに、貿易戦争中の結果の変化と過去の関税の変化のあいだの相関関係、また先行・遅行を伴う動学的特定化に注目することにより、事前傾向および予測効果がないことを確認した。Fajgelbaum et al. (2019) のSection4.1および4.6を参照のこと。
  2. ^ Bagwell and Staiger (1999) は、貿易協定が、交易条件の外部性に対応する機能を果たすことを実証した。筆者らは製品レベルにおいて完全な価格転嫁が生じると推定したが、外国における国レベルでの賃金変動を理由として輸入価格が下落し、完全な価格転嫁に至らない可能性がある。筆者らの推定戦略はこれらの影響を吸収しており、従って、これらの変動を測定していない。
参考文献
  • Amiti, M, S Redding, and D Weinstein (2019), "The Impact of the 2018 Trade War on U.S. Prices and Welfare," CEPR Discussion Paper 13564.
  • Bagwell, K and R W Staiger (1999), "An Economic Theory of GATT," American Economic Review 89: 215–248
  • Caliendo, L, F Parro, E Rossi-Hansberg, and P-D Sarte (2017), "The Impact of Regional and Sectoral Productivity Changes on the US Economy," The Review of Economic Studies 85: 2042–2096.
  • Fajgelbaum, P, P Goldberg, P Kennedy, and A Khandelwal (2019), "The Return to Protectionism," NBER Working Paper No. 25638.
  • Irwin, D A (1998), "The Smoot-Hawley Tari: A Quantitative Assessment," The Review of Economics and Statistics 80: 326–334.
  • Irwin, D A (2013), "The Nixon Shock After Forty Years: the Import Surcharge Revisited," World Trade Review 12: 29–56
  • Zoutman, F T, E Gavrilova, and A O Hopland (2018), "Estimating Both Supply and Demand Elasticities Using Variation in a Single Tax Rate," Econometrica 86: 763–771.

2019年7月11日掲載

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