中国の貿易慣行に対するトランプ大統領の不満の多くは、正当なものであると言われている。依然として高い貿易障壁や、知的財産権保護の弱さ、国際市場における不公正な競争につながる国営企業を主な対象とする企業補助金の給付などに関しては、欧州諸国や日本も同様の不満を抱いている。実際、中国が自国の経済システムの効率化と公正化を同時に図るうえでできることは、もっとあるであろう。その一方で、グローバルな通商システムをより効率的かつ公正なものにしていくためには、米国やその他の高所得国の側でもさらなる政策変更が可能であると認識することも大切である。
詳細に触れる前に、本論文が、短期的に生じる可能性が高いことについて論じるものではなく、中期的に起きるべきことに関するものであることを明確にしておく。
中国が行うべき政策変更
まず、中国が何をなすべきかについて論じよう。第一に、中国の関税率・非関税障壁は双方とも、米国及びその他の高所得国に比べて高い。また、金融サービス企業の持株比率の上限規制など、中国での事業活動を望む外国企業に対する制約も多い。こうした障壁は、国民一人あたりの所得が同等の水準にある他の開発途上国と比べて高いわけではないが、中国がこうした障壁の削減に向けて更なる努力ができることは確かである。こうした障壁の削減は、外国の生産者にとって有益なだけではない。輸入のパーツやコンポーネントを使う中国企業、そして中国の一般家庭の双方に恩恵をもたらすという点が大変重要である。貿易体制の自由化は、政府の財政赤字を増やすことなしに所得を増大させ効率性を改善する減税のようなものである。18年前のWTO加盟以降の経験からも分かるように、中国の労働市場が十分な柔軟性を保つ限り、貿易の自由化は失業率の急上昇にはつながらないだろう。
第二に、知的財産権保護の強化は、実現可能であると同時に中国にとっても有益でもある。中国政府は、外国の多国籍企業からの技術移転を義務付ける政策は20年近く前に廃止したと述べているが、米国や欧州の在中商工会議所は、表向きの政策と実態がかけ離れている事例はたくさんあると指摘する。これは、中国側に改善すべき明らかな余地があり、中国と他の諸国が合意に達する可能性は高いだろう。以前であれば、中国国内のイノベーション能力が低かったため、知財保護の強化は単に外国企業にとっての利益増大を意味していた。だが今日では、国内賃金の上昇などを背景に中国企業はイノベーション能力を高め、米国やその他の市場への進出も拡大させている。したがって、知財保護を強化し互恵的なものにすることは、他国から進出する企業のみならず、中国企業をも益することになる。
第三に、中国の補助金制度や産業政策レジームは、いくつか大きな改革を加えることで改善される。外部性やその他市場の欠陥に対処することを目的とする政策と、歪みや非効率を生み出すような政策とを区別することが肝要だ。大半の国には、一部の経済活動を他の経済活動より優遇するような何らかの税制・補助金制度がある。現コロンビア大学の卒業生でもある米国の初代財務長官、アレクサンダー・ハミルトンは、今から230年以上前に産業政策の概念を実質的に発明した。米国、欧州、日本では、今でも(呼び名はどうであれ)産業政策が広く行われている。だが中国では、高所得国と比較して、歪みと非効率を生み出す政府プログラムの比率が高いように思う。他国に非効率な補助金制度が存在するからといって、同種の非効率な制度を推進する正当な理由には到底ならない。中国の補助金制度は民間企業に比べて国営企業を体系的に優遇する傾向があり、結果的にリソースの不適切な配分をもたらしている。政府プログラムは、もっと多くの、そしてより体系的な費用便益分析に基づくものであるべきだ。最終的に非効率なプログラムが削減・廃止されれば、外国企業と国内企業のあいだだけでなく、さらに重要な、国内の民間企業と国営企業のあいだにも、より公正な競争の場が生まれることになる。こうした改革は、納税者から集めたリソースをより有効に活用し、中国の成長ポテンシャルを押し上げ、国民一人あたりの所得が高い国となる日を早めることになろう。
第四に、現行のWTOルールは、市場に歪みをもたらす(特に国営企業を対象とする)補助金を加盟国が実効的に防止するための十分な制約を設けていない。したがって、中国による政策変更だけでなく、WTOルールの改革も必要である。
米国及びその他の諸国が行うべき政策変更
米国及びその他の先進工業国も政策改革を推進する必要がある。第一に、中国製品に対する米国の貿易障壁は、多くの米国民が考えるほど低いものではない。中国は、この20年にわたって世界で最も効率の良い繊維製品・衣料品の製造国であるが、多くの繊維製品・衣料品に対する米国の関税率は20%台であり、米国の関税率全体の平均に比べると大幅に高い。通商を専門とするエコノミストの多くは、反ダンピング制度は非効率的であり、実際には貿易保護の手段となっていることが多いと考えている。中国の輸出企業は、中国の生産者が不利になるように歪められたダンピング基準に準拠する、非常に高い反ダンピング関税を課せられている。つまり、米国の平均関税率は一見低いように見えるが、それが中国製品に対して米国が実際に適用している関税率についての誤解を生んでいる。
第二に、米国の自由貿易協定は人為的に、米国の需要をコストパフォーマンスに優れた中国の生産者から、コスト効率では劣るメキシコやその他の国の企業へと流している。これらの自由貿易協定は「自由」と銘打っているにもかかわらず差別的である場合が多く、FTA域内と域外の生産者のあいだに不公正な競争の場を生み出している。これは、域外の効率的な企業を犠牲にして、域内の効率面で劣る企業を優遇するという、グローバル規模でのリソースの不適切な配分につながる可能性がある。これはFTA域外の労働者にとって不公正であり、同時に、FTA域内の低所得世帯にとっても不公正である場合が多い。現行のWTOルールは、自由貿易協定の名を借りた差別的な政策の推進に対して十分な抑止策を提供していない。
第三に、米国は自国の法体制・規制体制が、公正かつ予見可能であること、透明性が高いことを非常に誇りにしているが、海外からの投資を管轄する体制については、公正であるとも、予見可能であるとも、透明性が高いとも考えられない。米国での投資案件が、「国家安全保障に影響を及ぼす」というレッテルを貼られるに至る判定基準は低く、また恣意的であるように思われる。米国の安全保障に関するスクリーニングのプロセスにおいて、スクリーニング完了に要する時間や、その最終的な結果といった要素が中国人投資家の関係する投資案件の不確実性を増大させている。クロスボーダーM&Aについてのアドバイスを行う米国人弁護士によると、中国企業が米国企業の買収をめざす場合、買収提案を考慮してもらうためには、買収金額を15%積み増ししなければならない場合が多いという。つまり、海外から米国内への投資体制は、米国に投資したいと考える中国企業の資本の一定割合を実質的に没収しているのである。
米国における市場アクセス及び投資体制に関する話のほとんどは、欧州及びその他の先進工業国でも同様だ。中国製品に対する事実上の貿易障壁は、これらの国々において高所得世帯よりも低所得世帯に損害を与え、その結果、所得配分を悪化させることにもつながっている。
グランドバーゲン
非効率的で不公正な政策は、愚かさから生まれるのではない。強力な、あるいは巧みに組織された特定の利益団体を利するからこそ、そうした政策が存在するのである。これはつまり、中国・米国の双方において、政策の変更は国内で抵抗に遭うことを意味する。とはいえ、そうした政策の大半はほとんどの市民にとって不公正であるだけでなく、不経済でもある。中国、米国及びその他の諸国が、お互いに実施可能な一連の政策変更に関して、グランドバーゲン(相互に利益のある大取引)に合意することは可能だ。そうなれば各国政府は、改革に際しての国内の抵抗を克服しやすくなるだろう。
WTO改革に関しても、グランドバーゲンに向けて交渉することが可能だ。反ダンピング措置の乱用や自由貿易協定を通じた差別的政策の再導入、国際市場における不公正な競争を生み出すための政府補助金の使用、WTOルールを回避するための国営企業の不透明な慣行の利用といった加盟国の行動を制限するためのルール変更である。
中国政府は最近、貿易障壁のさらなる削減、また持株比率規制の緩和を含め、国内で事業活動を行う外国企業に対する制限のさらなる緩和を進めていく意向を明らかにした。こうした政策プランを実際の政策行動へと結びつけていくことが重要である。中国、米国及びその他の諸国では、グローバルな貿易システムの公正化・効率化に資するような一連の政策改革を実行できる。これは、国際的な貿易・投資をめぐる緊張の緩和につながるだけでなく、国内における所得配分の公正化を実現するうえでも役に立つだろう。
こうした改革は、米国、中国の首脳が誰であるかにかかわらず行われなければならない。とはいえ、貿易紛争をめぐる発言や国際貿易システムが崩壊するリスクが注目を集めていることから、これらの問題に対する一般の認識も高まっており、行動を起こすための意識も高まっていると思われる。今回の貿易紛争を奇貨として最大限活用しようではないか。