国際競争が激化するなか低インフレ状態が続いていることを背景に、国内のインフレにとってグローバル化が果たす役割の重要性について議論が活発化している。本稿では、グローバル・バリューチェーンへの参加拡大がインフレに下方圧力を加えていることを提示する。グローバル・バリューチェーンへの統合が高い水準で行われると、世界的な経済の余剰能力が国内のインフレに及ぼす影響が強まり、インフレ率を抑制する可能性がある。世界金融危機以降のグローバル化の失速は、総需要の増大と市場のコンテスタビリティ(競争可能性)の低下と相まって、中期的にインフレ圧力を生むリスクがある。
市場や評論家は、米国では数年にわたってインフレ圧力が抑制されたのち、インフレ率の持続的回復が見込まれると予測している。継続的かつ堅調な雇用の増大と低い失業率に伴って一時的な賃金伸び率上昇の兆候が見られるとともに、財政刺激策も短期的成長を後押しすると思われる。世界的な経済成長も加速化しつつある(OECD 2018a)。
こうした最近の動きに加えて、1990年代中頃から長期にわたってインフレ率の低迷をもたらしてきた世界的な動向も反転しつつあるのかもしれない。とりわけ、世界金融危機以降グローバル化は失速したように見え、総需要は増加傾向にあり、大半の主要国で需給ギャップは総じてゼロまたはゼロ近傍になっている。さらに、サービス・セクターにおいて市場支配力の増大を示すエビデンスも数多くある。こうした動向は、インフレという魔人を瓶の外に出してしまう危険性を孕んでいる。
国際競争が激化するなか、この数十年間、多くの国でインフレ率低迷の状態が続いていることを背景に、国内のインフレ政策においてグローバル化が果たす役割の重要性について議論が活発化している。国際決済銀行(BIS)のAuer他(2017)は、グローバル・バリューチェーン(GVC)への統合推進によって、国内のインフレ政策においても、グローバルな要素-とりわけ世界的な経済の余剰能力-の重要性が強まっていると主張している。しかしながら、欧州中央銀行(Tagliabracci他、近日発表予定)および米国連邦準備銀行(Yellen 2017)の最近の調査研究において、この推論に異議を唱えている。
図1は、1995年から世界金融危機までの期間、GVCへの統合が大幅に拡大する一方で、インフレ率は相対的に低水準にとどまっていることを示している。危機後、GVCは横ばい状態となり、危機以前のピークの水準を維持しているが、その一方、生産者物価インフレ率は大幅に下がり、サンプル国のあらゆる業種にわたって平均して低い水準のままである(注1)。
このパターンを踏まえ、私たちは既存の調査研究の枠を遥かに超える、物価とグローバル化に関する新たな分析を行った(Andrews他、2018)。最新のOECD多国間データを用いて、国レベルではなく、業種別の物価とGVCについて分析し、これにより、刻々と変化する各国固有のショックや、世界的なショックに備えることが可能となった。また、GVCの後方への参加度がより高いこと-すなわち国内の生産者による他国からの付加価値製品への依存度が高いこと-は、業種レベルでの生産者物価インフレ率の低下と関連があることもわかった。例えば、1990年代半ばから世界金融危機までの間、GVCの拡大によって年間生産者物価インフレ率は平均で0.15ポイント下がったが、一部OECD諸国ではこの影響が2倍以上だったところもある(図2)。
コスト削減と賃金抑制の経路が認められることから、私たちは、GVCの後方への参加度の拡大は、輸入国および輸入産業における賃金低下と生産性向上とに関連があり、低賃金諸国がサプライチェーンに統合されている場合にはそれがとりわけ顕著であることも明らかにした。GVCへの統合の全般的な水準は落ち込んでいるにもかかわらず(図1)、GVCにおいて調達先となる国(すなわち供給国)の構造が、だんだんと低賃金諸国へと移行していることから(図3)、この経路によって、ここ近年のインフレ率の低下がもたらされたといえよう。したがって先進経済国のインフレ率は、GVCの構造が引き続き低賃金諸国に移行するのであれば、今後も低いままとなるだろう。
さらに、GVCへの統合が高い水準で行われると、世界的な経済の余剰能力が国内のインフレに及ぼす影響が強まり、生産者物価インフレ率を抑制することも分かった。このことは、新たな産業レベルでのエビデンスを提示するとともに、金融危機以前の期間の集計データを用いたAuer他(2017)の研究結果を裏付けるものでもある。私たちの論証も同様に、2国間の産業レベルGVCと国別需給ギャップ・データを結合し、世界的な経済の余剰能力の長期での変化を測定するアプローチを用いている。
このことは、GVC参加度が高い場合、世界的需要の低迷はより大きなインフレ抑制効果をもたらすことを示唆する。例えば、2014年にサンプル国が平均で-1.5%の世界的需給ギャップに直面していたことを考えると、2014年の年間生産者物価インフレ率は、1996年のGVC水準の場合と比較して、平均で0.25ポイント低いと推定される。GVC参加度が大幅に伸びた国の場合には、それが0.5ポイント以上低いものとなる。とはいえ、これは、金融危機以降のGVCの拡大は鈍化しており、大半の国における総需要の伸びと需給ギャップの解消から、中期的にはインフレ圧力の増大をもたらす可能性があるだろう。
インフレ率上昇のリスクをもたらす3つ目の長期的動向は、競争と市場のコンテスタビリティの低下である。私たちは、多国間企業レベルの統合データを活用してマークアップ率の上昇傾向を示したが、そこからはサービス・セクターにおける市場支配力の増大が読み取れる(図4)。このマークアップ率の上昇傾向は、米国(De LoeckerおよびEeckhout 2017)および他のOECD諸国(Calligaris他 2018)に関する推定と一致する。同様に、これら市場のサービス・セクターでは、2000年代初頭以降さまざまな業種において生産者物価インフレ率とマークアップ率の間に有意な正の相関関係が認められることが分かった。このことから推測されることは、市場支配力が引き続き高まった場合、インフレという魔人を瓶の外に出してしまう更なるリスクを孕んでいるということだ。
この分析は、貿易の自由化と技術進歩によって促進されたGVCの拡大は、生産者物価に下方圧力を加え、金融政策に影響を及ぼす可能性があることが示唆するものである。将来に目を向けると、金融危機以降に見られるグローバル化の失速が続くと、将来インフレ率上昇のリスクをもたらす。このことから、世界経済において高まる貿易保護主義の脅威に対抗すべきであるさらなる理由を明らかにしている。
加えて、製品市場および労働市場における競争の激化がこの数十年にわたる世界的なディスインフレを進めてきたとすれば(Rogoff 2003)、その結果としての-世界的な経済成長が堅調であることを背景に-構造改革への意欲の減退(OECD 2018b)はインフレ圧力をもたらしかねない。経済におけるICT(情報通信技術)を中心とする活動の重要性の高まりや、ICT産業における市場支配力増大のエビデンスを考えると、独占禁止規制や競争促進的市場規制をデジタル時代に適合したものとするよう政策努力を払うことは、長期的な生産性の向上に資するばかりでなく、金融政策の観点からも望ましいといえよう。
本稿は、2018年5月11日にwww.VoxEU.orgにて掲載されたものを、VoxEUの許可を得て、翻訳、転載したものです。