高齢化社会の進展と女性の労働参加の拡大により、政府は高齢者介護にもっと積極的な役割を果たすべきだという声が高まっている。本稿では欧州と米国のデータを用いて、長期介護政策に対する家族の反応を調査する。調査結果は、実際の介護のあり方は政策によって大きな影響を受けることを示唆するとともに、改革案を評価する際に、インフォーマルケアも考慮に入れることの重要性も明らかにする。
従来、家族は在宅介護において重要な役割を果たしてきた。しかし高齢化社会の進展と女性の労働参加の拡大により、政府がもっと積極的な役割を果たすべきだとの声が高まっている。一部の国の政府はすでに改革に着手しており、たとえばドイツでは、全国民を対象とした長期介護保険制度が1996年に導入され、インフォーマルケアと公的介護双方の提供者に助成金が給付されるようになった。
政策担当者が改革案を検討する際には、インフォーマルケアの提供者(例:家族)の反応の大きさを考慮に入れることが最も重要である。たとえば、高齢者福祉施設に入居する際の自己負担費用が高い国(例:米国)において、高齢者福祉施設での介護が無償になった場合、それまで自宅でインフォーマルケアを受けてきた高齢者の多くは、高齢者福祉施設に入居するようになるだろう。税制変更や労働供給と同様に、家族の反応を考慮しない稚拙な計算は、改革のコストを著しく過小評価することになる。しかし、実際にはどれほどの数の家族がこのような反応を示すだろうか? この疑問をまず理解するため、本稿では、長期介護(LTC)に関するデータを活用し、欧州諸国と米国の政策の大きな違いを調査した。
公的なLTCとインフォーマルLTCに関する国際比較
残念なことに、LTCに関する包括的な国際比較データ、とりわけインフォーマルケアのデータを入手することは困難である。OECDと欧州委員会(OECD/EU 2013, Lipszyc et al. 2012)は、各国の公的介護に関する優れた集計データを提供しており、これには高齢者福祉施設と公的な在宅介護(すなわち、有償介護者による自宅介護)の双方が含まれている。しかしこれらのデータには、インフォーマルケアに関する情報は含まれていない。後述するが、学術文献は、調査のエビデンスを用いてインフォーマルケアに関する論点を研究してきたが、一部形態の介護(主に高齢者福祉施設での介護や配偶者による介護)は除外されているため、介護の実態を包括的に概観しているとはいえない。
我々の最新の論文は、学術文献におけるこうした不足を補うことを目的として、「欧州における健康、加齢および退職に関する調査」(Survey of Health, Ageing, and Retirement in Europe, SHARE)、米国の「健康と退職に関する調査」(Health and Retirement Study, HRS)、そして高齢者福祉施設の活用に関するOECDの国際比較データ(Barczyk and Kredler 2018)という3種類のデータを活用した。こうしたデータソースを統合する際の問題をどのように克服するか、そして各国の介護の全体像をどのように把握するかについて、詳細に説明する。
一般に、LTCはさまざまな環境で行われている。家族や友人によって行われる場合(インフォーマルケア)もあれば、公的介護の場合もある。公的介護は、高齢者の自宅で有償のヘルパーが行う介護(公的な在宅介護)と、高齢者福祉施設での介護に分類される。各国のLTCに関して包括的に調査するためには、こうした介護方法すべてを考慮する必要がある。
そこで、我々は各国政府のLTC支出額に基づき、3つに分類した。注目すべきなのは、LTC支出はほぼ全額、公的介護にあてられていることである。「北部」とは、LTCへの公的支出がGDP比2%以上の国(スウェーデン、デンマーク、オランダ、ベルギー)である。「中部」とは、LTCへの公的支出がGDP比1〜2%の国と定義され、すべての国が欧州中央部に位置している(フランス、ドイツ、オーストリア)。残りの国で構成されるのが「南部」地域(スペイン、イタリア)で、LTCへの公的支出はGDP比1%未満である。LTCへの公的支出がGDP比0.5%である米国は、そのLTC政策やその他の特徴が欧州諸国とかなり異なるため、個別の地域として扱った。
下記の表1は、介護の形態をまとめたもので、各国をLTCへの公的支出の割合が高い順に並べている。まず注目すべき点は、介護の形態が地域によって大きく異なることである。インフォーマルケアにおいて南北の差が非常に大きい。欧州北部ではLTCへの公的支出が多く、インフォーマルケアより公的介護が主流である。興味深いことに、インフォーマルケアに依存しているという点で、米国は南欧諸国に酷似している。米国は、インフォーマルケアを受ける人の割合が「南部」より高い一方で、高齢者福祉施設の入居比率に関しては「中部」と類似している。
インフォーマルケアの割合が地域によって大きく異なることは、手厚いLTC政策によって、家族による介護が減少していることをはっきりと示している。中部、北部、米国を比較した場合、当然の結論だといえる。各地域に属する国の文化的背景は非常に似ているが、家族の介護への依存度では大きく異なる。米国におけるインフォーマルケアの割合は、北部に比べて3倍も高い。欧州内でも、たとえばオランダとドイツのように文化的に非常に近い国の場合でも、介護のあり方には著しい違いがみられるが、この結果は各国政府の公的介護への助成額の違いと完全に整合的である。以上から、家族が介護の方法を決めるにあたっては、政策的インセンティブに大きく反応するということは明白な結論である。
表1から浮かび上がる2つ目の衝撃的な特徴は、多数の虚弱な高齢者が在宅でインフォーマルケアと公的介護の両方を受けていることである。このことは、インフォーマルケアと公的な在宅介護は併用されないという既存の研究(例:Bonsang 2009)と矛盾しているように一見みえる。しかし介護の度合いを考慮すれば、この疑問は解決する。インフォーマルケアと公的な在宅介護を組みあわせて利用する個人のほとんどは、実際はいずれか一方の介護を重点的に受けており、このうち約90%の人々が、どの地域においても合計の介護時間数のうち80%以上を、メインとする片方の形態の介護を受けている。
介護の度合いが考慮されていないため、介護件数の集計結果は誤解を招く可能性がある。たとえば、買い物の際などにときどき支援が必要な人と、重度の認知症を患い24時間の介護が必要な高齢者福祉施設の入居者が、介護件数として同じようにカウントされてしまう。図1は、65歳以上の高齢者が受けている1日当たりの平均介護時間を介護の形態別に集計することによって、この歪みを補正したものだ。予想通り、高齢者福祉施設は最も介護が必要な高齢に対応しているため、その重要性は劇的に高まる。公的な在宅介護は、障害の程度の軽微な人が利用することが多いため、その重要性は低下する。一方、インフォーマルケアの重要性は引き続き突出している。最後に、介護の度合いを考慮すれば、インフォーマルケアにおける北部と南部の差はさらに拡大するという点を指摘したい。米国は南部と中部の中間といえるが、依然として北部の状況とは大きくかけ離れている。
インフォーマルなLTCの提供者
また、寡婦(寡夫)および単身者はLTC政策にとりわけ敏感に反応することがわかった。このサブグループでは、インフォーマルケアに関する北部と南部の差はさらに大きい。夫婦はあまり敏感に政策に反応しないが、これはどの地域においても、夫婦はほぼ例外なく配偶者の介護を担うからである(北部は注目すべき例外で、パートナーのいる個人が受ける介護時間全体の約半分は高齢者福祉施設で行われている)。
サンプル対象国におけるLTC政策以外の特徴も、実際、介護に関する選択の違いに影響するという意味で、LTC政策と介護形態の強い相関性は統計上の見せかけではないかとの推測もありえる。しかし、家族に関するさまざまな特徴をコントロールした場合でも、依然として大きな差が存在することがわかった。実際、個人がどの国・地域の住人かという情報は、介護を決定する際の最も強力な個人レベルの予測変数(例:障害の程度や配偶者の有無)と同じくらい、強力な予測変数となる。経済的効果に関しては、個人レベルの差異が国家間の差異よりも桁違いに大きいと多くの研究者たちは考えていたため、これは特筆すべきことである。
インフォーマルケアの大部分は、重度の介護を行う比較的少人数のヘルパーにより支えられており、重度の障害を持つ高齢者に介護を提供している。夫婦の場合、たいてい介護は配偶者が行う。介護が必要な独り暮らしの高齢者の場合、子どもが介護の役割を担うケースが多い。通常、介護を行う子どもは労働年齢の女性であり、親と同居しているケースも多い。したがって彼女たちは、労働市場で働くのか介護を行うのかという潜在的に重大なトレードオフに直面してしまう(Bolin et al. 2008、Crespo and Mira 2014も参照)。
政策的含意
では、経済的なインセンティブに対する家族の反応を真剣に考慮した場合、どのような政策的含意を得られるだろうか? 我々は論文において、介護に関する決定について親と子どもたちが戦略的に影響し合うという経済モデルを構築した。このモデルを用いて、ドイツで実施されたLTCの改革を仮に米国で行ったとしたらどのような結果が得られるかを研究した(Barczyk and Kredler 2017)。比較的少額な場合であっても、インフォーマルケアは助成金に大きく反応することがわかったが、この結果は、インフォーマルケアの利用度が国によって大きく異なるという我々の研究結果と整合的である。さらに、インフォーマルケアに対する助成金は、(公的介護の費用を負担する米国政府の制度であり、資力調査が実施される)メディケイドへの依存度を大幅に低下させる。一方で、介護者が労働市場を離れることによる税収の減少はさほど大きくない。インフォーマルケアへの助成金は経済厚生の向上につながる。助成金によって高齢者は(望みどおり)家族と自宅で暮らし続けることができる上に、インフォーマルケアへの助成金を政府が増額した場合でもメディケイド縮小によって浮いた資金で相殺できるため、政府にとっても比較的負担が少ない。
本稿は、2018年1月28日にwww.VoxEU.orgにて掲載されたものを、VoxEUの許可を得て、翻訳、転載したものです。