給料の良い会社もあれば、そうでない会社もある。生産性の高い会社もあるがそうでない会社も少なくない。本稿ではOECD加盟16カ国の製造業・サービス業双方で、賃金と生産性の格差が広がっていることを示す企業レベルの新データを紹介する。企業間で賃金格差が拡がっており、同一産業内の企業間においてもこの傾向がみられる。そしてこの傾向は、生産性の高い企業と低い企業の格差が拡がっていること、そしてグローバル化と技術進歩(特にICT)に関連している。さらに、最低賃金、雇用保障法制、労働組合、賃金決定過程などの政策や制度もこうした結果に影響を与えている。
過去30年にわたり、OECD加盟国・非加盟国の一部では、富裕層と貧困層の所得格差が拡大している(Piketty 2014, Piketty et al. 2017, OECD 2016)。このことから、成長と包括性について学界、政策の最前線で議論されるようになった(Furman 2016)。
賃金格差の大部分が企業内ではなく、企業間の賃金格差拡大によって説明できる、と多くの研究が示している。つまり、格差の大部分は、同一企業内の給料の高い人、低い人の差ではなく、賃金が最も高い企業と最も低い企業の差が拡大していることによるという(直近の論文では、Barth et al. 2014、Card et al. 2013、Goldschmidt and Schmieder 2015、Helpman et al. 2017、Song et al. 2015など)。
他方、最近のエビデンスによると、生産性が最も高い企業とそうでない企業との格差が世界的にかなり広がっているという(Andrews et al. 2017)。このことは、賃金格差の拡大と生産性格差の拡大の間には、正の相関がある可能性を示唆している。
我々は最近の論文(Berlingieri et al. 2017a)において、16カ国(オーストラリア、オーストリア、ベルギー、カナダ、チリ、デンマーク、フィンランド、フランス、ハンガリー、イタリア、日本、ルクセンブルク、オランダ、ノルウェー、ニュージーランド、スウェーデン)の新たな企業レベルのミクロデータを使用し、賃金と生産性格差の拡大に関する新たなエビデンスを示した。
我々のデータからは、企業間の生産性格差と賃金格差に関する、規格化された情報を得ることができる。既存の研究とは次の点で異なる。1)(小規模企業を含む)各国企業の全就業者に基づくデータを使用している、あるいは企業の総就業者人口を用いて再加重を行い、比較可能な代表値を使用していること。2)16カ国の製造業・サービス業を対象にしていること。3)労働生産性と多要素生産性(MFP)の両方を測定していることである。
本研究は、分散型ミクロデータアプローチを用いて各国の生産性パターンを研究することを目的とするOECDのMultiProdプロジェクトとの一環として行われたものである(詳細はBerlingieri et al. 2017bを参照)。
賃金格差と生産性格差
研究の結果、賃金と生産性の両方において格差が生じていることがわかった。つまり、それぞれの分布において上位と下位の差が拡大しているということである。これは経済全体だけでなく、各国の産業分類2(中分類)の産業にもいえる。
図1のパネルAは、90-10賃金比(対数比)を示しており、賃金分布の上位10%に属する企業の賃金と、下位10%に属する企業の賃金を比較している。右肩上がりの線は、経済全体の労働者の間(破線)、同一産業内の企業間(実線)の両方で賃金格差が広がっていることを示している。同一産業内においても、2012年の90-10賃金比は2001年よりも12.3%上昇している。
この図は、企業間の賃金格差の拡大と同様に、経済全体の賃金格差も拡がっているということを示している。したがって、企業間の賃金格差を分析することによって、経済全体の賃金格差の要因について理解を深めることができる。
企業間の賃金格差は、国・産業の組みあわせによる企業の生産性格差と整合的である。図1のパネルBは、90-10生産性比率 (対数比)を示しており、ある産業内における生産性分布の上位10%の企業と下位10%の企業の差を捉えている。労働生産性の差は2001年から2012年の間に12.8%上昇した(実線)。
一般的に、資本集約は労働生産性を向上させるが、こうした格差は特定の企業が資本の使用を増やしていることだけでは説明できない。資本の使用を考慮にいれている多要素生産性についても格差が広がっており、同時期に90-10対数比で13.6%上昇している(破線)。
したがって、賃金と生産性の両方が大きく乖離しているといえる。
格差に関する議論の多くでは、所得分布上位1%の富裕層とそれ以外との格差の拡大に注目されてきた。たとえば、大きな影響を持つことになったPiketty and Saez (2003) など、富裕層との所得格差に関する研究(2003)である。我々の研究は、所得分布の最下位においても賃金格差が生じていることを示している。
図2のパネルAは、上位10%と中位の賃金比(対数比、実線)、中位と下位10%の賃金比(対数比、破線)を示している。90-50の対数比は、「上位半分における賃金格差」と考えられる。つまり、50パーセンタイル(賃金分布のちょうど中間にいる企業)と比較した90パーセンタイルの賃金(賃金分布の上位10%の企業によって支払われる賃金)のことである。一方50-10の対数比は「下位半分における賃金格差」を表している。
2001年から2012年の間、下位10%と中位の平均賃金の格差は、中位と上位10%の格差よりも急速に広がった。すなわち、上位半分の格差よりも下位半分の格差がより早いペースで拡大しているのである。下位にみられる格差は、多要素生産性 (MFP) の分布においても発生している。
つまり、賃金と生産性の格差は、上位よりも下位で急速に拡がっているのである。2000年代前半に上位における格差の縮小を示すエビデンスもみられたが、2000年代後半には姿を消し、上位においても格差が拡大した。
上位と下位の格差の平行トレンドより、賃金と生産性の分布が相関していることが示唆される。これを評価するため、90-10賃金比と90-10生産性比の相関関係について計量分析を行った。その結果、国・産業の組みあわせにおいて、各産業の労働力や企業年齢の構成を考慮しても、生産性格差の拡大と賃金格差の拡大との間に、正の相関があることがわかった。労働生産性格差(対数)が1標準偏差拡大すれば、賃金格差(対数)が25.5%拡大する(MFPに関しては19.5%)という関係性がみられる。
このことは、企業の生産性格差の拡大に目を向けない限り、賃金格差について理解できないということを示す明確なエビデンスである。Mortensen(2003: 129)は次のように指摘している。「同じような労働者なのに給料に違いがあるのはなぜか? 仕事によって給料が違うのはなぜか? このような賃金格差は、雇用主の生産性の差を反映した結果であると指摘してきた。(中略)もちろん、賃金格差が生産性格差の結果であるという主張は、新たな疑問を呼ぶ。それでは、生産性格差をどう説明すればよいのか?」
うまく機能している市場では、賃金は労働生産性を反映しているはずなので、賃金格差は生産性格差と関連づけることができる。Mortensenは、「生産性が高い労働者ほど、生産性の高い企業に集まるようになっている」ことが、さらにこの傾向に拍車をかける可能性がある、と示唆する。
たとえば、高スキル労働者は給料の良い企業に集まることを示すエビデンスに加え(Bagger et al. 2013)、主力でない、低付加価値、低賃金の業務については、アウトソーシングの活用例も増えている(Goldschmidt and Schmieder 2015)。さらにレントシェアリング(利益率・生産性の高い企業に勤める労働者が、その企業の超過利潤の一部を享受すること)も、この傾向の理由の1つである(Card et al. 2014、Card et al. 2013)。
大きな乖離の要因
賃金格差に影響する要因や、賃金格差と生産性格差の関係性を理解するため、我々は本研究においては、構造的要因の役割を調査するとともに、賃金格差と生産性格差の相関を強める(または弱める)可能性のある、各国の政策や制度の特徴について調査した。
第1に、グローバル化とデジタル化は、企業間の賃金格差拡大に関連しているだけでなく、賃金と生産性格差の間の関係性も強化している。企業が情報通信技術(ICT)の活用度を高めている産業では、賃金格差が急速に拡大しており、ICTが企業の異質性に影響することを示唆している。
また、輸出入を行い、貿易に依存している産業についても検討した。こうした産業では、賃金格差が広がっているだけでなく、賃金格差と生産性格差との相関も強かった。我々の研究結果は、「グローバル化は企業間の賃金格差に間接的な影響を及ぼしている可能性がある」という一連の研究に寄与するものである(Helpman et al. 2017)。
各国特有の政策や制度も、賃金や生産性格差だけでなく、この2つの関連性を変化させる役割を果たしている。賃金格差の拡大を解明する上で、政策や制度が果たす役割(特に、実質最低賃金の低下や、英国・米国における組合組織率の低下)については、かなりのエビデンスが積みあがっている。大陸欧州各国における焦点は、賃金交渉における集権化の度合いであり、通常そのような議論では、賃金交渉における分散化の進展度と賃金格差の拡大とが関連づけられている。
我々の研究では、賃金決定制度の役割と労働市場の特徴に焦点をあてた。
- 最低賃金(時間あたりの実質最低賃金と、最低賃金を正規労働者の平均賃金と相対的にみた場合の「最低」)
- 雇用保障法制(個別解雇・集団解雇双方における雇用保障の厳格さ)
- 労働組合組織率
- 賃金決定における調整
我々の分析結果は、これらすべての政策が賃金格差を軽減し、ひいては全体的な格差を小さくするという、意図された効果を持つことを示唆している。一方で、以上の政策は、賃金と生産性格差の関連性にも影響を及ぼす。
たとえば、賃金交渉を集権化させると、生産性と賃金格差の関連は弱まる。一方で雇用保障法制や労働組合組織率が変化しても、そうはならず、その影響は時間を通してではなく、クロスセクションのみで有意である。賃金交渉を集権化すれば、賃金格差の拡大に歯止めがかかるかもしれないが、賃金と生産性格差の関連を弱めるので、長期的な成長に悪影響を及ぼす可能性がある。
他方、最低賃金に関する政策は、賃金格差を縮小しているが、賃金と生産性格差との関連を徐々に強めるので、長期的な成長に寄与する可能性がある。
結論
我々は企業レベルのデータを用いて、各産業内で賃金格差と生産性格差が広がっていること、またこの2つは関連していることを示した。特に、貿易に依存している産業やICT集約度の高い産業において顕著である。予想のとおり、賃金決定制度は賃金分布に影響を与えているが、我々の研究は生産性格差と賃金格差の関連性に影響を及ぼすという間接的な影響についても示した。
本稿は、2017年5月15日にwww.VoxEU.orgにて掲載されたものを、VoxEUの許可を得て、翻訳、転載したものです。