貿易統合の進展による悪影響の可能性を示す経済学の研究が増えており、その多くが中国からの輸入浸透度の上昇に着目している。本稿では、一部の米国企業は輸入機会の拡大によってコスト削減と事業拡大を実現し、大きな恩恵を受けていることを示す。国内関税の引き上げによる保護主義は、米国企業の競争力を国内外で低下させるだろう。
グローバル化が危機に瀕している。英国のEU離脱が決定した2016年6月の国民投票と昨年秋の米大統領選をみれば、グローバル化に対して激しい反発があることは明白である。また、貿易統合の進展によって悪影響を招く可能性があることを示す経済学の研究が増えている。こうした研究は主に、中国の輸入浸透度が上昇していることに焦点を当てており、「米国内の労働市場に損害を与えている」(Autor et al. 2013)、「輸入品と競合する製造業においてアメリカ人の雇用が減った」(Autor et al. 2014, Pierce and Schott 2016a)、「米国のイノベーションを阻害している」(Autor et al. 2016)、「米国の政治に影響を与えている」(Autor et al. 2016, Che et al. 2016)、さらには「アメリカ人の死亡率を高めている」(Pierce and Schott 2016b)などと論じている。これらのエビデンスは貿易の負の側面を描いており、最近の政治議論にみられるグローバル化への反感をさらに炎上させるかもしれない。
グローバルソーシングの機会
私たちは最近の論文において、貿易のプラスの影響に着目し、この議論に新たな観点を示した。つまり、企業は海外のサプライヤーから、より安価に投入財を調達できるということである(Antras et al. 2016)。最終財の貿易と、投入財調達に関する企業の決定を区別することは重要である。なぜなら、国際貿易の約3分の2を中間投入財が占めており(Johnson and Noguera, 2012)、各国間の垂直的分業が世界経済の重要かつ顕著な特徴だからである(Hummels et al. 2001; Hanson et al. 2005)。
中国と投入財の調達
既存の研究に基づき、私たちは1997年〜2007年に中国からの輸入の変化によってもたらされた影響を示した。企業レベルの生産と輸入に関しては米国国勢調査データを使用し、中国からの輸入を増やした米国の製造業者が、米国内および第三国の市場から調達を増やしており、さらに、輸入先の国の数も増えていたことがわかった。中国からの輸入が増えると中国以外の国から輸入される投入財は減ると一般には考えられるため、研究から得られた結果は意外なものであった。予想に反し、中国からの輸入によって得られた節約効果で企業は成長し、第三国の市場や米国内の投入財についても以前より多く使えるようになることがデータからわかった。国内で投入財を生産するには労働力が必要であり、輸入業者が、自社やサプライヤーで働くアメリカ人労働者への需要を上昇させたことを研究結果は示唆している。
さらに、米国の製造業者による中国からの輸入の変化と、米国内および中国以外の市場からの調達との間にどのような因果関係があるのかを推定した。このため、中国における著しい生産性向上と、2001年のWTO加盟を活用し、中国からの輸入で生じる節約効果への企業固有の外生的ショックを導き出した。私たちはAutor et al. (2013)とHummels et al. (2014)の手法を使い、米国企業による中国からの輸入の変化の操作変数として、企業が1997年時点で投入していた中間財の産業における中国から他の高所得国への輸出シェアの変化を用いた。調達の役割と輸入競争とを区別するため、企業が生産する最終財の産業における中国からの輸入浸透度の変化をコントロールする定式化を採用したり、その輸入浸透度の操作変数としてその産業内での中国がもつ潜在的なショックを用いる定式化を採用したりした。どの定式化からも、中国からの輸入を増やした企業は、国内および中国以外の市場からの調達も増やし、輸入先の国の数も増えることがわかった。これとは対照的に、輸入競争が激しくなると、これらの結果にマイナスの影響がみられることが多い。
グローバルソーシングを分析する枠組み
本研究では、以上の結果を説明し、さらに中国からの輸入による節約効果が高まることで生じる全体的な影響を定量化できる、理論的な枠組みを提供する。論文では、自社の生産性と各国の変数(賃金、貿易コスト、技術など)に基づき、輸入するかどうか自ら選択する多様な企業が存在するモデルを提示している。原則として、企業は世界中の国から中間投入財を購入することができる。しかし、ある企業が輸入先を新たに1カ国追加するためには、市場固有の固定費用が発生する。
この設定においては、企業が利益を最大化できるよう、輸入先を決定することは難しい。なぜなら、ある特定の国を輸入先に追加することで得られる限界便益は、その企業が他にどこを輸入先にしているかに左右される。したがって複数の国の中から調達先を決定する場合、その判断は相互依存的になる。つまり、ある国(例:中国)で改善がみられた場合、中国から輸入している企業は、他国からの調達を増やすのか減らすのか左右されることになる。
このような複雑さにもかかわらず、実証的に意味のある条件下では、輸入に関する選択はさまざまな調達市場で相互補完性を示すことを私たちは明らかにした。具体的には、需要の価格弾力性が高い場合、あるいは調達先間で投入財の生産性に大きなばらつきがある場合、企業は投入財の調達先に新たな国を追加することによって限界便益は必然的に増加する。つまり私たちのモデルは、ある企業が輸入先とする国の数は、企業規模が大きいほど増えると予測しているが、図1に示したように、米国のデータとも合致している。
私たちは国勢調査のデータを使用してこのモデルを推計し、企業が調達決定を行う際の補完性を保証する条件は確かに満たされていることをデータから確認した。この推計からは、サンプルに含まれる世界66カ国から調達している平均的な米国企業は、国内調達に特化している企業と比べて投入コストが約9%低く、その結果、売上高は約32%高いことが示された。海外調達の割合を示す分布において90パーセンタイルの企業は、投入財の47%を海外から輸入しており、これは、グローバルソーシングによって30%のコスト削減と176%の売り上げ増加を意味する。
さらに、このモデルを使用して、中国からの輸入による潜在的なコスト削減へのプラスの「ショック」がもつインプリケーションについても分析した。「補完財」の場合、このモデルは、新規の国(例:中国)からの輸入を開始した企業は、国内と中国以外の市場での調達も増加すると予測している。反実仮想シミュレーションの結果はこの予測を裏付けており、上述した中国から輸入する企業に関する誘導形のエビデンスとも合致する。これとは対照的に、中国からの輸入を行っていない企業は、中国からの輸入によりコストが下がる企業と競争するため、ショックに反応して縮小する。
国別に見た、調達の固定費用と限界的なコスト節約
また、計量分析により、特定の国から調達する場合の節約効果(技術、貿易コスト、賃金に左右される)と、その国から調達する場合の固定費用(距離、言語、汚職の抑制に左右される)を区別することができた。推計では、2007年時点で調達に要する固定費用は、中央値1万ドルから5万6千ドルまでの幅があり、共通言語を使用する国同士では約13%低く、距離が遠いほど固定費用は増加し、弾性値は0.19であった。図2に示したとおり、固定費用の推計値は各国からの輸入で得られるであろう節約効果の推計値とほとんど相関がなく、国によりかなりばらつきがある。このことは、1つの尺度だけで各国をランク付けすることは不可能であり、最大の費用節約効果が見込まれる一方で固定費用の高い国から調達できるのは、生産性が最も高い企業に限られることを示唆している。
最後に、私たちの枠組みと推計によって、グローバルソーシングが米国の消費者と労働者に与える影響について明らかにする。私たちのモデルと反実仮想シミュレーションによると、中国からの輸入によって得られる節約効果が上がれば、中国から調達している企業は価格を下げられるため、米国の物価指数は0.2%低下する。これは、投入財が安くなると一部の企業は価格を引き下げることができ、その結果、すべての企業の事業環境がより競争的になるということを反映している。このことは、輸入企業が拡大する一方で、「中国ショック」を活用できない生産性の低い企業は衰退するということである。図3はこうした変化を示しており、分布の最も高い地点に位置する企業は成長するが、中国から輸入できるほどの生産性が高くない中小企業は、縮小や撤退を余儀なくされる。つまりこの枠組みは、グローバルソーシングが、企業の潜在的な生産性について以前から存在する格差を助長し、企業規模の分布の歪みを増幅させることを予測しているのである。こうした再配分によって一部の労働者は職を失うかもしれないが、消費者全体は価格低下の恩恵を受け、マクロ生産性も向上する。
通商政策への含意
貿易によって勝ち組と負け組が生じることを示すエビデンスは増加している。私たちの論文の理論もこうした研究結果と整合的であるが、さらに、そうした分配面でみられる帰結に対し貿易の制限により対処すれば、大きなコストがかかることも指摘している。特に、一部の米国企業は、輸入機会の拡大によるコスト削減と事業の拡大によって大きな恩恵を受けていることは明らかである。たとえ保護主義の強化に対して貿易相手国が報復しない場合でも、国内の関税引き上げによって米国企業は国内外での競争力を失うことになる。このことは、グローバル化の代償と恩恵に関する最近の議論のなかで無視されるべきでない、保護主義の重大な欠点を示している。
本稿は、2017年3月12日にwww.VoxEU.orgにて掲載されたものを、VoxEUの許可を得て、翻訳、転載したものです。