ジャネット・イエレン米連邦準備制度理事会(FRB)議長は、最近、講演においてFRBの戦略とテイラー・ルールなどの単純な参照ルールとを比較している。本稿は、こうした比較を行うことによってFRBの透明性が高まり、FRBが政治的圧力に立ち向かう後押しになると述べる。もっとも、イエレンは、中期均衡実質利子率の推計値が重要な役割を果たすことも示唆しているが、これらの推計値は極めて不確実で、テクニカルな前提条件に左右されるため、政策スタンスを決定する重要な要素として使うべきではない。
米国では、上下両院ともに共和党が過半数の議席を確保したことから、2015年11月に下院を通過した「連邦準備制度に対する監督改革および近代化(FORM)法」が再び注目を集めている。当該法案の第2節では、FRBに以下の点を義務付けている。
- 連邦公開市場委員会(FOMC)の政策手段の「体系的な量的調整のための戦略またはルールを説明する」こと。
- FOMCの戦略やルールを参照政策ルールと比較すること(注1)。
ジャネット・イエレンFRB議長は、参照ルールと比較してFRBの政策を効果的に伝えている。2017年1月19日にスタンフォード大学で講演し、FRBの現行金融政策と一部の単純な金融政策ルールを比較して論じたところであった(注2)。
たとえば、イエレンは有名なテイラー・ルールを参考基準として利用している。それ以外にも、「バランスアプローチのルール」と「変化ルール」と称される2つのルールを参考にしている。将来を見据えて、イエレンはこうしたルールの意味と、フェデラルファンド(FF)金利に関するFOMC委員の予測を対比させている。イエレンによると、ベンチマークとなるこうしたルールは、「実体経済とインフレの動きに対応して、FF金利を長期にわたっていかに調整していくべきかを示す幅広い指針として役に立つ可能性がある」という。もっとも、イエレンが指摘しているとおり、「テイラー・ルールが規定するFF金利の軌道は、FOMC委員が適切な政策と評価するFF金利の中央値をはるかに上回っている」。
またイエレンは重要な点として、「中立金利が中期的にかなりの低水準で推移し続ければ、…テイラー・ルールでは、適切な均衡実質利子率(R-Star)がおそらくゼロとなり、FF金利がさらに低下の一途をたどることになるだろう」と述べた。イエレンは持論の裏付けとして、Holston et al.(2017)によるR-Starの推計値に言及している。
しかし、以下に示すとおり、もしR-Starの推計値と整合する潜在産出量(潜在GDP)の推計値を使うならば、この主張はひっくり返る。R-Starの推計値と整合的な潜在GDPの推計値はイエレンが考える潜在GDPの推計値を下回っているため、設定されるFF金利はかなり以前からFRBの政策を上回っていたことになる。したがって、こうした推計値を整合的に使用することにより、参照ルールと比較してFRBはどちらかというと緩和的な政策をとってきたことが示される。
これは図1に示されるとおりである。青い線は実際のFF金利である。オレンジの線は(標準的な)テイラー・ルールに基づいて設定されたFF金利を示している。緑の線(「イエレン・テイラー・ルール」と呼ぶ)は、Yellen(2016)が提案した低めの中立金利/R-Starの推計値を使用しており、このルールに従って設定されるFF金利は相当低くなる。しかし、(R-Starの推計値と)整合的な潜在GDPの推計値をR-Starの推計値とともに使用すれば、図1の黄緑の線が示すとおり、設定される金利は上方に戻る(「整合的イエレン・テイラー・ルール」と呼ぶ)。
参照ルールにおける自然利子率とその他の要素
この理由をさらに詳細に説明したい。テイラー・ルールは、インフレ率が2%の目標水準から乖離し産出量がその潜在的水準から乖離する場合は常に、長期均衡から乖離するFF金利の値を指し示す(Taylor 1993)。下記に公式を示す。
FF金利=均衡実質利子率+目標インフレ率+1.5(インフレ率-目標インフレ率)+0.5(産出量ギャップ)
均衡FF金利は長期均衡実質利子率すなわち「評判の悪い」R-Starと目標インフレ率の合計に過ぎない。Taylor(1993)はどちらも2%としている。インフレ率に関しては、2%という値が偶然にも、2012年に発表され、個人消費支出(PCE)指数を元に計測されたFRBの長期目標と一致している。R-StarについてTaylor(1993)はGDPトレンド成長率を使用しており、1984年〜1992年には2.2%であった。ちなみに1984年〜2016年には、このR-Starの値がやや高くなっている。
図1に示された標準的なテイラー・ルールでは、2%のR-StarとコアPCEインフレ率(図2の緑の線)およびYellen(2016)によって提唱された産出量ギャップを使用している。この産出量ギャップ(図2の青い線)はオークンの法則と長期自然失業率の推計を元にして算出した失業率に基づいており、金融危機の発生後に低下傾向を辿った後2010年に-8%で底を打ち、2016年に解消したばかりである。
中期均衡利子率
イエレン・テイラー・ルールは、代わりにLaubach and Williams(2003)とHolston et al.(2017)の手法に基づく均衡実質利子率の推計値を使用している(計算については、Beyer and Wieland(2014)とGCEE(2015、2016)を参照のこと)。中期均衡利子率であるというのが最大の特徴であり、総需要曲線、フィリップス曲線、潜在GDPと均衡利子率/R-Starを結び付ける定義から構成される3方程式モデルの範囲内で推計される。この仕組みには、一時的・恒常的なショックの多くが含まれている。中期均衡利子率の推計値は短期間に大きく変動する可能性がある。図3のオレンジの線が示すとおり、中期均衡利子率は2008年/2009年の景気後退局面で急低下し、以降はゼロ付近で推移している。
イエレン・テイラー・ルール(図1の緑の線)は、長期均衡R-Starの代わりに中期均衡利子率の推計値に使用しているため、標準的なテイラー・ルールをはるかに下回るFF金利が設定される。
しかし、潜在GDPの推計値やLaubach and Williams(2003)の手法で算出された産出量ギャップは、長期自然失業率から算出されるイエレン・テイラー・ルールの推計や産出量ギャップとかなり異なる。中期産出量ギャップ(図2のオレンジの線)は2008/2009年の景気後退局面での低下がかなり緩やかで、-2%前後で底を打ち、2011年までにプラスに戻っている。推定されたフィリップス曲線によると、産出量ギャップの水準がさらに低下し、長い間マイナスが続いていれば、大幅なデフレに陥っていたことになる。デフレでなければ、潜在GDPは下方修正され、産出量ギャップは上方修正される。潜在GDPとトレンド成長率が下方修正されれば、均衡利子率の推計値は低下する。結果として、潜在GDPの推計値と整合する中期均衡実質利子率の推計値と、産出量ギャップを使用することによって、整合型イエレン・テイラー・ルールに基づいて設定されるFF金利は、長期自然失業率に基づく産出量ギャップを使用した場合よりもかなり高めになる。
同じくイエレンによって検討されているバランスアプローチのルールでは、産出量ギャップにかかる係数を2倍の1にしている。したがって、バランスアプローチのルールに基づいて設定される金利はさらに高くなる。最後に、変化ルールは一階の階差を用いているため、公式ではR-Starが考慮されない。
自然利子率、参照ルール、そしてFRBの独立性
結論として、単純な参照ルールを使用することにより、R-Starや潜在GDPの変化が金融政策の方向性に与える影響を明確に示すことができる。この点で、FORM法第2節で義務付けられることになる比較アプローチは非常に有用である。さらに、産出量ギャップと均衡利子率という尺度の整合性にこだわることは、現行政策を解釈するうえで重要な意味があることを示すことができる。すなわち、R-Starの推計値が低下しても、現行の政策スタンスを正当化する理由にはならないのである。むしろ、整合的なアプローチによれば金融政策は引き締められるべきだということが示唆される。Laubach and Williams(2003)に基づくこうした中期の推計値に注目すべきかどうかは別問題である。その理由は、図3の信頼区間の広さが示すとおり、これらの推計値は非常に不正確で、Laubach and Williams(2003)の強調したとおり、テクニカルな前提条件に非常に左右されやすい(Beyer and Wieland 2015, GCEE 2015)。また、これらの推計値に欠落変数バイアスがかかる可能性とその理由が多数、指摘されている(Taylor and Wieland 2016, Cukierman 2016)。したがって、政策スタンスを決定する重要な要素としてこれらの推計値は使わないのが良さそうである。
しかし重要なのは、FRBの政策を単純な参照ルールとこのように比較してみることにより、FORM法がいかにFRBの独立性を支えているかという点である。大統領が任期中に景気を刺激して再選の可能性を高めようとFRBに圧力をかけ、過度な低金利を必要以上の長期にわたって継続しようとする状況を想像してもらいたい。これは政治的景気循環と呼ばれている。FORM法や適切な参照ルールを使用することによって、FRBがこうした圧力に屈せず、その理由をより効果的に国民に伝えられるようになるのは明らかである。
本稿は、2017年2月3日にwww.VoxEU.orgにて掲載されたものを、VoxEUの許可を得て、翻訳、転載したものです。