世界の視点から

地域貿易協定の後退:Brexitとトランプ関税が各国の自動車産業にもたらす影響

Keith HEAD
ブリティッシュコロンビア大学ビジネススクール教授

Thierry MAYER
パリ政治学院経済学教授 / CEPRリサーチフェロー

英国の欧州連合離脱(Brexit)や、メキシコからの輸入関税を引き上げるとするドナルド・トランプ次期米大統領の選挙公約が示すように、地域貿易協定は輸送・通信技術の進歩とは異なり、撤回可能な政治的判断である。本稿では、この2つの地域貿易協定廃止の例が自動車産業にもたらす影響を分析する。英国ではBrexit、メキシコではトランプ関税の影響で、関税に起因する売上減少と工場のコスト増が組み合わさり、自動車生産が大幅に縮小することが予想される。

つい最近まで、貿易自由化を進める地域協定の数は増加し、深化し続けるかのように見えた。しかし近年、とりわけ2016年には、世論や政治家による貿易に対する反発が目立つようになった。完全な逆行ともとれる現象もいくつか存在する。Brexitを決定した英国の国民投票や、メキシコからの輸入関税を35%に引き上げるというドナルド・トランプ次期米大統領の選挙公約(ここではトランプ関税と呼ぶ(注1))は、輸送技術や通信技術の進歩とは異なり、地域貿易協定(RTA)は覆される可能性のある政治的判断であることを明確に示した。

本稿では、RTA破棄の2つの例がもたらす影響を分析する。NAFTAの効果(例:Romalis 2007、Caliendo and Parro 2015) やBrexitの潜在的影響 (例:Dhingra et al. 2016) に関する既存研究では、これらの協定を純粋に貿易の取り決めとして捉えている。だが、2国間に再び貿易障壁を築くことによる影響を完全に理解するには、輸入に課せられる貿易コストの変化という単純な直接的影響をはるかに超える影響を考慮に入れる必要がある。現代の多くの産業の特徴である多国間分業という複雑な構造により、多くの場合、間接的効果が一番の影響力を持つだろう。多国間分業について分析した最近のモデル(Arkolakis et al. 2013、Tintelnot 2016)では、企業は、多様な製品の生産を異なる工場に割り当て、目標と定めた各市場に最も効率的な方法で製品を供給すべく、数多くの決定を行っている。そうした選択肢の中心にあるのが「摩擦のトライアングル」であり、工場と消費者間の従来型の貿易コストや、企業の本社から各工場の生産工程を調整する際の「やりやすさ」に影響するコストで構成されている。摩擦の第3の原因はこの分野において見落とされてきた。すなわち、ある特定の市場で製品を販売している本社が立地している国から企業業績に影響を与えるコストのことである。たとえば、ルノーは特にベルギーで好調だが、スロベニアやトルコで生産された自動車についても同様である。それは、フランス近郊に流通網を構築し、維持することが容易だからである。

RTAの構成の変化は、複雑かつ微妙に企業の決定に影響するだろう。たとえば、メキシコと米国間の関税を引き上げる場合、メキシコで生産活動を行う企業が米国やカナダにも工場を持っているのか、あるいはドイツなどの工場から米国市場に製品を供給しているのかによって、それに対する反応は異なるものとなるだろう。本社の立地も重要である。米国企業にとってメキシコ工場は以前よりも運営しにくい状態になり(たとえば米国からの部品調達に要する追加費用のため)、メキシコ工場の効率性が低下し、米国外でも売り上げが減少する。トヨタのメキシコ工場は日本の本社から部品を輸入しているため、直接的な影響を受けないだろう。

我々は新しい論文において、こうした貿易自由化の複雑な影響が特に顕著な産業の1つである自動車産業にこの枠組みをあてはめる(Head and Mayer 2016)。コンサルティング会社IHS社が収集した極めて豊富なデータを利用することで、自動車産業の定量モデルの関連する摩擦やその他全パラメーターの推定が可能となった。またこれにより、ヨーロッパと北米の地域統合崩壊のシナリオを研究できる。我々の回帰分析では、2つの重要な変数の影響を推定した。すなわち、関税(多くの国でいまだに関税は高い)とRTAの「深い経済統合」に関する条項である。従価関税は価格を直接変化させるため、その影響は非常に説明しやすい。従価関税が調達に関する決定や輸出先国のマーケットシェアに与える影響を推定すると、そのモデルにおける2つの主要な弾力性が得られる。1つ目の弾力性は、ある輸出先国に対して異なった関税率に直面する組立工場間の代替性に関連する。たとえば、米国にあるGMの工場がEU域内で販売する際には10%の関税が課せられるが、この工場がメキシコ(2000年にEUと自由貿易協定を締結)、またはトルコ(1996年以降、EUとの間で関税同盟を締結)に立地している場合、関税はゼロとなる。ある車種の供給場所を決定する上で、適用される関税に対する反応は非常に大きく、弾力性は約-8と推定される。2つ目の重要な弾力性は、どの自動車を買うかという消費者の選択を左右するものである。関税率が1%上昇すると自動車への需要は約3.5%減少する。

最近の地域協定、特にここで考察する2つの協定の内容は、関税の引き下げに留まらない。専門職の移動・移住の容易さや海外直接投資の保護、十分に自由化されたサービス貿易はいずれも、上述した「摩擦のトライアングル」の3側面すべてにおいて、多国間分業を行う際の摩擦を軽減するものである。生産国と需要国間の深いRTAは、貿易コストを従価税換算で3%低減すると推定される。また、二国間で深いRTAを締結している場合、本社と生産拠点間の調整費用が5.2%減少する。RTAの深い経済統合により、(本社と輸出先の間の)マーケティング費用は18%以上と大幅に減少する(主に、新車種を市場に追加する際の固定費削減によるところが大きい)。

以上の推定を基に、NAFTA廃止や英国のEU離脱が、世界全体の自動車生産の再編や関係国の消費者が入手可能な自動車の予想価格や車種に及ぼすであろう影響を反実仮想的に定量化することができる。

NAFTAの反実仮想シミュレーション:トランプ関税とRTAの崩壊

我々のNAFTAの反実仮想シミュレーションでは、変更される可能性のある、米国、メキシコ、カナダ間の貿易特恵の2つのシナリオについて検討した。第1のシナリオは、メキシコからの輸入品に35%の関税を課すというトランプ氏の提案が実現するとみなす。さらに反実仮想シミュレーションでは同等の報復を仮定し、米国の自動車や部品に対しメキシコで35%の関税が課されるとする。Brexitという略語にちなんで、この反実仮想シミュレーションをTrumpitと呼ぶ。第2のシナリオはNAFTAの廃止を想定し、加盟3カ国が深い経済統合から離脱し、お互いに最恵国関税を課し合う状態に戻るというものである。

図1a:世界全体の生産に占める割合の変化
図1a:世界全体の生産に占める割合の変化
図1b:消費者余剰の変化率(%)
図1b:消費者余剰の変化率(%)

図1は生産および消費者余剰に関して最も影響を受ける国を挙げている。

メキシコの生産(そしておそらく雇用も)は41%減少するが、それは近年好調だった現地の産業からすれば間違いなく災難である。自動車に対するトランプ関税の適用により、メキシコ工場は米国市場での売り上げが減少するのみならず、シボレーやフォードの工場でもカナダなどへの市場向けの売り上げが大きく減少する。1つの大きな理由は、35%の報復関税によってこれらの工場の部品コストが大幅に上昇することである。深い経済統合が解消されることにより、さらに組立コストも約5%上昇する。米国企業のメキシコ工場にとって複合的なコスト上昇の打撃は非常に大きく、実際に、メキシコ市場での売り上げは若干減少する。メキシコの米国向け輸出の激減によって恩恵を受けるのは主に米国に本拠を置くメーカーで、次いで日本やカナダにおける工場(米国市場への優先的アクセスを維持しているため)である。特筆すべきなのは、EUに本拠を置く大半のメーカーにも利益になるということである。米国・メキシコ間の関税上昇により、アクセスが相対的に向上するためである。当然ながら、メキシコで自動車を購入する人々にとってトランプ関税は大きな災難であり、消費者余剰は約6%低下する。

図1にオレンジ色で示されているNAFTA廃止シナリオでは、加盟3カ国すべての生産が減少する。米国の国内市場での利益以上にカナダとメキシコ向けの売上の減少が大きく、全体として約1%の減少となる。これは他の2カ国に比べるとかなり小さな減少幅で、米国市場での優遇された地位を失うことにより、カナダでは生産が24%、メキシコでは17%減少する。多国間分業の大きな効果を示す1つの例は、NAFTAの廃止により韓国企業や日本企業の生産がどのように恩恵を受けるのかという比較から生じる。米国からカナダ市場への供給コストが上昇するため、トヨタが米国から調達する可能性は5.3ポイント低下する(10.9%から5.6%へ)。トヨタの日本国内の工場が最も大きな恩恵を受け、2.6ポイント増加するが、カナダの工場も1.6%増加する。また、現代自動車の米国工場もカナダからの調達が大幅に低下する可能性がある(8ポイント)。しかし現代自動車はカナダに工場がなく、ほぼすべて(6.8ポイント)を韓国の工場に振りわけるだろう。

Brexit:英国のEU離脱

2016年6月23日に英国のEU離脱が国民投票により決定して以降、英国・EU間の貿易取り決めの最終合意については大きな憶測を呼んでいる。ここではBrexit後の英国・EU関係について2つの可能性を考察する(Dinghra and Sampson 2016 はこれ以外に2つの可能性を考察している)。浅いRTAのケースでは、英国は引き続き無関税でEU市場にアクセスできるが、専門職の移動の自由や自動車の適合基準に関するEUの規制への影響力など、RTAの深い統合の側面は失うというシナリオになる。次に英国の輸出がEUの最恵国関税を課せられ、一方のEUも同じ関税率で応えるというシナリオをシミュレーションする。いずれのケースでも、現在英国がEU加盟国として享受しているRTAの関係すべて(特にトルコとの関税同盟やEU・メキシコ自由貿易協定など)に変更はない。

図2が示す通り、Brexit後の浅いRTAのシナリオでは英国の自動車生産は2万4000台減少するが、これは英国の生産台数の1.8%、世界全体の生産台数の0.36% に相当する。英国の平均的な工場では自動車50台につき労働者1人を雇用しているため、これは約500人分の組立工の雇用喪失に相当する。国内市場向けの生産は増加するものの、EUやEU以外の世界市場向けの輸出の減少を埋め合わせできるほどではない。EUや世界市場への輸出の減少は2013年時点で英国において自動車の組立を行っているEUを本拠とする唯一のブランド、オペルの英国工場の稼働の増加による(プジョーは2007年にライトンの工場を閉鎖している)。深い経済統合が解消された場合、ドイツのオペル本社から部品を調達する際の費用が増加するからである。

図2a:世界全体の生産に占める割合の変化
図2a:世界全体の生産に占める割合の変化
図2b:消費者余剰の変化率(%)
図2b:消費者余剰の変化率(%)

英国の消費者余剰は、主に輸入価格の上昇により約3% 低下する。大半のブランドについては、英国内で販売される車種数はわずかに減少するだけであり、エントリーマージンへの最大の影響としてはフォルクスワーゲンの2車種の製造中止が予測される。英国とフランスの生産が最も減少する。図2bが示すように、ヨーロッパについては消費者余剰への影響はわずかである。英国がEU市場への無関税アクセスを維持できない場合のシナリオでは、英国の生産減少や消費者余剰の低下が劇的に拡大する。EUからの輸入品に現在の最恵国関税率10%を課税すると消費者余剰の損失は6%へと倍増する。一方、EUとの完全な経済統合の場合の予測と比較した場合、英国の自動車生産は4万8000台減少し、約1000人分の労働者の雇用喪失に相当する。

本稿は、2016年11月12日にwww.VoxEU.orgにて掲載されたものを、VoxEUの許可を得て、翻訳、転載したものです。

本コラムの原文(英語:2016年12月1日掲載)を読む

脚注
  1. ^ 原文ではTrumpit。
文献
  • Caliendo, L and F Parro (2015), "Estimates of the Trade and Welfare Effects of NAFTA" The Review of Economic Studies 82(1): 1-44.
  • Dhingra, S and T Sampson (2016), "UK-EU Relations After Brexit: What is Best for the UK Economy?" in R Baldwin (ed), Brexit Beckons: Thinking Ahead by Leading Economists, CEPR Press.
  • Dhingra, S, H Huang, G Ottaviano, J P Pessoa and J Van Reenen (2016), "The Costs and Benefits of Leaving the EU: Trade Effects" Technical paper to accompany CEP Brexit Analysis 02, March 2016.
  • Head, K and T Mayer (2016), "Brands in Motion: How frictions shape multinational production," updated version of CEPR Discussion Paper No. 10797 (available at https://dl.dropboxusercontent.com/u/398204/brands_in_motion.pdf).
  • Romalis, J (2007), "NAFTA's and CUSFTA's Impact on International Trade" The Review of Economics and Statistics, 89(3), 416-435.

2017年1月10日掲載