英国のEU離脱は英国、EU双方の金融市場に新たなチャンスとリスクをもたらしている。両者にとってプラスとなる可能性もあるが、むしろ、金融規制の質の低下、非効率性の増大、保護主義の台頭、システミックリスクが発生する可能性が高い。
2016年6月23日、英国が国民投票でEU離脱を決めたことは金融市場に広く影響を及ぼし、新たなチャンスと問題をもたらすであろう。
異質な金融市場と経済システムは金融の安定化をもたらすため(DanielssonのVoxEUコラム(2013) 参照)、英国の規制制度が欧州の制度と比べて大幅に異なる状態になれば、英国のEU離脱はグローバルな金融安定化に寄与するかもしれない。
ただし、むしろメリットは小さいだろう。「離脱派」はEU離脱後に英国は独自の規制制度を構築できると主張していたが、大半の市場参加者は今後も欧州での取引が必要で、実質的には英国と欧州両方のルールに縛られることになってしまう。
実際のところ、英国と欧州両方の金融システムの効率性が低下し、不安定さが増す可能性が高い。
新たなリスク
市場は大きなショックを反映し、当初、ポンド安と世界の資産市場価格下落という反応を示した。当然のことながら、最も大きな損失の一部は銀行だ。
しかし、こうした市場の旋回はシステミックリスクにつながるのだろうか。市場は良かれ悪かれニュースに懐疑的であり、システムは適応して前に進んでいくため、「ノー」と答えたい。しかし、それほど明確ではなく、システミックな危機につながる可能性は低いとはいえ、ゼロではない。
英国の金融システムの安定とむしろ脆弱といえる経済成長は、中毒気味なまでに、ゼロに近い金利に依存してしまっている。
政府は多額の債務を抱え、年金基金は積立金不足に陥っており、銀行は経済成長を生み出す可能性のある中小企業向け融資に消極的である。しかも、融資は非常に低いイールドカーブに基づいて評価された不動産によって裏打ちされているのが現在の姿である。
債券投資家の姿勢は、1960年代に英国から資産を引きあげた「チューリッヒの小鬼たち」を彷彿とさせる。債券価格はインフレ率に大きく左右されるため(Csullag et al. のVoxEUコラム(2016) 参照)、結果的にポンド下落、インフレ率上昇、利回り上昇、債券価格の下落という悪循環に陥る可能性がある。
そうなると、債券価格は時間の経過とともに徐々に低下するか、あるいは価格の下落に直面して投資家が債券を売ってポートフォリオを守ろうとすれば、価格が急落する可能性もある。後者の場合、システミックな金融危機が起こる可能性は十分に考えられる。
イングランド銀行にはどのような選択肢があるのだろうか。金融市場に流動性を注入し、これまで以上に低金利で銀行に資金を貸し出し(中国モデル)、名目資産価格(特に不動産価格)の維持を目指す可能性はある。その過程においては、将来のインフレ率上昇のリスクを容認するだろう。あるいは資金注入を見送れば、不動産市場の破綻や倒産の蔓延につながり、結局、イングランド銀行が生き残り企業の支援のために巨額の資金注入を行うことになるだろう。
欧州
欧州諸国は英国の金融セクターに対して3つの不満を持っている。第2次金融商品市場指令(MiFID II)、金融取引税(FTT)、賞与規制といった欧州の数多くの規制施策への反発、断固としてユーロを導入しない姿勢、そして英国金融セクターの規模である。
英国の離脱にともない、こうした状況は変化し、欧州は意のままに規制を構築できるようになるだろう。
欧州はシティとの競争を緩和し、欧州金融市場におけるフランクフルトやパリの地位向上を視野に入れ、規制を構築するだろう。活動拠点を欧州に移転するように促す規制を設けることで容易に達成できる。この誘惑には抵抗しがたいだろう。
こうした動きが欧州と英国のシステミックリスクを増幅させてしまう理由はいくつかある。適切な専門知識を十分に習得していない規制当局の監督下にあって、新たなリスクテイキングが生じる可能性がある。新たな契約は英国法に基づいて締結されず、検証も行われず、現行の法的安定性が損なわれる可能性がある。また、英国のEU離脱によって欧州レベルでの金融情報が共有(例:欧州市場インフラ規制(EMIR))されにくくなり、欧州全体のリスクエクスポージャーを把握することがかなり難しくなるだろう。
また、欧州の金融システムは個人預金を企業に効率的な資源配分を行う役割を以前のように果たせなくなるリスクもある。たとえば、資本市場同盟(CMU)が重要な提唱者を失うのは明らかである。
欧州内の金融システムの均一性はさらに進展し、革新的な金融技術をなおざりにして従来型の金融セクターを支援する可能性が高い。英国は同調する小国とともに、銀行の圧倒的な支配力を低減させるべく、リベラルで多様性に富んだ金融システムを支持してきた。
結果として、欧州金融市場は規制が強まり、非効率になるだろう。競争原理から解放され、参入障壁が維持されるため、保護主義に依存することになる。このような状況は欧州の個人預金者、起業家両者にとって不吉な前兆に見える。
英国
英国と欧州では規制に関する考えが根本的に異なる。英国の規制は英米法(common law)に基づき、必要性が明確な場合にのみ適用され、透明性と自主規制が重視される。これに対して、欧州の規制は大陸法 (civil law) に基づき、できるだけ多くの行動が規範によって規定されるべきだという考えである。
より柔軟性の高い英国の規制は、ロンドンが欧州との取引を行う金融センターに成長する上で重要な役割を果たしてきた。
英国の有権者の多くはEUの規制があまりに厳しく現実的ではないとして反発しているが、実態は少し入り組んでいる。英国の政策立案者は第二次金融商品市場指令(MiFID II)などにおいて行き過ぎと思われる規制には反対したが、 かつてないシステミックリスクに対する規制(ソルベンシーII:新たな保険監督規制)などにおいては大きな役割を果たしてきた。
英国の輸出業者がEUのルールに縛られず、引き続き単一市場へのアクセスが認められるよう、英国の政策担当者がEUとの間で合意できるのであれば(可能性は低い)、小回りのきく規制構造を構築し、英国の金融セクターが今後も欧州市場にアクセスし、新市場での成功を収めることができるだろう。
しかし実際に政策立案者ができることはほとんどないだろう。
金融規制の法的基盤をブリュッセルからロンドンに完全に戻すために必要な法的および規制面の作業は膨大な量に及び、今後何年にもわたり規制当局は手続きに終始せざるを得ないだろう。
国民投票以前に行われた議論の深まりから判断して、離脱派などが国民投票に向けて十分に準備したとは思えず、混乱が長期にわたるのは避けられないだろう。また、法的・規制面の手続きが終わりに近づいた段階においても、欧州市場へのアクセスを得る代償としてEUの規制に従うことになり、純粋な国内企業(中小企業が多い)以外にとって状況はほとんど変わらないだろう。
同時に、英国はリスボン条約第50条(EU離脱に関する手続き)を行使した時点で欧州の規制への影響力を失うことになる。英国にとって最も望ましいのは、欧州経済地域(EEA)型の協定、すなわち欧州の規制をあるがまま受け入れて欧州市場へのアクセスを認めてもらうことであろう(Dhingra and Sampson (2016) 参照)。
英国が一部の金融セクターを欧州に明け渡すようなことになれば、英国の金融への依存度は低下する。膨大な経済コストはかかるものの、英国経済の回復力が強化され、国内のシステミックリスクや少なくとも欧州に波及する可能性は低下するだろう。
結論
理論上、今回の国民投票の結果は英国、EU両者にとって回復力、効率性、さらには金融市場の質を向上する機会をもたらす。残念ながら、英国の離脱によって生じる膨大な手続きゆえに規制が機能しない可能性が高くなるだろう。
もっともリベラルな大国が離脱することで、欧州は効率性よりも政治や保護主義を重視して大幅に規制を強化し、その結果、よりコスト高で均一性の高い金融システムになり、安全性は損なわれる可能性がある。
今後、企業は英国とEUの規制の二重基準への対応を迫られ、もはや欧州の規制制度に対して建設的な働きかけができない英国は、規制面で大きな負担を負うことが予想される。また、その過程において国際金融センターとしてのシティの地位は大きく損なわれる可能性がある。
最悪の場合、英国はシステミックな悪循環に陥る可能性もある。
誰も得をしない。
著者注:英国経済社会研究委員会(ESRC)に感謝する。認可番号はES/K002309/1。
本稿は、2016年6月24日にwww.VoxEU.orgにて掲載されたものを、VoxEUの許可を得て、翻訳、転載したものです。