はじめに
アジア太平洋地域ではここ数年、自由貿易協定(FTA)が大きな広がりを見せている。最も注目すべきは、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)といったメガFTAの台頭である。RCEPとTPPは、それぞれ世界のGDP(国内総生産)の38%、29%を占める自由貿易圏を形成するもので、実現すれば、貿易環境は大きく変わることになるだろう。これと並行してAPEC(アジア太平洋経済協力)では、アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)構想を進めているが、これも将来的にはメガFTAというかたちで具体化されることになる。APECの調査報告書(APEC 2015)によると、FTAAPが2025年までに実現した場合、アジア太平洋地域のGDPは2015年比4〜5%程度拡大し、世界全体では2%の押し上げ効果があると見込まれる。アジア太平洋地域経済統合に向けて生まれつつあるこのダイナミズムを持続させるためには、いかにして包容性(インクルーシブネス)を実現するかという最も重要な課題に取り組む必要がある。本稿の主な目的は、上記メガFTAにおける包容性の問題を2つの側面から検証することである。1つは新規加盟に対する開放性(オープンメンバーシップ)を通じた包容性であり、もう1つは、中小企業がメガFTAの恩恵を享受できるようにするための支援の重要性に着目するものである。
FTAAPとTPP・RCEPをつなぐ
2010年APEC首脳会議で採択された首脳宣言「横浜ビジョン」で、FTAAPの実現を目指すとする重要な意思表示がなされた。実現すれば、とりわけAPEC地域の経済統合を加速させることになるだろう。FTAAPは、ASEAN+3、ASEAN+6、TPPといった地域的な取り組みを基礎とした包括的な自由貿易協定として追求される(APEC 2010)。この重要な宣言を契機に、APECは、地域ベースのメガFTAを束ねるFTAAPの実現に向けて、積極的に乗り出した。
2014年APEC首脳会議では、首脳宣言の附属書として「FTAAP実現に向けたAPECの貢献のための北京ロードマップ」が承認され、その中で、FTAAPは包括的で質の高い自由貿易協定として実現され、また、次世代型貿易・投資課題に取り組むものであることが明記された。FTAAPは、APECのプロセスと並行してその実現が図られるが、あくまでもAPECの枠外に位置付けられるべきものである。なぜなら、非拘束・自主性の原則に基づく協力を推進するというAPECの基本姿勢は今後も維持されるからである。APECは、FTAAPの実現に向けた牽引役として主導的役割を果たすことになるだろう。2014年のAPEC首脳宣言では、FTAAPへの道筋となるTPPやRCEPなどについても、交渉とりまとめに向けた一層の努力が求められた(APEC 2014)。
2015年のAPEC首脳宣言でも引き続きFTAAPへの支持が示され、FTAAPは包括的な自由貿易協定として追求されるべきであること、質の高いものであるべきこと、次世代型貿易・投資課題に対処すべきものであることが再確認された。さらに、TPPやRCEPなど、FTAAPへの道筋となる協定締結交渉の進捗状況についても確認された(APEC 2015a)。
ここ数年のAPEC首脳宣言に示されてきた上記見解から、FTAAPは、その実現までの道筋でTPPとRCEPを取り込み、その基盤の上に構築される自由貿易協定として構想されているものと考えられる。この道筋は、これをたどることによって、FTAAPをTPPやRCEPと密接に結び付けようとするものであるが、問題は、どうすればこれら3つのメガFTA間の関係を構築することができるかである。以下、その方法について述べる。
包容性の推進:オープンメンバーシップ
3つのメガFTAを効果的に結合する1つの方法は、オープンメンバーシップの原則を貫くことによって、TPP、RCEP、FTAAPにおける包容性を推進することである。これは、APECの全加盟国・地域がTPPとRCEPに参加できるよう、両枠組みの参加国・地域に働きかけるにあたり、APECが主導的役割を果たすべきであることを意味する。その際、重要な前提条件として、APECの各加盟国・地域はTPPとRCEPの定める要件を満たさなければならない。また、APECに加盟していないRCEP参加国のAPECへの加盟を認めることもきわめて重要である。現在、TPP参加国はすべてAPECに加盟している。
東南アジア諸国連合(ASEAN)は、「RCEPに関するASEANの枠組み(ASEAN Framework for Regional Comprehensive Economic Partnership)」の中で、RCEP協定には、交渉に参加しなかったASEANのFTAパートナーおよび域外の経済パートナーが交渉締結後に参加することを認める「開かれた加盟(オープンアクセッション)」条項を含むべきとの見解を示している(ASEAN 2015)。さらに、TPP協定第30章(最終規定)でも、TPPがAPEC加盟国・地域やその他の国・地域に対して開かれた枠組みであることが明記された(USTR 2015)。
また、FTAAPに比べて、TPPとRCEPは大きく前進している。TPPは交渉妥結、RCEPは交渉が始まり、ASEAN経済共同体(AEC)が発足した。APECはFTAAPを長期的な目標と位置付けており、現在、その実現に向けて「共同の戦略的研究(collective strategic study)」を実施しているところである。したがって、現時点においてAPECがとるべき重要なステップは、TPPとRCEPの参加国に対し、APEC加盟国・地域の参加を認めるよう働きかけることである。オープンメンバーシップという制度を通じて包容性を推し進めることで、TPP、RCEP、FTAAPの参加国が増え、共通の加盟国を通して枠組みと枠組みが密接に結びつけられることになるだろう。
オープンメンバーシップによる包容性のもう1つの利点は、途上国にもメガFTAに参加するという選択肢が与えられることである。途上国はメガFTAから取り残されることを恐れる必要がなくなる。米国や日本のような先進国は、途上国が質の高いメガFTAの通商ルールを順守できるよう、能力構築のための支援を行っていく必要がある。また、途上国のメガFTA加盟を促すことも必要だろう。そうすることで、アジア太平洋地域の経済統合は、より大きく前進することになるだろう。
包容性の支援:中小企業の発展
オープンメンバーシップを通じた包容性の重要性に関する分析を踏まえ、今度は、中小企業がメガFTAの恩恵を享受できるよう支援することの重要性という観点から見た包容性について述べる。中小企業はこれまでアジア太平洋諸国の経済発展に大きく寄与してきたが、グローバルバリューチェーンや国際市場に参入するための経営資源は、大企業に比べて乏しい。メガFTAの拡大は、貿易と投資の自由化を通じてアジア太平洋地域の中小企業が発展するための大きな潜在的機会となる。
しかし、JETRO(日本貿易振興機構)の調査によると、FTAによっては、活用している企業の割合(FTA活用率)が30%を下回っているものがあり、中小企業への恩恵も限定的なものにとどまっている(JETRO 2013)。実は、TPP協定には中小企業に関する章(第24章)が設けられている。その中で、各締約国において中小企業向けのウェブサイトを開設し、TPPに関する情報を提供することが規定されており、中小企業がこの協定をどのように活用できるかについても示すことになっている。さらに、各締約国の政府代表者から成る中小企業に関する小委員会の設置も定めてられている。同小委員会は、中小企業がTPP協定の恩恵をどの程度享受できているかを検証するとともに、TPPが中小企業にもたらす恩恵を増やすための方法も探る。また、輸出に関する助言、さらに、キャパシティビルディング活動を実施し、また、輸出に関する助言、貿易支援、情報共有など、さまざまな面で、中小企業の能力構築を支援する(USTR 2015a)。
RCEP協定は、包括的で質が高く、互恵的な経済連携協定としての実現をめざすものである。開かれた貿易・投資環境を整えることで東アジア地域内の貿易・投資の拡大を促すとともに、世界経済の発展に寄与する。また、RCEP参加各国の開発段階にばらつきがあることも考慮する。さらに、中小企業や電子商取引といった各国共通の課題についての議論も深まりつつある(ASEAN 2015a)。進行中の交渉に関する情報は限られているが、RCEPは、中小企業の発展の促すことを通して包容性を推進するものであると言っていいだろう。
APECの「零細・中小企業(MSMEs)のグローバル化のためのボラカイ行動アジェンダ」によると、APECは今後、零細・中小企業の国際化とグローバルバリューチェーンへの統合を促していくことになる。貿易や投資の障壁についても、大企業より零細・中小企業への影響が大きいものに重点的に取り組み、零細・中小企業に恩恵が行き渡りやすくなるようにする(APEC 2015b)。また、APEC首脳は、国際指向の零細・中小企業が雇用の創出、生産性の改善、規模の経済を通じて貧困削減に大きく貢献しうることを認識しており、APECでは、2020年までにこのアジェンダに関する最終的な進捗報告を行うことにしている(APEC 2015a)。このようにAPECが零細・中小企業を擁護していることから、将来締結されるFTAAP協定には、零細企業や中小企業の発展に関する項目を含めることが必須になるだろう。