夫婦は独身者よりも健康である。本稿では、パネル調査のデータを用いて、因果関係の方向性を究明する。進化心理学の文献によると、健康な人ほど魅力的であり、結婚する可能性がより高くなる。しかし、結婚には健康を「守る」価値もある。夫婦は健康に気遣うよう、お互い働きかけるのだろう。
2011年において米国の国内総生産のうち約18%を医療費が占めたが、1950年には5%であった(Fuchs 2013)。この劇的な上昇を受け、多くの研究者が健康の社会的・経済的決定要因を詳細に検討し、国民の健康改善におけるそれらの役割について強調している(House et al. 2008)。
主要な健康の社会経済的決定要因の1つが結婚である。既婚者は未婚者と比べて健康で長生きである(Waite and Gallagher 2000, Wood et al. 2009, Pijoan-Mas and Rios-Rull 2014)。問題は、当然のことながら、その理由である。結婚と健康の関連性は、結婚が健康に影響を与えるという因果効果を示しているのか(文献で言われるところの、「結婚の保護的効果」)、それとも、単に淘汰の結果であって、そもそも、健康な人ほど結婚する可能性が高いということなのか。
我々は最近の論文においてこの問いに答えようとしている(Guner et al. 2014)。「所得動態パネル調査」(PSID)と「医療費支出パネル調査」(MEPS)のデータを利用して、健康と結婚の関係について研究を行っている。図1は20歳~64歳の既婚者(青線)と未婚者(赤線)の健康状態の違いを示したもので、PSIDのデータは点線、MEPSのデータは実線で表している(注1)。健康の年齢パターンおよび既婚者と未婚者の間の健康状態の違いに関して、2つのデータには著しい類似性が見られる。調査の対象となった年齢層(20歳~64歳)全体で、既婚者の91%が自分は健康と答えており、未婚者の場合は86%にとどまっている。当然のことながら、年齢のごく若いうちは健康状態の良い人がほとんどであり、婚姻状況による違いは小さい。年齢が高くなるにつれ、婚姻状況による健康状態の差が大きくなり、40歳~64歳では、既婚者の88%が健康なのに対して、未婚者では78%にとどまっている。
既婚者が独身者より健康でありうる要因として多くのことが考えられる。まず、既婚者の方が通常は高収入かつ高学歴であり、どちらも健康に貢献することが知られている(Gardner and Oswald 2004, Smith 2007, Cutler and Lleras-Muney 2010)。図2の青線は、PSIDのデータを利用して、性別、人種、教育、収入、子どもの有無をコントロールした後の婚姻状況による健康状態の差を表している(注2)。これらの観察可能な特徴をコントロールしたとしても、既婚者と未婚者の健康状態の間には正の有意な差があることが示されている。婚姻状況による健康状態の差は、若年層(20歳~39歳)で約3%ポイント、55歳~59歳の年齢層では約12%ポイントであり,単調な増加をたどっている。この結果はMEPSのサンプルとも類似している。
図2の青線は、結婚と健康状態の間には正の有意な相関関係があることを示しているが、この相関は健康な人ほど結婚しやすいという自己選択から生じている可能性がある。進化生物学の研究によると、魅力的な配偶者を定義する身体的・性格上の特長は若さや健康と関連しており、結果として、生殖能力と関わっている(Buss 1994, Dawkins 1989)。先天的に健康状態の良い人ほど結婚相手として魅力的であるとすると、彼らが結婚する確率は初めから高いことになる。そうであれば、結婚が健康状態に与える正の因果効果が全くない場合でも、結婚と健康状態の間には正の相関が生じてしまう。我々はPSIDのパネル構造を活用することでこの選択バイアスを克服している。
PSIDはライフサイクルの多くの時点で個人を観察している。このことによって、個人の先天的な健康の効果から生じる健康状態の差を取り除くことができる(すなわち、先天的な健康状態をコントロールした上で、婚姻状況によって生じる健康状態の差の数量化が可能になっている)。これを図2におけるオレンジ色の線で示している。この線は、個人特有の先天的な健康を考慮に入れた上で、婚姻状況によって生じる健康状態の差を示している(注3)。ここでは、婚姻状況による健康状態の差は小さくなっている。実際、40歳以下の場合、婚姻状況による健康状態の差は完全に消滅している。40代以降、結婚が健康状態に与える正の効果が現われ始める。この差がピークに達するとき(55歳~59歳)、既婚者は、未婚者と比べて、健康である確率が約6%ポイント高い。これは、青線で示された差の約半分である。以上の結果は、婚姻状況による健康状態の差を説明する際に、特に若年層では、自己選択が大きな役割を果たしており、他方、結婚による健康維持効果はより高い年齢層において存在しているということを示唆している。
このデータにおいて結婚への選択と結婚の健康維持効果はどのように示されているのだろうか。まず、選択について考察する。先天的に健康に恵まれていれば、結婚できる可能性がより高いのだろうか。データはそのような結果を示している。先天的な恒常的健康は、結婚に対して正の有意な効果を持っている(先天的な恒常的健康の指標が1標準偏差上昇すると、30代までに結婚する可能性が7%ポイント増加する)。さらに教育、性別、人種、収入をコントロールした場合でも、先天的な恒常的健康の効果は依然として有意である。
既婚者の間では、健康の度合いによる同類婚の傾向が強くみられる。つまり、健康な人は結婚市場において健康な配偶者を求める。表1において、夫と妻の先天的健康の間の単相関係数は約0.4であることが示されている(比較として、このデータにおける夫と妻の間の就学年数の単相関係数は約0.5である)。教育と人種をコントロールしても、相関係数はほとんど変わらない。さらに恒常所得の尺度をコントロール変数に加えても、夫と妻の先天的な恒常的健康の間には依然として相関関係がある(0.33)。
結婚による健康維持効果は、どのような要因によって説明されるのだろうか。我々は、既婚者は未婚者より健康的な行動をとる可能性がはるかに高いことを実証している。図3は、既婚者と未婚者の間の予防的な健康診断の受診の違いを示している。予防的医療のあらゆる分類において有意な違いがある。たとえば50歳~54歳の既婚者は、コレステロールの値を調べてもらったり、前立腺や胸の検査を受ける確率が約6%ポイント高い。既婚者はなぜ、予防的医療を受ける傾向が高いのだろうか。医療分野の論文に記されているが、1つの要因は、医療サービスの予約を守り、検診を受けるよう、配偶者が促しているということだろう。さらに、既婚者は医療保険に加入している可能性が高いという要因がある。
アメリカでは医療保険の加入状況が、医療の利用の主要な決定要因である。MEPSのサンプルでは、20歳~64歳の約16%は、公的・民間いずれもの医療保険に未加入であった。図4のパネルAは、男性・女性いずれの場合も、婚姻状況によって医療保険への加入状況が異なることを示している。男女とも、未婚者(こげ茶色の線)は既婚者に比べて保険未加入者が多い。その違いは男性の方が大きい(実線)。男性の場合に大きな差があるのは、メディケイド(Medicaid)によって低所得家庭の子供やその両親に医療保険が提供されているからである。MEPSのサンプルでは、未婚男性の9.0%、未婚女性の17.6%が公的医療保険に加入している。図4のパネルBは、医療保険が婚姻状況による健康状態の差に対しどのように影響を与えているのかを示している。医療保険加入者(赤線)については、図2の結果と類似している。既婚者の方が健康であり、婚姻状況による健康状態の差は年齢が上がるにつれて拡がる。医療保険未加入者(オレンジ色の線)については、婚姻状況による健康状態の有意な差は特に見られない。以上の結果は、医療保険の入手可能性が、結婚の健康維持効果に関する重要な促進要因になっていることを示唆している。
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結論
我々はMEPSとPSIDのデータを利用して、既婚者と未婚者の間の健康状態の違いを実証した。その結果分かったことは、婚姻状況による健康状態の差は、若年期においては結婚への自己選択に由来するが、他方、年齢が上がると、観測される差の大部分は、結婚による健康維持効果によって説明されるということである。我々は、データにおける自己選択のパターンと結婚が健康状態に与える有益な効果の様々なメカニズムに関するエビデンスを提供している。また先天的に健康な人同士の同類婚の強い傾向があることもわかっている。先天的に健康であることは、早期の結婚を十分に予測させる要因である。他方、既婚者は予防的医療を受ける可能性がはるかに高いことを示している。以上の結果を踏まえると、結婚には健康状態を向上させる効果があると解釈できる。また、医療保険がこの差において重要な役割を果たしていることも分かっている。
本稿は、2015年1月19日にwww.VoxEU.orgにて掲載されたものを、VoxEUの許可を得て、翻訳、転載したものです。