世界の視点から

幸福の最大化は厚生水準の最大化ではない

Edward GLAESER
ハーバード大学教授

Joshua GOTTLIEB
ブリティッシュコロンビア大学講師

Oren ZIV
ハーバード大学大学院生

現在、各国政府は幸福度や主観的幸福感を測定しており、一部では幸福度を最大化しようという動きが始まっている。本稿は、幸福 (happiness)と効用 (utility)は同じではないことを示す最新の研究について論じる。人々が行う選択を見ると、彼らは幸福以外の望みや目標をもっていることがわかる。このため、人々の主観的幸福感 (wellbeing)が向上しても、以前より生活水準が悪化してしまう可能性もある。

昨今、幸福の心理学と経済学への関心が高まり、公共政策にも大きな影響を与えている。注目を集めたスティグリッツらによる報告書 (Stiglitz et al. 2009)はその典型例であり、幸福を主要な社会目標とし、その調査測定の拡大を明示的に進める政策を奨励している。ブータンなどの国から米国マサチューセッツ州サマービルの町まで、多くの場所で幸福度や主観的幸福感を明示的に測定し、その尺度を徐々に改善する努力が行われている。

本稿では幸福度のデータを用い、個人的あるいは社会的厚生関数の計測に伴う問題点について述べる。資源は希少なため、幸福度を改善しようとする行動が他の望みや目標から資源の再配分をもたらす。この取り組みについて理論的な問題を論じる。さらに、幸福と効用を区別する最新の研究について検討する。本研究のエビデンスが示唆することは、幸福と効用は等しくなく、したがって厚生経済学は幸福の最大化を政策目標として正当化しないということである。

厚生との比較における幸福の解釈

経済学者は選択肢の間から個人の選好を測る尺度として効用を定義している。さまざまな政策がよくも悪くも社会的厚生にどのような影響を与えるのか理解すべく、厚生経済学の豊富な伝統的枠組みは単純な選択に基づく概念の上に構築されている。重要なのは、この分野の文献が顕示選好を反映する社会的目的関数に基づいていることである (Feldman 2008)。

主観的幸福感を適切に解釈できるかは、示された幸福感によって効用が測定されるかどうかに左右される。測定できない場合、個人が示した幸福度を改善しようとする政策は、彼らが自ら行うであろう選択と同じとは限らない。その場合、この政策を従来の厚生分析に基づいて正当化することはできない。

幸福と効用の関係についての実証的エビデンス

ベンジャミンら (Benjamin et al. 2011, 2012, 2013)は、一連の斬新な実験と調査において、人々が実際に行う選択、あるいは仮定の選択について調査を行い、それぞれの選択に伴う期待幸福度を測定している。その結果、実際の選択と幸福を最大化する選択の間には正の相関関係が存在するが、両者は同一ではないことがわかった。回答者は、より高い収入など、他の目標を優先するため、幸福を犠牲にしてもよいと考えている (Benjamin et al. 2011)。

私たちは、各大都市圏の相違点を背景に、同様の特徴について検証した (Glaeser et al. 2014)。都市経済学の分野では、空間均衡 (Rosen 1976, Roback 1982)の概念を用いて、個人が定住できる多くの場所が存在する経済を分析している。この均衡においては、人々は最大の効用を得られる場所を選ぶ。この均衡概念は、数多くの実証的な事実を説明しており (Glaeser and Gottlieb 2009)、都市間の立地決定に影響を与える政策の厚生分析にも使用されている (Glaeser and Gottlieb 2008, Moretti 2013, Diamond 2014)。

幸福が効用の尺度であるとすれば、Rosen-Robackの空間均衡の概念を幸福に当てはめることができるだろう。効用が空間均衡の状態にある国は、幸福についても空間均衡の状態であるはずである。このような均衡においては、新たに移住しようとしても、別の場所で暮らすことによって幸福度を改善できないことを意味する。この等式が成り立つ場合、つまり、幸福が効用に等しい場合、幸福度を高めるための政策は厚生も改善できることになる。そうでない場合、改善は望めない。

Glaeser et al. (2014)において、私たちは大規模な全国調査の結果を使用し、米国全土の主観的幸福感を測定している。米国疾病対策センター (Centers for Disease Control and Prevention (CDC), 2005-2010)が実施した行動危険因子サーベイランスシステム (BRFSS)の中で行った質問に対する回答を使用した。質問は以下のとおりである。

「全般的に見て、あなたは自分の生活にどの程度、満足していますか?」

回答の選択肢は「非常に不満」「不満」「満足」「非常に満足」である。私たちは得られた回答に、人口動態上の特性とサンプリング誤差の調整を行った(注1)。その結果、比較可能な個人についての地域毎の主観的幸福感が測定可能となっている。

図1は、米国の大都市圏と非都市地域について、調整後の測定値を示した地図である(ワシントンポスト紙はこの地図の別バージョンを作成している)。これを見ると、デトロイトなどの地域と中西部一帯を含むラストベルト地域は、全般的に他の地域と比較して主観的幸福感が低い。ラストベルト地域は19世紀半ば以降、多様な製造業で発展を遂げたが、20世紀後半に急激に落ち込んだ。ニューヨーク市とカリフォルニア州一帯も幸福度が低く、幸福度が最も高い地域は西部、北中西部、南部農村地帯に集中している(注2)。

図1:都市と農村の推定幸福度(調整後)
図1:都市と農村の推定幸福度(調整後)
出所:Journal of Labor Economicsより転載(Glaeser et al. 2014)
注:この図は、混合効果モデルにおける人口動態上の共変量をコントロールした各大都市圏、農村地域の生活満足度(調整後)を示す。データの出所はCDC (2005-2010)。

生活満足度と地域の特性との関係を調べると、最も顕著な事実として都市の衰退が浮かび上がる。図2が示すように、1950-2000年の人口増加率が最も低い都市では、生活の満足度も著しく低い。この傾向は私たちの回帰分析でも確認され、きわめて高い統計的有意性が見られた。数多くの定式化の確認と関数形におけるさまざまな仮定の検証がなされており、この結果は頑健である。

図2:人口変動と幸福度(調整後)
図2:人口変動と幸福度(調整後)
出所:Journal of Labor Economicsより転載(Glaeser et al. 2014)
注:この図は、米国大都市統計地域(MSA)の1950-2000年の人口変動に対し、混合効果モデルにおける人口動態上の共変量をコントロールした各大都市圏、農村地域の生活満足度(調整後)を示す。データの出所はCDC (2005-2010)。

このような違いが厚生にもたらす結果は、人々が住む場所を積極的に選んでいるかどうかに左右される。他の選択肢があるにもかかわらず、幸福度のより低い地域での居住を選択する場合、それは、幸福度が低くてもその地域を意識的に選択していることになる。図3は、各個人が住んでいる地域の幸福度に基づく人口分布を(上述の測定通り)示す。ここでは2010-2011年に大都市圏間で移動した人の分布と、移住しなかった人の分布を示した。移住者については、移住後に選んだ新しい地域の生活満足度(調整後)を使用している。

図3:移住者と人口全体の地域幸福度に基づく人口分布
図3:移住者と人口全体の地域幸福度に基づく人口分布
注:この図は、各人が住んでいる地域の幸福度別の人口分布、および移住先地域の幸福度に基づく移住者の分布を示している。幸福度の尺度は、CDC (2005-2010)を使用し、混合効果モデルにおける人口動態上の共変量をコントロールした各大都市圏、農村地域の生活満足度(調整後)を示している。移住データの出所は米国内国歳入庁 (Internal Revenue Service, 2012)。

図3は、平均的に見て、幸福度のより高い地域へ人口が移動していることを示している。しかしながら、幸福度の低い都市への移住もかなり多い。大都市圏間で移動した人全体の8%が、主観的幸福感が最も低い下位10% の地域に移住している(注3)。新住民が旧住民と異なる幸福を感じているのでなければ、新住民が幸福を最大化しようとしている場合、幸福度の低い地域に移り住む根拠は見当たらない。

これらの移住者が新天地の幸福度を低いと感じているかどうか判断するため、私たちは全米家族世帯調査(NSFH: National Survey of Families and Households)のデータを使用し、移住後の移住者の主観的幸福感を調査した。その結果、私たちがBRFSSで実証した人口減少と幸福度の低さとの密接な関係は、移住者に関するNSFHデータでも成り立つことが判明した。つまり、生活満足度の尺度は、不幸な人が特定の地域に集まった結果としてその地域は不幸とだと観測しているわけではない。移住者は自分が選んだ地域は幸福度が低いと感じながらも、なお、そこに移り住むことを選んだのである。

人はなぜ幸福度の低い都市を選ぶのか?

各地域の幸福度は異なっているにもかかわらず、一部の移住者は幸福度の低い場所に移住していることから、彼らは純粋な幸福以外のものを求めていると考えられる。そうでなければ、私たちの測定の結果で幸福度が最も高かった大都市、バージニア州シャーロッツビルに誰もが移住するはずだからである。幸福度の低い地域は、それを埋め合わせる何かを提供しているのだろうか?

私たちは論文において、幸福度の低い地域の住民は、より高い実質所得によって埋め合わせられている、というエビデンスを示している。過去の調査データを用い、より規模が大きく生産的な都市はその全盛期においてでさえ、幸福度が低いことを示した。住民の幸福度の低さは、より良い雇用機会と高い所得で埋め合わせられていた。ラストベルトが繁栄していた時代、企業は、河川への近さなどの自然条件の優位性が幸福度の低さを補うと判断し、このような都市に拠点を置いたのだ。

自然条件の優位性から得られる価値が低下し、都市の生産性も低下すると、人口は激減した。これらの地域の幸福度は依然として低いが、人口減少により住宅価格が大幅に下落した。これによって生活費が下がるため、衰退中の都市では予想外に高い実質所得が得られるようになり、低い幸福感はある程度相殺される。このトレードオフの関係は、幸福が効用の1つの要素であるとするモデルと一致する。幸福は効用に等しい、あるいは幸福は個人の最終目標である、という考え方は受け入れにくい。

幸福を効用と区別して理解する方法

長年にわたる哲学的伝統で行われてきた規範的な議論は、私たちが実証した各都市の幸福のパターンと一致しているようである。Epictetus (1916)は、自由、高潔、自尊心などの深遠な目標は幸福に勝ると、今から1900年も前に書いている。

私たちは、Becker and Rayo (2008)に基づき、幸福かそれ以外の目標を選択できるモデルを採用し、Glaeser et al. (2014)において研究結果の解釈を行った。これらの概念を特に居住地の選択という文脈に当てはめると、Bernard de Mandeville (1714)の主張と重なり合う。彼は主著『蜂の寓話(Fable of the Bees)』の中で、より活気があるが幸福度の低い居住地を選ぶのは完全に合理的であると力説した。同様に、Benjamin et al. (2013)で調査された医学生が、より高いランクの研修医ポジションのメリットを得るため、幸福をある程度犠牲にしていたのも完全に合理的といえる。

幸福イコール厚生でない場合、幸福の政策的含意とは

幸福度の改善はただではできない。所得が高くなるほど幸福度が上がることは実証されており (Sacks et al. 2010)、サマービルなどの都市は幸福度の上昇をめざすプロジェクトに財源を投じている。一部のプロジェクトは厚生を改善するかもしれないが、幸福度の改善だけでは保証できない。人々の主観的幸福感が向上しても、以前より生活水準が悪くなる可能性はある。

調査の回答は主観的に解釈されるため、主観的幸福感のデータに依存することにより、間違った方向に政策的取り組みを推奨してしまう可能性がある。政策立案者が幸福度調査に基づき、すでに成果が出ている取り組みから資源を再配分する場合、そのような決定によって厚生が悪化してしまう可能性もある。現在の国内総生産 (GDP)の尺度では、厚生は完全に捉えられていないというStiglitz et al. (2009)の主張はたしかに間違っていない。しかし、幸福に関する理論的・実証的文献は、幸福感の具体的な改善から、幸福度測定に基づいた推論的な目標重視の方向へと資源をシフトさせることには慎重でなければならないと教えている。

本稿は、2014年10月15日にwww.VoxEU.orgにて掲載されたものを、VoxEUの許可を得て、翻訳、転載したものです。

本コラムの原文(英語:2014年11月4日掲載)を読む

2014年12月1日掲載
脚注
  1. ^ 人によって質問の解釈は異なり、それぞれの尺度で自分の満足度を判断するだろうという懸念を軽減するため、このような調整を行った。人口動態上の特性は、年齢(柔軟に)、教育、性別、民族、家族構成を含む。また、変量効果モデルを使って各地のサンプリング誤差を調整した。以上すべてを含めてもわずかな調整である。都市部の調整後幸福度水準は、未加工の(未調整)平均回答と0.94の相関性を有している。
  2. ^ Glaeser et al. (2014)では、一部地域の具体的な幸福度の値を記載しており、完全なリストはhttp://www.joshuagottlieb.ca/で入手可能である。
  3. ^ すなわち、移住者全体の8% が幸福度の最も低い31地域に移住したということである。367都市のうち、幸福度の低い31都市の人口は10%を占める。
文献

2014年12月1日掲載

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