世界経済は脆弱な状況にある。米国は回復基調にあり、日本は経済の活性化を目指し、アベノミクス「三本の矢」を採用しているが、ドイツ以外の欧州各国は経済的に困難な状況から抜け出せないでいる。中国も開発戦略を維持し、国内の不均衡問題解決にむけ、重要な金融・経済改革を進めている。
多くの国の政策当局が直面している喫緊の課題は、主要国経済における金融政策の調整に関連している。米国の連邦準備制度理事会(FRB)はまもなく量的金融緩和を終了させるが、米国のみならず世界的に緩やかな金利上昇がおこるだろう。日本では「三本の矢」政策の一環として、大規模な量的緩和が実施されている。欧州ではマイナス金利が導入され、追加の量的金融緩和策が採られる可能性があるが、ユーロ圏ではドイツがこれに反対している。金融調整の非対称性は非常に重要な問題である。さらに、新興経済国の多くは主要国通貨に対して自国通貨高になるのを防ごうと、超金融緩和政策を採用している。米国が金利正常化にシフトすれば各国から巨額の資金が米国に流入する可能性が高い。これは公的・民間部門の債務負担が大きく、経済成長率の低い国にとってさらに重圧となるだろう。世界的に実質金利が上昇し始めるにつれ、巨額の政府債務を抱える国は、より一層の財政再建に取り組まざるを得なくなるだろう。場合によっては、非常に規模の大きい財政再建となるだろう。
図1は、過去60年にわたる諸地域における公的債務(対GDP比)の推移と、国際通貨基金(IMF)による2019年までの政府債務総額(対GDP比)の予測を示している。図1から明らかなように、対GDP比債務残高は、米国のドット・コム・バブルの崩壊に伴い2001年以降、世界中で急上昇し、ついで2009年には、特に先進国を中心にして世界的な大不況後に再び急上昇している。これまで持続可能な債務残高の対GDP比率はおおむね60%といわれてきたことを考えると、世界の大部分で財政赤字削減政策が必要とされているのは明らかである。幸いにして、公的債務がグローバルな問題ではなく、新興経済よりもむしろ先進国に集中している点を図1から読み取ることができる。
図2はOECD加盟国の財政赤字の分布状況を明確に示している。この図はOECD各国について3つの棒グラフを重ねて示してある。横軸の左から右方向に、2014年時点における政府総債務残高(対GDP比)の大きい順に並べられている。各国の棒の最下部(青色部分)は、世界金融危機以前の2007年当時の各国の政府債務対GDP比である。棒の中央部(赤色部分)は金融危機当時2008~2010年に増加した政府債務である。棒の最上部(緑色部分)は2014年末までに増加すると予測される政府債務である。
発展レベルが異なれば、国の財政状況も異なっているのと同様に、OECD加盟国の財政状況も多様である。重要なのは、一部の地域では大規模な財政改革が必要だが、その必要のない国もあるということがはっきりしている点である。つまり、世界経済においても、ユーロ圏などの経済圏内においても、財政調整に関して大きな非対称性が存在している。この非対称性は、財政調整が国家間の貿易収支や実質為替レートに大きな影響を及ぼすことを示唆しているため、重要な意味を持つ。
今後の世界的な財政再建については、注目すべき側面が少なくとも2つある。まず、政府債務削減のために各国政府が行う歳出削減・増税が世界の総需要に及ぼす影響である(注1)。欧州など、再び不況に陥っている国が国内経済の刺激のために財政政策を用いるべきかどうか、実質的な議論が行われている。Alesina/Perotti(1995)やGiavazzi/Pagano(1990)などの論文は財政引き締めによって短期的には景気を刺激できるとさえ論じている。これについては、McKibbin/Stoeckel(2012)においても示されている。この論文によると、急激に財政を引き締めると短期的に総需要は縮小するが、確実に、かつ段階的に財政引き締めが行われれば、資金調達費用が低下し、将来的な税負担の低下が見込まれるため、政府支出を縮小する前に景気を刺激できるという。しかしながら、財政赤字削減政策のピーク時に景気の減速を回避するのは困難である。財政乗数に対するゼロ金利の下限の重要性についても議論されている(注2)。財政引き締めを相殺する一般的な手段の1つが名目金利の引き下げであり、これにより需要減退が緩和される。金利の下限がゼロの場合、利下げはできず、財政乗数が高くなるはずである。同様の問題はユーロ圏のような単一通貨圏内で発生する。ユーロ圏内の小さな国が財政引き締めを行っても欧州中央銀行 (ECB)の金利は変わらないため、為替レートがユーロと固定されている国ではマイナスの財政乗数が大きくなる。
次に、貿易と国際資本移動への影響である。経常収支は国の貯蓄と投資の差額であることから、非対称な財政引き締めは世界貿易に重大な影響を及ぼす可能性がある。財政赤字の削減は政府貯蓄の増加を意味する。消費者が将来的に税負担の低下を認識し、個人の貯蓄を減らすのであれば両者は相殺されるが、実際には家計と政府の純貯蓄は増加する(つまり、消費者は完全なリカード論者ではないのである)。投資は少なくとも当初は減少する可能性が高いが、それは財政引き締めによって短期的な総需要に影響し、経済活動が縮小するからである。長期的には、財政調整によって民間投資は増加につながる(McKibbin/Stoeckel(2012)参照)が、短期的なケインズ効果のため、数年程度の時間がかかる可能性が高い。短期的には、一国全体の貯蓄が増加し、投資が減少する可能性が高いが、これは財政引き締めを行っている国から資本が流出することを意味する。資本流出によって、財政引き締めを行っている国の為替レートは下落し、財政調整していない国の為替レートは上昇する。したがって、このように実質為替レートの変動を促す資本移動は、資本流出の規模に匹敵する貿易収支の変動につながる。その結果、財政赤字を削減している国の貿易収支は改善し、そうでない国の貿易収支は悪化するだろう。国によってその規模は異なるが、McKibbin/Stoeckel/Lu(2014)に示されるように、大きな影響を受ける可能性がある。
実質為替レートは、変動相場制の国では名目為替レートの変動によって、また外国通貨との固定相場制を採用している国においては、国内のインフレの変動によってそれぞれ調整が行なわれる。固定相場制の国が財政赤字を削減している場合、国内のインフレ低下につながる可能性が高く、大規模な財政再建策を採っている場合、デフレを招く恐れがある。南欧諸国における調整がその典型的な事例である。もう1つの例は、通貨が米ドルに固定されており、財政引き締めの必要があるケースである。自国は財政政策の調整を行っていない場合でも、米ドルに通貨を固定している国は名目為替レートの固定制を維持するため、金融緩和政策を採らざるを得ず、短期的にはインフレ・ショックを招く可能性が高い。名目為替レートを通じてにせよ、国内のインフレの上昇を通じてにせよ、固定制を採用している国の実質為替レートは上昇するだろう。
したがって今後10年間で世界的に財政調整が必要になれば、世界貿易と金融市場に多大な圧力がかかるだろう。また、財政引き締めを行っている国から流出した資金が大量に流入している国に対しては、政治的な圧力がかかる可能性もある。これまで数十年間行われてこなかった金融・財政政策の世界的な調整が必要になるだろう。
2014年の非対称的な金融政策調整の結果が待たれるが、今後、必要とされる財政調整によって世界経済は以前にも増してより実質的な影響を受ける可能性が高い。