世界の視点から

裁量労働制がイノベーションを促進

Holger GÖRG
キール世界経済研究所 教授

Olivier N. GODART
キール世界経済研究所 研究員

Aoife HANLEY
キール世界経済研究所 講師

Christiane KRIEGER-BODEN
キール世界経済研究所 研究員

従業員の勤労意欲を高める新たな方策として、勤務時間を柔軟化する企業が増えてきている。本稿ではドイツを例にとり、裁量労働制がイノベーションを促すことを示す。その一方、裁量労働制の導入によって仕事と私生活の境界線が曖昧になり、過度な超過勤務を招く恐れもある。健康障害を防ぎつつもイノベーションの利益を享受するには、慎重に裁量労働制を設計する必要がある。

過去数十年の間に勤務形態は大きく変化している。とりわけ、勤務時間を厳格に管理するのではなく柔軟に設定する企業が世界中で増えている。たとえばドイツの場合、2010年時点において従業員の36%が何かしらの柔軟な勤務形態をとることが認められている(図1)。

このような勤務形態はいずれも従業員と雇用主双方にとっての柔軟性を高めるが、従業員が始業・就業時刻を決定できるいわゆる「フレックスタイム制」から、事前に決められた生産活動を成し遂げるという条件で、従業員が全面的にスケジュールを委ねられている裁量労働制(Vertrauensarbeitszeit)など、従業員が任される裁量の程度には大きな幅がある。

裁量労働制の重要性は増しており、ドイツでは企業の約半数(2003年の約2倍)が一部の従業員に何らかの形で制度を適用している(図1)。とはいえ、実際にこの制度を使っている従業員の数は依然として限られている。

図1:ドイツにおける柔軟な働き方の推移(2003-2012年)
図1:ドイツにおける柔軟な働き方の推移(2003-2012年)
出所:Statistisches Bundesamt (2012)、Institut der deutschen Wirtschaft (2013).

信頼、柔軟性、勤労意欲

勤務形態の変化は、人のやる気はどうすれば高められるのかという認識の変化を反映しているのかもしれない。労働者のやる気は機械的に金銭的報酬のみで左右されるわけではないという見方が広がっており、経済学者もこの点を認識している。今日、従業員の創造性を高めるためには、イノベーションの業績に応じて昇給に応じるだけでは十分といえない。労働者はむしろ、製品の開発、改良、商品化に際して共感できる本質的な理由を求めているのである。

しかし、企業は、従業員の深層にあるやる気を高められるような労働環境をどのようにして構築すればよいのだろうか。このような環境作りに欠かせないのが信頼であり、従業員の創造性を伸ばすうえで裁量労働制は重要と考えられる。この点については、心理学(例:Amabile and Mueller 2008)や経営科学(例:Bloom and van Reenen 2010、Konrad and Mangel 2000)など、最近の幅広い研究でも示唆されている。

さらに、やる気よりもむしろ柔軟性と裁量労働制を関連付ける考え方もある。とりわけ企業が急速な変化や不確実な環境に直面した場合、柔軟性は重要な役割を果たす。既定路線は行き詰まり、従来的なヒエラルキー型の原則や労働者のコンプライアンスは機能しない。このような状況において従来型システムは、従業員自らが新しい情報に適応する権限を与えることができる柔軟な考え方と比較して劣っている(Dessein and Santos 2006)。企業のイノベーションとその達成方法は、不確実な状況下における有用な事例研究となる。つまり、裁量労働制によって、特定の状況や新たな情報に応じた行動をとるために必要な柔軟性や自主性を得られるのであれば、制度の採用は企業のイノベーションにとってプラスに作用するはずである。

「イノベーション・プレミアム」に関するドイツの例

信頼とイノベーションの成功との関係を実証するうえで、ドイツは興味深い事例だといえる。ドイツでは、裁量労働制を導入している企業が多いだけでなく、イノベーションに富んだ国際競争力の高い輸出企業も多い。したがって、裁量労働制が「イノベーション・プレミアム」をもたらすのか考察するうえで最適な事例といえる。この点を踏まえ、裁量労働制が企業のイノベーションの業績に反映されているのか検証するため、5000社以上の企業を対象としたパネルデータを参照した(Görg et al. 2014)(注1)。さらに、2008年と2010年にそれぞれ裁量労働制を導入した企業群のイノベーション業績について、裁量労働制導入以前の特徴は類似しているが、制度を導入しなかった企業群との比較を行った。

その結果、裁量労働制とイノベーション・プレミアムは関連していることが明らかになった。分析対象企業の約12~15%が裁量労働制を導入しており、導入していない企業に比べて製品や生産プロセスのイノベーションを実施しているケースが多い(図2)。また、おおむね規模の大きい企業で、かつ技術集約度が高く、旧西ドイツに位置し、(労働時間体系の1つである)労働時間貯蓄制度を採用しているケースが多い。適切な推定方法(OLS、傾向スコア)を用いた上でイノベーションを向上させる可能性のあるその他の要因を制御した結果、裁量労働制の導入によって新製品導入や製品改良を行う確率が9~14%上昇したことがわかった。さらに、柔軟な労働時間体系の選択肢の1つである労働時間貯蓄制度について制御した場合においても、分析の結果は同様であった。したがって、裁量労働制の導入がイノベーションを押し進めるという構図は、単に労働時間の柔軟性向上によるものではなく、労働者自身が労働時間管理の権限を持つことによるものだと思われる。つまり、裁量労働制は企業の業績にとってプラスであることが明らかになった。

図2:イノベーション活動と裁量労働制(2008年・2010年各企業コーホート)
図2:イノベーション活動と裁量労働制(2008年・2010年各企業コーホート)
出所:Görg et al. (2014)

柔軟性の落とし穴

とはいえ、裁量労働制には多くの欠点がある。柔軟な労働形態によって仕事と私生活との境界線が曖昧になる。裁量労働制の1つである「在宅勤務」は、特に電子メールやスマートフォンを使っていつでも連絡がとれるため、仕事と私生活の区別がつけにくくなることが多い。こうした業務慣行が従業員に与える影響については、社会学・医学研究が行われている(Caruso et al. 2004)。研究の結果、裁量労働制はワークライフ・バランスをおおむね改善し、仕事への満足感を向上させるが、大幅な超過勤務につながり、その結果、燃え尽き、うつ病、心疾患のリスク増など、健康への悪影響が生じる可能性もある。したがって、職場と家庭の境界を曖昧にする勤務形態に制限を設けるべきだという声が市民、政治家、労働組合などの間で高まっている。これに対応して、夜間や週末の勤務を規制する具体的な行動規範を導入する企業も出てきている。

裁量労働制は従業員の勤労意欲を向上することで企業のイノベーションを促進し、従業員の生活満足度も向上する。裁量労働制の普及を抑制すれば、このようなプラス面に待ったをかけるだろう。従業員の健康障害を防ぎつつも、イノベーションの恩恵を得るためには、裁量労働制のマイナス面への対策を盛り込んだ、バランスのとれた裁量労働制を慎重に設計できるよう、時間を費やす価値はある。

本稿は、2014年7月8日にwww.VoxEU.orgにて掲載されたものを、VoxEUの許可を得て、翻訳、転載したものです。

本コラムの原文(英語:2014年7月29日掲載)を読む

2014年8月7日掲載
脚注
  1. ^ IAB (ドイツ雇用調査局:約16000社の年間調査)による。
文献
  • Amabile, T M and J S Mueller (2008), "Studying creativity, its processes, and its antecedents: An exploration of the componential theory of creativity", in J Zhou and C E Shalley (eds.), Handbook of Organizational Creativity, New York: Lawrence Erlbaum.
  • Bloom, N and J van Reenen (2010), "Human resource management and productivity", NBER Working Paper 16019.
  • Caruso, C C, E M Hitchcock, R B Dick, J M Russo, and J M Schmit (2004), "Overtime and Extended Work Shifts: Recent Findings on Illness, Injuries, and Health Behaviors", National Institute for Occupational Safety and Health, DHHS (NIOSH) Publication 2004-143.
  • Dessein, W and T Santos (2006), "Adaptive Organizations", Journal of Political Economy, 114: 956–995.
  • Görg, H, O Godart, and A Hanley (2014), "Trust-based work-time and Product Improvements: Evidence from Firm Level Data", IZA Working Paper 8097.
  • Institut der deutschen Wirtschaft (2013), "Auf dem Weg zu einer familienfreundlichen Arbeitswelt. Sonderauswertung des Unternehmensmonitors Familienfreundlichkeit 2013", Köln.
  • Konrad, Alison M and Robert Mangel (2000), "The Impact of Work-Life Programs on Firm Productivity", Strategic Management Journal, 21(12): 1225–1237.
  • Statistisches Bundesamt (2012), "Qualitat der Arbeit. Geld verdienen und was sonst noch zahlt", Wiesbaden.

2014年8月7日掲載

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