世界の視点から

競争力再考:グローバル・バリューチェーン革命

Marcel TIMMER
グローニンゲン大学教授

Bart LOS
グローニンゲン大学准教授

Robert STEHRER
ウィーン国際経済研究所シニアエコノミスト

Gaaitzen DE VRIES
グローニンゲン大学助教

グローバル・バリューチェーン(GVC)の台頭は、各国の競争力の分析に新たな課題を投げかけている。総輸出や顕示比較優位(revealed comparative advantage)など、一般に使われている尺度は時代遅れになっている。本稿では、世界的な生産チェーンに沿って各国が付加する価値に基づいた「GVC所得」という新しい尺度を提示したい。また、どうすれば既存の産業レベルのデータからこの尺度を抽出できるのか、また、それによって国の競争力に対する見方がどう変わるかについて述べる。

GVCの台頭は、国際貿易と各国の競争力の分析に新しい課題を投げかけている。従来の尺度では、財の生産活動のすべては国内の投入要素のみを用いて国内にて行われることを前提としている。しかし、国境を超えた生産工程分業と海外の投入要素の使用が進み、この前提はもはや成り立たない。

これに代わる尺度が必要である。Johnson and Noguera (2012)とKoopman et al. (2013)は、輸出に占める国内付加価値部分を示す新たな尺度を提案した。Bems and Johnson (2012)は、従来の実質実効為替レートの算定に換えて付加価値ベースの分析を提唱した。本稿では、我々の最近の論文 (Timmer et al. 2013)の議論をさらに一歩進め、競争力問題を分析するたたき台としてGVCの概念を用いる。

GVC所得とは何か?

たとえばiPodを具体例として考えてみよう。iPodは精緻な生産ネットワークの最終生産物であり、組み立ての最終工程は中国で行われる。もはや古典とも言われるDedrick et al.(2010) の研究において、多くの国でiPod生産による所得が生み出されていることが実証されている。しかし、中国の輸出統計には生産の全段階の価値が含まれているため、実際に中国だけで生み出された所得より過大に大きく見える(このパターンは他製品の事例でも多数確認された。たとえばYuqing Xing 2011を参照)。このような高性能電子機器の事例から何を読み取ればいいのだろうか? この問いに答えるべく、マクロの視点に立ち、幅広い製品群の生産チェーンに沿った付加価値を分析した。この手法は、最終財の生産に直接的・間接的に使用されるすべての労働と資本による付加価値を解明している点で斬新である。私たちはこれを、GVC所得と呼ぶ。

GVC所得をどのように測定するのか?

GVCは産業別、また最終消費者に届く前の最終生産工程を手がける国別に特定される(たとえば、中国のエレクトロニクス製造)。私たちはLeontief (1936)の考えに従い、世界経済を産業連関分析にてモデル化した。基本的に、ある製品の最終財1単位の生産過程に必要な生産財すべての総生産価値を導き出す。レオンチェフの論理により、財の生産に直接的、間接的に関与したすべての国のすべての要素による付加価値の総計は、この製品の産出価値に等しくなる。さらにGVC雇用という関連する概念も導入した。これは、最終財の生産に直接的、間接的に必要な雇用数である。GVC所得と雇用を測定するため、国際産業連関表データベース(WIOD)の国際産業連関表と補足の雇用勘定(www.wiod.orgを参照、およびTimmer 2012に詳述)を使用した。この原型データベースの取り組みは現在、統計学の世界で世界的に受け入れられている (Escaith and Timmer (2012)を参照)。

GVCの手法に基づく新たな分析結果

以下の結果は、最終生産財(製品)の分析に基づいたものである。「最終財」は消費財であり、生産工程で使用される中間財とは異なる。

  • 輸出は国内所得ではない。

図表1は、1995~2008年の製品のGVC所得と製品輸出の実質成長率の比較を示す。輸出の増加は、中間財輸入に極度に依存する国、特にドイツやより規模が小さくても開かれた経済国において、関連して増加する所得が過大に大きく見える。たとえばドイツでは、製品の実質輸出総額が98%増化したが、製造業のGVC所得は7%増化に過ぎない。その理由はまず、ドイツの耐久財生産に内在する国内付加価値がオフショアリングと中間財輸入の増加によって急減したことによる(Marin 2010)。同時に、国内需要に占める非耐久財の比率が拡大し、新興国からの輸入が増加したことによる。輸出面での「高い競争力」が、必ずしも高い国内所得をもたらすとは限らない。

図表1:1995~2008年の製品の実質輸出総額と製造業のGVC所得の増加率(%)
図表1:1995~2008年の製品の実質輸出総額と製造業のGVC所得の増加率(%)
  • 欧州の比較優位は変わりつつある。

総輸出に基づいた顕示比較優位という従来型の分析によると、欧州連合(EU)はいまだに中低位技術の産業から抜け出せていない (di Mauro and Forster 2008)。対照的に、GVC所得で見ると大幅な変化が見られる。顕示比較優位は、EU27カ国がある製品群の世界全体のGVC所得に占める割合を、EU27カ国の製造業全般が世界全体のGVC所得に占める割合で除して算出する。EUの比較優位は、一般機械と輸送用機器のグローバル生産ネットワークの活動においては高まっているが、非耐久財の生産では低下している(図表2を参照)。

図表2:EU27カ国の最終製品群別の顕示比較優位(%)
図表2:EU27カ国の最終製品群別の顕示比較優位(%)
  • 欧州はGVCにおける高技能職への特化を進めている

グローバル化の問題をめぐる政策課題の多くは結局、「良質な」雇用に尽きる。EU全体では、製品生産に従事する就業者数は1995~2008年に180万人減少した。しかしながら就業者の学歴に関する情報を加えてみると、欧州ではより高度な技能を要する雇用への特化が進んでいることがわかった。この間、熟練労働者の雇用は約400万人増加したが、非熟練労働者の雇用は600万人以上減少した(図表3を参照)。この傾向はすべての旧EU加盟国(デンマークを除く)のみならず、意外なことに新規加盟の12カ国でも同様に見られた。競争力の点からいえば、このようなGVCにおける熟練労働者の雇用増加は、競争の激しい国際環境の中で、欧州が生産的かつ比較的報酬の高い活動における雇用を伸ばしていることを明確に示している。一方で、国際分業によって不均衡な分配が生じていることを示唆している。

  • サービス分野と熟練労働者の雇用に特化する欧州

先進国における製造業の雇用減少は国際分業とオフショアリングの拡大とときとして関連がある。製品生産に関わる就労者のうち、実際に製造業で働く人は約半分に過ぎず、1995~2008年の間にほとんどのEU諸国で減少していることがわかった。EU全体では、製品のGVCに関わるサービス業の雇用の増加幅は、製造業における雇用の減少幅より大きくなっている(図表3)。逆説的に思えるかもしれないが、製品のGVCには農業や公益事業、企業向けサービスなど、生産工程で投入要素を供給する他業種の活動の多くが含まれている状況を反映しているにすぎない。

図表3:1995~2008年の間に製品GVCに関わったEU27カ国の就労者数の増減(100万人)
図表3:1995~2008年の間に製品GVCに関わったEU27カ国の就労者数の増減(100万人)

政策的結論

世界的な生産工程分業の深化により、輸出に基づく従来の比較優位分析は政策の指針としての有用性が失われつつあると述べた。また、政策策定と実績評価にあたり、産業部門を分析の単位とすることは適切ではなくなってきている。したがって、貿易・産業政策においては産業別ではなく、世界的な生産チェーンに沿った活動の種類に重点をおくべきである。より一般的には、グローバル化の恩恵を広く分配するため、活動全体に資源を円滑に再配分できる政策措置を実施する必要がある。同時に国内でもEU全体でも、分業に伴う分配の不均衡を是正すべきである。

本稿は、2013年6月26日にwww.VoxEU.orgにて掲載されたものを、VoxEUの許可を得て、翻訳、転載したものです。

本コラムの原文(英語:2013年9月2日掲載)を読む

2013年9月4日掲載
文献

2013年9月4日掲載

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