世界の視点から

発明者をめぐるグローバル競争

Carsten FINK
世界知的所有権機関チーフエコノミスト

Ernest MIGUELEZ
世界知的所有権機関研究員

Julio RAFFO
世界知的所有権機関研究員

移住の問題は世界中で論議を呼んでいる。本稿では特に発明者に着目し、熟練労働者の移住パターンに関する新たなエビデンスを紹介したい。発明者の移動をグローバルに追跡した新データによると、微妙な違いはあるものの、発明者が移住を決断する際には、一般的な移住者と同様の経済的インセンティブに影響を受けるということがわかった。

現在、移民政策に関する議論や改革が多くの国で進んでいる。最大の論点の1つが、国内で不足している技能を補うため、いかに海外からの熟練労働者を呼び込み、イノベーションと起業家精神を育むかという点である。

科学的・技術的進歩、ビジネス上の成功に移民がどれだけ貢献しているか、その例は枚挙にいとまがない。ノーベル賞受賞者の約30%が受賞時に海外に在住していたと推定される。 一例を挙げれば、2009年にリボゾームの構造と機能に関する研究の功績によりノーベル化学賞を受賞したインド出身のヴェンカトラマン・ラマクリシュナン教授はオハイオ大学に学び、受賞時には英国ケンブリッジのMRC分子生物学研究所に在籍していた。多くの受賞者と同様、ラマクリシュナン教授は数々の発明を発表し、特許出願数も多い。

事例証拠から話を進めると、特殊技能を持つ移民が各国において果たす役割はどの程度重要なのだろうか。また、何が移住を決定させ、そしてその決定が移住先と出身国にどのような影響を与えるのだろうか。本稿では熟練労働者の中でも発明者の移住の流れを世界的に追跡した新たなデータを使用し、そこから浮かび上がる主なパターンを検討し、何が発明者に移住を決意させるのかについて論じる。

特許データから読み取る熟練労働者の移住傾向

経済学者は熟練労働者の移住の原因と結果について理解を大幅に深めており(Docquier and Rapoport 2012)、新しい人口調査に基づくデータベースの国際比較のおかげで新たな知見がもたらされた(Carrington and Detragiache 1998, Docquier and Marfouk 2006, Özden et al. 2011)。

このような議論の進展にもかかわらず、データにはいまだ重大な制約がある。人口調査に基づくデータでは、ストックでみた移住は10年に1度しか測定されない。また、国によって熟練労働者の定義がバラバラで、特にOECD非加盟国が含まれる場合にはさらにこの差が大きくなる。労働者の技能分類も大まかで、特に高等教育の定義は大学以外で取得した技術学位から博士号まで多岐にわたっている。

このようなデータの制約を克服するため、我々はまったく異なる情報源、すなわち特許出願データに着目した。大半の国の特許データは時間的な断絶もなく入手できる。また、特許データに着目することで、技術分布の最上位に位置し、高等教育を受けた労働者全体と比較してより均一性の高い発明者について理解することができる。より一般的には、技術・産業変革の土台となる知識を創造する発明者は特別な経済的重要性を持つ。

特許文献には出願した企業・個人名が掲載されているが、同様に重要な点は、出願者が特許保護を求めている発明に貢献した発明者名も掲載されていることであろう。残念なことに、発明者の氏名と住所のみで、経歴についてはほとんど記述のない特許文献が大半である。Agrawal et al. (2011) と Kerr (2008) は発明者の名前が示す文化的ルーツを手がかりに移民の発明者を特定した。この方法は重要な見識をもたらしたが、一部の地域にしか適用できない上、民族によっては数世代にわたる移民のケースもあり、誤解を招く可能性もある。

幸いなことに、発明者の移住の経歴に関する直接的な情報を提供する特許データ源が1つ存在する。特許協力条約に基づいて出願された特許には、同条約の資格基準によって発明者の居住地と国籍に関する情報が記載されている。さらに特許協力条約データを使用することで、発明者による世界各地への移住の流れを理解できるという利点もある。同条約の適用範囲は広く、各国の特許出願者に対して単一の手続き規定が適用されている。さらに、出願者が複数の国での特許取得に要する費用の負担に前向きであることから、同条約に基づく出願は商業的に極めて有用な発明である可能性が高い。発明者の居住地と国籍に関して約500万件の記録 (Miguelez and Fink 2013)が記載されており、前述のラマクリシュナン教授も数カ所に記載されている。

発明者の獲得レースでトップに立っている国は?

既存のデータによると、2005年における一般的な移民率は1.9%、高等教育を受けた労働者に限ると4.8%である。これとは対照的に発明者の移動ははるかに活発に行われており、2005年時点で世界中の発明者全体の10%は移民を経験していることが我々のデータでわかった。

米国は発明者の移住先として圧倒的な人気があり(図1)、 出身国外に在住する世界中の発明者全体の57%を受け入れている。また、米国に移民した発明者数は海外に在住している米国人発明者数の15倍に達する。スイス、ドイツ、英国も発明者の移住先としてかなり人気がある。ただし興味深いことに、ドイツと英国の場合、国外へ移住する発明者数が移民してくる発明者数を上回っている。同様に、カナダとフランスでも発明者の移民の純流入数はマイナスである。

図1:発明者の海外からの移民数と海外への移民数 (単位:1000人)、純移入者数、2001-2010
図1:発明者の海外からの移民数と海外への移民数 (単位:1000人)、純移入者数、2001-2010
[ 図を拡大 ]
米国在住の発明者のうち、海外からの移住組が約18%を占める。欧州の一部の小国ではこの比率が米国を上回り、ベルギー(19%)、アイルランド (20%)、ルクセンブルグ(35%)、スイス (38%)となっている。欧州の主要国で発明者に占める移民の比率が比較的高いのは英国(12%)である。これと比較してドイツ、フランス、イタリア、スペインではこの比率は3~6%、日本は高所得国の中で唯一、2%未満にとどまっている。

二国間移住ルート数全体を我々のデータで見ると、上位30位が占める比率は0.08%にも満たないが、発明者の移住の約6割がこの上位30ルートに集中している。そのうち、米国が移住先のケースが最も多い。大半の発明者の出身国は高所得国だが、中国から米国、およびインドから米国という上位2ルートは中所得国から高所得国への移住である。

特に南北間の移住に着目すると、米国の存在はさらに際立っており、低・中所得国から国外に移住する発明家の約75%は米国に居住している。米国に移住する発明者数が突出している中所得国は中国とインドで、これにロシア、トルコ、イラン、ルーマニア、メキシコが続く(図2)。

発明者を移住に駆り立てる要因

追跡研究 (Fink et al. 2013)では、発明者が移住先を決める要因について検証した。その結果、一般的な移住者を説明する変数の多くによって発明者の移住についても説明できることが分かった。特に、経済的誘因は発明者の移住決定にプラスの影響を与える一方、海外への移転費用はマイナス要因となっている。

しかし、一般的な移民との間に興味深い違いがあることもわかった。一般的な移民と比較して発明者の場合、費用という変数から受ける影響は比較的小さい。これは、高度な技能を持つ移住者は就労機会の情報に詳しく、適応性が高いことに加え、移住に伴う法的障壁をクリアしやすいためと考えられる。明らかな例外は、移住先の国の言語を話せることが一般的な移民の場合より発明者にとって重要な意味を持つ点である。高度な技能を伴う職業においてはコミュニケーション能力がより重要な役割を果たすことを示唆している。

さらに興味深い発見は、発明者による移住全体と比較して、発明者の移住が南北間の場合、受入国で得られる所得がはるかに大きな意味を持ち、所得弾力性は約2倍と推定される。発明者の出身により、移住の決意要因は異なり、とりわけ、技能に対する報酬の違いが南北間の移住の主な理由であろう。この前提に沿って、南北間の移住はほぼ完全に一方向の流れというのがわかる。対照的に、北から北への移住の場合は技能に対する報酬の違いはより重要性が低く、発明者の移住は双方向である場合が多い (産業間貿易と産業内貿易のパターンの違いと類似しているという興味深い点に貿易関連の研究者は関心を持つだろう)。

たとえばなぜドイツの発明者が米国に移住し、逆に米国の発明者がドイツに移住するのかという疑問が出てくる。各発明者は独自の技能に特化し、異なる技術をそれぞれ必要とする研究分野にそれぞれの国が特化しているということもあるだろう。他の理由も考えられる。双方向の移住パターンに関して理解を深めるべく、さらなる研究が必要である。

結論

本稿では特に発明者に着目し、熟練労働者の移住パターンと移住の決定要因について新しい研究結果をまとめた。特許データを読み解くことで、熟練労働者の移動の原因と結果を新しい角度から見直すことができるだろう。ここで紹介した研究結果に加え、我々のデータは技能選択的な移民政策の影響についても見識を提供できる。より広い意味においては、我々のデータは受入国で移民がイノベーションに貢献している状況、アイデアをグローバルに普及させる上で移民が果たす役割、海外移民組と帰国組が出身国にもたらす経済的な恩恵について研究する際に役立つだろう。

研究者は後者を強調し、高度な技能を持つ労働者の移住は一方向ではないという。冒頭の例に戻ると、ラマクリシュナン教授は再び母国とのつながりを取り戻し、バンガロールを定期的に訪ね、とりわけ若い科学者等、同僚との交流を深めている。

本稿は、2013年7月17日にwww.VoxEU.orgにて掲載されたものを、VoxEUの許可を得て、翻訳、転載したものです。

本コラムの原文(英語:2013年7月24日掲載)を読む

2013年8月19日掲載
文献
  • Agrawal, A, D Kapur, J McHale, and A Oettl (2011), "Brain drain or brain bank? The impact of skilled emigration on poor-country innovation", Journal of Urban Economics 69, 43-55.
  • Carrington, WJ and E Detragiache (1998), "How big is the brain drain?", IMF Working Paper 98, Washington, DC, International Monetary Fund.
  • Docquier, F and A Marfouk (2006), "International migration by educational attainment (1990-2000)", in C Ozden and M Schiff (eds) International Migration, Remittances and Development Chapter 5, New York, Palgrave Macmillan.
  • Docquier, F and H Rapoport (2012), "Globalization, brain drain and development." Journal of Economic Literature 50(3), 681-730.
  • Fink, C, E Miguélez, and J Raffo (2013), "The global race for inventors", forthcoming as a WIPO Economic Research Working Paper.
  • Kerr, WR (2008), "Ethnic scientific communities and international technology diffusion", The Review of Economics and Statistics 90(3), 518-537.
  • Miguélez, E and C Fink (2013), "Measuring the international mobility of inventors: A new dataset", WIPO Economic Research Working Paper No 8.
  • Özden, C, C Parsons, M Schiff, and T Walmsley (2011), "Where on earth is everybody? The evolution of international bilateral migrant stocks 1960-2000", World Bank Economic Review 25(1), 12–56.

2013年8月19日掲載

この著者の記事