世界の視点から

転換期を迎える21世紀の日本の航空宇宙・防衛産業

Stephen T. GANYARD
Avascent International 社長

長瀬 正人
株式会社グローバルインサイト 代表取締役社長

James E. AUER
ヴァンダービルト大学 公共政策研究所 日米研究協力センター所長

変化する日本の航空宇宙・防衛産業

戦後日本の航空宇宙・防衛産業は、航空宇宙・防衛産業の発展を妨げる歴史的な制約と長年にわたる武器輸出禁止政策により、武器輸出が禁止されただけではなく、防衛産業と民間航空宇宙産業の統合も阻害され、国際競争力の向上が妨げられてきた。

太平洋戦争後、世界がとりわけ航空宇宙・防衛産業の分野で急速に発展する中、日本の防衛産業は完全に停止した状態にあった。この間、諸外国はジェット機時代に入り新型の戦闘機や爆撃機を相次いで開発し、又、ドイツの科学者・技術者は米国のロケット・宇宙産業の発展の礎を築いていた。急速な変革が起きたこの重要な時期に、宇宙航空機分野での開発や参入の機会を事実上すべて奪われたことは、世界一級の日本の航空機メーカーにとって大きな痛手となった。

日本の航空宇宙・防衛産業は、1950年代以降に再興した。最初は部品メーカーとして徐々に始動し、朝鮮戦争中は航空機の完成品を米国に納入した。その後、日本はC-1輸送機、PS-1対潜哨戒飛行艇など、数多くの国産航空機を開発・製造し、最近ではP-1対潜哨戒機、F-2戦闘機などを開発している。

近年は、ボーイング767/777/787など最新鋭民間航空機の部品製造やロッキードP3C、F-15(ボーイング)といった最新軍用機の共同生産(ライセンス生産)など、日本の航空宇宙・防衛産業は大きく発展しているが、軍事技術や軍用品の輸出制限は依然として足かせとなっている。1967年に始まった輸出制限は、1976年に強化され、最近のいわゆる「武器輸出三原則」の見直しによって、緩和されるに至った。この見直しにより、日本の航空宇宙・防衛産業はようやく世界市場で競争できる可能性が出てきた。

これは千載一遇のチャンスと捉えるべきである。産業界と政府は連携してこの機会をとらえ、長らく世界のトップに遅れをとってきた国力の再生にまい進すべきである。今こそ日本は、航空宇宙・防衛産業を、高付加価値製品、雇用、技術力を備えた世界レベルで競争力のある産業へと変身させ、経済成長と国家安全保障の強化につなげるべきである。

なぜ、今なのか?

  • 日本は現在、国家・地域の安全保障上、深刻な問題に直面しており、高度な防衛能力と抑止力を必要としている。それは国内外における自衛隊の活動を支援する強固な防衛産業基盤に裏打ちされていなければならない。
  • 安倍首相は、日本の将来の経済成長のために「三本の矢」の経済政策を提唱し、3本目の矢として民間の投資を引き出す成長戦力を挙げている。また、首相は日本の防衛力強化と日米安全保障関係の強化を約束している。日本が日米間防衛装備協力に積極的に参加することは、日米同盟関係の強化につながる。
  • 2011年12月と2013年3月の内閣官房長官談話からも明らかなように、日本は武器輸出三原則の見直しを行っている。三原則の見直しや更なる改定により、防衛装備品と技術の輸出が可能になるだけでなく、国際的な共同開発・共同生産、海外での後方支援活動、内外の航空宇宙・防衛関連企業の合併・買収(M&A)、防衛および民生/民間航空宇宙産業の統合・再編も可能になる。
  • 防衛予算の減少がようやく止まった。しかしながら装備品の調達予算は依然として低く、20年前と比較すると20%減となっている。こうした緊縮財政のため、自衛隊は非効率な国内生産に必要なコスト高を負担できなくなっており、国内防衛産業は生き残りをかけての効率化を問われている。

なぜ、航空宇宙・防衛産業の変革が重要なのか?

  • 高付加価値産業による輸出を増加させることができる。日本企業は航空宇宙・防衛関連の輸出により、新しい国際市場に参入できる。日本は基本的にハイテク・高付加価値生産に秀でており、品質や納期に関する信頼性が非常に高く、規律順守や知的財産権の保護、長期的な調達や計画立案などにおいても優れている。
  • 航空宇宙・防衛産業の変革により、コストを圧縮し、当面の課題である生産効率の向上を実現できる。
  • 「パートナー・キャパシティ・ビルディング(PCB)」戦略の推進により、日米同盟と地域の安全保障に貢献する。また、共同調達とグローバルな部品供給のニーズに対応し、アジア太平洋地域における米軍の運用を支援できる。
  • 国内の良質な雇用を創出する:世界市場への販売が見込める航空宇宙・防衛産業は、国内で質の高い雇用を増やし、失業率低下と税収増につながる。この産業は、科学分野での学歴と経験のある労働者の需要を喚起し、技術、工学、数学分野の能力開発を促す。この産業の成長により国内の民生産業が強化され、必要とされる人材を提供できる大学の関与を促す。
  • 国内の防衛技術基盤を一層高め、日本が最先端防衛技術と国際標準に適合できるようになる。日本独自の防衛力の強化を進めることで、日本固有のニーズに合わせた独自技術を開発することや防衛装備品の輸入依存度を下げることが可能となろう。このことは設計、研究開発など、価値連鎖におけるより高いレベルの経済活動を増やすというメリットもある。さらに、主権、独自の運用・安全基準、自律運用、きわめて重要な防衛技術なども考慮すべき要素である。
  • 非防衛産業振興のための投資:先進諸国の事例に見られるように、防衛産業の発展は他の産業の発展をもたらす。防衛技術はエレクトロニクス、コンピュータ、民間航空機産業などに応用できる。防衛産業で開発された技術とプロセスの活用が国内ロボット工学産業に恩恵をもたらす可能性もある。複雑な防衛システムの設計技術は、ITネットビジネスの構築にも応用が可能であり、防衛産業の人材は民間にも移転できる。
  • 海洋領域認識(MDA)および海底資源防衛の強化:領海内における潜在的な油田・ガス田等の資源保護は、日本の国益にとって極めて重要である。これらの資源の採掘は、日本のエネルギー輸入依存度を軽減することができる。今後、日本の広大な領海、排他的経済水域(EEZ、面積は世界第6位)および海上交通路(SLOC)をカバーする海洋領域認識能力の開発には航空宇宙・防衛産業の参画が必要となる。また、海洋の監視、省庁間・国家間で共用可能な運用状況図(COP)の作成、シーレーンの安全確保・安全保障、国内資源および海洋資源の保護などの分野においても航空宇宙・防衛産業の役割は重要である。
  • 国際公共財の確保:海洋領域のみならず、宇宙空間およびサイバー空間も国際公共財としての重要性が高まりつつある領域であり、同盟国間の信頼確立に不可欠である。

進展と楽観論にもかかわらず、日本の航空宇宙・防衛産業の成長と改革を阻止しかねない制約や障害は依然として存在する。政府は、高齢者向けの社会福祉・医療費、その他成長分野への刺激策の重視、債務返済など、防衛産業にとって逆風となる経済面での優先課題を打ち出している。国家レベルの航空宇宙・防衛戦略がなければ、この産業の成長と輸出拡大への政治的意思は困難に直面するだろう。相対的な円高の継続は、日本にとって外国企業買収の魅力を高めるが、海外顧客への輸出コストは増す。一方、産業政策によって国産の航空宇宙・防衛産業を過度に保護すべきではない。日本の航空宇宙・防衛産業は、継続的な競争により生産の効率化を実現すると共に取得改革により互恵的で開かれた市場での調達を実現することによって、初めて真の競争力を得ることができる。

日本の産業を振興させるチャンス

日本は防衛分野の競争力を、一足飛び(リープフロッグ)の技術開発により伸ばすことができる。明治維新後、日本は帆船時代を飛び越し、蒸気機関による強大な海軍を発展させて先進国を驚かせた。

  1. 「リープフロッグ(Leapfrogging)」:本稿においてこの用語は、既存技術とは基本的に異なる技術を開発するプロセスを指す。リープフロッグとは既存技術では解決できない新しい問題を解決できる新しい能力を備えた革新的技術開発のことである。
  2. リープフロッグの可能性をもつ技術の例:イノベーションのための投資によって「リープフロッグ」となり得るいくつかの技術がある。「リープフロッグ」への投資により防衛および民間の両分野での利用が可能になるであろう。たとえば、3D(3次元)印刷(積層造形技術)は「第3次産業革命」とも呼ばれ、プロトタイピングと小型部品の製造を変える可能性を持つ新しい技術である。そうした新しい技術を最初に実用化する企業が市場トップの座を得るだろう。また、日本は長年にわたりロボット技術に投資してきており、防衛分野に応用すれば新たな可能性が広がる。防衛用ロボット工学の分野においても民生用と同じように、人口減少による人員不足を補完できるような新しい方法を見出す必要が出てくる。さらに、スマートグリッドや燃料電池などのエネルギー関連技術にも期待できる。日本ではなおエネルギー効率が優先事項であり、燃料電池やスマートグリッドなどによってエネルギー効率向上が期待できる。しかし、こうした技術を広めるには、コスト低減と効率改善への投資と共同が必要である。
  3. M&Aによって急速に強化できる補完能力:相対的な円高により、日本の防衛関連企業は海外の航空宇宙・防衛企業を買収しやすい状況にある。買収によって日本は、国内防衛産業を発展させる新しい能力を短期間のうちに得ることができるであろう。それらには特許技術や研究開発などが含まれる。また、買収により世界市場でのプレゼンスを確立できる。主要な輸出市場で販売チャネルと製造能力を確立している企業を買収することが望ましい。買収を足がかりとして、その国を拠点にパートナーシップや合弁事業、製品開発などを行い、外国市場におけるプレゼンスを高められる。
  4. 国内の航空宇宙・防衛産業の統合・再編とM&Aの可能性:日本の防衛関連企業は国内企業間の提携により、新たな防衛能力を作り出すべきである。世界的にも防衛予算は減少しており、効率性の改善と世界市場における競争力の強化に向け、日本の産業も他国同様に再編の必要性があるだろう。
  5. 日本政府は航空宇宙・防衛産業の推進にむけてより大きな役割を果すことができる。
    1. まず、日本の防衛産業の競争力向上のため、政府の税制優遇策や最先端の生産設備、次世代防衛プロジェクトに使用する治具・ツールなどへの直接投資が有効と思われる。産業政策では防衛関連生産の定常的(recurring)費用に対する政府補助金ではなく、長期的で非定常的(non-recurring)な投資に重点をおくべきで、そのことにより日本の製造・サービスのコストを世界市場の標準に近づけることができる。長期的な政府投資は、最新鋭の生産・試験能力、運用支援・研修施設、ハイテクのメンテナンスセンターなど、アジア・太平洋地域における防衛産業中心拠点への道筋となり、将来的に日本の航空宇宙・防衛産業の競争力を高める強力な事業基盤となろう。
    2. 基礎科学分野における研究開発費の増額:将来的に防衛予算を増額することにより、政府が基礎科学研究の分野で予算面での支援を行うことが可能になる。この投資は日本経済全体に広く恩恵をもたらすであろう。政府による基礎科学研究への資金援助は、リープフロッグ技術開発を可能にする知識の基礎を築くことになる。また基礎科学への資金援助は、当面、利益を生んでいなくても長期的に繁栄をもたらす可能性のある研究活動を支援することである。
    3. (資金援助を含む)政府の諸施策は、防衛プロジェクトの政府間協議において国際企業間の対話と参画を促し、さらには輸出と国際協業の推進において政府機能を補完する非政府組織の設立を促すことになろう。

日米間の協力分野

日本はまず、米国など主要同盟国との関係を含めた防衛産業戦略を明確にしなければならない。

  1. 戦略は共同事業の推進力になる:双方のステークホルダーの支持なくして日米間の防衛産業協力の拡大は困難である。防衛産業の戦略策定に際して最も重要なことは、まず日本政府内で達成すべき目標とそれらの目標を達成する方法について合意を得ることである。しかしながら、米国との防衛産業協力は日本の利益にもなることでもあり、まずは控え目な協力案件を契機として、具体的な活動を通じて日本の防衛産業と政府が一体となることが望ましい。
  2. 国家レベルの防衛産業戦略の必要性:複数の主要省庁(内閣官房、防衛省、経済産業省、文部科学省、国土交通省など)が関わり、重要防衛技術と産業基盤、官民の役割、国際協力・安全保障政策、日米安保体制などを包含する一貫性のある戦略を確立する必要がある。さらに、この戦略により日米防衛産業協力についても示されるべきである。
  3. 既存のパートナーシップとプロジェクトの拡大:日米間にはすでに、F-35戦闘機とSM-3弾道弾迎撃ミサイルという2つの重要な防衛産業協力が存在する。これらの産業協力をさらに拡大することを含め、日米協力には技術輸出など多くの機会があるだろう。輸出可能な防衛装備品およびサービスの開発は、高賃金・高度技能の雇用を伴うものであり、日米両政府と産業界にとって優先事項であろう。しかしながら、まず日本は、米国およびこの地域の安全保障を支援、補完するような防衛産業に関する国策を明確にすることが必要であろう。
  4. 新しい協力分野:両政府は先ごろ、宇宙協力に関する包括的日米対話を行った。日米両国は、民間宇宙開発と運用において長年にわたる協力関係を築いてきている。日本は宇宙基本法(2008年)の制定により、安全保障分野における宇宙の利用が可能になったため、防衛分野における宇宙利用の日米防衛産業協力の可能性が出てきた。同様に、海洋領域認識やサイバー・セキュリティなど、日米安保体制に基づく緊密な二国間および多国間の協力と協調が求められる領域において、防衛産業協力の可能性が出てきた。
  5. 輸出促進コンソーシアム(仮称):日米企業・政府の指導者が、共同輸出コンソーシアムを日本で立ち上げる可能性もある。こうした非政府組織は、輸出と国際共同を推進し、日本の航空宇宙・防衛産業の発展を推進することができるだろう。そうなれば、中小企業でも効率的に武器輸出管理の要件を満たし、市場ニーズに基づいた判断をすることがより容易になろう。コンソーシアムにおいては、日米間ですでに存在する企業間の強い結びつきを活用できる。また、航空宇宙・防衛産業に関して日本政府に対する提言や答申を行う役割を果たせる。さらには、日米の産業界の代表が対話し、理解を深める場にもなり得る。
  6. その他の協力分野:日米は他の分野においても防衛産業協力を拡大が可能である。米国の防衛関連企業は対アジア輸出に強い関心を持っている。日本企業はこれまでもアジア全域において長い経験と事業関係を持っており、アジア地域での存在感を高めたい米国企業にとって経験豊富なパートナーになるだろう。

この地域における脅威の高まりを受け、防衛戦略と防衛力双方の変更が要求される今、日本は急激な転換期を迎えている。最近の変化は、日本の航空宇宙・防衛産業に対して、国家安全保障の強化とともに雇用、技術革新、高付加価値輸出品の拡大によって日本経済を大きく前進させるチャンスを開いた。産業界と政府が協力してこの千載一遇のチャンスを活かすことができれば、日本の未来は明るいだろう。早急な実現に向け、本稿が一助となれば幸いである。

本コラムの原文(英語:2013年4月2日掲載)を読む

2013年5月13日掲載

2013年5月13日掲載

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