2012年の中国のGDP成長率は8%を下回る見込みである。研究者や国際機関は7.8%と予測しており、2011年より1.4ポイント、第11次5カ年計画 (2006-2010年) 期間中の年平均より3.4ポイント低い。それでも2012年の成長率は政府目標の7.5%を上回り、第12次5カ年計画(2011-2015年)の目標7.0%を大幅に上回る。
中国政府は雇用確保のため、8%成長を最低ラインと位置づけてきた。しかし2012年第3四半期の7.7%成長率を前年同時期と比較しても、2012年9月の時点で目立った雇用ショックは起こっていない。都市部の登録失業率は4.1%で、有効求人倍率(公共職業安定所における求職者1人あたりの求人数)は1.05で、双方とも前年水準にとどまった。
この現実について、一貫性のある説明が必要である。なぜ中国社会は雇用圧力を受けないで成長の減速を受け入れられるのか。一方、これまで中国が長年の間、直面してきた雇用問題はすでに過去の問題なのか、答える必要がある。本稿においては関連する問題を分析し、中国における雇用情勢の現状と将来の問題について述べたい。
1. 労働市場の変化が潜在成長率を低下させる
少子化に伴い、長期間にわたって人口構造が変化した結果、人口の年齢構造も大きく変わった。第6回全国人口センサスによると、15-59歳の人口の割合は2010年をピークにその後、低下傾向にある。2010-2020年の間にこの年齢層は2930万人減少すると予測されているが、これは労働力供給の大幅な縮小を意味する。
2つの理由で、一般的に生産年齢人口とされる15-64 歳ではなく、本稿では15-59歳を生産年齢人口として扱う。第1に、定年退職年齢は男子60歳、女子55歳であり、第2に、中国の生産年齢人口のうち、年齢層が高いほど教育レベルが低いからである。たとえば、平均9年間教育を受けている20歳と比べ、60歳では平均6年しか教育を受けていない。この結果、平均的な労働者が定年以後に仕事を見つけることはほとんど不可能である。
同時に、経済成長に伴い、労働需要が高まっている。2001-2011年の間、都市部の雇用者数(正規の都市労働者数と出稼ぎ労働者数の合計)は1億1500万人増加した。この数を労働需要とすると、次の10年で労働需要が半分になった場合でも労働供給をはるかに超える。
30年間以上にわたり、中国は目覚ましい経済成長を続け、人口構造の変化によってもたらされた人口ボーナスの恩恵を享受してきた。つまり、(1) 絶対値でみた成長と生産年齢人口の比率上昇により、十分な労働供給が保証されてきた (2) 従属人口指数(生産年齢人口に対する依存人口の比率)の継続的な低下によって高い貯蓄率がもたらされてきた (3)労働力の無限の供給によって資本投資の収益率の低下を回避できた (4) 農村部から都市の非農業部門への労働力の大量移転によって資源が効率的に配分され、全要素生産性(TFP)向上に寄与した。人口要素が変わるだけで、これまで中国の経済成長を支えてきた要因すべてが縮小していくだろう。
労働力の減少、固定資産投資の成長停滞、TFP成長の若干の低迷という状況を仮定すると、中国の潜在成長率は、第11次5カ年計画の10.5% から第12次5カ年計画では7.2%、さらに第13次5カ年計画(2016-2020年)には6.1%に低下すると推定される。潜在成長率の急落は、2010年に生産年齢人口が増加から減少に転じた根本的な変化によるもので、注目に値する。
2. 中国社会は低成長でも問題ない
潜在成長率とは定義上、生産要素すべての完全雇用を前提とした経済成長率を指す。つまり、潜在成長率を超えて経済が成長している限り、景気循環的な失業ショックは起こりえない。そのため、2012年に成長率が8%を切ってもこれまで同様、労働市場ショックは起こらない。
中国の政策担当者は成長率を上げるためにもっと積極的な対応策をとるべきだろうか。逆に言うと、より急速な成長は良いことなのか? 答えはノーである。実際のところ、雇用圧力の緩和が中国にとって朗報である理由は、経済のバランスを取り戻す絶好の機会になり得るからである。中国の成長率を人為的に操作し、潜在的生産能力との整合性をとろうとすれば、バランスを取り戻す機会を逸するだけでなく、長期的な経済成長の持続性を損ないかねない政策上の誤りを招く可能性がある。
成長が鈍化すると、経済学者と政策担当者は潜在成長率を上回るよう、積極的に取り組もうとする。研究者は、都市部におけるインフラ整備の潜在需要や中西部開発など、数々の「これからの成長のポイント」を提案し、政府も成長促進のための政策手段には事欠かない。大規模投資につながる産業政策、地域政策、景気対策の実施等である。
前述の政策提案・実施では、経済成長の要素のうち、需要の拡大が念頭におかれている。長期間にわたって実際の成長が潜在成長率を上回り続けば、過剰設備、比較優位からの逸脱、インフレ、さらにはバブル経済等、さまざまな歪みが生じて経済に悪影響を及ぼし、中国経済がバランスを取り戻す機会はますます遠のいてしまう。
実際のところ、現在の需要要素は潜在成長率と完全に一致しており、中国経済のバランスを取り戻すのに十分である。2001-2011年の間、中国の国内総生産(GDP)の年間成長率に占める需要の構成要素のうち、最終消費が4.5ポイント、資本形成が5.4ポイント、財・サービスの純輸出が0.56ポイント、それぞれ占めていた。次の5-10年の間にGDP成長率に占める純輸出の寄与がゼロ(0.0ポイント)、資本形成の寄与が上記から半減(2.7ポイント)、消費の寄与度は変化なし(4.5ポイント)、と大まかに仮定すれば、総需要要素は総計7.2% となり、第12次5カ年計画で推定される潜在成長率と完全に一致する。
潜在成長率は完全雇用を前提としているため、潜在成長率の下落によって雇用拡大を妨げられ、居住者の所得増加が鈍化することはない。つまり、消費需要の成長は不変という仮定は妥当である。結局のところ、刺激策による人為的な需要創出は有害のみならず、不要である。
3. 中国の雇用情勢をめぐる将来への課題
ルイス転換点を迎え、人口のボーナスが消えた後、中国経済は二重経済モデルから新古典派的成長へと、加速度的に変化を遂げた。これに応じて、中国の労働市場も新古典派型へと移行している。つまり、中国の労働市場は雇用の総量ではなく、構造と摩擦の問題に直面している。以下では主に2つの問題とその対応策について述べる。
第1の問題は出稼ぎ労働者による労働供給の正常化である。出稼ぎ労働者は都市の雇用拡大に多大な貢献をしてきた。2011年には、出稼ぎ労働者が全労働者数の35.2%、都市部における全労働者数の65.4%を占めた。しかしながら、現在の制度的な制約によって、都市部の出稼ぎ雇用は不安定で不十分な状況におかれている。都市部に6カ月以上居住している人口の割合(公表されている都市化水準)と、非農業人口率(もしくは非農業「戸口」=戸籍)の差で見ると明白である。2011年の都市化率(統計公表値)は51% だったが、非農業人口率は全人口の35%に過ぎなかった。
この16ポイントの差が意味することは何か。出稼ぎ労働者(6カ月以上故郷を離れ都会に暮らす労働者)は都市人口に数えられているが、社会保障制度、最低生活水準の保障資格、子供の義務教育等の都市公共サービスを享受できないのである。このような苦しい立場にある都市部の出稼ぎ労働者は、不安定な労働力となっている。
新古典派的労働市場では失業は3つのタイプに分類できる。(1) マクロ経済変動に伴う循環的失業、(2) 雇用者が求めるスキルと求職者のミスマッチにより生じる構造的失業、(3) 労働市場における情報の非対称性から生じる摩擦的失業。構造的失業と摩擦的失業はマクロ経済変動に左右されないのでこの2つは合わせて自然失業率(NAIRU)と称される。推計によると、近年、中国都市部の自然失業率は約4.0-4.1% 程度で推移しており、都市部市民の失業率と全く同水準なのは単なる偶然ではない。(図2)
都市部の失業率には都市部戸口の住民しか登録されておらず、都市部の失業率が都市部の自然失業率と同一ということはつまり、都市の住民は構造的失業と摩擦的失業の対象になり得るが、循環的失業のリスクにさらされるのは出稼ぎ労働者のみ、ということだ。過去数十年の間、特にマクロ経済の浮き沈みに合わせ、出稼ぎ労働者は大幅な人手不足に直面したかと思うと、農村への帰還を余儀なくされることもあった。
2つ目は、産業構造調整によって必要とされる労働者の技能の問題である。中国が高所得国になるにつれ、労働集約型産業から資本集約型産業へ、そして製造業からサービス業への労働移転という形で産業構造調整が加速度的に進むだろう。現在の人的資本の部門別分布を基にすると、第2次産業の労働集約型労働に従事する労働者が第2次産業の資本集約型労働に移行するためには1.3年の再教育が必要で、第3次産業の技術集約型労働へ移行するには4.2年の再教育が必要になる。
教育期間の延長化には時間を要する。たとえば、義務教育の急速な普及と高等教育の発展にもかかわらず、16歳以上人口の教育期間は1990年から2000年の間に6.24年から7.56年へと、1.32年間延長されたにとどまった。2010年には8.9年で、10年間に1.34年延長されたに過ぎない。
要するに、産業を高度化させ、若い労働者を自然失業率のショックから守るため、中国にとって近い将来、労働者の教育技能向上は不可欠となる。現在の労働力不足は熟練労働者と未熟練労働者の賃金を収斂させ、ひいては子供に教育投資しようという家計の動機を弱めてしまう。労働市場に参入する若い労働者は、今は学歴がなくても簡単に仕事を見つけられるが、産業構造の変化に伴って将来的にスキルが時代遅れになってしまうと、構造的失業にたびたび直面するだろう。
4. 結論および政策提言
二重経済モデルから新古典派的成長へ移行する過程においては、経済成長促進による雇用創出から、労働市場の発展と公共サービス向上による自然失業問題への取り組みへと、雇用政策の焦点も同時に移行すべきだろう。特に中国がおかれている現状況においては、労働力供給を安定化・拡大化し、十分な生産要素の投入によって経済成長を加速させることが重要である。
中国経済は比較的完全雇用に近い発展段階にあって、成長パターンのバランスを加速度的に取り戻せるような労働市場環境にあるといえる。一方、労働問題は解決されたのではなく、問題の質が変わった。つまり、中国の労働市場が直面する最大の問題は不完全雇用ではなく、構造的・摩擦的なミスマッチへと変わり、公共政策による対応を要する。
最初に、安定した労働力供給のための制度的環境を整える。労働力不足は新古典派経済の特徴であり、省力技術に代表される産業への転換を引きおこす。しかしながら、豊かになる前に高齢化社会を迎える中国では、人件費は上昇したが、いまだ技術・資本集約型産業の比較優位を得るには至っていない。他方、中国は制度改革をすることで労働力供給の可能性を生かせるだろう。
たとえば、戸口制度改革と、社会保障制度、最低生活水準の保障、職業訓練、子供の義務教育等の公共サービスの制度構築により、労働力の可動性と就労率を向上させ、さらには労働集約型産業を沿岸部から内陸部に移転できるだろう。このような方策をとれば中国は人口ボーナスを延長できる。
次に、教育訓練への公共支出を増やし、産業の高度化に必要な人的資本を蓄積する。短期的な教育インセンティブと長期的な技能の需要の間の現在の矛盾は、移行期特有の現象である。このような労働市場の失敗を是正するには公的資金を増加し、教育インセンティブを高める必要がある。学校で教わる技能と労働市場で必要とされる技能のミスマッチや、教育の不十分な既卒者の再教育といった現在の問題に取り組むべきで、教育の拡大に消極的になってしまってはいけない。