本稿は、Dale W. Jorgenson and Khuong M. Vu, "The Rise of Developing Asia and the New World Order," Journal of Policy Modeling, September-October 2011(デール・W・ジョルゲンソン、姜明武「新興アジアの台頭と新世界秩序」)を基にしている。
http://www.economics.harvard.edu/faculty/jorgenson/files/JPO5926.pdfを参照のこと。
世界経済が2007~2009年の世界同時不況から抜け出していく中、日米など先進国の成長回復は鈍調で断続的な状態である。国際的な不均衡と財政再建は、政治的・経済的に以前にも増して差し迫っている。順調な回復を目指すには、不況対策のための政策からうまくシフトしていくべきだろう。かつてない予想外の出来事によって、回復が中断されてしまうのだろうか。
景気回復への明らかな脅威となっているのは、欧州の政府債務危機が悪化の一途をたどっている点に加え、スペインやイタリアなど大国の財政・金融危機に国際機関が対応できていないという点である。新興経済国はそれぞれ異なる課題に直面しているが、困難な状況にあることでは共通している。中国は金融危機への対応策として大幅に貸出を増加させ、その後インフレ圧力が高まったが、うまく対応できるのだろうか。インドは急速な成長を犠牲にすることなく財政再建を実現できるのだろうか。
本稿では、世界経済の短期的成長への脅威(この点も大変な問題である)ではなく、今後10年間の成長潜在力に焦点をあてたい。世界経済のファンダメンタルズは良好である。また、20年以上前に転換点となった、中国やインドの改革以降の新しい動向を認識すべき時期にきている。世界経済の大幅な再構成が進み、今後10年間のうちに完了するだろう、というのが私の持論である。
新興アジア(Developing Asia)の台頭について主に考えてみたい。新興アジアとは、日本を除く東アジア・南アジアの16カ国・地域を指している。この中には、世界第1位・2位の人口大国であるとともに、最も急速に成長を遂げている中国とインドが含まれる。また、香港、韓国、シンガポール、台湾といったアジアの新興工業国・地域も含まれる。新興アジアは、2007~2009年の世界同時不況から抜け出し、成長トレンドはほとんど影響を受けていない。1990年代のアジア通貨危機から教訓を得たことに加え、不況に備えて多額の外貨準備を行ったことも背景にある。
今後10年間に現実のものとなる、世界経済の主なトレンドとして第1に挙げられるのは、中国が米国を追い抜くという点である。2010年の経済動向で最も話題になった1つは、日本が中国に世界第2位の経済大国の座を譲ったことであった。購買力平価換算では、5年以上も前に中国が日本を追い抜いている。あの騒ぎはなんだったのか。2010年には、購買力平価換算ではなく、為替レート評価で中国が日本を追い越したのだ。国際通貨基金(IMF)が2011年4月に発行した『世界経済見通し(World Economic Outlook)』では、2016年に中国が米国に追いつくと予想される。半世紀以上にわたり米国は世界最大の経済大国の地位を維持してきたが、世界銀行が定義する購買力平価換算で中国が世界第1位となるのは、2018年になるだろうというのが私の結論である。
第2に、新興アジアがG7を追い抜くという点である。主な原動力は中国の急速な成長であるが、インドも大きく寄与するだろう。アジアの虎(香港、シンガポール、韓国、台湾)は引き続き低成長の見込みだが、香港以外では世界経済の水準を上回る高成長が見込まれる。インドネシアの成長は、世界経済の水準と同程度になるだろう。最後に長期的な展開として、インドが日本を、ロシアがドイツを、ブラジルが英国をそれぞれ追い抜いて、2020年には、中国、米国、インド、日本、ロシア、ドイツ、ブラジルによる新しい世界経済秩序が出現するだろう。
以上は各国の政策担当者にとって、何も目新しいことではない。2009年には、先進国とブラジル、ロシア、インド、中国など主要な新興国・移行経済諸国を含むG20が国際協議の場としてG7に取って代わっている。G7は、日本や米国など主要先進国6カ国のグループとして1975年に設立され、1976年にカナダが加盟した。ブラジル、ロシア、インド、中国の台頭は、今に始まった話ではない。2001年に、ゴールドマン・サックス社のエコノミストのジム・オニール(当時)が「BRICs諸国」という用語を生み出した。BRICs諸国はG20会合前に定期的に部会を開いており、最近になって、G20の一翼を担いながらも経済規模はそれほど大きくない新興国の南アフリカが加わった。
経済成長を予測する際に、「生産性は投入量に対する産出量の比率」との定義を思い出す必要がある。経済成長は、2つの異なるプロセスを経て起こるからである。第1は、雇用と資本量を増やして既存の技術を複製するというプロセスである。産出量の増加は、投入量の増加に比例するため、生産性の増加には何ら寄与しない。第2は技術の変化によるイノベーションであり、第1のプロセスに比べ、はるかに困難でリスクも大きい。しかしながら、イノベーションは産出量の増加が投入量の増加を上回る可能性を生み、その結果、生産性が上昇する。米国経済の成長源として、投入量の増加は生産性を大きく引き離している。世界経済のみならず、以下で取り上げるすべての経済圏において技術の複製がイノベーションを上回っている。
2005年以降、世界経済の生産性上昇率はマイナスであった。そこで、「生産性向上とは技術の変化を反映しているのになぜマイナスになるのか」という矛盾が生じる。既によく知られている技術を忘れることなどあるのだろうか。2005年以降の時代は2007~2009年の世界金融危機一色であったことが、その答えである。そのため、潜在的産出量(資本の供給量、労働投入、生産性によって決定)と実際の産出量との間に大きな差を生んだ。実際の産出水準は、金融危機に伴って減少した総需要も反映されている。2005年以降のマイナスの生産性上昇率は、技術進歩(プラス)と、産出量ギャップの拡大(マイナス)の双方を反映している。2005年以降、マイナスの生産性上昇率はG7各国共通の特徴となっている。
実際の成長予測はIMFなど、国別情報を持つ機関にお任せするとして、ここでは経済の潜在成長力に限定して分析したい。主要国における人口統計と技術の動向を見てみよう。たとえば、米国の人口と労働力の増加は若干鈍化するものの、比較的好調に増加するだろう。ドイツ、日本、ロシアでは、人口と労働力の増加率はマイナスに転じる。インドの人口は中国より急激に増加するだろう。
世界の経済成長は1995年以降、好調な回復を見せている。GDP成長率は1990~1995年の2.20%から、1%以上伸びて1995~2000年には3.37%となり、2000~2005年には3.71%へと上昇した。2007~2009年の世界金融危機の影響を受け、予想された通り、2005~2009年の世界のGDP成長率は、3.06%に低下した。経済成長率が2.20%の場合、世界全体の産出量が倍増されるのに32年を要するが、3.71%の場合には19年未満で産出量が倍増される。より急速な成長が意味するところを容易に理解できるだろう。
2010~2020年の米国における1人あたりの産出量の上昇率は、教育や経験による労働力の質の向上が鈍化することが主因となり、1990~2009年水準から下落するだろう。ベビーブーム世代がすでに退職し始めており、平均的な経験水準が低下している。教育制度を修了する年齢層の学習到達度は、30年以上にわたって横ばいで推移しており、その改善は難しいだろう。このような影響から、労働投入量の上昇率が低下し資本深化率(1人あたりの資本投入量の成長率)も低下するだろう。
第2に、労働力の増加率が多少低下することから、米国のGDP成長率は、1人あたりのGDP成長率低下の幅より若干ではあるが、低下する。要するに、米国の過去20年間の成長率を維持するのはほとんど不可能なのだ。技術の進歩とそれに伴う資本深化について極めて楽観的な前提に立つ場合に限り、成長率維持の可能性が見える。2005年以降と1995年以前のような低い生産性上昇率が続いていることを踏まえ、悲観的なシナリオも示したい。ここで留意が必要なのは、この種の予測には不確実性がつきもので、楽観シナリオと悲観シナリオの間には大きな隔たりがあるという点だ。
日本の1人あたりGDPの上昇率は1990~2009年には1.78%であったが、労働力の質的向上が若干低下し、資本深化率が継続的に鈍化し、1.40%に低下するだろう。しかしながら、日本の労働力成長率が引き続き低下すると、1990~2009年には0.84%だった経済成長率が2010~2020年にはわずか0.43%に低下する。以上の予測にも相当な不確実性が伴う。1995年以前と2005年以降のような低い生産性上昇率が続くと、日本の経済成長率がゼロになるが、1995~2005年の生産性上昇率のような高い水準になれば、年間1%の成長率も可能である。
世界経済の成長率は、過去20年間の好調な成長と比較して0.25パーセント・ポイント未満低下する見込みである。世界中で労働力成長率が鈍化し、それに伴い資本深化が減退することが主な原因である。G7諸国の成長は、過去20年間すでに低水準で推移しているが、今後さらに低下するだろう。新興アジアの高成長も鈍化する見込みだが、G7諸国との成長率の差は、4パーセント・ポイント以上の開きになると思われる。
最後に、新興国・移行経済諸国である。中国とインドの見通しは今後もかなり楽観視できるが、両国間で大きく異なるだろう。中国の成長率は、過去20年間の超高成長と比較すれば低下するものの、年間7.5%前後の水準を維持するだろう。インドの成長率は、6.5%に上昇するが、大幅な財政再建を回避できるレベルには至らない。ロシアは、20年以内に経済規模を倍増できる水準で成長し、2019年にドイツを追い抜くだろう。ブラジルは、世界経済と同等レベルで成長し、2012年に英国を追い抜くだろう。
日米に関する予測には、大きな不確実性が伴うという点を強調したい。各主要国に関する予測についても同様である。たとえば、過去30年間にわたる中国の2ケタ成長によって、対内的・対外的に大きな不均衡が生じている。投資の対GDP比は史上最高水準に上昇しているが、個人消費の対GDP比は年々低下している。人民元の過小評価を維持するため外貨準備の積み増しを続けるなど、対外不均衡も問題含みである。いずれの動向も持続可能ではない。
20世紀中盤までの低開発な状態からアジアが台頭したことは、現代における素晴らしい経済的成果である。これはグローバル化や過去数十年間にわたる人的・非人的資本の着実な蓄積に基づいた、新しい経済成長モデルの創出につながった。新しい成長パラダイムでは、官民問わず巧妙なマネジメントが重視される。日本、当時のアジアの虎、そして現在では中国、インドといった国々がこのパラダイムの構築において先導的な役割を果たし、アジアや世界各地の経済発展プロセスを変えていった。
世界経済において日米などG7諸国の役割は、相対的に低下の一途をたどっており、今後も引き続き低下するだろう。そのため、右派・左派のポピュリスト勢力を増長させ、世界金融・経済危機を期に持ち上がった政策課題から関心を逸らしてしまう可能性もある。イデオロギー闘争が起きてしまうと、持続可能な財政・金融政策の策定・実施という課題が未完成のまま、つぶされる恐れがある。
1人あたりGDP換算では、日米などの先進工業国が中国やインドを今後も大幅に上回る状態が続くだろう。しかし、日本やアジアの虎の経験から、欧州や北米以外の地域でも先進国が出現する可能性を示唆する。このような進展が中国、インドなど、新興アジア主要国に波及するのは時間の問題である。一方、日本や米国、欧州において、「新世界経済秩序」に適応する調整プロセスが加速するようになるには、年単位ではなく、10年単位の期間が必要だろう。このプロセスはいまだごく初段階にあり、ビジネス、経済、政治制度への取り組み方の再考が必要になるだろう。