世界の視点から

将来における持続可能なエネルギー供給の確保に向けて

田中 伸男
国際エネルギー機関(IEA)事務局長

国際エネルギー機関(International Energy Agency: 以下IEA)は、6月23日に同機関設立以来3回目となる加盟国による備蓄石油の緊急放出を発表した。1カ月間に6000万バレルの石油の放出を実施した背景には、リビアからの石油供給が途絶しており、情勢の長期化に伴い、その影響がより顕著なものとなっているという問題がある。また、例年夏季に見込まれる季節的な精製需要の増加が供給量不足にさらなる拍車をかけることが予測されており、逼迫した石油市場が脆弱な世界経済の回復の足かせとなる恐れも出てきている。今回のIEA加盟28カ国による一致団結した行動は、産油国からの十分な石油の追加供給がグローバル市場にもたらされるまでの間のギャップを埋めることを意図したものである。

リビアからの石油供給の途絶に関しては、IEAが何らかの行動に出ることなく既に4カ月が経過していたことから、今回のIEAの動きに対して石油市場関係者には驚きがみられた。しかし、IEAはこの間にも数回にわたって懸念を表明してきたし、今後第3四半期にさらなる需要が予想されるにもかかわらず、追加供給量は不十分と見込まれ、これ以上待つことができなくなったのである。このため、我々は世界のエネルギー市場のソフトランディングを確保するため、先制的な対策に出たのである。もちろん、IEAには必要となればより多くの石油を市場に放出する用意があり、今回の供給量は戦略備蓄の全体量からみれば、ほんの一部にすぎない。

IEAは、短期的な石油供給の途絶に対し緊急放出を通じて影響を緩和することを伝統的な任務としてきた一方で、長期的な視点から将来におけるエネルギーの見通しや政策提言を発信し、ベンチマークとなる分析を提供している。IEAのレポートや分析は、エネルギー市場の将来について、コスト、安全保障、環境の面での持続可能性の観点から展望するものである。この作業は、不安定な経済回復、従来の予測を覆した非在来型ガスの生産、気候変動交渉の行方、エネルギー需要の伸びの太宗を占める新興国における政策の方向性、中東および北アフリカにおける政情不安、福島原子力発電所の事故など、多くの不確実性によって複雑なものとなっている。

本稿では、福島原発事故の影響、「ガス黄金時代」の到来に関する議論、日本のエネルギー政策に関する我々の最新の考察を中心に議論したい。

福島原発事故の発生を受け、IEAでは、今後原子力発電のシェアが低下した場合に何が起きるか、というシナリオを作成しており、その中では2035年には総発電量に占める原子力発電の割合が14%から10%に減少すると仮定している。この原子力の減退と、コペンハーゲンおよびカンクンにおける気候変動に関する交渉が期待外れな結果に終わったこととが相まって、温室効果ガスの大気中濃度を450ppmに安定させる長期目標に見合うレベルにCO₂排出量を抑えることが事実上不可能となるであろうことがわかってきた。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によると、450ppmというのは地球の平均気温上昇を50%の確率で摂氏2度以内に抑える温室効果ガスの濃度である。

原子力の減退を補うため、2035年における石炭の需要は石炭換算で1億3000万トン増加する必要がある。これは現在のオーストラリアの一般炭の輸出量とほぼ同量である。ガスの需要については、現在のカタールのガス産出量にほぼ相当する800億立法メートルの増加が求められる。また、再生可能エネルギーによる追加的発電量は460テラワット時に達する見込みで、これは現在のドイツにおける再生可能エネルギーによる発電量の約5倍に相当する。電気料金は上昇し、エネルギー源の多様性が損なわれ、輸入依存度が高まることによってエネルギー安全保障が脅かされ、化石燃料の使用が増えることでCO₂排出量の増加が見込まれる。IEAにおける標準ケースである新政策シナリオと比較した場合、2035年までに発電を由来とするCO₂排出量の増加が約3割加速するものと予測される。既に、ヨーロッパを中心とする各国においては、原子力発電からの撤退を進め、将来のエネルギー源不足に対応するため、再生可能エネルギーの技術開発に向けた取り組みを大幅に拡大する動きがみられる。しかしながら、気候変動問題に対処するためのCO₂削減目標を達成するためには、化石燃料の分野においても投資が必要とされる。ドイツでは、政府が原子力発電の段階的撤廃を完了させる2022年までに、石炭火力発電の大部分を置き換えるものとして、160億立法メートルのガスを追加的に輸入しなければならない。

これは現在高まりつつあるガスの役割を説明するほんの1つの事象にすぎず、IEAは最近、ガスに焦点を絞った「ガス黄金時代」シナリオを発表した。このシナリオでは、非在来型ガスの採掘の拡大による価格の低下を主な要因とし、ガスの消費量が急激に増加するものと予測している。これに関連して、世界の一次天然ガス需要は、標準ケースと比較して、2035年までに約6,000億立法メートル増加し、2010年の3.3兆立法メートルから2035年には5.1兆立法メートルにまで増加する見込みである。これは50%以上の増加率に相当する。予測期間を通じた天然ガス需要の大幅な増加と2020年前後以降の世界的な石炭需要の低下の影響が相まって、2030年より前に天然ガスの世界的需要が石炭を凌ぎ、天然ガスが石油に次いで世界第2位の一次エネルギー燃料となるものと予測される。しかし、このシナリオがガスにとっての「黄金時代」を象徴するものであったとしても、持続可能性という観点からは「黄金時代」とは言えないかもしれない。世界のエネルギー源に占めるガスのシェアが拡大したとしても、それだけでは、地球の温度上昇を摂氏2度以下に抑えるというシナリオに合致したレベルに世界のCO₂排出量を削減するには全く不十分である。我々の分析によると、エネルギー需要は大幅に高まる一方再生可能エネルギーへの転換は限定的であるため、高いガス需要のシナリオにおけるCO₂排出量の低減は微々たるものにすぎないだろうという結果が示されている。

原子力の減退や高いガス需要のシナリオを含め、我々のいずれのシナリオにおいても、再生可能エネルギーを利用した発電の行方が今後の大きな鍵を握っている。また、どのシナリオも、低炭素の燃料の開発のための大規模な投資や省エネルギーの必要性は変わらない。

世界のエネルギー事情における日本の状況、ことに福島原発事故以降の日本について、我々はどのように捉えているか? まず、現時点での最優先課題は、福島第一原子力発電所の損傷したプラントを冷温停止状態にもっていくことである。さらに、電力のピーク需要を削減しつつ、その他の発電源をフル活用することによって、夏場の電力不足を回避することが不可欠である。このクリティカルな局面が収束した後、政府は日本のエネルギー政策の柱である「エネルギー基本計画」の抜本的な見直しを行う予定である。現在の「エネルギー基本計画」では、原子力発電が2030年までに総発電量の50%を供給する、主要電源の1つとして位置付けられている。私は、結論を急ぐ前に、エネルギーの安全保障、コスト、環境問題などのさまざまな要素を十分に考慮した真剣な議論が行われることを切に願っている。ことに、日本の限られたエネルギー資源を考えた場合、原子力からの離脱は化石燃料に対する輸入依存度のさらなる上昇につながるものである。再生可能エネルギーを推進していくことが重要であることは言うまでもない。発電電力量に占める自然エネルギーの割合を2020年代のできるだけ早い時期に少なくとも20%を超える水準となるよう取り組む、という菅首相の発言は野心的なものであり、IEAの450ppmシナリオに向けた施策を超えるものである。エネルギー安全保障の観点から言えば、このような決定は戦略的なエネルギー計画に基づき、慎重になされるべきものである。戦略的エネルギー計画は、その重要要素として、安定かつ安全な原子力による電力供給および日本全域、さらに言えば東アジア地域における電力グリッドの連携の強化を含むものでなければならないと思う。

さらに我々は、エネルギーおよび環境分野における最先端技術の開発によって、日本がエネルギー効率の向上や低炭素経済を実現する上で、引き続き世界を舞台にリーダーシップを発揮していくことを期待している。安全で持続可能なエネルギーの未来を実現するため、IEAは、エネルギー効率、再生可能エネルギー、原子力、炭素回収・貯留技術、スマートグリッドおよび電気自動車などを含む「エネルギー技術革命」の必要性を常に訴え続けている。この問題に特効薬は存在しない。既に有望な進展が各分野で見られるが、日本においてより質の高い、革新的なエネルギー市場を構築することによって、すべての領域で技術革命のスピードをさらに加速させ、確立させなければならない。日本はその持てる低炭素技術を最大限に活かし、将来におけるビジネスチャンスを確実に捉えるべきであろう。

本コラムの原文(英語:2011年7月26日掲載)を読む

2011年9月2日掲載

2011年9月2日掲載

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