グローバル・インバランス(世界的な経常収支不均衡)をめぐる議論では、たいてい巨額の経常赤字と経常黒字の共存が論点となるが、それ自体は特に新しい現象ではない。米国は1980年代にはすでに巨額の経常赤字を抱えており、その大部分はドイツや日本といった黒字国からの借り入れによって埋め合わされていた。この不均衡の背景にはドルの過大評価(その一因は財政支出拡大と金融引き締めを柱とするレーガノミックス)があり、保護主義的措置への懸念が増大した。最終的には、1970年代後半以降下火となっていた国際協調が再開され、プラザ合意(1985年9月)やルーブル合意(1987年2月)といった重要な政策表明により、為替市場への介入や金融政策の協調を通じた為替レートの再調整が行われた。
当時は、グローバル・インバランスの調整負担は赤字国が負うべきとの考えが主流で、黒字国側が調整すべきとの見解に対しては、西ドイツや日本をはじめとするいわば「有利な立ち位置」にあるとされた黒字国からの反発が強かった。しかし、1987年の株価大暴落を受けた金融緩和の結果、日本では金融・不動産バブルが進行し始め、ドイツでも積極的な資金供給や東西統一の信用ショックにより不動産ブームが誘発されたが、いずれも1990年代初頭には終息を迎えた。北欧諸国においても同様の現象がみられたほか、米国でもヘッジファンドLTCMや貯蓄貸付組合(S&L)の破綻に至った。
1990年代に概ね解消されたグローバル・インバランスは、新興市場国の台頭により大きな変容を遂げた。1990年代半ば以降、貿易障壁の撤廃、資本移動の自由化、新技術の普及に加え、鉄のカーテン崩壊という重要な出来事により、世界経済の統合が進んだ。世界貿易は急増し、国境を越えた資本移動の規模は、1990年代半ばの世界GDP比5%前後から、世界金融経済危機直前の2007年には同20%近くまで拡大した。また、世界GDPに占める同期間の対外資産・債務額の規模も150%から350%と2倍以上増加した。
今や世界第2位の経済大国となった中国については、個別に論じる必要がある。2001年の世界貿易機関(WTO)加盟は、中国と世界経済の関わりにおける節目となった。それ以降、中国は経常黒字を拡大し続ける一方、OECD諸国からの外国直接投資の流入が進んでいる。対ドル固定相場制に基づく為替政策と厳格な対外資本流出規制により、中国の外貨準備高はGDP比で約50%、また世界の外貨準備高総額の3分の1に相当する3兆ドルに達した。うち相当部分が米国債で運用されており、これによって米国は大幅な経常赤字を好条件の借り入れで埋め合わせ、利回りを低水準に抑えられている。
また、グローバル化により世界経済において低技能労働力の供給が大幅に増加し、実体経済にも重要な影響がもたらされた。新興市場国は世界経済成長のけん引役となっただけでなく、安価な輸出品、サプライチェーン統合による規模の経済および競争力の拡大を背景に、先進国のインフレ抑制にも寄与してきた。この傾向は、需要増による原油・商品価格上昇によって徐々に相殺されたとはいえ、コア・インフレ(食料品、燃料を除いたインフレ率)には含まれないため、もはやそれほど大きな要因とは考えられなくなった。さらに、一部のOECD諸国では、テイラー・ルールのような単純な規範的政策ルールが示す目標値よりも政策金利が意図的に低く設定されていた。金融市場が適正に機能せず、監督が不十分であったなか、この傾向は過剰なリスクテイク行動やレバレッジを助長し、最終的に金融危機の発生につながった。
歴史的規模といえるこの世界的な経常収支不均衡の現象は、一部には原油をはじめとする商品価格高騰により、主要石油輸出国の経常黒字が大幅に拡大したことを反映しているが、金融市場のグローバル化により投資のホームバイアスが大幅に解消されたされた結果ともとれる。原則的には、こうした傾向が国際的な資本配分の改善につながる限り歓迎すべきである。これは、資本は通常「高きから低きへ流れる」、すなわち、世界における高所得地域から限界資本収益率の最も高い低所得地域へと資本が向かうという前提に基づく。こうして、1人当たりGDPの地域間格差の是正にも寄与する。
しかし、実際には資本はむしろ低きから高きへと流れている。新興市場国は、より質の高い金融市場がある(はずの)米国などの先進国で発行される金融商品に大規模な投資を行ってきた。直近では、先進国の過剰流動性資産が新興市場国の高利回りを求めて、「高きから低きへ」の資金移動が再び拡大している。これは逆説的ではあるが、「過ぎたるはなお及ばざるが如し」かもしれない。新興市場国では適正な資本吸収が困難となってきており、オランダ病(実質為替レートの上昇による輸出圧迫)、経済の過熱、不安定性といったリスクに直面している。
経済金融危機後、グローバル・インバランスは緩和された。多くの先進国で、レバレッジの解消により経常赤字の縮小が促された。新興市場国、商品輸出国、いずれにおいても、一次産品価格の価格下落に伴う景気後退を回避すべく景気刺激策を導入したため、経常黒字が縮小した。しかし現在、グローバル・インバランスが再燃しつつある。商品価格は回復に転じ、新興市場国は高インフレを受け、需要喚起策の打ち切りに入っている。多くの新興市場国や、ドイツや日本などの先進黒字国では貯蓄性向の高止まりが生じている一方、先進赤字国(一部欧州諸国など)では公的債務の増大で資金需要が高まっている。
この現在進行中のグローバル・インバランスに伴うリスクとしては、解消を目指す足並みの乱れが挙げられる(そのリスクは経済危機以前よりもはるかに高い)。赤字国のみでの解消に偏ると、調整によって依然弱含みの世界経済の回復が遅れる。先進赤字国では財政問題により、為替レートや金利の変動が不安定となり、保護主義が台頭しかねない。このような悪化シナリオを回避すべく、黒字国は実質為替レートの持続的、漸進的な調整を受け入れ、赤字国は政府・民間部門の収支を回復させる必要がある。このプロセスは国際協調を通じて促進できるだろう。
この点で、G20による「強固で持続可能かつ均衡ある成長のための枠組み」は、世界の均衡回復に必要なマクロ経済政策と構造政策の間の補完策を見出すうえで、有用な役割を担っている。構造的な政策対応としては、次のような手段が挙げられる。(1)新興市場国において、福祉制度拡充を通じて予備的貯蓄の必要性を解消し、金融システムの成熟により借り入れ制約を緩和する。(2)先進国において年金改革を実施する(黒字国では支給年齢の引き上げを通じて貯蓄性向を低下させ、赤字国では所得代替率の引き下げを通じて貯蓄性向を上昇させる)。(3)先進黒字国において製品市場改革を実施し、国内投資を促進する。(4)先進赤字国において、借り入れによる資金調達に対する優遇措置を撤廃し、貯蓄を促す。
危機が激しさを増す中、先進国から、あるいは先進国間の総資本フローは膠着状態に陥った。これは2010年に入ってから反転の兆しを見せたが、現在、資本の相当部分は新興市場国に向かっている。過去の経験では、こうした資本フローは突然に逆流に転じた場合、不安定性をもたらす恐れがある。銀行危機や通貨危機は連鎖しやすく、比較的長期間にわたって損害をもたらしうる。多くの新興市場国では、これが主な動機となり、外貨準備の積み上げを通じた「自家保険」をかけて不安に備えている。これにより為替レートの調整が阻害され、金融政策が困難となり、その代償も比較的大きい。
したがって、資本流入に伴う不安定リスクを解消するための構造的解決策を図る方がはるかに望ましいと思われる。個別の改革策は多数ある。先進国は、バーゼルIIIの導入と国際金融システム上重要な金融機関(G-SIFI)への自己資本比率規制の強化などを通じて、システミック・リスクへの対処を続けていく必要がある。また、クロスボーダー銀行破たん処理のスキームの策定と実行、そしてシャドーバンキング部門やノンバンクの監視も行うべきである。新興市場国は、より市場を重視した金融システムづくりを推進し、国内金融市場を発展させ、資本収支の自由化を行う必要がある。また、製品市場規制の質的改善を行い、雇用保障の緩和と人的資本の質的向上も図るべきだ。これにより、新興市場国への長期的な資本流入増に加え、債務からより安定的な外国直接投資への転換が進むことが期待される。
しかし、こうした構造政策は(有効ではあろうが)、新興市場国への、現在進行中の短期的資本流入の勢いに歯止めをかけたり、その比重を変更したりするには至らないだろう。この短期的資本流入の急増の背景には、先進国における金融緩和(依然脆弱な景気回復にとって不可欠)がある。流動性資本は収益性を求めて動くが、その投資先として最適なのが金融引き締め(こちらも新興国にとって同様に不可欠)に転じた新興市場国というわけである。
最近の研究によると、経常収支調整においては為替レートにある程度矛先が向かうのはやむを得ないとして、その第一次防衛線となるのがマクロ経済政策とされる。新興市場国は、調整による影響を軽減するため、景気対策としての財政政策を打ち出すこともできる。第二次防衛線は、資本流入による国内の信用バブル発生やそれに伴う金融脆弱化を防ぐという意味で、マクロ健全性政策となる。資本取引規制は、あくまでもその次に来るべきものだ。とはいえ、資本取引規制を最終防衛線と位置づける場合にもある程度のリスクが伴う。すなわち、資本取引規制は、第一次防衛線のマクロ経済政策よりも政治的に都合が良いという点だ(実際、マクロ政策上の失策の埋め合わせもできる)。また、資本取引規制は歪みももたらす。ある国が資本流入を遮断した場合、その影響が他地域へも波及する可能性がある。
こうした資本取引規制の広がりによる負の影響を防止するには、国際監視プロセスを設置し、そこで手順を確立し、各国政策に透明性を持たせると良いだろう。OECDは資本取引政策に関して一連の規約を定めている。これらの規約では、自由な資本移動を最終目標としつつも、各国政府に対し、特定の項目に対する制限の設定や、必要に応じた厳格化を認めている。他方、他国に対してその内容を説明する義務も設けるなど透明なプロセスであるため、ある程度の規律を確保することができる。OECD規約はこの点について考える有用なきっかけとなろうが、これはOECD非加盟国にもすでに門戸が開かれている。
より抜本的な意味では、多様な政策的決定が共存し、経済の安定と成長を推進していくためのメカニズム構築が求められている。そのためには、優先度を設定し、各国の政策から地域間で生じうる負の副作用を最小限に抑えるための、国際的な協調や監視、意思疎通が必要となる。この一環として現在、世界各国のマクロ健全性枠組み強化を目的とした国際的な取り組みが進められている。さらに、G20の「強固で持続可能かつ均衡ある成長のための枠組み」も、マクロ経済政策、構造政策および為替政策のバランスを考慮し、成長見通しの向上やより持続的な財政運営、グローバル・インバランスの再拡大リスクを最小限におさえる役割を担っている。
国際通貨システムの強化にあたっては、協調も必要とされる。最終的に実質為替レートは、政策や経済成長率、インフレ率、財政状態の格差に連動して変化していく。具体的にいえば、新興市場国の通貨は最終的には実質的な上昇を遂げることとなろう。名目為替レートを固定したとしても、賃金や物価の調整を通じて為替の変動が起こり、インフレ予想の乖離リスクがあるため、代償を伴う恐れがある。現下の根強い為替不均衡により、持続不可能な対外不均衡が生じる可能性がある。したがって、経済の基礎的条件に沿った為替レート連動を促し、名目為替レート調整が安全弁として然るべく機能するよう、構造改革を実施する必要がある。逆に改革が実施されない場合、為替レートの乱高下による損失も相当なものとなろう。
ここまで述べてきたことから、グローバル・インバランスは依然として最大の懸念事項であるということが結論づけられる。本質的には3つの課題に集約できる。うち2つは構造的、残り1つは景気的な課題だ。本稿で取り上げた構造的課題についてまとめると、1つ目は、一部の主要先進国における純貯蓄を増加させ、新興市場国を含む黒字国(新興国だけではない)における純貯蓄を減少させることだ。そのためには、新興市場国は社会福祉制度の拡充と金融市場の成熟に取り組み、一部主要先進国ではレバレッジ優遇措置を緩和すべきである。
2つ目は、先進国から新興市場国への総資本フローを安定して維持することだ。これには先進赤字国の国内貯蓄による資金調達の増大が必要だが、世界的な格差是正において極めて重要である。また、特に新興市場国における資本収支の一層の自由化や製品市場規制の質的改善が求められる。短期的な課題は、先進国の過剰流動性資本が収益性を求めて新興市場国に流れ込み、オランダ病や経済の過熱、不安定性、そして保護主義の台頭が起こりうる点だ。これは、為替レートの調整、景気対策としての財政政策、そしてミクロおよびマクロ健全性政策手段を組み合わせることによって阻止すべきである。資本取引規制は、あくまでも最終手段でなければならない。