中国が世界第二位の経済大国になり、その対外政策が大きく国際的な影響を与えるようになった。「中国標準2035」は日本経済新聞の誤報であるので(注1)、本稿では中国の対外政策の代表的なものである「一帯一路」構想の動向と国際的な影響についていくつかの研究成果を紹介する。
「一帯一路」構想に賛同している国々
「一帯一路」構想(Belt and Road Initiative)は2013年にカザフスタンを訪問した習近平によって提案された。「一帯」は中国の西側から中央アジア、欧州に通じる陸上地域一帯であり、「一路」は東南アジアからアフリカの東海岸までに通じる海上ルートである。その後、対象地域は拡大しつづけ、東、中央、東南アジア、中東、アフリカ、東欧、南米も含む世界全体に広がっている。2020年11月の時点で、中国が協力枠組みの協定を結んだのは138カ国、30の国際機関であるが、公式な国のリストが存在せず、銀行や国際機関等は70カ国程度という数を上げることが一般的である(Lo2020)。なお、米国、日本、インドはこの構想に含まれていない。欧州はこの構想に好意的であるが、フランスやドイツは中国の市場開放が先としている。一方G7の中ではイタリアが2019年にこの構想に参加している(Lo2020)。
プロジェクトの規模
「一帯一路」構想の具体的なプロジェクトは曖昧であり、どれが関連プロジェクトであるかを指定することは難しい。中国政府の2016年の発表では9000億ドルをアジアインフラ投資銀行(AIIB)、シルクロード基金、国家開発銀行を通じたプロジェクトに配分するとしている。上海復旦大学の推計によれば、2021年は144カ国に595億ドルの融投資が行われた(Wong2022)(注2)。オックスフォード・ビジネス・グループ(研究機関)は2951のプロジェクトがあり、総額で3兆8700億ドルになると推計している(Lo2020)。フラッグシッププロジェクトとしては、パキスタンのCPEC(中パ経済回廊)とそのグワダール港開発がよく挙げられる(小田2018)。
「一帯一路」構想の国際的影響
「一帯一路」構想の批判は、政治的軍事的な拡大意図、上記に見られる構想の不透明性、汚職の疑い、環境への影響や労働者の取り扱い等多岐にわたる。これらは「懸念」であり、科学的な実証研究はもう少し待つ必要がある(注3)。
ただし、中国経済の拡大、途上国の「債務の罠」に関しては実証研究が出始めている。
まず、経済的には貿易、投資の増加によって関係諸国の厚生を増大させる。ASEANと中国の貿易を分析した研究によれば、「一帯一路」構想は両地域の貿易を有意に拡大させる(Foo, Lean and Salim 2020)。また「一帯一路」構想は道路、鉄道、港湾などのインフラ改善を目指すものであり、これにより輸送費が30%減少すると仮定すると、中国は1.51%。EUは0.97%厚生が上昇する(Jackson and Shepotylo 2021)。
「一帯一路」構想は中国の直接投資も誘発する。ただし、「一帯一路」構想は、受け入れ国の法の支配が弱く、政府のアカウンタビリティーが小さいところになればなるほど、その国への直接投資を増大させるという結果があり、人的開発や人々の政治的権力については改善する可能性は少ない(Sutherland, Anderson, Baily and Alon 2020)。
途上国の「債務の罠」も問題だ。「一帯一路」構想68カ国の詳細なプロジェクト負債の分析から、モルディブ、モンゴル、ラオス、パキスタンなど8カ国の債務危機を指摘している(Hurley, Morris, and Portelance 2019)。
「一帯一路」構想の最近の動き
「一帯一路」構想のプロジェクトにも変化が出てきている。上海復旦大学の分析によると、中国は損失の発生しやすい大きなインフラプロジェクトよりも実施しやすい太陽光、風力発電等の小さなプロジェクトへと変化させてきている(Wong2022)。
国際的には、「一帯一路」構想の代替案が出てきている。昨年6月のG7で米国が「より良い世界への復興(Build Back Better World; B3W)」を発表し、EUも2021年12月には3000億ユーロ(3400億ドル)規模の「グローバル・ゲートウェイ」という途上国のインフラ支援のスキームを打ち出している(Wong2022)。