RIETI年末年始特集 フェローが選ぶ重大ニュース'02

巨人軍優勝

鶴 光太郎顔写真

鶴 光太郎(上席研究員)

重大ニュースとして、「巨人軍優勝」を取り上げるということは、読者は筆者をよほど熱狂的なG党と思われるかもしれない。しかし、筆者はプロ野球ニュースもほとんどといっていいほど見ないプロ野球無関心派である。強いてあげれば、幼稚園の時、巨人ファンであったが、小学校に上がるときに関西に移り、阪神ファンの同級生から難癖をつけられ、「特定の球団のファンにはならないぞ」と堅く誓った経緯がある。そんな筆者がなぜ、「巨人軍優勝」に興味を持ったのか。もちろん、リーグ随一の戦力を持つ巨人が優勝することは当たり前のことかもしれない。しかし、勝負の世界、「駒」だけで勝てるほど甘くない。そこには、かならず、「指揮官」の影響があったはずである。シーズン当初、「永遠の若大将」のイメージが抜けきらない原監督に頼りなさを感じたのは筆者だけではなかったであろう。

しかし、優勝を遂げた後、原監督の功績を評価するキーワードとして、選手との「対話」がしばしば指摘された。つまり、選手と同じ目線に立って、時には兄貴分として「対話」を重ね、選手を叱咤激励してきたというのである。巨人の4番という重鎮を担いながら、現役晩年にはベンチを温めることもあった原監督は、同じような境遇にある選手の心の痛みを誰よりもよくわかる立場にあったことは容易に想像される。先発にカムバックして復活した桑田選手はいい例である。

こうした原監督の特徴を、長嶋前監督と比較して考えると興味深い。長嶋監督は、まさに、そのカリスマ的存在だけでも、選手やファンを魅了することができた。しかし、選手と同じ目線に立って「対話」することはできたであろうか。もし、監督がそうしたかったとしても、「神様的存在」に選手の方がしり込みしてしまったとしても無理はない。一方、「神様的存在」の監督から、「是非、巨人に来てくれないか」と頭を下げられれば、どんな選手も感激してついてくるであろう。自分の背番号を譲った江藤選手がいい例である。さらに、松井選手との1対1の素振り特訓も、打撃道を極めた天才同志ゆえに成せる技である。こうした点は、長嶋氏だからこそできた点であり、他の者がまねしようにもできなかったことかもしれない。

このような選手と監督の関係を社員と経営者の関係に置き換えてみると面白い。時代の流れは、日本企業においても、カリスマ的な経営者がもてはやされる傾向にある。経営者の魅力や個性が企業経営に与える影響はやはり大きいからだ。一方、企業組織のフラット化や個人能力活用が謳われる中、日本企業のお家芸であった、情報の共有化や「対話」がどんどん軽視される傾向にあった。しかし、アメリカのカリスマ経営者をみると社員との「対話」をいかに重視しているかがわかる。GEのウエルチ前会長は、手書きで書きなぐったメモをどんどん社員に渡すのを得意にしていた。部下たちは、彼の筆跡をみて彼の怒りや喜びなどの感情まで理解できたという。また、IBMのガースナー会長はIBMの9年間で数百通のメモや手紙を社員に出し、世界中の社員からくるメールも全部目を通しているという。もちろん、組織が大きくなるほど、経営者と社員とが直接「対話」するということが難しくなる。しかし、こうした問題も、電子メール・システムの活用により、かなり克服できるはずである。更に、フェイス・ツー・フェイスの「対話」を促進させることも重要だ。巨人軍の優勝は、組織のトップと構成員との間の「対話」の重要性を再認識させてくれたという意味で、筆者にとっては重大ニュースなのである。