| 解説者 | 松浦 寿幸(慶應義塾大学産業研究所 教授) |
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| 発行日/NO. | Research Digest No.0156 |
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地域活性化の切り札として観光振興への期待が高まっている。グローバル化が進む中、訪日外国人の増加は本当に地方を変えるのか。松浦寿幸慶應義塾大学産業研究所教授は、宿泊旅行統計調査の個票データを活用し、通勤圏を単位にシフト・シェア操作変数法を用いて第三の要因を排除した上で、国内・外国人旅行者の増加が地域経済に及ぼす影響を定量的に分析した。その結果、国内旅行者とは対照的に、外国人旅行者の増加は一人当たり所得・人口・地価にいずれも統計的に有意なプラスの影響をもたらすことが確認された。今回はこうした分析結果をもとに、旅行需要の平準化、若年層の地域定着、さらにオーバーツーリズム対策など政策的インプリケーションについてもお話を伺った。
専門分野と今回の研究に至る経緯
近藤:まずご専門の研究分野と、これまでの研究と今回のDPとの関係について教えていただけますか。コロナ禍の観光の論文(注1)を発展させた分析になっていますし、グローバル化のもとでの地方創生とも関連していると思います。
松浦:専門は国際経済学で、特に海外直接投資と、グローバル化が雇用に及ぼす影響の研究に取り組んできました。経済産業省の企業活動基本調査や工業統計など、企業レベル・工場レベルのデータには地方経済への影響という共通の論点があり、それが今回の研究にもつながっています。
RIETIで2年ほど「グローバル化の地域経済への影響」というプロジェクト(注2)をやらせていただいたのですが、その出発点は国際経済学の分野で「チャイナショック」と呼ばれる輸入ショックが地域経済に与える影響という世界的な研究潮流でした。日本の場合はモノの輸出では何十年も輸出大国ですが、ここ10~15年の動きとして、インバウンドという形でサービス貿易が活発になってきました。観光もサービス貿易の一形態であり地方経済へのインパクトも大きいことから、多くの自治体がインバウンド観光を地域活性化の切り札として期待しています。そこで本当にどれくらい効果があるのかを定量的に分析してみようというのが大きなモチベーションです。きっかけはコロナ禍の補助政策「Go To トラベル」があった時期に観光のデータや先行研究を調べたことです。観光庁が設置された2008年以降データ整備は進みましたが、いろいろな政策が行われているにもかかわらず、政策評価の研究蓄積がなかなか進まない。そういった問題意識が、今回の研究に至る経緯です。
観光主導経済発展仮説と地域分析の意義
近藤:論文に「観光主導経済発展仮説」というキーワードが登場しますが、これがどのようなものか教えていただけますか。また先行研究はマクロ分析が中心とのことでしたが、今回あえて一国ではなく、地域経済に注目された理由についてもお聞かせください。
松浦:観光主導経済発展仮説とは、1980〜90年代の輸出主導型経済発展仮説を観光に置き換えたものといえ ます。輸出主導型とは、自由貿易と外資の導入によって途上国が労働集約的な財を輸出し、それにより得られた外貨で外国の技術を取り込むことによって経済発展するというモデルで、特に東アジアの成長を念頭に盛んに研究されてきました。観光についても外国人観光客が落とすお金をサービスの輸出だと考えれば同様の効果が期待できるということで、2002年のスペインを皮切りにヨーロッパや南太平洋の島しょ国などを対象に研究が積み重ねられてきました。
地域に注目した理由の一つは方法論上のメリットです。マクロだと観光客が増えて経済発展したのか、第三の要因なのかの区別が非常に難しい。地域単位であれば、観光客が増えた地域とそれとよく似た条件でも観光客が増えなかった地域を比較することで、純粋に観光の地域振興効果を測れます。日本は地域によって経済状況も異なり労働市場も分断されていますので、観光の影響を受け入れるところとそうでないところに分けて分析する必要があります。
近藤:観光の受け入れ先にとっては新規の外需になる一方で、送り出し元では消費が失われるという面もありますね。国内旅行と外国人旅行者とでは地域経済への影響が潜在的に違うことも想定されていましたか。
松浦:はい。マクロで見てしまうと、国内観光は東京の人が東京で消費するか地方で消費するかの付け替えに過ぎなくなります。地域単位で見ると、東京の人が沖縄で支出することは沖縄にとっては新規の需要になりますし、観光先での消費は宿泊や飲食など労働集約的なサービスに集中しやすく、地域経済により波及効果のあるものに支出先が変わっている可能性があります。
それに対して、外国人旅行者はマクロでも純粋な外需の獲得です。観光庁の統計でも一人当たりの支出額は外国人の方が多く、ヨーロッパや北米・オーストラリアからの訪問者は滞在期間も長い。こうした点から、外国人旅行者の方が地域経済への影響が大きいと想定していました。
シフト・シェア操作変数法による因果推論
近藤:本研究の新規性として因果推論アプローチが挙げられると思います。例えば縦軸に成果指標、横軸に宿泊者の増加率などを取り、単純な相関関係を見ることもできます。ただ、それだけでは因果効果の特定とは言えず、見せかけの相関となってしまう問題がありますよね。今回はどのようにその点を克服されているのでしょうか。
松浦:まさにそこがポイントです。例えば熊本に大規模な半導体工場が作られ、そこで働く外国の方やビジネス出張者が急増し、ビジネスホテルも増えていますが、それは観光の効果ではなく工場立地という第三の要因によるものです。また、東日本大震災後は仙台周辺で復興事業のために建設事業者などたくさんの方が長期宿泊していましたが、これも宿泊者数増加として捉えられてしまうと、経済状況が悪化しているところで宿泊者が増えているという、分析の想定と違うものが入り込みます。こうした第三の要因を排除した上で純粋な観光効果を見るには操作変数法というテクニックが必要です。
今回採用したのがシフト・シェア操作変数という手法です。これはグローバル化が雇用に及ぼす影響を分析する研究で広く使われてきたテクニックを観光に応用したものです。各地域には、「どれだけ観光客を引き付けられるか」という時間を通じても変わらない魅力、例えば京都であれば世界遺産のお寺が江戸時代からずっと観光名所だったという地域固有の特性があります。そうした特性と、日本全体で観光客がどれだけ増えたかという外的なショックを掛け合わせることで、全国レベルのショックだけから予測される各地域の観光客数の理論値を計算します。その部分で地域経済への影響を見ることで、第三の要因の影響をできるだけ取り除いた純粋な観光需要の効果を推定できます。
通勤圏という分析単位を選んだ理由
近藤:地域の単位として通勤圏に着目されているのも特徴的です。都道府県や市町村単位ではどのような問題が生じるのでしょうか。また今回は産業別ではなく地域全体の所得や人口を見られていますね。
松浦:まず都道府県は広すぎるという問題があります。例えば北海道では、外国人が大勢押し寄せるニセコ町のようなところもあれば、あまり訪れない地域もあり、まとめて分析すると効果が平準化されてしまいます。一方で市町村単位は小さすぎる。ニセコ町で働いていても住んでいるのは近隣の町というケースも多く、市町村の境界を越えた通勤の動きを無視すると、地域経済への影響を正確に測定できません。そこで、足立先生らによるRIETIのプロジェクトで作成された通勤圏のデータ(注3)を使わせていただき、各市町村に近隣からどれだけ通勤で流入しているかを反映した通勤圏という概念を利用しました。
また、日本ではデータの制約が大きく、産業別の分析については、細かい地域区分かつ産業別に入手できる統計が非常に限られています。国勢調査は5年おきで2015年の次はコロナ禍の2020年に実施されており、コロナ前に最も観光が盛り上がった2019年前後をうまく捉えられません。経済センサスも同様の問題があり、コロナ前の分析としては今回の粒度がほぼ限界です。観光客が増えると宿泊や飲食などの観光関連産業が潤うのは自明ですが、地域振興の観点からはそれがどれだけ地域全体に波及するのかがより重要なので、地域経済全体への影響を見ています。
使用データと主な分析結果
近藤:分析に使用したデータについて教えていただけますか。通勤圏単位でデータを集計するためにはさまざまな障壁もあったのではないでしょうか。
松浦:メインのデータは観光庁の宿泊旅行統計調査です。公表データは都道府県単位が中心ですが、調査票情報の二次利用申請をして個々の宿泊事業者の個票データを入手し、通勤圏単位で再集計しました。各宿泊事業者が1カ月間にどこの国・県の方が何人宿泊したかという情報を集計して報告していますので、これをシフト・シェア操作変数の作成にも活用できます。統計法上の秘匿処理の問題から市町村単位での公表は限定的で、われわれは網羅的なデータが必要でしたので、このアプローチを取りました。
近藤:分析の結果、明らかになったことを教えてください。また結果を解釈する上で注意が必要な点も併せてお聞かせください。
松浦:まず留意点として、宿泊事業者に宿泊された方をカウントしているため、日帰り客・クルーズ船客・民泊利用者は直接には捉えられていません。ただ、観光需要が高まっているところでは日帰り客と宿泊者は同時に増える傾向があり、宿泊者数はある程度の代理変数として機能しています。Airbnb、民泊についても今回の分析期間はコロナ前で、欧米に比べてまだ普及率が低く、かつ民泊が増えている地域と外国人観光客が増えている地域はかなりオーバーラップしていると考えられます。分析結果は興味深いものでした。国内宿泊者についてはほとんどの指標で統計的に有意な結果が得られなかった一方、外国人旅行者については、一人当たり所得・人口・地価のいずれにもプラスの影響があり、特に若年人口への顕著な正の効果が確認されました。国内旅行者と外国人旅行者で非常に大きなコントラストが見られたというのが一番大きな発見です。
国内と外国人旅行者の対照的な結果の背景
近藤:国内と外国人でこれほど対照的な結果になった背景として、消費パターンの違いなどいくつか議論されているかと思います。具体的に教えていただけますか。
松浦:なぜ違うかということについて直接的なエビデンスはないのですが、いくつかのサイドエビデンスを挙げています。一つは消費単価の違いで、外国人の方が一人当たりの支出額が多い。もう一つ重要なのが需要の季節・曜日集中の違いです。国内の旅行者はゴールデンウィーク、お盆、三連休などに需要が集中しますので、フルタイムで人を雇うと閑散期はどうするのかという問題が生じます。スノーリゾートであれば1月・2月の週末だけ盛り上がっても、リゾートバイトや、今なら「タイミー」のようなスキマバイト、あるいは地元の農家さんが副業で週末に働くという形になりがちです。そうすると人口移動が起こらず、その地域に住んで所得を落とし、税金を払うという効果は限定的になります。
一方で外国人旅行者の場合は、国によってホリデーシーズンが異なるため需要が分散します。お正月ひとつとっても日本と韓国・台湾・中国では時期が違いますし、夏休みの期間も国によって異なります。スノーリゾートでも外国の方が来ると12月や3月にも需要が生まれ、繁忙期が長くなることでフルタイムの雇用創出が可能になり、定住人口の増加につながっていきます。また、外国人旅行者対応には外国語ができる人材が求められますので、実際に外国人観光客が増えている地域では、比較的外国語に慣れている20 代前半から30代前半の若い世代の人口が増えているという結果も得られています。外国人旅行者の訪問先はゲートシティに集中する傾向にはありますが、人口当たりの宿泊者数でみると外国人旅行者の訪問先上位はニセコ町や白馬、沖縄のような地方であり、そういった地域に若者も集まっているということになります。
政策的インプリケーション
近藤:今回の研究結果を踏まえて、国や地方自治体の政策担当者に対してどのような提言ができるでしょうか。
松浦:まず分析結果に直結するところでは、国内旅行需要の平準化が課題です。国内宿泊者が増加しても地域経済指標に影響が見られない背景には、季節・曜日への需要集中があります。例えばゴールデンウィークではなくその前後に旅行するというのも学校の問題などがあってなかなか難しいのですが、例えばJR東日本が1月、2月の東北の閑散期に新幹線チケットを割安で提供する「キュン♥パス」のような取り組みが学生を中心に人気を集めているように、民間事業者の試みをプッシュアップできるような施策があると、国内観光を地域振興にもっとつなげられるはずです。
もう一つ重要なのが、外国人観光客の増加に伴う若年層の地方定着の促進です。インバウンドが盛んな地域で若い世代、特に女性の人口の減少率が小さくなっているという今回の結果は、少子高齢化が進み人口減少問題に苦しむ地方自治体にとって重要な示唆を与えています。子育て環境を含め、若い人がその地域で定着できる環境を整えていくことが求められますし、また住環境に関わるオーバーツーリズムの問題との兼ね合いも考えなければなりません。
近藤:若年層の呼び込みを課題とする地方自治体も多いですが、インバウンドは有効かもしれませんね。ただ、インバウンド拡大は地方の経済活性化にとって重要な一方で、インバウンドの恩恵を受ける側がわとコストを負う側で対立が生じる問題もあると思います。オーバーツーリズムへの政策対応としてはどのようにお考えですか。
松浦:かつての公害問題に近い構造だと思っています。観光によってベネフィットを受ける事業者と、混雑・騒音など負の外部性を受ける住民とが別々に存在し、内部化されていないのが問題です。例えば京都でバスに乗れないといった状況がまさにそれで、やはり政府が間に入って調整する必要があります。一つの方向性として宿泊税のような形で税収を確保し、地域住民の住環境改善に充てることが考えられます。
もう一つ、都市のゾーニングの見直しも重要です。住宅地として整備されたところに民泊や簡易宿泊所が参入して夜遅くまでにぎやかになったり、住宅エリアの路線バスに観光客が押し寄せたりといった問題が起きています。新たにライセンスを出す際にはこれ以上増えないようにより注意したり、民泊ルールの遵守を徹底すること、住宅地と商業地でルールの厳格さを分けて対応していくことなども必要です。
近藤:今回のお話より、外国人旅行客の増加は地方の経済活性化につながるという結果が得られたこと、またその際生じる副作用をおさえる政策のアイデアは、国や地方自治体の政策担当者にとって大変参考になると思います。どうもありがとうございました。
解説者紹介

松浦 寿幸(慶應義塾大学産業研究所 教授)
1998年慶應義塾大学総合政策学部卒業。2000年慶應義塾大学大学院商学研究科修士課程修了。2006年慶應義塾大学博士(商学)。2007年一橋大学経済研究所専任講師、2009年慶應義塾大学産業研究所専任講師、2014年同大学産業研究所准教授を経て、2023年より現職。
インタビュアー紹介

近藤 恵介(RIETI上席研究員(神戸大学経済経営研究所 准教授))
- 脚注
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- ^ Matsuura, T. and Saito, H.( 2022) The COVID-19 pandemicand domestic travel subsidies. Annals of Tourism Research,92, 103326. https://doi.org/10.1016/j.annals.2021.103326
(Discussion paper versionは、Matsuura, T. and Saito, H.(2021) RIETI DP No. 21-E-012, https://www.rieti.go.jp/jp/publications/summary/21020014.html) - ^ 「 グローバル化の地域経済への影響」https://www.rieti.go.jp/jp/projects/program_2020/pg-02/014.html
- ^ 足立大輔・深井太洋・川口大司・齊藤有希子(2020)「日本の通勤圏」RIETIノンテクニカルサマリー(RIETI DP No. 20-E-021)https://www.rieti.go.jp/jp/publications/nts/20e021.html
- ^ Matsuura, T. and Saito, H.( 2022) The COVID-19 pandemicand domestic travel subsidies. Annals of Tourism Research,92, 103326. https://doi.org/10.1016/j.annals.2021.103326