Research Digest (DPワンポイント解説)

水素ステーションと燃料電池自動車の間接ネットワーク効果に関する実証研究

解説者 西立野 修平(リサーチアソシエイト)
発行日/NO. Research Digest No.0153
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電気自動車(BEV)や燃料電池自動車(FCEV)等のゼロエミッション車(ZEV)市場を理解する上で重要なキーワードとなる「間接ネットワーク効果」。同市場における間接ネットワーク効果とは、車両の価値が充電や燃料補給のためのインフラ整備状況に依存し、インフラの価値も車両の普及状況に依存する状態を指す。FCEV市場を発展させるための政策を策定するには、この間接ネットワーク効果を十分に理解することが欠かせない。RIETIリサーチアソシエイトで関西学院大学総合政策学部教授の西立野修平氏は、水素ステーションとFCEVの間接ネットワーク効果について実証研究を重ねてきた。今回は西立野氏にその研究成果について伺うとともに、FCEV需要を創出するための具体的施策について尋ねた。

これまでのご経歴と本研究とのつながり

伊藤:西立野先生はこれまでどういった分野で研究を進めてこ られて、今回の研究にどのようにたどり着かれたのでしょうか。

西立野:そもそも学部から修士・博士にかけて興味があったの は自動車産業の国際生産ネットワークについてでした。ポスドクを2年間していたときに師事していた先生が環境経済学の先生で、そこで環境に関する研究も行うようになりました。現在の専門は国際経済学と環境経済学分野の実証研究になります。

今回の研究と関連性のある環境経済学の分野では、自動車関連の環境問題と政策的対応の定量的評価について研究を進めてきました。具体的には自動車の排ガスによる大気汚染と排ガス規制、いわゆる燃費規制や車種規制、走行規制の役割が分析対象となります。

2017年と2021年に発表した論文では、自動車NOx・PM法 の下で導入された車種規制が規制対象地域における大気汚染濃度と地価に与えた効果を定量的に分析し、その政策の有効性を明らかにしました。2024年に発表した論文では、首都圏を中心に導入されたディーゼル車走行規制の政策評価を行い、首都圏の大気汚染が改善されて低出生体重児の発生率が下がったことを明らかにしました。

近年は大気質の改善と2020年のカーボンニュートラル宣言により、自動車関連の環境問題の中心が大気汚染からCO2削減にシフトしており、現在は自動車から排出されるCO2を施策によってどう削減するかという研究をしています。

伊藤:最初に経歴を拝見したときは、ベースに環境経済学が あって、その中で自動車の分野を選ばれたのだろうと思ったのですが、むしろ逆で、ベースとして自動車産業への関心があり、そこに環境経済学のテイストがかかってきて今に至っていることがよく分かりました。

ご指摘の通り、数年前まで自動車における環境対策は排ガス規制、燃費規制が中心でしたが、パワートレイン自体の構成をどう変えるかという方向にこの数年一度大きく振れ、その中で電気自動車をどうするのかという議論に急激にフォーカスが移ってきたわけです。それが今、あまりにも拙速過ぎたのではないかという声もまた出てきていますが、自動車における環境政策の変遷を伺って、まさにその通りの推移だなと思った次第です。

今回の研究の問題意識

伊藤:特に今回、燃料電池自動車(FCEV)にフォーカスしておられるとのことですが、なぜFCEVにフォーカスして論文を書くに至ったのでしょうか。政府としてもFCEVの普及に向け、車両の購入補助や水素ステーションの整備補助など、いろいろな施策を行っているのはご案内の通りだと思います。ただ残念ながら、日本に限らずFCEVの普及はまだ道半ばであり、こういう政策があればFCEVが普及するという単純なものでもないことも分かってきています。そうした背景もあるわけですが、今回の論文執筆に当たっての問題意識をお聞かせください。

西立野:まず出発点としてあったのは日本のCO2の総排出量が年間約10億トンあり、それに占める運輸部門のシェアが約2割を占め、中でも自家用乗用車のシェアが最も大きいということでした。

自動車から排出されるCO2を削減するためには、内燃機関から電動車にシフトすることが重要です。電動化による脱炭素化の方向性としては、短期的にはハイブリッド車(HEV)やプラグインハイブリッド車(PHEV)を中心に進んでいき、中長期的には再生可能エネルギーが普及し、インフラが整備されて技術が進展することで、EVやFCEVなどのゼロエミッション車(ZEV)が中心的な役割を果たすことが予想されています。

FCEVの普及は、輸送部門におけるCO2排出量削減のみならず、水素需要の拡大や産業振興の点でも重要と考えています。政府は2030年までにFCEVの普及台数80万台という目標を設定していますが、現状の普及台数は8000台弱と低迷しています。この目標と現実の大きな乖離がなぜ生じているのか、どのような施策が目標達成のために有効かというのが今回の論文の問題意識になります。

先行研究との違い

伊藤:特に今回、インフラサイドを切り口として、水素ステーションと車両の普及の関係性に焦点を当てていることが1つの肝になっていると思うのですが、同じような視点での先行研究はあるのでしょうか。特に電気自動車(BEV)でそうした研究はあるのでしょうか。

西立野:インフラと車両の関係に焦点を当てた研究はいくつかあります。2010年代には米国におけるフレックス燃料車(ガソリンとメタノールやエタノールを燃料として走る自動車)とインフラの関係を定量的に分析した研究が盛んに行われました。代表的な研究としてはCorts(2010)とShriver(2015)の論文があります。Cortsはフレックス燃料車の増加がステーションの増加に寄与することを明らかにし、Shriverは車両からステーション、ステーションから車両の双方向の分析を行い、間接ネットワーク効果が存在することを示しました。

2010年代後半以降は、BEVとPHEVに関する研究成果が多く発表されています。代表的な例としてはLi et al.(2017)とSpringel(2021)の論文があります。Li et al.の論文は、米国のデータを用いて車両からステーション、ステーションから車両双方の分析を行い、BEVについても間接ネットワーク効果が存在することを明らかにしています。彼らの研究で興味深いのは、構造推定という手法を用いて車両購入とステーション設置に対する補助金の有効性を比較している点であり、ステーション設置に対する補助金の方が車両購入に対する補助金よりもBEVの普及により有効であることを示しています。 Springelの論文はノルウェーのデータを分析して、Li et al.の論文とほぼ同じ結果を得ています。

それ以外の研究もたくさんありますが、ステーションから車両のみの分析が多いです。対象国はノルウェー、フランス、中国など多様ですが、分析結果は充電ステーションの設置が BEVの普及促進につながるという点で一致しています。BEVについては、車両から充電ステーションのみの分析を行っている研究は私の知る限り存在しません。

伊藤:もともと車両とインフラの関係性の研究がフレックスから始まっているのは、最近のパワートレイン、電動化をどうするかという議論が中心になっている状況からするとかえって新鮮な感じがありますが、特に水素にフォーカスをした研究はまだ見られないのですね。

西立野:そうですね。FCEVについては間接ネットワーク効果を分析した研究はありません。そのことも今回の論文を書いた動機の1つになっています。

伊藤:一方でPHEVをはじめとする先行研究があるわけですが、対象の違いはあるものの、手法に関しては先行研究において 行われた手法をそのまま当てはめたのでしょうか。それとも新たに加えた視点や手法はあるのでしょうか。

西立野:水素ステーションの分析手法としては今回、差の差分析を用いています。その背景として、水素ステーションは数が少なく、設置している自治体とそうでない自治体に分けられるという点がありますが、BEVは充電ステーションの数があまりに多いので、ステーションがある自治体とない自治体に分けるのが難しいため、分析手法が異なっています。差の差分析を使ったので、特徴的な分析の1つとして、水素ステーション設置時のFCEVの促進効果が時間とともにどう変化するのかを分析した点は先行研究にはない視点だと思います。

研究結果のポイント

伊藤:今回の研究結果のポイントを簡単にご説明いただけますか。

西立野:ポイントは2つあって、1つはBEVの先行研究と同様にFCEVについても間接ネットワーク効果の存在を定量的に確認できた点です。具体的には、水素ステーションの設置が FCEVの購入確率を0.09%増加させ、FCEVのストックが500台増加すると水素ステーションが1カ所増設されるという結果を得ました。もう1つは、日本のFCEV市場の間接ネットワーク効果が非常に弱いということを明らかにした点です。たとえ大幅に水素ステーションが増えたとしても、FCEVと水素ステーションの間の正の循環は発生しないという結果を得ました。

伊藤:BEVの場合に見られる間接ネットワーク効果とFCEVの場合に見られる間接ネットワーク効果について、質的・量的な差異があれば教えてください。

西立野:車両とステーションの相互依存関係という意味では、基本的な構造は同じだと思います。ただ、細かいところを見る とさまざまな差異があると思うのですが、私が一番重要だと思っているのは、1カ所あたりのステーションの設置運営費は水素ステーションの方が高いので、FCEVの間接ネットワーク効果がBEVと比べて小さくなり、正の循環が生まれにくい構造になっているといえると思います。

伊藤:まさに運営費が高いことがFCEVの普及に向けた議論のポイントだと思いますけれども、運営費の高さはどういう経路でネットワーク効果を弱めているのでしょうか。

西立野:車両がいくら増えたとしても設置費、運営費が高いの で、水素ステーションの設置が進まないということだと思います。

政策的インプリケーション

伊藤:そういう意味では、運営費を下げるために、水素自体のコスト、設備面のコストが政策上の大きなトリガーになる可能性があると思いました。ネットワーク効果の弱さを踏まえた上で、今回の研究成果を踏まえた政策的インプリケーションについてご紹介いただけますか。

西立野:FCEVに関して間接ネットワーク効果が弱いことを説明するときのポイントは3つあって、1つ目がやはり車両購入価格が高いことです。トヨタミライ(FCEV)の場合、実質購入価格は国と東京都の補助金を加えて560万円であり、日産リーフ(BEV)の340万円、カローラスポーツ(HEV)の240万円と比べて大きな差があります。

2つ目が、FCEVの運転費用が高いことです。ミライの1km あたりの燃料価格は7.2円で、日産リーフの3.3円、カローラスポーツの4~5円と比べて高くなっています。興味深いことに、 100%ガソリン車と比較すると実は水素の方が安いという結果も出ていますが、いずれにしても費用が高いです。

3つ目が、FCEVの認知度が低いという点です。クリーンエネルギー自動車非保有世帯の認知度を調べると、FCEVをあまりよく知らない、まったく知らないと答えた人が62%いました。同様の調査でBEVは36%、PHEVは48%ですから、FCEVをそもそも知らない人が多く、購入の選択肢に入ってこないことも重要なポイントだと思います。

伊藤:実際問題、車両の価格や燃料価格が既存の内燃機関車 あるいはEVと同様まで下がるのが現時点で現実的かというと、なかなか簡単にそうはならないのかもしれませんが、ネットワーク効果を高めて普及を図るという観点からすると、どの程度の水準まで下がれば普及に向けたトリガーになると考えられるのでしょうか。

西立野:普及が加速するティッピングポイントは正直分からないので、さらなる分析が必要ですが、車両の購入費用については少なくとも類似車種のBEVと同程度まで下がらないと話にならないと思います。燃料価格については、BEVは無理にしてもHEVと同水準まで下がる必要があるでしょう。

伊藤:日本の新車におけるBEVの販売割合は1%台で、日本の BEV市場はまだまだこれからです。FCEVのコストがBEVと同 程度まで下がった場合にBEVぐらいのセールスになるとしても、日本の場合はさらに普及を進めるための議論も必要かと思います。これは車両価格だけの問題ではなく、燃料価格についても水素の需要自体を創出して製造・供給コストを下げることも絡めて取り組まなければ難しいかもしれません。需要サイドから見たときのティッピングポイントについて示唆があれば教えてください。

西立野:まだ正確なことは分からないのですが、一般的に市 場の2~3割まで普及しないと急速に広がっていかないといわれていますので、目標としている80万台以上、100~200万台ぐらいまで増えないと面的に広がっていく姿は想像しにくいと思います。ただ、市場をどう定義するかによってティッピングポイントは変わるので、ゼロエミッション車として定義するのか、乗用車全体で定義するのかによってまったく話が違ってくる点は注意が必要だと思います。

注目すべきインセンティブ施策

伊藤:各国の政策を見渡してみたときに、FCEVの普及について何か注目に値するようなインセンティブ施策はありますか。

西立野:FCEVに関しては、他国で注目に値する施策は正直存じ上げません。一方で、BEVに関する施策は参考に値する例が結構あります。加えて、FCEVの購入を促進する要因として、購入補助金以外に公共交通機関や高速道路利用の無料化、優先駐車場の利用対象といったインセンティブが重要なファクターになったとする論文もあります。この点については、ノルウェーがBEVを普及させるための施策のパッケージにも入っていました。購入補助金とセットでこうした施策をパッケージ化して導入すると、需要の増加につながるのではないかと考えています。

伊藤:こうした施策を行うときに、実際に普及において効果があったのかという観点が重要です。一方、BEVに対する社会的 受容性を高めるためには、こうした優遇施策があまり抵抗感なく機能した面があるのではないかと思いました。日本の場合、マルチパスウェイといって、CO2排出削減の観点からはBEV等に振り切ることが最善の経路ではないと考えられているので、その中でどこまでパワートレインについて優遇するのかというのは大きな論点になると思います。一方で、少し大胆ともいえる施策に取り組んでいる国もあるわけで、そうしたところを効果も含めて検証されているのは非常に興味深く感じました。

その上で、今後さらにどういった方向性で研究を深めようとしているのか、あるいは切り口を変えてむしろこういう方向で考えているということがあればお聞かせください。

西立野:今回はFCEVに注目して間接ネットワーク効果を分析しましたが、日本におけるBEVの間接ネットワーク効果を分析した研究はまだ存在していないので、BEVについて研究を進めていくことを1つ目の方向性として考えています。

2つ目の方向性としては、私はFCEVの普及は日本にとって重要だと考えているので、実際どのぐらいまで車両価格を下げれば普及が進むのか、燃料価格をどこまで下げれば普及が進むのかといったティッピングポイントを定量的に示す研究も同時に進めていければと考えています。

伊藤:まさにティッピングポイントが明らかになれば、政府内での合意形成も非常にしやすくなると思いますし、政策の実効性も高まると思うので、今後のさらなる研究に非常に期待しています。

解説者紹介

西立野修平顔写真

西立野 修平(リサーチアソシエイト(関西学院大学総合政策学部 教授))

2005年明治大学商学部商学科卒業。2007年名古屋大学経済学研究科博士前期課程修了。2011年オーストラリア国立大学クロフォードスクールPh.D.取得。2013~2014年経済産業省勤務。2014~2017年関西学院大学総合政策学部専任講師。2017~2023年同大学総合政策学部准教授。2023年より同大学総合政策学部教授。
研究分野・主な関心領域:国際経済学、環境経済学、応用ミクロ計量経済学

インタビュアー紹介

伊藤政道顔写真

伊藤 政道(経済産業省製造産業局自動車課長)

参考文献
  • Corts, K., 2010. Building out alternative fuel retail infrastructure: Government fleet spillovers in E85. J. Environ. Econ. Manag. 59, 219-234. https://doi.org/10.1016/j.jeem.2009.09.001.
  • Shriver, S., 2015. Network effects in alternative fuel adoption: Empirical analysis of the market for ethanol. Mark. Sci. 34, 78-97. https://doi.org/10.1287/mksc.2014.0881.
  • Li, S., Tong, L., Xing, J., Zhou, Y., 2017. The market for electric vehicles: Indirect network effects and policy design. J. Assoc. Environ. Resour. Econ. 4, 89-133.. https://doi.org/10.1086/689702.
  • Springel, K., 2021. Network externality and subsidy structure in two-sided markets: Evidence from electric vehicle incentives. Am. Econ. J.: Econ. Policy. 13, 393-432. https://doi.org/10.1257/pol.20190131.