解説者 | 森川 正之(特別上席研究員(特任)) |
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発行日/NO. | Research Digest No.0149 |
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人工知能(AI)が経済成長や労働市場に与える効果への関心が高まる中、AIの利用実態に関する統計データが乏しいことが実証研究の大きな制約となってきた。RIETIの森川正之氏は、企業や労働者を対象とした独自のサーベイに基づき、日本におけるAIなどの新しい自動化技術の利用実態、AIが生産性や雇用に与える効果を分析した。本インタビューでは、経済産業省情報技術利用促進課の内田了司課長が今回の研究の狙いと、そこから得られるインプリケーションについて聞いた。
本研究の問題意識
内田:今回の研究の問題意識や背景についてお聞かせください。
森川:もともと私はサービス産業の生産性に関する研究を続けてきており、生産性にとってIT投資はとても重要な要素なので、ビッグデータやAIの効果に関心を持つのは自然な流れでした。
ロボットやAIなど「自動化技術」の研究は急速に進んでおり、理論研究はAIもカバーしているのですが、実証研究は産業用ロボットの研究がほとんどです。なぜなら、データがあるからです。国際ロボット連盟(IFR)が各国の産業用ロボットの利用実態を国別・産業別にまとめており、多くの研究者がこのデータを使っています。産業用ロボットは製造業の現場で使われているロボットで、これが世界の自動化研究の主流になっています。
つまりロボットの研究はかなり進んでいますが、AIについては残念ながら情報が非常に少ないのが現状です。マクロの生産性効果を考えるには、ロボットやAIを作っている企業ではなく、それを使っている企業や産業のデータが重要です。例えば1990年代半ば、金融や小売、運輸といった「IT利用産業」がIT革命の効果を享受し、米国の生産性上昇率が加速しました。ですから、AI革命のマクロ経済的なインパクトを測るためにも、どんな企業が使っているのかを知ることがとても重要で、それが日本企業への調査を行う動機でした。
AI、ビッグデータ、ロボットという3種類の自動化技術を対象に2018年、2021年、2023年の3回にわたって中堅規模以上の日本企業に対して利用状況を尋ねたところ、利用割合自体はロボットが最も多いのですが、AIを使用している企業は急速に増えています(図1参照)。これは3回の調査に継続して回答した企業の数字です。

内田:AIによるマクロの経済効果を明らかにすることがゴールなのだとすると、開発側よりもユーザー側に着目してデータを分析し、それがどのように生産性向上につながっているかという課題設定がこのディスカッション・ペーパーの出発点だと理解しました。では、AIの経済効果についての最近の研究はどういう状況でしょうか。
森川:AIの効果に関する因果的なエビデンスは最近少しずつ蓄積されています。因果関係を知ろうとすると、ある人に実験的に使わせて、対照群には使わせない形で比較するのが最もオーソドックスでロバスト(頑健)な手法です。Science誌に掲載された論文によると、執筆タスクを対象としたオンライン実験を行ったところ、AIを利用することによって所要時間が40%減って、品質が18%上昇したという結果で、60%ほど生産性が上がったことになります。
それから、ソフトウェアの顧客サポート労働者を対象とした分析によると、AIツールにアクセスする人たちの生産性が 13%上がったとされています。また金澤匡剛さん、川口大司さん、渡辺安虎さんの共同研究によると、日本のタクシードライバーにAIで最適なルートを選ばせるツールを使って実験を行ったところ、平均的に生産性(実車率)が5%ほど上がったそうです。そうした研究が最近現れていますが、効果の数字には大きな幅があります。AIが生産性を高めるのはほぼ間違いないですが、量的にはタスクの種類によってかなり違うようです。
AIの経済効果
内田:同様にマクロで経済効果を見るのも難しいということですか。
森川:見えないことはないのですが限界があります。経済学者のダロン・アセモグル氏が、AIのマクロ経済的な生産性効果が今後10年でどのぐらいなのかというペーパーを最近書いています。それによると10年間で0.6%、つまり1年あたり0.06%の効果です。つまり、世の中の人が何となく思っているよりもはるかに小さい数字です。
彼は最近のいくつかの実験的研究の結果を参考にしてざっくりと計算しています。世の中の仕事の何パーセントでAIが使われるか、使った仕事の生産性がどのぐらい上がるかという掛け算をすることで、マクロ的な効果がだいたいとらえられるというシンプルですが妥当な計算方法です。そうした計算をすると10年間で0.6%という効果になるわけです。
さらにその数字も過大評価の可能性があると述べています。今はAIが向いていて効果の大きいタスクに使われ始めていますが、これからAIの利用範囲が拡がっていくと、AIの効果が小さいタスクに使われるようになるので、生産性向上効果は逓減していく可能性が高いということです。
いずれにしても、AIによってどのようなタスクが自動化されるのか、生産性向上効果がどの程度なのかは極めて不確実性が高いと慎重に留保しています。
経済全体の中でAIがどの程度利用されているのか、それがどの程度の効果を持っているのかという情報がないからです。そこで私は、日本の労働市場全体の中でどのぐらいの人がAIを仕事に使っているのかというアプローチで、労働者に対するサーベイを行いました。
労働者のAI利用と生産性
内田:実際にどのような形でサーベイを行われたのですか。
森川:総務省の「就業構造基本調査(2022年)」の性別・年齢別の構成に合致するように就労者のサンプルを抽出して、AIの利用実態と業務効率への効果を尋ねました。それによると、仕事でAIを使っている労働者は5.8%で、AIを利用することで業務の効率性が21.8%上がったというのが平均値でした(図2参照)。従って、AIをまったく使用していなかった状況と比べて生産性が1.2%程度上がっているという計算になります。

ただ、本当はもう少し丁寧に調査する必要があります。その人の業務全体の効率性が21.8%上がったとは言えないかもしれないからです。いろいろな仕事のうちAIを使う業務の効率性が21.8%上がったとしても、例えばAI利用業務が仕事全体の半分であれば、生産性効果は半分になります。今回の調査は試行的なものなので、個別具体的なタスクに踏み込んで、もっと詳しく調べる必要があると考えています。
ただ、AIを使い始めたのがこの10年ですから、仮に1.2%の水準効果だとすると年率0.1%強、マクロ経済の生産性を高めた計算になります。足下の日本の潜在成長率は0.6~ 0.7%程度ですから、0.1%は決して小さな数字ではありません。仮にAI利用業務が仕事全体の半分程度だとすると、 0.6%の水準効果、年率0.06%の成長効果で、たまたまですがアセモグル氏の数字と一致します。
統計人材の不足
内田:政策への展開として考えられていることがあればぜひ教えてください。
森川:これからの潜在成長率や長期展望を考えるときに、 AIの経済効果を考慮することが重要だというのが一番ストレートなインプリケーションだと思います。
もう1つは、利用実態についての調査は個人の研究者ではなく、本来は政府が行うべきだという点です。「経済産業省企業活動基本調査」のような回答義務のある統計調査の中で調べるのが理想的だと思います。そうすると、従来よりもはるかに精度の高い情報が得られます。今は霞が関全体で統計を作る人材が不足しています。経済産業省でも統計部局の人員が極端に減っており、それが制約になっています。それから、統計で新しい調査項目を盛り込もうとすると回答者負担を増やさないようにと言われるので、政策立案の大前提となる情報収集の制約になっている可能性があります。
AIの導入に対して補助金や税制上の措置を講じるべきかどうかというインプリケーションは、私の調査からは何とも言えません。ただ、研究開発が社会的に望ましい水準よりも過少投資になるのは間違いないので、AI関連の研究開発を促進するようなタイプの政策はおそらく正当化されるだろうと思います。
研究と政策の連動
内田:日本政府も、2023年にAI戦略会議を立ち上げて早々に政策の論点整理をしており、AIの生産性効果を可視化していくことは政策運営においても重要です。デジタル技術の利用企業の動向把握については、情報処理推進機構(IPA)が500社程度を対象にしたDX調査を経年で実施しているので、そこでAI導入状況についても調べていくのが適切だと思います。
森川:IPAのように専門の機関が調査すれば、聞き方も違ってくると思います。この2~3年で生成AIが手軽に使えるようになり、私は「AIに生成AIも含めてお答えください」という聞き方をしているのですが、そうすると以前からあったAIとは異なるものが混在することになります。AIをいくつかの種類にカテゴライズして尋ねるのは、技術の専門知識がある人でないと難しいので、そういう意味では経済産業省がIPAと連携して取り組むのはとても良いことだと思います。
内田:DXを推進する上で、AIや生成AIの活用は自然な流れです。今回頂いた示唆を踏まえて、DX動向調査においてAI関連調査も充実させていきたいと思います。
森川:今後の研究課題としては、やはりこの種の調査だけでは厳密な意味での因果関係をとらえていないことがあります。同じ企業を追跡調査して、使っている企業と使っていない企業の生産性の差を測っても、それはAIによる生産性効果とは言えないからです。そういう意味では因果関係を比較的大きなサンプルでどのように識別するかという難問が残っています。
内田:高い確度を持ったリサーチがあると、政策の効果的な導入につながるという点で大変期待されるところです。AI分野ではさまざまな政策が始まっているところであり、それぞれの政策効果について検証していくことで、幅広い生産性効果の把握と、さらなる効果的な政策導入につながります。
森川:それを世界中の研究者がやっているわけですから、日本でもそれを積み重ねていくことは必要です。さまざまなアプローチを併用することで、確度の高い数字を得ることにつながると思います。
解説者紹介
森川 正之(RIETI特別上席研究員(特任) / 一橋大学経済研究所 特任教授)
1982年東京大学教養学部卒業、通商産業省(現経済産業省)入省。中小企業庁調査室長、経済産業政策局調査課長、産業構造課長、大臣官房審議官などを経てRIETI副所長、所長を歴任。2024年より現職。2020年より一橋大学教授(2023年より特任教授)。経済学博士(京都大学)。
インタビュアー紹介
内田 了司(経済産業省商務情報政策局情報技術利用促進課 課長)