Research Digest (DPワンポイント解説)

日本のギグ市場の分析:フードデリバリーギグワークを中心として

解説者 黒田 祥子(ファカルティフェロー)
発行日/NO. Research Digest No.0144
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特定の企業に雇われずに単発の仕事をこなす働き方であるギグワークが2010年代以降、多くの国で急速に普及している。日本では、ギグワークの普及は遅れたものの、副業・兼業の推進とともに新しい働き方の1つとして認識されるようになってきた。RIETIの黒田祥子ファカルティフェロー(早稲田大学教育・総合科学学術院教授)は、日本のギグ市場の動向について銀行データを用いて分析し、ギグワーカーの実態把握を試みた。今回は、RIETIの橋本由紀研究員が、研究の背景や分析結果、今後の日本の労働市場の在り方に対する示唆について黒田氏に聞いた。

本研究の問題意識

橋本:今回のギグワークに関する研究の問題意識についてお伺いします。

黒田:私は、働き方が労働者の健康や生産性に与える影響をずっと研究してきました。働き方改革により、日本人の長時間労働も徐々に是正される方向に進んでいたように思います。ところが、コロナ禍を機に副業・兼業に関心が集まるようになり、特にインターネット(以下、「プラットフォームサービス」)を介して単発の仕事を受注する、いわゆる「ギグワーク」という言葉が頻繁に聞かれるようになりました。副業・兼業の増加は長時間労働是正の流れにどう影響するのだろうかと考える中、日本のギグ市場の動向はまだあまり把握されていないことに気づきました。今後の法規制を考える上でも実態把握は不可欠だろうという問題意識から、早稲田大学の大西宏一郎さんと一緒にギグワークの研究を始めました。

橋本:海外のギグワークに関する先行研究と比べて、本研究はどのような点が新しいのでしょうか。

黒田:日本の場合、フリーランスや請負など、正社員的な雇用形態以外の方の働き方や副業に関する実態把握などは多くの知見が蓄積されてきています。今回の研究はその一端を担っているわけなのですが、日本以外の先進諸国では2010年代から急速に普及したプラットフォームサービスを介したギグワーカーの研究が蓄積されてきたのに対し、日本ではそこに注目した研究が必ずしも多くありませんでした。その点がわれわれの研究の貢献の1つだと思っています。

ギグワーク研究が多い米国では、労働者へのアンケート調査や、特定のプラットフォームサービス会社から提供されたデータ、租税データや銀行データ、電子決済サービスのデータを活用した分析があります。私たちはみずほ銀行から個人が特定化されないように秘匿化されたデータをお借りし、銀行の入金データを使ってギグワーカーたちの動きをとらえており、これも本研究のもう1つの売りだと思っています。

というのも、米国でも銀行データを使った研究は非常に少なく、賃金の受け取り手段もさまざまなのに対して、日本の場合、2023年まで賃金支払いは現金か銀行振込のみと法律で決まっていたので、銀行口座を追えばかなり正確に実態を把握できるからです。

それから、ギグワークと景気循環との関係を研究している点もわれわれの特徴かもしれません。今回の分析では、コロナ禍前と後でギグワークに就いた人にどのような特徴や違いがあるかという点にも注目しました。

フードデリバリー・ワーカーの実態

橋本:銀行の口座情報という貴重なデータを用いて、フードデリバリーのギグワーカーの特徴やコロナ禍での変化などを分析したことで、どのようなことが明らかになったのでしょうか。

黒田:もともとはフードデリバリーサービスに限定せず、ギグワークの実態を調べていました。2016~2021年の約5年間のデータを基に、通帳に記帳された入金データから主要プラットフォーム会社の社名を抽出し、ギグワークが行われたかどうかを識別しました。

すると、コロナ禍前はフードデリバリーサービスで働く人はほとんどいなくて、ノンデリバリー系のギグワーク(翻訳、ウェブデザイン、家事代行など)の方が堅調に増加していたのですが、コロナ禍に入るとフードデリバリーサービスが急増したのです(図1)。それで、フードデリバリーサービスを深掘りしようと考えました。

図1:デリバリー系ギグワーカーおよびノンデリバリー系ギグワーカーの推移
図1:デリバリー系ギグワーカーおよびノンデリバリー系ギグワーカーの推移
備考)稼働中の個人口座総数(名寄せ済み)に占めるギグ口座の割合。フードデリバリー・ギグ(図中のオレンジ色の線)は飲食店から飲食を配達するギグワーク、ノンデリバリー・ギグ(図中の青色の線)はそれ以外のギグワークを示している。水準ではなく、経年的な推移を把握することを目的としたもの。シャドウは緊急事態宣言期間を示している。

フードデリバリーは学生が多く働いているというイメージがありますが、10代は全体の1割程度で、20代が過半を占め、30代以降も多くいます。本業を持っている人も3割以上いました。また、フードデリバリー・ギグワーカーの約7割が、銀行残高10万円未満でやりくりしている実態も見えてきました。ギグを開始する4カ月前からの口座残高の動きに注目すると、預金残高が徐々に減って、4カ月間で7~8万円ほど低下したところでギグを開始するといった傾向も分かりました。

ギグ開始前後のこうした口座残高の減少傾向自体は計測期間全体を通じてみられたのですが、コロナ禍前後で比較してみたところ、意外なことに、コロナ禍前より、コロナ禍後にギグを開始した人の方が、ギグ開始直前までの口座残高の落ち込み度合いが大きくなかったことが見えてきました。コロナ禍では、多少残高に余裕がある人もギグワークに就くようになったと解釈できます。その理由は推測の域にとどまりますが、テレワークの普及等で「おうち時間」が増え、ギグワークをしてみようと思った人や、コロナ禍で先行き不安になり少しでも稼ごうと感じた人が増えた可能性などが考えられます。

一方、コロナ禍前は圧倒的に男性が多かったのですが、コロナ禍後は女性や30代以上の人も増えました(図2)。恐らくそうした方々の中にはコロナ禍で他のオプションがなかったということもあったのかもしれません。このあたりはもう少し別のデータも併せて考える必要があると思っています。

図2:男女別
図2:男女別
備考)シャドウは緊急事態宣言期間を示す。

ただ、ギグワークを長期間継続している人は少なく、開始してから半年ほどで過半の人がその仕事をしなくなっていることも分かりました。まさに働きたいときにスポット的に働くという、これまでとは異なるスタイルが台頭していることも見えてきました。

橋本:預金残高が減少傾向にある人がフードデリバリーを始めて、その後も口座の残高が低下し続けているようです。フードデリバリーの仕事では生活を維持するための十分な所得を得られないのでしょうか。

黒田:平均的な口座の動きからは、ギグワークを開始することで、開始1カ月前の残高水準までは回復できていたことが見えてきました。ギグワークという働き方がなければもっと困っていた人がいたかもしれないと考えることもでき、その意味でギグワークはまさに所得低下を一時的にせよ補塡する役割を担っていたと解釈できるかと思います。

橋本:女性や年配のワーカーが増えたのは、AIのアルゴリズムを使えることによって体力などのハンディがカバーされて、参入しやすくなったからなのでしょうか。

黒田:フードデリバリー自体は食べ物を届けるタスクですので、ある程度の体力を要する仕事であることには変わりありません。ただ、フードデリバリー以外のギグワークに関しては働く場所や時間を問わない仕事も多々あります。さまざまな事情でフルタイムでは働けない人も、プラットフォームサービスを利用して条件のマッチングが成立すれば単発の仕事を請け負うことができ、自分の技能を生かして働くことができるので、テクノロジーの発展によるベネフィットは大きいと思っています。

橋本:フードデリバリーでは実際学生のアルバイトが多いのでしょうか。というのも、学生アルバイトか、専業か、副業かという働き方によって、結果の解釈も変わってくるように思うのです。

黒田:おっしゃる通り、どんな働き方をしているのかによって法規制の在り方も大いに変わってくると思うので、そのあたりは重要な視点だと思います。残念ながら、労働者の細かい属性については銀行データで識別するのは難しく、口座所有者にアンケートを別途行うことで、こうした情報を捕捉したいと考えています。その際にギグワークの労働時間はどれぐらいか、フルタイムで働いているかどうかということも調べられたらと思っています。

離職後の就業状況の分析が課題

橋本:半年後にはほとんどの人がフードデリバリーを続けていないということも報告されています。フードデリバリーの離職後の就業状況は分かるのでしょうか。

黒田:ギグワーカーはその時々で働いたり働かなかったりするので、「完全に離職」したかを把握することは難しいのが実情です。なぜなら、例えばギグを開始して、その後しばらく間が空いて、1~2年後にすき間時間ができて久しぶりに仕事を再開する、ということもあり得ます。緊急事態宣言下でフードデリバリーを始めた人がコロナ禍収束後にどのぐらい残っているのかは、今後見ていく必要があると思います。

なお、米国の研究では、失業時にギグワークでしのいだ人はそうでない人に比べて2年後に雇用されている確率が低いという研究があり、ギグワークには職を探すインセンティブを下げる作用があるのかもしれないと思っていたのですが、日本の場合、少なくともコロナ禍で参入した人たちにはそうした傾向は見られませんでした。日米の労働市場の違いも関係していると考えられます。

政府統計が果たす役割と問題点

橋本:伝統的な政府統計は、ギグワークを分析する上で限界があると思うのですが、政府統計の果たすべき役割や問題点についてはどのようにお考えですか。

黒田:政府統計は非常に貴重な統計ですが、新しい働き方が出てきたことで、従来の統計の取り方では多様化する働き方の実態を把握しきれなくなってきていることも事実だと思います。

例えば失業率は、月末の1週間に働かず求職をしていれば失業者とみなされますが、その週に1時間でもギグワークをすれば働いていることになり、逆に他の週にギグワーカーとして働いて、月末の1週間は働かなった人は非労働力にカウントされるので、既存の統計の解釈は非常に悩ましいと思っています。例えばプラットフォームサービス会社や今回のように銀行と提携してビッグデータも併せて観察しながら、実態を捕捉していくことが必要でしょう。そのためには、官も入り、産官学が連携して実態把握をしていくことが重要だと思います。

ギグワークのメリット・デメリット

橋本:ギグワーカーの分析を通じて、こうすればより良い働き方ができると感じられたことはありますか。

黒田:ギグワークのメリットとしては、いろいろな事情からフルタイムで働けない人に労働市場の門戸を開く点が挙げられます。その点では、日本は労働力がどんどん減少している社会ですから、多くの人が参加できるマーケットを大切に育てていくことは重要だと思います。

すでに働いている方々に関しても、本業を続けながらお試し的に他の仕事を体験できるメリットがあると思います。そこで自分の労働の価値を知ったり、新たな人脈が生まれたりして、それをきっかけにより良いマッチングが増えれば、日本の労働市場全体にも良い影響が及ぶことが期待されます。もちろん、一時的な所得低下を補塡することができるメリットも大きいです。

懸念点は、冒頭で述べた日本人が長らく課題としてきた長時間労働是正との兼ね合いです。せっかく本業の労働時間管理を企業が徹底したとしても、例えば労働者が帰宅後にギグワークをすることで、結果として総労働時間は長時間のままとなる可能性もあります。1つの会社が従業員の出社から退社までを厳格に時間管理すれば健康管理ができるという時代ではなくなっていくことが予想されます。

なお、ギグワークといいながら現実には使用者と従業員のような関係性が成立している場合は、雇用者としてみなされるべきでしょう。ただし、本来のギグの意味からすれば、全てのギグワーカーに雇用者と同等の厳格なルールを適用すべきかについては、エビデンスに基づいた慎重な検討が必要だと思います。過度な規制は、市場を縮小させる方向に働く可能性もあり得るからです。

橋本:現状では、ギグワーカーの健康管理は自身で行わざるを得ないのでしょうか。

黒田:ギグワーカーに限りませんが、テレワークや副業・兼業など、働き方が多様になってきている中、全ての人が自己管理を意識しなければならない時代になっていくのだと思います。つい無理をしてしまいがちな人は多いので、健康アプリのようなテクノロジーを使うなどして、自己の健康を管理していくことが重要になっていくでしょう。

解説者紹介

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黒田 祥子(ファカルティフェロー)

慶應義塾大学博士(商学)、日本銀行金融研究所勤務、一橋大学経済研究所助教授、東京大学社会科学研究所准教授、早稲田大学教育・総合科学学術院准教授、2014年より現職。
専門は労働経済学。働き方の多様化、働き方が健康や生産性に及ぼす影響等を研究。

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橋本 由紀(研究員(政策エコノミスト))