Research Digest (DPワンポイント解説)

米中貿易摩擦が日本の多国籍企業に与える影響

解説者 張 紅詠 (研究員)
発行日/NO. Research Digest No.0134
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米中貿易摩擦が今、世界経済に大きな影響を与えている。国際通貨基金(IMF)が10月15日に発表した2019年の世界成長見通しが3.0%に下方修正されたことに加え、10月の世界貿易予測指数は2010年3月以来9年ぶりの低水準まで落ち込んだ。外需の低迷で、生産や輸出が落ち込んだことを背景に、国内景気の基調判断が6年ぶりに「悪化」となった。グローバル・バリューチェーンで世界がつながる現在、長引く米中貿易摩擦の影響を受けるのは渦中の2国にとどまらない。日本経済・日本企業へ与える影響についても、関心が高まっている。本研究では、グローバルに展開している日本の多国籍企業に注目し、米中貿易摩擦が多国籍企業の在中現地法人の活動と国内親会社の株価に与える影響について分析を行った。

日本への影響の実態を探る

――研究の動機について教えてください。

2018年3月22日にトランプ大統領が中国製品に対して通商法301条に基づく追加関税措置を発表したことを皮切りに米中貿易摩擦が始まり、金融市場に大きな影響、中国市場において売上シェアの高い企業を中心に株価の急落が起こりました。日経平均株価も大幅に下がり、世界の懸念事項として注目を集めました。

米中貿易摩擦が長期化していることで、IMFの調査でも、米国と中国の企業には影響が出ていることが明らかになっています。しかし日本企業については、マスコミに報道されているものの、現時点では実際に負の影響がどの程度出ているという明確なエビデンスはありません。大和証券などの研究によればGDPマイナス0.1%など、影響はまだ小さいといえます。ただし貿易摩擦は現在進行中であるため、安心することもできない状況です。株式市場に負の影響は分かりやすく現れますが、国際貿易や企業活動において影響の程度を確認できるようになるには時間を要します。とはいえ金融市場と貿易投資はリンクしているので、日本のグローバル・バリューチェーンにも何らかの影響があるだろうと予想していました。

こうした不確実な状態から、影響の程度、真偽を検証していき、経済政策や通商政策の形成に必要な論拠を導き出すことを目指して研究を行いました。

――どのような分析手法を用いたのですか。

貿易摩擦が在中現地法人に与える影響について、日本企業の海外における活動動向と企業活動のグローバル化の実態を把握する目的で経済産業省が収集した「海外現地法人四半期調査」「海外事業活動基本調査」という2種類のデータを利用して、差分の差分推定を行いました。

「海外現地法人四半期調査」から得られるデータは売上高(現地向け、日本向け、日本以外の第三国向け)、設備投資額、従業者数に関するものです。項目が限られるものの、より時機を得た情報を把握することができます。今回の研究では2018年の第3四半期までのデータを利用しました。貿易摩擦の発端は2018年の3月なので、イベント前後のデータとして有効でした。ただ売上高の区分が大きく、第三国への輸出として集計されてしまっているため、このデータを補う目的で年次統計である「海外事業活動基本調査」も併用しました。現地法人の売上高に占める北米への輸出および北米からの輸入の状況を把握し、対北米の貿易依存度を測りました。

追加関税の影響を受ける在中現地法人を処置群とし、北米貿易依存度の高い子会社と低い子会社では貿易摩擦による影響の多寡に差が出ると仮定して分類し、比較の対象となる中国以外のアジアの現地法人を対照群と位置付けました。この3つのグループの総売上高と第三国向け売上高の推移を観察しました。

また、貿易摩擦が日本の親会社に与える影響について、日本で公開されている企業の財務データと株価データから株式市場の反応を計る2つの指標、累積リターン(CRR)および累積異常リターン(CAR)を使用して、株式市場の反応も観察しています。

――分析からどのような結果が導き出されましたか。

米中貿易摩擦が日本の企業にもたらした、負の影響の実態が明らかになりました。

2018年3月の対中制裁措置発表までは総売上高のトレンドが同じように推移していましたが、2018年1~3月期以降、北米貿易依存度の高い子会社の総売上高は中国以外のアジアの子会社と比べて、急激に減少しました。同時に、北米貿易依存度の低い子会社の第三国向けの売上高も減少したのです。一方で、対照群である中国以外のアジアの現地法人の第三国向けの売上高は減少していないことが確認できました。

また、現地の日系企業に与える影響ですが、回帰分析の結果から、北米貿易依存度の高い在中現地法人は、中国以外のアジアの現地法人と比べて平均的に、総売上高(約5%)と雇用(約4%)が減少していることが確認できました。また総売上高の減少は第三国・北米への輸出の激減(約6%)によるものであることが分かりました。

貿易摩擦の親会社への影響ですが、分析の結果から、3月22日に、対中制裁措置を発表した直後、海外現地生産の北米貿易依存度の高い企業の株価が急落し、北米貿易している中国現地法人を有する上場企業は他の上場企業と比べて、累積リターン(CRR)が平均約0.4%減少したことが分かりました。さらに、在中現地法人が日本からの調達が多い場合、親会社の株価への影響はさらに大きかったです。貿易摩擦の影響はグローバル・バリューチェーンを通じて波及していることを表しています。

対策への手がかりは

――進出予定の企業や国内企業への影響、産業への影響、示唆されることはありましたか。

本研究ではすでに現地法人を持つ企業に注目していますが、これから中国へ進出して現地法人を持つことを計画している企業にも影響があったとは十分考えられます。また、進出していないが、中国へ輸出している企業は、中国需要の減少によって負の影響を受ける可能性もあります。中国進出をキャンセルして他国へシフトしたのか等、観察していくことの重要性を、研究を通して感じています。

日本の調査会社や内閣府の調査に関連して述べると、生産拠点としての進出先を中国ではなく東南アジアに変更または移転することは、特に北米への輸出を目的とする事業の場合、十分可能性があると考えます。ただし進出先を中国以外に変更することが内包する問題もあるので、政策インプリケーションとして後ほど詳しく解説をしていきます。

また影響を受けやすい企業・産業の傾向についても示唆が得られました。論文内では詳しい分析を行っていますが、産業については利用したデータの制約もあり、50人以上の規模の製造業を対象としていました。その中で確認できたこととして、米中貿易摩擦による負の影響の大きかった業種はいずれもトランプ政権が追加関税のリストに挙げた産業で、その中でも機械、化学、鉄鋼産業の売上高や雇用者数が如実に減少したことが明らかになりました。

グローバル・バリューチェーンから世界経済に広がる影響

――グローバル・バリューチェーンについて教えてください。

現在の世界経済においては国境を越えて事業活動を連鎖させていくことで、貿易が拡大し、経済が発展しています。1つの国の事業活動の工程に、海外を経由、介在させることで得られる付加価値も組み込んでいく概念をグローバル・バリューチェーンとしてとらえています。今回の研究対象をこのグローバル・バリューチェーンに照らして考えると、中国にある一部の日本企業が日本から中間材を輸入し、中国で組み立てた製品を北米に輸出するという構図になります。米中貿易摩擦の当事者ではないものの、無関係ではいられないのが現在の貿易の姿です。

貿易摩擦が米国企業と中国企業に負の影響を与え、相互に関税を引き上げる報復関係が貿易規模の縮小を招くというのも当然の話ですが、輸入品には実は第三国の付加価値が含まれています。バリューチェーンを通じて関係諸国も影響を受けているのではないかという視点で先行研究から発展させてきました。本研究でいう第三国は日本ですが、中国の輸出品の持つ付加価値のうち10%強は日本由来の価値です。間接的に日本からの輸入も減少するだろうと考えられます。また中国にとって、日本は重要な貿易パートナーでもありますので、貿易摩擦はグローバル・バリューチェーンや直接投資(FDI)を通じて他国よりも大きな影響が予想されました。

実は本研究独自の視点といえるのが、こうした第三国への影響の分析です。他の研究ではシミュレーションの結果もありますが、企業レベルで個別に分析を行ったのは本研究が初めてでした。

米中貿易摩擦から浮かび上がる課題

――政策的インプリケーションについて教えてください。

まず、グローバル・バリューチェーンでつながる世界経済において、貿易摩擦は、制限措置の発動国と被発動国の双方のみならず第三国(今回は日本)にも確実に負の影響を及ぼすということが分かりました。

各企業で対策が必要になりますが、他国への移転あるいは日本国内への回帰などの状況は今後も追跡調査していきたい点です。今回の場合、単に渦中の中国から撤退して他国に移転するという判断は慎重にしなければなりません。生産性、コストの問題があるためです。特に製造工程の管理について、中国ではすでに効率の高い仕組みが確立されていますが、製造をアジア他国に移転した場合には短期的には同じレベルを維持できず、結果として効率が落ちる懸念があります。時間、投資、生産効率などの面でロスが発生するでしょう。アジア諸国における生産・製造ラインの効率化、サプライ・チェーンの構築も今後の課題です。

また、今回の貿易摩擦で世界貿易機関(WTO)の改革の必要性も浮かび上がってきました。WTOは絶対的な存在ではないにせよ、世界的な貿易を円滑に進める指針としての役割を期待されています。今回のように米国と中国ともにWTOのルールを違反して関税の引き上げをしてしまったことは、すなわちWTOが正常に機能していないことが現状にあるからです。RIETIでは、2019年G20の関連イベントであるThink20(T20)を通じて、国際貿易制度を改善するためにWTOを再活性化するとともに、紛争解決機能を復活・強化させるための政策提言を行いました。今回に限らず、将来も見据えてルールの構築や体制の見直し、改善が必要であるといえます。

日本の労働者への影響については、今回の研究範囲を超えますが、例えば、国際紛争のようなネガティブな出来事が発生して一時的な輸出の減少が起こった場合、その対策として非正規雇用者を減らすことで調整をすることがあります。先行研究では尖閣諸島問題による日本企業への影響が確認できています。当時は日本から中国への輸出が減少しました。

今回の長期化する米中貿易摩擦でも、同様の事態につながるようなことが考えられます。在中日系企業が、中国のみならず日本国内での雇用を調整する可能性もあるのです。

しかしその一方で、2018年6月帝国データバンクの約10,000社を対象とした調査によれば30%の日本企業が「貿易摩擦の対策として日本国内の生産を拡大させる」と回答しています。大企業では20%、中小企業は33%ほどでした。事態が長期化するうちに、一部の海外生産が日本国内に回帰し、国内の労働需要増加によるという、正の影響もあると考えられます。

また近年、減速の傾向にあった中国経済は、貿易摩擦によってさらに減速する可能性があります。それにより日本へ負の波及効果もあると予想しています。いずれも検証を続けていく必要があります。

――今後の展望を教えてください。

今後は2018年の第3四半期以降の新しいデータを入手し、いまだ続く米中貿易摩擦による最新の影響を観察、分析していきます。日本企業の中国からの撤退、アジア他国への移転や、サプライ・チェーンの再編、日本国内への回帰について丹念に観察していく予定です。

また、グローバル・バリューチェーンにより生まれる付加価値貿易のデータを収集し、米中貿易摩擦の前後での日本から中国や米国への輸出の推移や、実際にどれほどの規模で中国を経由しているのか、というような事実の確認も必要であると考えています。実際は米中貿易摩擦の発生以降も、米国の貿易赤字は減少していません。中国との取引が減少したことを補うように、東南アジア、欧州などの他国からの輸入が増加しています。日本から米国への輸出もわずかに増加が見られました。在中現地法人は負の影響を受けつつも、親会社は日本あるいは他の国から直接北米への輸出ができるためです。さらに、日本の推進している環太平洋パートナーシップ協定(TPP)、日-EU経済連携協定(EPA)などの自由貿易協定が今後貿易摩擦の影響を軽減する可能性もあります。そうした関連性や実態について、引き続き精査していきたいと考えています。

図1:海外現地法人総売上高の推移(2017q1=0)
図1:海外現地法人総売上高の推移(2017q1=0)
注:注:Other Asiaは中国以外の現地法人、China, no/low trade with NAは北米貿易依存度の低い在中現地法人、China, no/low trade with NAは北米貿易依存度の高い在中現地法人である。2017年1-3月期の総売上高をゼロに標準化している。垂直線は2018年1-3月期を示している。
図2:日経平均株価
図2:日経平均株価
注:垂直線は貿易摩擦の主な動きの時期を示している。2018年3月22日、トランプ大統領は中国の不公正な貿易慣行に対処するための対中制裁措置を発表した。2018年6月18日、トランプ米大統領が新たに2000億ドル分の中国製品に関税を課す追加制裁の検討を米通商代表部(USTR)に指示した。2019年5月5日、トランプ米大統領は2000億ドル分の中国製品に課す関税を、10日から現在の10%から25%に引き上げると表明した。

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張 紅詠

京都大学経済研究所リサーチ・アシスタント(2010年4月-2013年3月)、専修大学経済学部非常勤講師(2014年4月-2015年3月)、アジア開発銀行(ADB)ヴィジティングスカラー(2016年7月-9月)等。2013年4月より独立行政法人経済産業研究所 研究員。
【最近の主な著作物】"Understanding the International Mobility of Chinese Temporary Workers" The World Economy, March 2019, Vol. 42, pp. 738-758. "Political Connections and Antidumping Investigations: Evidence from China" China Economic Review, August 2018, Vol. 50, pp. 34-41.