Research Digest (DPワンポイント解説)

AIなどの新しい情報技術の利用と労働者のウェルビーイング:パネルデータを用いた検証

解説者 山本 勲 (慶應義塾大学)
発行日/NO. Research Digest No.0130
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AIやIoT、ビッグデータ解析などの新しい情報技術の普及に伴い、労働者の働き方が大きく変わりつつある今、新技術によって雇用が大きく代替されるリスクがあるなど、さまざまな指摘がなされている。山本勲教授(慶應義塾大学商学部)は、今回の研究では、労働者を追跡したパネルデータを用いて、AIなどの新しい情報技術の導入・活用の有無をとらえ、その違いによって労働者のウェルビーイングがどのように変化するかを検証した。マイナスの側面にも目を向けながら、働き方改革との相乗効果で労働者のウェルビーイングを高めるための洞察を得る。

研究の背景と動機

――今回の研究のきっかけについて教えてください。

AIなどの新しい情報技術が進展すると、とても良いことが起きたり、今までになかった価値が生まれたり、というシナリオが強調されることが多くあります。その一方で、雇用の多くが奪われるという脅威も語られており、オックスフォード大学の研究やそれを報じる週刊誌の記事などによっても負の側面が強調されてきました。AIによって輝かしい社会が実現する一方で、恐ろしさがある。そうした両極端な議論がなされています。

長期的に見れば、技術的失業や賃金格差の拡大の可能性は確かにありますが、人手不足解消に役立つこともあります。また短期的に見れば、高齢や体の不自由な方でも働きやすくなったり、働き甲斐を増したりと、ポジティブな変化も期待できます。

そうしたさまざまな影響を丹念に把握していくことは、技術と人の共生には必要不可欠といえますが、今回の研究では、その一歩として、AIなどの新しい情報技術の導入によって労働者の「ウェルビーイング」がどのように変化するのかを検証しています。ウェルビーイングを測る指標として、今回はメンタルヘルスやワークエンゲイジメントなどを用いています。失業や賃金への影響が生じるのは先のことかもしれませんが、新しい情報技術を用いている労働者の主観的な厚生(ウェルビーイング)への影響はある程度早く生じやすいのではないかと考え、まずはそこを検証してみました。

――オックスフォード大学の研究以降、経済学の分野でもそういった研究は増えていますか。

増えていると思います。「雇用が奪われる」可能性が高いというオズボーン氏らによる研究結果が大きく取り沙汰されたのですが、その後の研究としてはOECDのものがあり、研究の手法を変えてみると、新しい情報技術による影響は少ないという結果も出ています。また、MITのアセモグル氏らは、雇用が新たに生まれる可能性などを考慮しながら、産業用ロボット導入の雇用への影響を検証しており、オズボーン氏らの予測とは異なる示唆が得られています。こうしたこともあって、現在の学界では、新しい技術革新の影響を比較的冷静にとらえるようになってきた、という印象があります。

――研究によって、影響の評価に違いが出るのはなぜですか。

影響予測をする際の仮定や分析範囲の違いが要因といえます。例えば、オズボーン氏らは技術的に置き換え可能な雇用についての予測をしていますが、技術の価格や新しい雇用が生まれてくる可能性については考慮していません。ですから、置き換えられる割合の最大値を出しているとも解釈できます。

現実的には、置き換え可能な技術でも高いコストが必要であったり、労働者が使いづらいものであったりすれば、導入は進みません。加えて、新しく生まれる雇用も考慮すれば、影響の評価は変わってくると思います。

また、オズボーン氏らの研究は1つ1つの職業を分析単位として影響予測をしており、同じ職業であれば、同じタスク(業務)を担っていると仮定しています。これに対して、OECDの研究では、同じ職業でも、人によって違うタスクを担っていることが多いことを考慮しています。また、技術が導入されたときに、ルーティンからより高度な、考える必要のあるノンルーティンタスクに変化するということもあると思いますが、1人1人の労働者の従事するタスクを個々に測ったデータを用いていることで、そうした可能性も考慮することができます。

新しい情報技術とウェルビーイング

――ウェルビーイングの定義、今回の研究の特徴を教えてください。

「ウェルビーイング」は日本語で「厚生」に当たりますが、近年では、精神的・身体的・社会的に良好な状態を示す総合的な指標として注目されています。今回の研究では、メンタルヘルス指標、ストレス指標、ワークエンゲイジメント指標、労働パフォーマンス指標の4つに注目し、これらを総称してウェルビーイングと呼んでいます。

産業保健心理学の分野では、メンタルヘルスやワークエンゲイジメントがどのように決まってくるか、という研究が進んでいますが、本研究もそれらの先行研究を踏まえ、産業保健心理学分野の「仕事の要求度-資源モデル」に準拠しました。

このモデルは、労働者のウェルビーイングが仕事の負荷、すなわち「仕事の要求度」が高まると悪化する一方で、支援、すなわち「仕事の資源」が増加すると改善することを示しています。

新技術の導入が仕事の要求度を高めるのか、資源として労働者をサポートするのか、そのいずれが大きいかを推計する実証モデルを考え、RIETIの研究プロジェクト「働き方改革と健康経営に関する研究」で毎年している企業と労働者に対するパネル調査の2年分のデータを用いて検証しました。

労働者のウェルビーイング

――新しい情報技術の導入によって、労働者にはどのような影響がありましたか。

総合的に見れば良い方向に働いているといえます。技術導入されている職場の労働者の方がウェルビーイングは高い傾向があることが統計的に示されています(図)。つまり、新しい情報技術は、仕事の要求度を高くする一面があるものの、労働者をサポートする資源としての役割が強く、結果的に労働者にプラスの影響をもたらしていると推察されます。

図:AI、IoT、ビッグデータの導入がウェルビーイング指標に与える影響(推計結果)
図:AI、IoT、ビッグデータの導入がウェルビーイング指標に与える影響(推計結果)
備考1. ***、**、*印は、それぞれ1%、5%、10%水準で統計的に有意なことを示す。
備考2. 本文の表3から抜粋。いずれも個人属性や仕事特性をコントロールした固定効果モデルの推計結果。表中の棒は、「職場でAI、IoT、ビッグデータを導入していない」あるいは、「導入の計画や検討もない」と答えたサンプルと比較した場合を示している。メンタルヘルス指標およびストレス指標は高得点になるほどメンタルヘルスが悪化もしくはストレスが増大することを意味するが、ここではワークエンゲイジメント指標や労働パフォーマンス指標などのポジティブな指標と合わせて観察するために、尺度を反転させ、高得点ほどメンタルヘルスが良く、ストレスが少ないことを意味するようにしている。

さらに今、働き方改革が進んでいますが、働き方改革と技術導入が同時に行われると、個々に導入する場合よりもウェルビーイングがより高まるという相乗効果も見られます。具体的には、業務の効率化や残業抑制や朝活・夕活の推奨、有給休暇の取得促進といった働き方改革が、AIやIoTなどの新しい情報技術との相乗効果があることが分かりました。一例ですが、勤怠管理やゲート、パソコンのログもIoTの一種と考えれば、こうした技術を活用することによって現状を可視化し、働き方を改善していくことができるといえます。

また、突発的な業務が頻繁に生じる職場ではウェルビーイングが低い傾向があるのですが、そうした職場であっても、新しい情報技術が導入されている場合には、ウェルビーイングがむしろ良くなるという推計結果も出ています。例えば、新しい技術によって突発的な事態を事前予測し、業務量が平準化することで労働者の負荷が下がることが考えられますが、そのようなケースでは技術がまさに仕事の資源として機能しているといえます。

ただし新しい情報技術によってどこでも仕事が追いかけてくるといった負の側面もあり得ます。今回の推計では、在宅勤務ができる環境ではウェルビーイングが低下するという結果も出ています。ただし回答者が実際に在宅勤務制度を利用している本人なのか、あるいは、利用しておらず、単に在宅勤務利用者のしわ寄せを受けているのか、といった点は区別できていないので、解釈には注意が必要です。今後の研究で掘り下げていきたいところです。

――労働者のウェルビーイングは時間を追って変化していくものでしょうか。

その可能性は十分あると思います。また、今回の研究で用いたのは年単位のパネルデータなので、技術を導入して慣れてきている状態をとらえている可能性もあります。一例として、クロスセクションデータを用いた分析で、技術導入している職場の人のストレスは他の人よりも高いという結果も出てきています。新技術の導入・活用はストレスの大きい労働者のいる職場で導入されやすいともいえますが、今回のパネルデータ分析では、導入直後のストレス上昇も1年後には落ち着いてきたりといった時間的な変化の可能性も示唆されます。

――新しい情報技術の導入によって雇用が置き換えられるといわれるルーティンワーク従事者への影響は、どのようになると考えられますか。

今回の研究は、データの制約でホワイトカラー職の正社員を分析対象としています。ですので、非正規雇用者のウェルビーイングに対して新しい情報技術がどのような影響を与えるかは把握できません。一方、別に実施した研究では、労働者の従事するタスクの種類は雇用形態によって大きく異なり、非正規雇用者はルーティンタスクの割合が正規雇用者よりも圧倒的に多いことが示されています。このため、非正規雇用者が今後、新しい情報技術に置き換えられてしまうリスクは高いといえます。

ただ、ウェルビーイングという点では、雇用が継続している間はむしろ働きやすくなるため改善するとも予想できます。例えば電話オペレーターの仕事もAIが音声認識をして応対方法の提案をすることでオペレーターのストレスを減らし、ウェルビーイングを高めることが期待できます。ただし、そこからさらに技術が進歩してAIが顧客との受け答えもできるようになると、オペレーターが必要なくなってしまいます。タイムスパンをどう見ていくかも重要な視点といえます。

また、技術が労働者が担うタスクを代行できるようになったときには、労働者のタスクがより高度なものに移行していく可能性があります。過去に工場やオフィスでオートメーション化が生じた際、うまく配置転換が行われて雇用が維持されたままタスクの種類が変わったと言われていますが、今回も新しい技術導入に伴って労働者のタスク、ひいてはウェルビーイングが変化する可能性は十分あると思います。

――情報技術はこれまでもさまざまなフェーズで導入されてきたと思いますが、コンピュータ導入時のIT化と現在の話は、別の技術革新としてとらえるべきでしょうか。

違うとも延長線上にあるともいえますが、これも研究を通して明確にしていくことが大切だと思っています。ICTが担うタスクはかなり限定されていましたが、AIやIoTなどの新しい技術は、担えるタスクの幅を広げました。少し判断が必要であったり100%定型化されていないタスクも担えるようになっています。

また、機械学習・深層学習はデータを用いた学習が必要となるため、技術を利用する従業員との関係がより密接になるともいえます。これまでの技術は導入時点である程度完成度の高いものでしたが、AIは完成度が低い状態で実用化する傾向にあります。実際に使うことで情報を蓄積・学習して精度を高めていくため、導入初期はAIの精度が良くないことで苛立ちが生じたり、ストレスがたまりがちになるなど、ウェルビーイングは下がることが予想されます。その一方で、学習を通じてAIの精度が高まってくると、自らの雇用に対する不安が募りやすくなることも考えられます。こうした点も、今までのICTとは異なる側面といえると思います。

――職場への情報技術の導入が過渡期にある今、この研究は政策に対してどのように寄与し得るでしょうか。

今回の研究では、AIなどの技術導入のポジティブな影響の存在が初めて示せたといえますが、政策につなげるにはさらにどのような影響が生じるかのエビデンスを積み重ねる必要があるといえます。とはいえ、今回の研究から言えることとしては、技術の活用によって(雇用があるうちは)労働者のウェルビーイングが高まる可能性があるため、現在行われている働き方改革などに積極的に技術を活用するような政策的な方向付けが有用であることかと思います。

――今回の研究対象はどのような企業ですか。

先進的に取り組んでいる企業ばかりではありません。AI、IoT、ビッグデータを導入している職場は非常に少なく、いずれかを導入しているのが10%強くらいでした。ただ注意が必要なのは、企業ではなく労働者の回答に基づいた数値ですので、労働者が知らぬ間にAI、IoT、ビッグデータが導入されている可能性もあります。

今後の展望

――これからの研究を通じて、不透明な部分をどのような方法で明らかにしていきますか。

始めたばかりの検証ですが、継続が大事だと考えています。データを整備しつつ、研究を継続していきたいと思います。長期間のパネルデータが得られれば、AI導入前後の変化を明確に捉えることができるため、さまざまな事象への影響を把握することができます。

また、今後は雇用への影響が出てくる可能性もあります。今はウェルビーイングに焦点を当てていますが、次はタスクの変化、次いで雇用の変化なども丹念に見ていきたいと思います。冒頭で申し上げた、AIは輝かしいもの、あるいは怖いもの、といった表面的なイメージにとどまらず、地道にプラス面とマイナス面を掘り下げて冷静な議論につなげていきたいと思います。

解説者紹介

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山本 勲

1995年日本銀行入行、2005年日本銀行金融研究所企画役、2007年慶應義塾大学商学部准教授、2014年より慶應義塾大学商学部教授。2018年11月までRIETIファカルティフェロー。
【最近の主な著作物】『実証分析のための計量経済学:正しい手法と結果の読み方』(中央経済社・2015年)、『労働時間の経済分析:超高齢社会の働き方を展望する』(黒田祥子氏との共著)(日本経済新聞出版社・2014年)等