Research Digest (DPワンポイント解説)

日本における連鎖倒産の実証分析

解説者 荒田 禎之 (研究員)
発行日/NO. Research Digest No.0129
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現代経済では、企業の1社1社が独立して存在しているのではなく、取引を通じて互いに関係している。従って、ある企業の倒産はその企業自体の倒産にとどまらず、取引先の倒産を連鎖的に引き起こし、経済全体にとっても甚大な影響を与える可能性がある。このようなシナリオはイメージするのは容易であるが、実際のところ日本全体で連鎖倒産はどの程度発生しているのだろうか。また、連鎖倒産の防止のための政策は現実に実施されているが、その政策の是非や費用対効果を検証するためには、実際の連鎖倒産のリスクを定量的に評価しなければならない。荒田禎之RIETI研究員はこの点について、東京商工リサーチ(TSR)の企業間取引関係のデータと倒産情報(2013年から2017年)と組み合わせることによって、実際に倒産が取引ネットワークを通じて伝播していく様子をとらえることを試みた。さらに、スーパーコンピュータ「京」を使った分析を行うことで、ネットワーク構造と連鎖倒産のリスクの関連について分析した。

研究の背景と動機

――今回の論文を書かれたきっかけはどのようなものだったのでしょうか。

アセモグルの論文(Acemoglu, Daron, et al. "The network origins of aggregate fluctuations.")に代表されるように、マクロ経済学の分野では企業間取引ネットワークについて理論的な研究は盛んに行われています。関連するテーマとしては、昔から産業連関分析のように、産業レベルでのデータを使っての分析がありますが、さらに踏み込んで企業レベルで考えるというのが近年の研究の方向性です。ただし、データへのアクセスやコンピュータでの計算時間の問題から多くの先行研究は理論的なものが中心でした。その理論研究の予測が実際にはどの程度当てはまるのだろうかというのが、研究の動機です。

――経済学的にもアセモグルが注目を集めているということですが、この論文の倒産という角度は新しい着目点ではないでしょうか。

はい。もう1点、局所的な性質と大域的な性質はまったく違うということも強調しています。ある企業が倒産し、それが原因となって取引先企業が倒産するというケースというのは実際に観察される現象ですが、この研究で対象としたいのは、よりマクロの視点です。つまり、局所的に連鎖倒産が発生するかどうかがメインの分析対象ではなく、経済全体として見たときに連鎖倒産がどの程度の広がりを持つのかを、実際にデータを使って分析したということです。

――政府の対策として、セーフティネット保証制度についてはどのように評価されていますか。

一般に、政府が企業・銀行よりも詳細な情報を知っているとは考えにくく、銀行の貸し出しの決定について政府が外からやってきて、「いや、こうすべきだ」と介入すべきではありません。また、特定の企業は救済し、別の企業は救済を行わないというのでは、公平性に関しても問題があります。基本的に民間のことは民間に任せるべきであって、政府の介入は何か特別な理由があって初めて正当化されるべきものと考えています。この正当化の根拠としてよく挙げられるのが、マクロ全体へのリスクというものです。例えばある特定の企業を救済する場合、その企業の救済自体が最終的な政策目的ではなく、その企業の倒産が地域経済の混乱や社会全体に悪影響を引き起こすリスクがあるため、それを防止することが政策目的であるというものです。従って、前提としてリスクの定量的な評価が必要であり、今回の研究の目的もこの部分です。そして実際のデータを用いた結果、これまで強調されてきた連鎖倒産のマクロ全体へのリスクというものは、実際にはそれほどないのではないかということです。

取引関係のネットワーク構造がショックを吸収する

――ネットワーク構造がショックを吸収するというのは、どういうことなのでしょうか。

企業同士が繋がっていない状況であれば、個々の企業は独立して倒産するので連鎖倒産というものはあり得ません。しかし、企業同士が少しずつ繋がるようになれば倒産という負のショックが伝播するパス・経路ができ、連鎖倒産の確率は上がってくるわけです。その一方で、逆の極端なケースとして、全ての企業が互いに繋がっている場合を想定してみてください。この場合、1つの企業がつぶれたとしてもそれは日本全体の数百万社分の1の企業が倒産するだけで、企業にとって大した影響はありません。つまり、ネットワークが密に繋がっていることによってむしろそのショックがマクロ全体で吸収されるので、連鎖倒産が起きにくいという状態になります。ここまでは理論的に導き出される予測ですが、問題なのは実際の日本経済はそのどちらに近いのかという点です。データを使って分析をすると、実際のネットワークではどうやら後者の効果が支配的で、ネットワークは連鎖倒産をむしろ抑制する方向に働いているということが分かりました。

――論文では取引先が3つの場合、倒産する取引先が50%を超えると倒産確率が3倍になるとありましたが、なかなかその50%は超えないという理解でよいのでしょうか。

いえ、主要な取引先が2つとか3つという企業も多数存在するので、その取引先の倒産によって連鎖的に企業が倒産するというケースは珍しくありません。ただ注意する点は、企業の倒産が取引先の倒産を引き起こし、また次の取引先企業の倒産を引き起こすというように、次から次へと倒産がポンポンと繋がるケースは、実際には起きていないということです。つまりあくまで局所的な連鎖倒産はあり得るけれども、あくまで局所的にとどまり、マクロ全体に倒産がポンポンと広がることはない。それはネットワークがそういう連鎖倒産を起きにくい構造を持っているためで、あくまで連鎖倒産は局所的で収まって、マクロ全体への脅威にはならないということです。

――何社ぐらいまで繋がるものなのでしょうか。

ネットワークの連結性を表す概念に弱連結要素(WCC)というものがあります。これはネットワークの中で直接・間接的に繋がっている企業群を取り出したものです(図1)。企業AとBがネットワーク上繋がるという意味は、例えば「企業Aのサプライヤーのサプライヤーの顧客のサプライヤーが企業B」というような形で、取引関係を追っていけば企業A、Bを繋げることができるという意味です。従って、このWCCに含まれている2つの企業を取り出せば、それらを繋ぐネットワーク上のパス・経路が必ず見つけられるというものです。実際のネットワークでこのWCCを探し出すと、WCCはとても大きく、100万社の内の約8割はこのWCCに含まれます。つまり、たいていの企業は一見すると無関係であっても、直接・間接的な取引関係によって繋がっているということです。加えて、これらの企業はネットワーク上の比較的短いパス・経路(平均では4社程度)で繋がっています。言い換えれば、倒産が激しく起こっていれば大多数の企業を連鎖倒産で巻き込めるはずです。しかしながら、実際にはそんなことは起こっていません。

図1:最大規模の連鎖倒産
図1:最大規模の連鎖倒産

――分析上、苦労された点はどういうところでしょうか。

やはりコンピュータによる実際の計算が大変でした。対象としている企業数が多いというのもそうですが、何月何日にある企業の倒産が発生して、その次の日にまた別の企業の倒産がというのを追っていく必要があり、かつそれが約1,000日×約100万社という感じですので、実際に計算しようとするとややこしかったです。そこで、スーパーコンピュータ「京」を活用しました。今や並列コンピュータは研究目的であれば比較的簡単に利用できます。「スパコン=何か仰々しいもの」というよりは、計算が煩雑になってきたらスパコンも試してみようかなというようなものです。

――理論研究から実証研究へはスムーズに移行されたのでしょうか。

最初は私も連鎖倒産はたくさん出るものだと考えていました。実際に取引ネットワークは高い連結性があり、負のショックが伝播するパス・経路は存在しているので、マクロ全体に波及するような連鎖倒産も原理的にはあり得るはずです。しかし、多くの倒産のケースは取引先の倒産を引き起こしておらず、また連鎖倒産があったケースでも小規模の局所的なものしか発生していませんでした。だから連鎖倒産は原理的にはあり得るはずだけれども実際にはほとんどないということなので、最初の方針を転換しました。

――海外でもこういった研究はされているのでしょうか。

取引先が倒産した場合に未回収の売掛金のような債権があって、そのために資金繰りが悪化し企業の倒産確率が上昇するのではないかという実証分析は、海外でも以前から行われています。ただ、それらは倒産確率を決める要素として未回収債権が重要かどうかを議論しているのであって、企業間の取引ネットワーク全体の構造を考慮しているものではありません。

政策へのインプリケーション

――分析から得られるインプリケーションとして、中小企業政策に対して何か提案や助言等があればお願いします。

例えばセーフティネット保証制度においては、連鎖倒産のリスクが大きいと判断された場合、それを回避するために倒産企業の取引先が特別枠の融資を受けられるという制度が存在します。しかし、これらが発動されるかどうかは政策当局の裁量に依っており、その判断は主観的なものにならざるを得ません。今後もさまざまなデータが利用可能になっていくでしょうし、データに基づいた客観的な判断・評価はますます必要となっていくと考えています。

――政策に取り入れられる面白い分析アイデアがあれば教えてください。

ネットワークの連結性を表すもう1つの指標として、強連結要素(SCC)というものがあります。ちょっと複雑ですが、これはWCCに含まれる企業群の中でさらにネットワークの向きを考慮したもので、企業同士が直接・間接的なサプライヤーであると同時に顧客であるとき、それらの企業をSCCに含むと考えます。例えば運送業の企業があり、トラックの部品を運搬しているとします(企業A)。その部品を別の企業が組み立て(企業B)、また別の企業がトラックを販売したとします(企業C)。このトラックを運送業者である企業Aが購入したとすると、企業Aは企業Cにとっては間接的な仕入先・サプライヤーですが同時に顧客にもなります。つまりサプライヤーを順番に追っていくと、ぐるぐる回って元の企業に戻るというループ構造があるのがSCCの特徴です。実際のデータでは全企業の内、約40%はこのSCCに含まれ、このような構造のため、風上・風下といったようにネットワークをレイヤーに分けるのは意外と難しくなります。

図2:取引ネットワークの弱連結結合
図2:取引ネットワークの弱連結結合

――それを聞くと倒産の影響もぐるぐる回っている感じがしますが、連鎖倒産の話は聞かないのに、逆になぜみんなあると思ってしまったのでしょうか。

私は先行研究の、特に理論研究において、連鎖倒産のマクロ全体へのリスクというものは強調されすぎているのではないかと考えています。個々のレベルで見れば確かに発生しているものの、そこから飛躍してマクロ全体で見て大変な状況が起きるということにはならないということです。特に「リスク」という言葉はとても多義的で、また実際に見えにくいものでもあるので、研究者に限らず曖昧に使ってしまいがちと思います。もしかすると、そのようなリスクを強調する方が人口に膾炙するのかもしれませんが。

倒産による企業の新陳代謝

――そもそもの倒産のとらえ方についてお聞かせください。

倒産というとどうしてもネガティブなイメージがあると思いますが、社会全体として考えた場合には決してマイナスなものではないと考えています。倒産というのは経済学っぽく言えば、非効率なところで働いている人材や資源をもっと効率的なところに移動させることによって、最終的に社会全体にとってプラスになると考えられるわけです。むしろゾンビ企業のように非効率で、ただ無為に人材と資源を浪費している企業をずっと残しておく方がマイナスといえます。従って、人材の移動、つまりは転職が難しいということが問題の本質であって、倒産自体は経済成長のための新陳代謝として必要なものだと考えています。

今後の研究の展望

――公務員に対して、コミュニケーションの在り方や接点の持ち方についてお考えがあれば共有していただきたいと思います。

やはり政策当局者としての興味・関心と研究者の持っている興味・関心とは異なる部分が多いので、議論をしていても噛み合わないということは往々にしてよくあるわけです。同じテーマを共有しているはずなのに、何かすれ違っていると。研究者としては研究結果を正確に伝えたい、従来の研究とは異なる点、オリジナリティを強調したいという気持ちがあるかとは思いますが、政策当局者の興味・関心は必ずしもそれではないので、研究者としてもまず、相手の興味・関心の把握に努めなければならないと感じています。

そしてもう1点、あくまで研究者の書く論文は学術的な関心が前提であるので、その論文がそのまま直接政策立案に役立つというわけではないと思います。つまり、その研究が実際に役に立つためには、政策当局者の抱えている問題に沿って微調整ができるような形になっていなければなりません。従って、研究で使ったプログラムやコードを使いやすい形で公開しておいて、あとは使いたい人が適宜、修正しながらという方が現実的ではないかと考えています。研究それ自体のためだけではなくて、他人が利用することも考慮に入れることは、研究者の責任としてこれからもっと求められることなると考えています。

――今後の研究の展望についてお聞かせください。

ここ数年における傾向ですが、大規模データの利用は今後ますます促進されると思いますし、経済学という学問分野も大きく影響を受けることになると思います。特に、従来使われてきたような経済学的なデータが大規模になるだけでなく、FacebookやTwitterのようなテキストデータなど、さまざまなデータへのアクセスが可能になりつつあります。そこで問題は、このような大規模データを研究にどう生かすかであり、従来の統計方法を単に大規模データにも適用するだけでは不十分です。よりデータ・ドリブンな形で大規模データの特質を生かした分析方法がますます求められるようになると考えています。

そこで、私が次にやろうと考えているのが機械学習・深層学習の経済データへの応用です。機械学習・深層学習やAIというと、どうしても経済学からは遠い世界のものという印象があるかもしれませんが、これもスパコンと同じようなもので、ハードウェアの進化や便利なソフトウェアの開発によってどんどん垣根が下がってきているように感じています。実際に、機械学習・深層学習を経済学研究に応用しようとしている海外の研究者も増えつつあります。もしかすると数年のうちにWordとかExcelを使う感覚で機械学習・深層学習ができるようになるかもしれません。そもそも経済学は数学や統計などと密接に関連しており、学際的な傾向が強い学問ですが、これからはさらにコンピュータ科学の知見も活用して、新しい研究・分析に取り組みたいと考えています。

解説者紹介

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荒田 禎之

2013年4月 - 2015年3月 日本学術振興会特別研究員(DC2)、2015年 - 2017年 立正大学経済学部 非常勤講師、2015年4月 独立行政法人経済産業研究所 研究員。
【最近の主な著作物】"Aggregate implications of lumpy investment under heterogeneity and uncertainty: a model of collective behavior," Evolutionary and Institutional Economic Review, 14(2), 311-333, 2017. (with Yosuke Kimura and Hiroki Murakami)、"Endogenous business cycles caused by nonconvex costs and interactions," Journal of Economic Interaction and Coordination, 12(2), 367-391, 2017等