Research Digest (DPワンポイント解説)

高齢者介護サービスについての選好調査:コンジョイント・サーベイ実験による推定

解説者 殷 婷 (研究員)
発行日/NO. Research Digest No.0128
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超高齢社会に突入した日本では、高齢者介護への需要が増大し、介護労働者の人手不足の問題が深刻化している。介護保険制度や各種補助金、規制などを用いて、いかに介護サービスの供給量を拡大させるかが、喫緊の政策課題となっている。介護について「量」の問題を考察した学術研究は多く存在するが、「質」の問題に取り組んだ先行研究は限られている。殷婷RIETI研究員は、コンジョイント実験法を用いて、「質」の問題に焦点を当てた先行調査を実施。その分析結果を基に、介護の質と量の問題解決の両立を図るための政策的含意を論じている。

研究の背景と動機

――今回の論文の背景、動機を教えてください。

2017年7月に、「日本と中国における介護産業の更なる発展に関する経済分析」プロジェクトをRIETIで立ち上げました。今回の論文は、そのプロジェクトの業績の1つです。

本プロジェクトでは、日本と中国の研究者が共同研究を実施しています。しかし日本と中国の介護産業は全く土台が異なり、比較研究まではできないため、日本の場合は供給側と需要側に、中国の場合は需要側に焦点を当てて研究を進めています。今回の論文では、日本の介護の需要側について分析しました。日本では超高齢社会に突入し、高齢者の介護への需要が拡大し、介護労働者の人手不足の問題が深刻化しています。伝統的な"家族による介護"モデルが持続不可能となり、介護保険などの公的制度に裏打ちされた、今までの介護市場を通じた"社会による介護モデル"がより一層重要になることが予想されています

介護労働市場における人材不足の問題や、介護保険の財源確保の問題は、頻繁に議論されており、主に介護保険制度や各種補助金、規制などを用いて、介護サービスの供給量をいかに拡大させるかが、政策課題になっています。一方、介護サービス自身の質に関しての議論は、まださほど重視されていません。しかし、いかに高齢者に望ましい介護サービスを提供するかも、大きな政策課題になっていると考えます。利用者がどのようなサービスを望んでいるのか、彼らの有する需要関数がどのようなものになるのか、といった基礎情報について、大規模なデータに基づく実証研究は存在していないのが現状です。そういった基礎情報を明らかにすることにより、将来の政策立案の際に、基礎的なエビデンスを提供できるのではないかと思い、本プロジェクトの1つの研究課題として研究を行いました。

――先行研究との主な違いはなんですか。

介護サービスの需要調査は、医療サービスなどのそれに比べ、まだ世界的にも希少です。その理由の1つとして、介護サービスは、提供サービスの内容や価格設定など、多くの属性を持っており、需要構造の推定が難しいためです。介護の量の問題について考察した先行研究は、すでに多く蓄積されていますが、質に対しての先行研究、特に利用者が望むサービスの在り方を量的に分析した研究は限られています。

しかし質の問題について考察することは、実は量の問題にも繋がっており、含意をもたらしています。1つの例としては、介護労働者の不足問題を解決するため、外国人介護労働者の活躍が期待されています。しかし介護では高度な対人コミュニケーション能力が求められるため、言語や文化が異なる外国人介護労働者に対して忌避感を持つ日本人が、決して少数ではありません。そのような忌避感を緩和しない限り、外国人介護労働者を通じて量の問題を改善することは難しいと予想されます。

本研究では、以上のような問題を考慮に入れながら、介護の質の問題、特に利用者の家族が望むサービスとはどのようなものかを、仮想実験法を用いたインターネット調査から得たデータを用いて実証分析を行いました。

コンジョイント実験法による選好調査

――コンジョイント・サーベイ実験とはどのようなものですか? また今回の調査で取り入れたその他の手法についても教えてください。

コンジョイント・サーベイ実験は、仮想実験法、コンジョイント実験法とも呼ばれ、元々は経営学、政治経済学の分野でよく使われている手法で、近年は環境経済学でも使われています。1つの商品を開発するとき、市場はどうなっているか、商品の価格をどう付けるか、また消費者はどのようなものを望んでいるか、といった事前調査のために、頻繁に使われる手法です。

コンジョイント・サーベイを介護の分野で使うのは新しく、その意味で今回の研究はユニークですが、この手法は、新たなサービスや商品が次々と誕生する介護市場にとって、実はぴったりなものだと思います。

コンジョイント実験法では、各属性の値の設定方法が重要で、多くの議論が積み重ねられてきました。近年ではHainmueller, Hopkins & Yamamoto(2014)で提案された実験デザイン、およびデータの解析手法を用いた研究が急速に増えています。今回の論文でもその手法を使わせていただきました。

この手法の利点は、サービスの各属性の値をランダムに設定することで、属性が持つ因果関係の正確な推定を可能にできる点です。また分析する際に、さらに以下の利点があります。まずサービス料金を完全にランダムに設定することで、理論的な仮定を置かなくても、需要関数を推定できます。また、サービス内容が変化することで、どのように需要が変化するかを、明らかにすることができます。さらに推定された需要関数を用いることにより、ある介護サービスが提供されることで生み出される消費者余剰を推定できます。

今回の調査では、データを収集、蓄積、構築するだけでなく、その後、各属性が需要に与える因果関係を明らかにし、実証的厚生分析の手法を導入して、消費者余剰や補助金の厚生分析も行いました。また、経済学における合理的選択のモデルに基づき、ノンパラメトリック推定も行いました。今までのパラメトリックの推定だと、いろいろな仮定を置かなければなりませんでしたが、今回はノンパラメトリック推定により、単に1つの仮定、つまり価格が上がると需要が減る、という仮定を置いて計算しました。ですからコンジョイント実験法だけではなく、経済学のモデルと一緒に組んで計算したのです。

――アンケートの回答者と具体的な中身はどのようなものですか。

今回は、介護保険料を払い始め、介護に対して関心を持ち始めている、40歳から59歳までの層を対象にインターネットアンケートを行いました。まず仮想的なサービスを提供する介護施設を回答者に複数提示し、どの施設を利用したいかを回答してもらうことにより、サービスに関する需要構造を推定しました。例として、図1では施設Aと施設Bというように施設を2つ示し、それぞれの施設は3つの属性(利用料、食事、医療サービスの有無)で特徴付けられています。食事に関しては、通常の食事または有機食材を使った食事です。回答者には将来自分の親に介護が必要になったときに、どちらの施設を利用したいのかを回答してもらいました。

図1:コンジョイント実験例
図1:コンジョイント実験例

――今回の研究で質にアプローチする際、本人ではなく家族の選好を聞いていますが、そこに着目された理由は何でしょうか。

家族自身も潜在的な将来の利用者です。また高齢者に介護が必要になる場合、本人ではなく家族が介護サービスを選んでいる場合が少なくありません。特に中国や日本のアジア文化圏では、サービス利用者本人が選ぶより、家族全員で相談するケースが多いかと思われます。今回は、家族としてどう選択するかの回答を期待しました。そのため回答者が、将来自分が利用するかもしれないという視点と、自分の親が介護施設に入るようになったときにどうかの両方を想定しながら回答されるのを避けるため、質問票では「あなた自身あるいは配偶者の親」と明記し、「自分の将来ではなく、自分の親の場合は、どのように考えていますか」と聞きました。今後調査費用が確保できれば、直接サービス利用者本人にも聞きたいところですが、介護施設に入居している高齢者に対してインターネットサーベイを行うことは、少し難しいかと思っています。

研究結果と政策へのインプリケーション

――今回の研究結果の主なポイントは何でしょうか。

重要な研究結果としては、まず入居する部屋の条件です。部屋の利用料金、また個室か相部屋か、という条件がとても重要であり、消費者余剰に一番影響を与える要因であることが分かりました。自宅から介護施設への距離に関しては、中距離の需要が一番高い結果が出ました。距離が30分から90分まで長くなると、需要が7%程度減る解釈です。(図2)

図2:各属性が需要に与える影響
図2:各属性が需要に与える影響

また訪問診断など、追加的な健康サービスを提供する介護施設に対する助成金がおそらく最も正当化されることが、今回の結果で示唆されました。この点に関しては、支払い意思額、すなわち、ウィリングネス・トゥ・ペイを計算することにより助成金および消費者余剰の効果を分析しました。

利用者本人が直感で重視する部分は、訪問診断などの追加的医療サービス、また食事は有機食材かどうか、といった環境サービスであろうと予想していました。しかし今回、回答者は家族なので、重視された点は価格と部屋の条件でした。これに対して医療サービスと環境サービスは、ほとんど有意な結果が出ませんでした。利用者の家族にとっては、医療サービスと環境サービスより、部屋の条件のほうがもっと重要であり、相部屋に対してはとても敏感であることが分かりました。

――特に特徴的な結果である、距離と部屋の点を中心に、今回の研究における政策的なインプリケーションについてお考えを聞かせてください。

まず1つ発見としては、政策をたてる際、対象を明らかにする必要があることが分かりました。例えば利用者本人が回答者であれば、介護施設から家までの距離はさほど重要ではなく、医療サービスや環境サービスが重視されるかもしれません。逆に距離が遠くても、うるさい都心から離れて静かなところを好むかもしれません。

今回のアンケート回答者である今の40歳から59歳の世代は、プライベートを重視して、個室を望む選好を持っています。しかしその潜在的利用者の世代も、実際の利用者になると選好が多少変わるかもしれません。ただその度合いがどう変化するか、現時点では分かりません。年を取ると不安が増し、医療サービスの充実度をより重視するかもしれませんが、やはり個室への選好も残っているかもしれません。今回の結果から、個室というプライベートの選好がとても高いことが分かりました。介護施設に関する政策を作る際、そういった面も考慮に入れながら進めたほうが良いと思います。

介護サービスの量と質の両立という観点からは、介護労働者の国籍が持つ効果も重要であることが示唆されています。介護労働者に外国人労働者も含む場合、需要が5%程度低下することが分かりました。それは他の属性と比べて、特に大きな効果とは言えませんが、やはり外国人介護士の存在が、需要を減らす結果は無視できないところです。今は外国人介護士も採用し、活躍させることで、介護労働者の人手不足の解消が期待されているのですが、今回の調査から見ると、介護職はコミュニケーション能力と介護スキルの両方に高度な技能を求められている職種であるため、言葉や文化が違う外国人に対して、忌避感を持っていらっしゃる日本人が少なくないと思われます。もし今後も外国人介護士を積極的に受け入れたい場合は、潜在的利用者が持つ忌避感を緩和するような政策、語学力、介護技能の公的保証や、そのような制度の存在を周知するための広報活動なども、充実する必要があるかと考えられます。

今後の研究への展望

――中国に関しても、今回取られたアンケートのような手法による需要の分析を行う計画はありますか。

はい。現在中国では、介護市場という大きな枠は存在していますが、実際に中国の高齢者が、どのような介護サービス、高齢者向けの商品を望んでいるかは未知の世界です。日本では、すでにこれらに関してノウハウなどをたくさん蓄積していますが、両国の国民の国民性、文化、習慣も違うように、そのまま持っていくことはできません。そのため中国でその手法を使って、データの構築をする必要があると思っています。

しかし中国ではまだいろいろな条件、許可が厳しいことと、今回のプロジェクトが2019年6月で終了することから、次の課題として続けていく考えです。すでに中国の共同研究者の間では、調査の必要性は十分認識しているのですが、大規模なサンプルを取得するための費用や調査の実施許可を確保しながら進めていく予定です。

――今回の成果を介護政策に活かすことを考えた場合に、さらに必要となる研究は何か、また、この制約がクリアできればより政策と研究とのギャップが埋まるのではないか、といった点はありますか。

今回の論文は、先ほどもお話しした通り規模がまだ小さいので、需要関数自体の推計ができませんでした。まずは需要関数を推定するために、サンプルを増やす必要があります。実際、今回の補足編として、在宅介護サービスの需要について大規模な調査も終わり、現在分析段階に入っています。また結果が出次第報告します。

また分析手法に関しては、蓄積された計量手法の中から、できるだけデータに合う手法を使って、相関ではなく因果関係を検出する必要があります。可能であれば、制約を減らした分析を行いたいです。例えば、強い仮定を置かずに、緩めの仮定のもとで分析するということです。今回は、まず経済学の中の合理的選択モデルのもとで、自身の好み、選好と整合的な選択を行いました。ただ既存のアプローチだと、パラメトリック推定において、正規分布など強い仮定が置かれます。バタチャリア(Bhattacharya)の2015年の論文にあるノンパラメトリック推定を使うと、たくさんの属性を持つ財に関して、推定を拡張できます。利用料金に対しての単調性だけが必要な仮定となり、単調性を満たし、かつサービスの質が同じならば、利用料金が安いサービスを好むという仮定は割と合理的です。実際本論文の中でも、いろいろそのような工夫をしながら行いました。

また実証研究は、テーブルで学術論文を読みデータ収集をし、計算して出すだけではなく、現地調査が一番重要だと思っています。現地に足を運び、現地の状況を見ることで、より現実に近い仮説を立てることができますし、モデルも組めますので、問題意識を多く発見できるかと思います。

本論文では、介護産業に関する経済分析の1つ重要なテーマとして、まず介護施設に関して調査を行いました。しかし利用者が多い介護サービスは、施設介護よりも訪問介護です。現在サンプルを増やして実施している大規模な調査では、施設介護ではなくて訪問介護をメインにした内容となっています。またこちらの大規模な調査では、サービスだけではなく、介護政策、教育政策といった政策の好み、選好に関しても聞きました。さらに、見守りシステムなど介護ロボットの利用、買い物代行や理美容サービスといった混合介護はどう考えていますかといったことも含めて、実際に介護を受ける前の潜在的な人たちに調査しています。

解説者紹介

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殷 婷

2004年 中国上海対外経済貿易大学外国語学部ビジネス日本語学科卒業、2012年 大阪大学経済学研究科経済学博士号(D.Phil.)取得。日本学術振興会特別研究員、帝塚山大学経済学部非常勤講師等を経て、2013年4月 経済産業研究所研究員、同年5月から大阪大学社会経済研究所招へい研究員。
最近の主な著作物:"Widow Discrimination and Family Care-Giving in India: Evidence from Micro Data Collected From Six Major Cities," (with Yoshihiko Kadoya), Journal of Women & Aging, Volume 27, Issue 1, Spring, 2015.