Research Digest (DPワンポイント解説)

労働時間短縮では解決しない諸問題

解説者 森川 正之 (副所長)
発行日/NO. Research Digest No.0123
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昨今の「働き方改革」では、長時間労働の是正が政策課題の柱となっている。しかし、議論すべき課題は、単なる労働時間の量的な長さだけではない。森川正之RIETI副所長は、オリジナルなサーベイ・データに基づき、①急な残業や休日出勤など就労スケジュールの不確実性、②通勤時間の長さも、ワーク・ライフ・バランスを含む労働者の厚生に大きく影響すると分析している。就労スケジュールの不確実性に対して、労働者の負担と企業にとっての利益という観点からは、不確実性の負担に対して補償するような高い賃金設定に合理性があるが、現在の労働市場で支払われている補償賃金は、労働者が望む水準に比べると少ない。また、長時間通勤に対しては、テレワークの普及などが有効な対応策となる。

長時間労働の削減だけでない働き方改革の課題

――今回の2つの研究に取り組もうと考えたきっかけは何だったのでしょうか。

働き方改革実現会議が昨年まとめた「働き方改革実行計画」(2017年3月)からも分かるように、今の日本では長時間労働の是正が重要な政策課題となっています。しかし、私は長時間労働の是正だけに焦点が当たっていることに違和感がありました。労働時間だけでなく、それ以外にも重要な課題があるからです。

まず、「就労スケジュールの不確実性と補償賃金」を研究する遠因になったのは、経済産業省で仕事をしていた時に、ある女性職員から聞いた言葉でした。彼女は子どもを迎えに行く必要があったのですが、国会対応業務で予想していない待機がかかるので困っていました。官庁において国会対応業務は、翌日の質疑が入りそうになると、夜間の待機、答弁資料作成など、予期せざる長時間残業が発生する、典型的な就労スケジュールの不確実性の例です。いつそうなるか予測できないため、事前にベビーシッターを頼むこともできません。「看護師のような仕事は、もちろん労働時間も長く大変だけれど、シフトがはっきりしているから、必要な時に前もってベビーシッターを頼むことができる点が違う」と聞きました。

このエピソードからも、労働者にとって、労働時間の長さだけではなく、予期していなかった急な残業や休日出勤、有給休暇の計画的な取得の難しさといった就労スケジュールの不確実性(=予測不可能性)の影響が非常に大きいことが分かります。

また、今回の研究では国際比較まではしていませんが、日本では海外に比べて労働時間の不確実性が多く発生しているのではないかと思われます。例えば日本企業の「営業」という職種は独特で、顧客・取引先の突然のクレームへの対応、急な事件や事故への対処といった事前の就業スケジュールに対する攪乱要因が数多く存在します。これらへの対処は、労働者の負担となる一方、企業にとっては生産性や収益性の面で大変なメリットであるわけです。そうだとすれば、それに対する賃金プレミアムすなわち補償賃金があってしかるべきだと思い、実際にどうなのか検証することにしました。

次に、「長時間通勤とテレワーク」の研究に取り組むようになった背景としては、私が長くサービス産業の生産性について研究を行ってきたことがあります。経済活動が大都市へ集中すると、サービス産業の生産性が向上するというメリットと同時に、長時間通勤の労働者が増えるというデメリットがあります。

通勤の長時間化には、女性就労(特にフルタイム)の抑制というマイナスの面があります。子育て期にあたる25〜44歳の女性の就業率は、東京都に接する3県(埼玉県、千葉県、神奈川県)や大阪府への通勤圏に位置する奈良県で低くなっています。これらの地域は長時間通勤の労働者が多い都道府県で、25〜44歳の女性の就業率が低い理由も長時間通勤に起因していることを示唆しています。

サービス産業の生産性を上げながら、この問題を解消するにはどうすれば良いか。私は大都市圏での保育所の整備や通勤インフラの改善が大事だと考えていますが、都市圏における仕事と家庭生活の両立の観点からテレワークも1つの有効な手段だと思い、研究対象にしようと考えました。

日本は国際的に見ても長時間通勤者の多い国です。さらに、日本の労働時間と通勤時間の長期的な推移を「社会生活基本調査」(総務省)のデータで見ると、労働時間が減少してきたのとは対照的に、通勤時間は増加傾向にあります。これは、東京をはじめ大都市圏への人口集中による地理的構成の変化によるものではなく、全国的な現象です。その意味でも通勤時間に着目すべきだと考えました。

――今回の研究の新しい点はどのようなところだといえるでしょうか。

今回の2つの研究は、ともに約1万人の日本人を対象にした独自のサーベイ・データを基に行いました。国内・海外を問わず長時間労働については多数の研究がありますが、就労スケジュールの不確実性を扱ったものはほとんどありません。通勤時間の問題は、樋口美雄先生が以前からしばしば指摘されていましたが、労働経済学の観点から通勤時間を扱ったフォーマルな研究は多くありません。その意味でこれらの研究は、日本における新たな観察事実を提示するという点で貢献があると考えています。

論文の中でも引用したMas and Pallais(2017)は、就労スケジュールの予測可能性がないことのコストを分析した海外の先行研究ですが、これは本当にまれな例です。就労スケジュールの不確実性についての研究が少ないのは、不確実性に関する統計データがなく、労働時間に比べてその実態が捉えにくいためだと思います。

通勤時間は、勤務先だけでなく、居住地の選択という個人の意思決定にも依存しているため、労働時間と違って雇用政策からの対応は難しいと思います。政策的には厚生労働省と国土交通省の谷間、学問的には労働経済学と都市経済学の谷間という位置にあることも、研究が少ない一因かもしれません。

不確実性への対策には労務管理の工夫が必要

――まず、「就労スケジュールの不確実性と補償賃金」では、どのような研究結果が得られましたか。

日本における就労スケジュールの不確実性と補償賃金についての観察事実をまとめると、第一に、5割強の労働者は予期せざる急な残業をしており、約3割の労働者は予定していた休暇を業務上の事情で取りやめることがあります。こうした就労スケジュールの不確実性は、正社員・正職員、長時間労働者で顕著です。

第二に、労働者にとって不確実性の主観的なコストは大きく、不確実な残業は予定された残業の1.5倍以上に匹敵していました。また、確実に取得できる休暇は、不確実な休暇の1.5倍以上の価値があるという結果でした。予想した通り、予定外の残業よりも、時間が長くても事前に分かっている残業の方が負担が少ないことを示す結果です。

第三に、不確実性の仕事満足度に対するマイナスの影響は、総労働時間の増加や賃金の減少の影響と比較して非常に大きいことが確認できました。推計結果に基づいて、頻繁な不確実残業の影響を労働時間に換算すると、労働時間が約3倍になるのと同等でした。

第四に、賃金関数を推計した結果、現実の労働市場で不確実性に対する補償賃金の存在が観察されましたが、労働者が期待するほどには補償されていないということがわかりました。

――分かりやすい相関値が出ていて大変興味深い結果です。業種特性、個人特性に分けた結果はいかがでしたか。

業種特性や性別・年齢などの個人特性による違いは、あまり顕著ではないというのが結論です。強いて言えば、子どもがいる方や既婚の方ほど、不確実な残業、休暇が予定通り取れないなど就労スケジュールの不確実性の影響を強く感じる、あるいはそれに対する補償を大きく求めるという傾向はあります。ただ、その差は量的には小さいので、子どもの有無、既婚、業種・職種といった外形的な特性では測れない個人差が大きいです。

――政策的インプリケーションに関して、就労スケジュールの不確実性そのものを解消することは可能でしょうか。

就労スケジュールの不確実性そのものを減らすことが一番望ましいのは間違いありませんが、業種・職種によっては難しいでしょう。例えば貿易を行っている国際的な企業などは海外の不確実性や時差の影響を受けるため、就労スケジュールの不確実性をなくすのは困難で、ある程度の不確実性は避けられません。そのような状況の中で、いかに人事・労務管理の工夫をするかが企業にとっての課題になります。当然ですが業務設計を見直して、段取りを改善することが大切です。また、適正な賃金水準とセットで従業員に柔軟な働き方とそうでない働き方の選択を与えることも、個々の企業が動かせる変数と言えます。

繰り返しになりますが、働き方改革の中で時間管理のみを強めていくことは、目的と手法がミスマッチで、アナクロな規制になるという印象があります。サービス経済化が進み、労働者が多様になっている現在、工場労働的な時間管理の仕組みには限界があります。そうした手法でさらに裁量労働制や、兼業・副業、フリーランスといった新しい働き方も管理しようとすると、無理が起きてしまいます。解決策の具体的なアイデアを出すのは難しいですが、事前の時間管理強化ではなく、一罰百戒的な賠償制度や事後規制を考えることが一案かもしれません。

さきほど申し上げた通り、就労スケジュールの不確実性は、仕事満足度に非常に大きな影響を与えます。労働時間を週当たりで数時間減らすよりも、不確実性を減らす方が労働者の満足度やワーク・ライフ・バランスを高める上ではるかに重要になっています。これは伝統的な時間管理制度では対応できません。

図1:予期せざる急な残業の頻度(性別・雇用形態別)
図1:予期せざる急な残業の頻度(性別・雇用形態別)
(注)「就労スケジュールの不確実性と補償賃金」(RIETI DP, 18-J-008)より作成

生産性を上げるテレワークへの期待

――次に「長時間通勤とテレワーク」では、どのような研究結果が得られましたか。

今回のサーベイ・データから通勤時間の分布を見ると、全就労者のうち10.4%の人が片道1時間以上の長時間通勤をしており、男性 13.3%、女性 6.3%でした。通勤時間を単純平均すると、男性59.7分、女性44.4分で、自営業者や在宅勤務者を除いて計算すると男性64.8分、女性48.7分となりました。

長時間通勤とテレワークについての分析結果をまとめると次の通りです。第一に、勤務時間よりも通勤時間が長くなることへの忌避感の方がずっと強く、特に女性・非正規雇用者で顕著でした。第二に、長時間通勤に対する賃金プレミアムが存在し、特に女性でこの関係が強いことが分かりました。第三に、女性、若年層、既婚者、就学前児童を持つ人はテレワークを積極的に評価する傾向がありました。第四に、今回の調査でも一般労働者のうちテレワークを行っている人は6.1%とまだ少ないですが、賃金、仕事満足度ともに高い傾向がありました。テレワークは少なくとも労働者の立場からは望ましい働き方だと言えます。

テレワークはまだあまり普及していないので、そのメリットに気づいていない人も潜在的に多く存在すると思います。男性では特に通勤時間が長い人からの評価が高いという特徴がありました。結婚、子どもの有無はあまり関係ありませんでしたが、小さい子どものいる女性はテレワークに対する期待が高いという結果でした。

図2:長時間通勤と長時間労働への忌避感
図2:長時間通勤と長時間労働への忌避感
(注)「長時間通勤とテレワーク」(RIETI DP, 18-J-009)より作成

――分析結果から、どのような政策が導き出されるでしょうか。

女性や高齢者の就労拡大が課題となっている中、働き方改革において通勤時間の問題は看過できません。政策的にはテレワークやサテライトオフィスの普及がその有効な対応策となります。

ただし、テレワークはオフィスワークを念頭に論じられることが多いのですが、生産工程職種、運輸関連職種、接客系の職種などテレワークに技術的な制約がある業務も多いことに注意する必要があります。また、フェイス・トゥ・フェイスの情報交換が生産性にとって重要なことを示す研究、近接したスペースで同僚とコミュニケーションしながら仕事をすることが高い生産性につながることを示す研究も少なからずありますので、テレワークの利害得失は仕事の種類によって異なります。

しかし、テレワークやサテライトオフィスを活用することで生産性が上げられる仕事については、そのような就業形態にシフトする余地がありそうです。大都市圏ではサテライトオフィスも十分に成り立つと思います。サテライトオフィスとそれをサポートするサービスの集積ができるだけの規模があるからです。IT化はさらに進んでいくので、テレワークやサテライトオフィスの利用が可能な仕事の範囲は拡大していくと考えます。

――東京都で取り組まれている時差通勤についてはどのように考えますか。

時差通勤は大変に意味があると思います。ただし東京だけではなく、本当は埼玉・神奈川・千葉で行う方が効果的ではないでしょうか。今のところ東京都は時差通勤の呼びかけ運動を行っているにすぎません。この動きを促進するには、ピークロードプライシングの観点から、ラッシュの時間帯の電車賃は高く、それ以外の時間帯は低く設定するなど、経済的なインセンティブを与える必要があると考えます。システムの変更は難しいかもしれませんが、ITを活用することで、もう少しそのようなことをやる余地があるのではないでしょうか。

――将来、自動運転車などの技術革新が進めば、通勤の在り方も大きく変わりそうです。

私自身は研究していませんが、自動運転車が普及すれば通勤にもメリットがあると思います。例えば通勤時間が2時間であっても、自動運転車で仕事をしながら移動ができれば、通勤時間の価値が変わってくるかもしれません。今でも大企業のエグゼクティブの中には、運転手付きのハイヤーで自宅から職場までの移動中に新聞を読んだり仕事をしたりしている方も多いですね。エグゼクティブでない方も自動運転車が普及することでそのようなメリットが得られると良いと思います。

また、大都市中心部ではパーキングスペースが、貴重な土地の中で大きな割合を占めており、大都市圏における公共交通インフラの整備や都市中心部における土地利用規制の緩和が重要な課題になっています。自動運転車が普及すれば効率的に都市空間を利用できるようになり、パーキングスペースが大幅に節約できることを示す研究もあります。

今後の研究の課題

――新しい示唆が多く、大変勉強になりました。最後に、今後の研究の方向性について教えてください。

就労スケジュールの不確実性についてより精緻な分析を可能にするためには、個人を追跡したデータの構築を検討する必要があります。また、独身・既婚、子どもの有無など、測りやすい個人特性の情報はすでにありますが、もっとプライベートな特性など今回のサーベイでは調査できなかった項目を工夫していく必要もあります。また、今回の分析対象は日本に限られており、就労スケジュールの不確実性を国際比較することも将来の課題です。

加えて、企業の労使関係や仕事の設計・段取りなどを含む「経営の質」の研究にも注目しています。経営の質を測ることは、生産性の研究を行う上ではもちろん、働き方との関係でも重要です。経営の質については、米国スタンフォード大学のニック・ブルーム教授(Nick Bloom)たちがここ10年ほど行っている研究が大変興味深いです。日本企業数百社を含む世界各国の企業の経営の質を国際比較したワールド・マネジメント・サーベイ(World Management Survey)を行って、経営の質と生産性の分析をしています。

「ワーク・ライフ・バランスが良い企業は業績が良い」ということがよく言われます。しかし、ブルーム教授たちが研究で示したことは、「重要なのは、経営と経営者の質であって、その質が高ければ、ワーク・ライフ・バランスも良くなるし、生産性も高くなる」ということでした。つまり、ワーク・ライフ・バランスと企業業績の間には正の関係がありますが、実は、経営の質という変数を入れるとワーク・ライフ・バランスの影響はなくなり、ワーク・ライフ・バランスと企業業績の関係は見せかけの相関関係に過ぎないと指摘しています。

国政府のセンサス局は、ブルーム教授たちと連携してマネジメントの統計調査を行っています。経営の質はそれほど重要視されているということです。日本でも内閣府の経済社会総合研究所(ESRI)が試行的な調査を始めました。おそらくこれからもこうした調査が進んでいくのではないでしょうか。

――1日単位のテレワークですと移動時間の短縮などメリットは多いと思うのですが、半日などスポット的なテレワークも効果的なのでしょうか。

今回はスポット的なテレワークについて研究できていませんが、有給休暇を時間単位で取れるかどうかという話に似ていますね。多様な選択肢があることは、労働者にとっては良いことです。今回の調査では週に何回テレワークを行ったかという設問で、1日単位でのテレワークを想定していましたが、もしかすると半日や時間単位で行っている可能性もあります。次に調査を行う機会があればスポット的なテレワークについて尋ねてみることも考えられます。

解説者紹介

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森川 正之

1982年通商産業省入省、1994年通商産業研究所主任研究員、2008年経済産業省大臣官房審議官・経済産業研究所コンサルティングフェロー、2009年より経済産業研究所副所長。
最近の主な著作物:『 サービス立国論:成熟経済を活性化するフロンティア』(日本経済新聞出版社, 2016年); "Firms' Expectations about the Impact of AI and Robotics: Evidence from a Survey," Economic Inquiry, 55(2), pp.1054-1063, 2017.