Research Digest (DPワンポイント解説)

地域の雇用と人工知能

解説者 近藤 恵介 (研究員)
発行日/NO. Research Digest No.0115
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近年、人工知能やロボットなどの急速な技術発展により人々の雇用が奪われるとの懸念が高まりつつあり、コンピュータ化による雇用リスクに関する研究が世界で広く行われている。近藤恵介RIETI研究員は、コンピュータ化に対する雇用リスクについて、日本の労働市場への影響を均一的に見るのではなく、都市規模別、男女別という新しい切り口を加えて分析し、その結果、大都市圏ほど、男性に対して女性はコンピュータ化に対する雇用リスクが相対的に高い、という結果を得た。コンピュータ化による雇用リスクへの対策を講じるには、人的資本投資を促すだけでなく、労働市場における男女間格差を是正するなど、既存の労働市場における構造的問題を解決していくことが必要であるとした。

研究の概要

――今回の研究に取り組んだ経緯や問題意識について教えてください。

近年、人工知能やロボット技術の発展が雇用を奪うのではないかとの懸念が高まっています。オックスフォード大学のマイケル・オズボーン教授とカール・フレイ教授が2013 年に発表した"The Future of Employment: How susceptible are jobs to computerisation?"という論文が世界的に話題になり、いろいろな研究が広がったことがきっかけです。私もこれを受け、今回の研究を始めました。

ただ、機械化、自動化、ロボット化と雇用という話自体は新しい話題ではありません。例えば、機械化が、ブルーカラーの仕事を奪ってしまうという懸念は、大恐慌の頃にもあったことがケインズ教授のエッセイにおいて述べられています。一方で、現在危惧されていることは、そこに人工知能が組み合わさることで、これまで機械によって代替されないと考えられていたホワイトカラーの職までも奪われるのではないかとの懸念が高まっていることにあります。

ホワイトカラーの職業分布は都市間や男女間で異なることから、コンピュータ化による雇用への影響も地域間や男女間で異なってくるのではないかと考えました。そのような考えの基で分析を行ったのが今回の研究の特徴であると思っています。

――地域やジェンダーの切り口を加えた理由について、もう少し詳しく教えていただけますか。

前述のオズボーン教授とフレイ教授の論文では職業毎に分析が行われていますが、職業の地理的分布はそもそも都市規模に応じて異なってくるのではないかと考えました。またそれによりコンピュータ化に対する雇用リスクも地域間で違うのではないかと考え、まずはデータから何が分かるのかはっきりさせようと思いました。

データ分析を進めるにつれ、政府で議論されている働き方改革や女性活躍推進と人工知能の話は実は関係しているのではないかと感じるようになりました。そのため、大都市内の男女間格差、中小都市内の男女間格差、男性内の都市間格差、女性内の都市間格差という4 つの視点からコンピュータ化の雇用リスクを分析することで、当初の問題意識に応えられるのではと考えました。

例えば、大都市には企業の本社が多く、経営に携わる管理的職業は大都市において比較的多く集まっています。しかし、現状ではそのような職業に就いているのはほとんどが男性であり、女性が昇進しにくい環境にあります。そういった労働市場の構造的な問題は、コンピュータ化が及ぼす雇用への影響にも出てきます。従って、働き方改革や女性活躍推進で議論されている労働市場政策が、コンピュータ化による雇用リスク対策とも密接に関連してきます。

――今回の研究結果で特にアピールしたい、と思われている点はありますか。

コンピュータ化に対する雇用リスクが、男女間で異なってくるというのが今回の新しい結果だと思っています。絶対的・相対的の両方の視点がありますが、まず絶対的には、男女ともに人工知能の発展により代替される雇用リスクは高まります。しかしその中で、相対的に雇用リスクが高いのはどのような属性の人々かを分析しているのが、本研究のポイントです。今回の研究結果では、男性に比べ女性の方がコンピュータ化に対する雇用リスクが高いことが明らかになっており、さらにその傾向は大都市の方が大きいということが新しい発見だと思っています。その背景として、役職などのコンピュータ化されにくい職業に就いている男性が都市部に多いことが起因していると思われます。

図
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出所:ディスカッション・ペーパーの表5をもとに作成。図の詳細はディスカッション・ペーパーを参照。

コンピュータ化されやすい仕事とされにくい仕事の分類

――コンピュータ化されやすい仕事とされにくい仕事の分類が、この研究を読み解く上で重要であると思いますが、その点について解説をお願いします。

まずコンピュータ化確率ですが、前述のオズボーン教授とフレイ教授は、職業毎にどのようなスキルが求められているかを点数化し公表している米国労働省のO*NET というデータベースを利用し、コンピュータ化確率を職業別に推計しています。手先の器用さやコミュニケーションがどれだけ必要とされるかといった項目別に、職業毎の求められるスキルが分かり、それを用いてコンピュータ化のしやすさを計算しています。今回の私の研究では彼らの研究結果を適用しました。

オズボーン教授とフレイ教授の結果とも一致しますが、分析の結果、コンピュータ化されにくい職業ほど、労働者の平均的な教育年数が長いという関係があることが分かりました。逆に言えば、コンピュータ化されやすい職業には、低学歴の労働者が就いていることになります。この結果と関連して、コンピュータ化されやすい職業ほど賃金は低いという関係があることも分かっています。

もちろん単純な二極化ではありません。コンピュータ化されにくい職業であっても、教育年数という点では大きな分散があります。例えば、医者のような長い教育年数が必要とされる職業から、必ずしも教育年数とは関連しない芸術関連の職業等、コンピュータ化されにくい職業には幅があります。コンピュータによって代替されにくい人間的な技能が大きく関連してきます。

今回の研究結果に基づく政策的含意

――今回の研究では地域別・男女別、とさまざまな切り口を加えられていますが、だからこそ見えてきた政策的含意はありますか。

今回の研究結果から、人工知能の雇用への影響は、日本の労働市場の構造的な問題と密接に関連していることが見えてきました。人工知能が雇用に及ぼす影響について、働き方改革や女性活躍推進においても議論していくことが政策的に重要です。先行研究の多くにおいて、人的資本投資や能力開発の重要性が述べられていますが、単に技能を向上させたからといって、労働市場の構造的な問題によってコンピュータ化されにくい管理職のような職業に就けないようでは根本的な解決策とはなりません。女性が昇進しにくい雇用システムは、働き方改革や女性活躍推進に関する政策の中で解決していかなければいけない問題です。このような格差をなくしていくことが、結果的にはコンピュータ化に対する雇用リスク対策としても重要だと考えています。

一方で、コンピュータ化を進めることで労働市場の構造的な問題を解決し、経済成長につなげていくという考えも必要です。ただ、コンピュータ化を進める際に、地方には制約があるかもしれません。例えば、大都市では情報インフラが十分整備されており、もともと高い技能を持っている人材が豊富なのですが、地方では、情報インフラ整備の面でも遅れている可能性があります。また、ビジネスにおいて人工知能を活用しようと思った時、最新技術を扱える労働者が地方において相対的に不足するとなると、都市と地方の間で経済格差が広がる可能性もあります。つまり、都市はコンピュータ化を利用して経済成長が進む一方で、地方はうまく利用できずに乗り遅れる可能性があるということです。

まとめると、コンピュータ化に対する雇用リスク対策を考えると同時に、人工知能やロボット技術を生かした成長戦略を練っていくことが政策含意として非常に重要だと思っています。

――今回の結果の背景となっている経済的構造を踏まえると、コンピュータ化によってそれがどう変化していくかの予測や、その変化を乗り越えるための政策的な示唆はどのようなものとなりますか。

本研究では、職業単位でコンピュータ化のしやすさを見ていますが、職業自体が完全に代替されるという見方は必ずしも適切ではないかもしれません。つまり、職業自体は残っていても、その業務内容がコンピュータ化によって変わってくるという可能性があります。職業単位ではなく、このようなタスク単位でコンピュータ化が将来的にどのような変化を引き起こすのかを見ることも重要です。

またコンピュータ化されにくい職業だから人的資本投資の問題はないという考えは危険で、コンピュータ化されにくい職業であっても一部のタスクはコンピュータ化され、新たなタスクが必要とされるかもしれません。そのような新たなタスクに対応できるようにどのような技能が必要なのかを常に把握しながら、技能向上していくことが必要でしょう。

先の質問とも関連しますが、単にコンピュータ化が雇用を奪うという考え方に固執しすぎることは良くありません。これまでの機械化や技術進歩によって、国内総生産(GDP)という指標だけでは計測できないほどの大きな恩恵をわれわれは受けています。われわれの生活を豊かにする点でコンピュータ化は重要です。従ってコンピュータ化によって雇用が奪われるからコンピュータ化をやめよう、という単純な視点に陥ってしまうことは危険だと思います。

オートメーション(自動化)とオーグメンテーション(拡張化)という視点が先行研究にありますが、むしろコンピュータ化をいかに利用して経済成長につなげるのか、という点から人工知能を利用することが重要になってきます。人工知能技術を利用して経済成長を達成することで、世界における日本の競争力をつけていくことが長期的には必要だと考えます。

――地域により産業・職業の構成が違っていて、コンピュータ化の影響も違うとのことですが、今後の処方箋として教育投資や産業政策などを通じた地方振興政策についてのご助言はありますか。

まず雇用流動化が可能になるような労働市場整備が必要だと思います。コンピュータ化されやすい職業からされにくい職業へと異動できるような政策を考える必要はあるかと思います。また多くの研究者・技術者が指摘するように、技能向上を目指すことが重要だと思っています。もちろん、ただ単に教育年数を増やすだけでなく、具体的にどのような技能が今後求められていくのかを把握しながら人的資本投資を行う必要があります。

なお現在、東京一極集中の是正ということで、地方に若者をとどめたいという趣旨の意見を見聞きします。そのような事情は分かるのですが、若者が地方にとどまり続けることで、技能を向上させる機会が失われてしまう可能性を危惧しています。短期的でも若者ができる限り外へ出て、いろいろな場所で経験を積んでくることが重要だと思っています。そのような経験を通じて直接的に得たことが、コンピュータ化に対する人的資本投資として必要なのではないでしょうか。都市と地方の間で技能向上を促進させる政策を考えるのも1つの手かと思います。

今後の研究と課題

――今回の研究を今後どのように発展させていきたいと考えていますか。また残された課題はありますか。

今回の研究にはもちろん分析上の限界もあるため、研究結果を解釈するには、どのような限界があったのかを知った上で読む必要があります。例えば、職業別のコンピュータ化確率を計算する際、米国のO*NET から計算された結果を日本に適用していますが、日米間の職業分類に相違があります。例えば、職業名は似ていても、米国と日本で求められているスキルは違う可能性があります。また、今回使用したデータでは、O*NETほど詳細な職業分類がなく、一部の職業は集計化されてしまっており、詳細までは分からなくなる問題もあります。今後は職業分類をより細かくして、データも日本の職業に対応していくように発展していく必要があります。

先に少し触れましたが、職業単位ではなく、タスク単位で分析していくことも重要です。経済協力開発機構(OECD)のワーキングペーパーで、国際成人力調査(PIAAC:ピアック)というスキル調査のデータを利用して、タスク単位で分析した研究もあります。タスク単位で見ると、コンピュータによって代替される雇用の割合はオズボーン教授とフレイ教授の分析結果よりも低くなります。

また研究開発投資の話はオズボーン教授らの研究に入っていませんが、費用を考慮することも大切です。技術的に可能であっても、莫大な研究開発費が必要であれば実現されない場合もあるので、そういう視点も分析に必要だと思います。

この分野の研究は、人工知能の技術が今後どうなるか分からず、将来の予測分析になってしまう点が研究を困難にさせています。本研究では、人工知能の影響を空想として議論を進めるよりは、できる限り数値化・視覚化するよう意図しました。もちろんいくつかの仮定に依拠することになりますが、現実のデータを用いて数値化・視覚化することで議論の理解に役立つと思っています。

――地域・性別でどのような差が出てくるかを明らかにしたという意味で、今回の論文は大きな貢献があると感じました。

そういう貢献があれば幸いです。人工知能について、米国の発明家であるレイ・カーツワイル氏は、人工知能が自身より優れた人工知能を作り始めるというシンギュラリティが2045年には起こり、人工知能技術に爆発的な進歩があると述べています。今後、人工知能がどのような形でわれわれの雇用と関わってくるのか理解するため、継続的に研究を続けていくことが重要です。今回の論文をきっかけに、こういった研究トピックの幅がさらに広がっていってほしいと思っています。

解説者紹介

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近藤 恵介

2014年3月神戸大学博士(経済学)、2014年4月独立行政法人経済産業研究所研究員、2014年5月神戸大学経済経営研究所ジュニアリサーチフェロー
主な著作物:"Spatial persistence of Japanese unemployment rates," Japan and the World Economy, 36, pp. 113-122, 2015.
"Interregional labour migration and real wage disparities: Evidence from Japan," Papers in Regional Science, 94(1), pp. 67-87, 2015.(大久保敏弘氏との共著)