Research Digest (DPワンポイント解説)

集積の経済は夫婦の出生行動を抑制するのか? JGSS2000-2010累積データからの証拠

解説者 近藤 恵介 (研究員)
発行日/NO. Research Digest No.0099
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人口集中による集積の経済は、生産性の向上や賃金の上昇に結びつくと指摘される。しかし、集積が夫婦の出生行動にどのような影響を及ぼすかという点に関する実証分析はあまり行われてこなかった。近藤恵介RIETI研究員は、本研究を通じて、集積が出生数と出産時期に影響を与えること、具体的には、集積は出生数を減らすとともに、夫婦が子供を持つ時期を遅らせることを突き止めた。集積の経済性を追及することは日本の成長戦略を考える上で重要な論点であるが、一方で集積は日本が直面する少子化問題には負の効果を及ぼすことになる。近藤研究員は、日本の成長戦略を考えるにあたっては、集積によるメリットを享受しながら、夫婦が子供を持てる環境をどのように整備していくのかという、バランスの取れた議論が必要だと強調している。

集積が出生行動に及ぼす影響は?

――この研究では、集積が出生行動にどのような影響を及ぼすかを分析していますが、まず、このテーマに着目した理由から教えてください。

私の専門は、空間経済学、あるいは集積の経済といわれる分野です。この分野ではこれまで、集積と、企業の生産性や賃金、人的資本との関係を論じる研究が多く、私自身もこうしたテーマに取り組んできました。これらの研究においては、集積によって企業の生産性が押し上げられることや人的資本の蓄積に寄与するなどプラスの側面が指摘されています。人口が集中する大都市では、地方では習得できないような技術や知識を身につけることができるため、より高い賃金を得られることも明らかにされています。

日本国内では昨今、集積の経済が及ぼすプラスの影響に着目した成長戦略が注目されています。その重要性はもちろん否定できませんが、一方でわが国では世界でも類を見ない速度で少子化が進んでいることに留意せねばなりません。労働力人口の減少が予想される中、効率的な生産活動を行うためには、集積のメリットを生かした政策は有用な手段となります。しかし、集積が進むこと、つまり都市部への人口集中によって子供の数が減るという見方もあります。

集積を追求することによって人口動態にマイナスの影響が及ぶのであれば、少子化対策には逆行してしまいます。そのような問題意識を大学院生のときから持っていましたが、2014年ぐらいから「東京一極集中の是正」や「地方創生」といった議論が高まったという背景もあり、集積と出生行動の関係を分析したいと考えました。

――集積と出生行動に関する先行研究はすでに行われていたのでしょうか。

集積が子供の数を減らすメカニズムは理論的には分析されています。集積がもたらす「外部不経済」が出生行動を抑制することや、賃金水準が高い都市部では子供を育てることの機会費用が大きいことなどが指摘されてきました。前者に関する主な研究としてはSato(2007)、後者に関する主な研究としてはGotoand Minamimura(2015)があります。ただ、実証分析に関していえば、夫婦の学歴、就業状況と出生行動の関係などを取り上げたものはあるのですが、集積と出生行動の関係を真正面から分析した先行研究は、私が知る限り、見当たりません。

米国のデータを用いて、住宅価格と出生行動に関する分析を行った例はあります。Lovenheim and Mumford(2013)やDettling and Kearney(2014)は、住宅価格が値上がりすると、プラスの資産効果によって住宅保有者の出生行動にプラスの影響を及ぼすことを明らかにしました。住宅価格は、集積つまり人口集中の度合いと関係があります。従って、これらの研究は、私の研究に近いのですが、あくまでも住宅価格に着目したものです。集積の影響は、住宅価格だけでなく教育関連費用などにも波及し、さまざまな面から出生行動に影響を及ぼすと思われます。だとすれば、大本の要因とみられる集積そのものにメスを入れねばならないと考えました。

2つの主要な目的

――この研究では、集積が出生数そのものにどのような影響を及ぼすのか、集積が夫婦の子供を持つ時期にどのような影響を及ぼすのかという、2つの点を明らかにするのが目的なのでしょうか。

日本各地における合計特殊出生率(TFR)と人口密度の関係を見ると、人口密度が高い地域ほどTFRが低いという状況が見て取れます(図1)。具体的には、北海道や東北地方など人口密度が低いところはTFRが高く、首都圏や関西圏など人口密度が高いところはTFRが相対的に低くなっています。また、女性1000人当たりの出生数を、25~29歳と35~39歳の2グループに分けて見てみると、人口密度の低い地域は高い地域に比べ25~29歳の出生数が多く、高い地域は低い地域に比べ35~39歳の出生数が多くなっているのです(図2)。

図1:合計特殊出生率(TFR)および人口密度の地域ごとの違い
図1:合計特殊出生率(TFR)および人口密度の地域ごとの違い
注:2008-2012年の人口動態保健所・市区町村別統計、2010年の国勢調査から筆者作成。市区町村は出生率、人口密度の違いによって6分位階級別に分類。人口密度は総人口を可住地面積で除したもの。市区町村の平面上の重心から半径30km 以内の隣接市区町村をも含めた空間的に平滑化した人口密度を使用。データが存在しない市区町村は最も数値が低い階級に分類。
図2:年齢階級別の出生数(女性1000人当たり)
図2:年齢階級別の出生数(女性1000人当たり)
注:2010年度の人口動態統計特殊報告の第27表をもとに筆者作成。都道府県は出数の違いによって6分位階級別に分類。

以上の2つのデータが示唆するのは、集積は出生数に加え、子供を産むタイミングにも影響を及ぼすのではないかという点です。後者については、さらに興味深い現象が観察されます。人口密度が高い地域に住む女性は、20~30歳代の時期は人口密度が低い地域に住んでいる女性よりも子供の数が少ないのですが、40歳代以降になるとその差が縮小するのです(図3)。これは都市部の女性は若い時にあまり子供を産まず、遅い時期に産むという、いわば出生行動におけるキャッチアップ・プロセスの存在を示唆するものです。因みに人口密度の程度にかかわらず夫婦が理想とする子供の数はほぼ同じです。キャッチアップ・プロセスがあっても、人口密度の高い地域と低い地域の間で、子供の数の差は最終的には埋まらないという点も見て取れます。

図3:夫婦あたりの平均的な子供の数
図3:夫婦あたりの平均的な子供の数
注:JGSS(Japanese General Social Surveys)累積データ2000-2010から筆者作。

以上のデータからは、集積が出生数を減らし、さらに出生のタイミングも遅らせるという状況がうかがえるのですが、本研究ではこれらを計量分析によって実証的に検証しました。

社会的な要因も考慮

――実証分析の枠組みについて説明してください。

子供の数がどのような要因で説明できるのかを、回帰分析を用いて分析しています。具体的には被説明変数には夫婦が持つ子供の数を用います。一方、説明変数には本研究が注目する人口集積という地域要因、さらに年収や労働時間といった経済的な要因、健康状態や夫婦の性格といった社会的な要因も加えます。夫婦が子供の数を決める際、社会的な要因も含む多くの要因が影響を及ぼしていると思われます。従って、通常の経済分析で考慮されない夫婦の性格といったものも採用し、これらの要因もコントロールした上で回帰分析をしなければなりません。こうした社会的な要因も説明変数として加えるため、日本版総合的社会調査(Japanese General Social Surveys, JGSS)と呼ばれる社会調査データベースを活用しました。

回帰分析では出生可能年齢にある妻を持つ夫婦とそうでない夫婦にサンプルを分け、集積が完結出生児数さえも減らすのかどうかを検証しました。ただ、この分析だけでは問題の本質に迫ることはできません。仮に子供を2人まで持ちたいと夫婦が考える場合、20代で2人産むのか、30代で2人産むのかの違いまでは分からないからです。このため集積が第1子の出産時期にどのような影響を及ぼすのかを探るため、人口密度と出産時期の関係が明らかになるように別の推計も試みました。以上の分析にあたって問題となるのは、都市部にはそこに住み続けている人たちと、地方から流入してきた人たちが混在しているという点です。この問題に対処するため、人口移動をしていない家計にサンプルを限定した分析も加えて行いました。

出産行動におけるキャッチアップ現象

――主要な分析結果について説明してください。

他の条件が同じならば、人口密度の高い地域に住み続けた夫婦ほど完結出生児数が平均的に低いことが分かりました。具体的な数字を挙げれば、今回の分析結果によれば、人口密度が10%増加すると1000組の夫婦あたり、子供の数が約13人減ります。つまり、夫婦の学歴や労働時間、所得水準などさまざまな条件を一定とし、人口集積という要因だけを取り出すと出生行動に負の影響を及ぼし、人口密度の高い地域では低い地域に比べ子供の数が少なくなります。一方、出産時期については、集積は若い夫婦の出生行動を抑制し、30代以降から出産が増えることがわかりました。都市と地方を比べると、若い夫婦の子供の数に大きな差があるように見えますが、都市部の夫婦はやがてキャッチアップを始め、その差は年齢とともに徐々に縮小します。しかし、双方の差は完全には埋まらず、地方の夫婦の子供の数が都市の夫婦の子供の数を上回るという状況は続きます。

人口密度と出産時期に関する分析結果を基に、関東地方の5つの市・村の子供の数にどれほど違いが出るのか数値分析しました。これは他の条件を一定として、人口密度の違いのみを考慮した場合の「反実仮想的」な状況におけるシミュレーション分析です。取り上げた市・村は、嬬恋村(群馬県)、宇都宮市(栃木県)、小田原市(神奈川県)、さいたま市(埼玉県)、武蔵野市(東京都)です。嬬恋村の子供の数をベースラインとして、4つの市の子供の数がそれぞれどれだけ乖離するかを、妻の年齢ごとに推計したものです。それによると、例えば25歳時点で武蔵野市の夫婦100組あたりの子供の数は嬬恋村より約25人少ないのですが、50歳時点では約11人に縮まります(DPの図10参照)。

人口密度と出産時期に関するこのような現象の背後には何があるのでしょうか。人口が集中する都市部ほど学校や塾の費用など教育コストも高くなるので、子供の教育費を十分賄えるよう貯蓄を続ける必要があるかもしれません。つまり、都市部の方が子育てに入るための準備期間が長く必要なので、早期の出産を見合わせている可能性があります。都市部でも準備期間の後には徐々に子供を産みはじめますが、一方で、地方では2人程度の子供を持つと出生行動が終るため、結果的にギャップが縮小し、都市部がキャッチアップしていくような状況になります。

政策のバランスが肝要

――成長に寄与する集積の経済が少子化対策にはマイナスの影響を及ぼしている可能性が、この研究から実証的に裏付けられたわけですが、どのようなインプリケーションが得られるのでしょうか。

政策上の重要な論点は、成長戦略と少子化対策の両立可能性を常に考えることです。成長戦略の手段として、集積の経済は有効な手段であると考えます。特に、知の時代といわれるように、イノベーションの創造の場として都市の役割は重要になっています。一方で、本研究は、集積の経済を推進する政策は、少子化を加速しかねないことを示唆しています。要は成長戦略と少子化対策の2つが相反してしまうわけですが、大事なことは双方のバランスをどのように取るかという点です。少子化対策を妨げてしまうから集積の経済を追い求めるべきではないという単純な議論は避けるべきでしょう。集積のメリットを享受しながら夫婦が子供を持てる環境を整備していけるのかという政策議論が求められます。

本研究から具体的にどのような少子化対策を行えばよいのかを提言するには難しい点がありますが、いくつかの示唆はあります。例えば、分析結果から、集積は若い夫婦の出生行動を遅らせるため、高齢出産になりがちであることがうかがえます。しかし、都市部の夫婦は、実際にはもっと早く出産・子育てをしたかったのかもしれません。もし集積が意図せざる出産の遅れをもたらしているのなら、また、高齢出産が第2子、第3子の出産を困難にさせているのであれば、政策的な介入の必要性があるのではないでしょうか。

政策のバランスが肝要であるという考え方は、RIETIの森川正之副所長が日本経済新聞(2015年1月22日付)の経済教室に寄稿された論点と同じであると思います。すなわち、同時にすべてを解決する政策はない以上、政策がお互いにうまく補完し合うような設計をすべきではないでしょうか。例えば、「人口移動を阻害する要因を除去しつつ、集積地での保育や教育サービスの支援をすることが適切なポリシーミックス(政策の組み合わせ)」を考えられます(森川、2015)。

先進国の米国やフランスでは、移民が多く、TFRは2程度と比較的高くなっています。その一方で日本のTFRは低く、移民の受け入れも進んでいないことから労働力人口の減少が持続的な経済成長の制約になりかねません。このような国だからこそ、経済政策の主要な柱となる集積の経済を目指す政策が人口動態にどのような影響を及ぼすかという問題意識が重要です。本研究がそれを実証的に分析した意義は大きいと考えます。

成長戦略と少子化対策の両立を迫られている国は日本だけでなく、韓国やタイなどアジア諸国にも少なくありません。これらの国々でも集積の経済の効果によって成長を遂げたものの、少子高齢化も進み、年金や医療など社会保障制度を維持していけるかという問題に直面しています。こうした国々の政策課題を検討する上でも、本研究は有用な示唆を与えると思います。

移動のコストを解明したい

――ご指摘されたように、日本は少子高齢化の面ではフロントランナーで、この分野に関する研究結果を積極的に対外発信し、アジア諸国の政策立案にも役立ててもらうのは大事な視座だと思います。最後に今後の研究課題についてお聞かせください。

少子化の指標としてTFRがよく使われますが、この指標には未婚女性も含まれています。都市部では未婚女性の割合が高く、TFRを引き下げる要因の1つになっています。今回の分析はあくまでも集積が既婚カップルの出生行動に及ぼす影響について調べたものです。子供を持つ前の段階にあたる結婚行動に及ぼす影響を分析することが今後の課題といえます。

もう1つ、人口移動の問題が挙げられます。都市部には都市出身者と地方出身者が混在していますが、両者の出生行動にどんな違いがあるかは判然としません。地方から都市部に移動すると、家族や親類から離れるため子育てが難しくなるという移動のコスト(migration costs)が生じる可能性があります。このような移動のコストを、人口集中によって教育関連費用が上昇するといった集積のコストと分けて考え、出生行動にどのような影響を及ぼすのか厳密に見ていく必要もあります。つまり、都市にずっと住んでいる人々と、地方から出てきた人々の出生行動を比べてみたいと考えています。

日本では都市から地方への人口移動を推奨する意見も少なくありません。しかし、地方へ移動した夫婦に子供が生まれても、その子供は都市に行きたがるかもしれません。子供が都市へ戻ると移動のコストが生じ、出生行動が抑制される可能性があります。つまり、親の世代が地方へ移動することで出生行動にプラスの効果が生まれても、子供の世代が都市に舞い戻ることで逆にマイナスの効果が生じ、世代間でゼロサムのような形になるかもしれません。親世代の人口移動が子供世代の移住・出生行動にどのような影響を及ぼすのかという点についても分析対象にしたいと考えています。

解説者紹介

2014年3月神戸大学大学院経済学研究科、博士(経済学)。2014年4月独立行政法人経済産業研究所研究員。2014年神戸大学経済経営研究所ジュニアリサーチフェロー。
主な著作物:"Interregional labour migration and real wage disparities: Evidence from Japan," Papers in Regional Science, 94(1),PP.67-87,2015( 大久保敏弘氏との共著)

文献
  • 森川正之(2015)「再考 成長戦略 サービス業 生産性向上を」日本経済新聞朝刊経済教室,2015年1月22日
  • Dettling, Lisa J. and Melissa S. Kearney (2014) "House prices and birth rates: The impact of the real estate market on the decision to have a baby," Journal of Public Economics 110, pp.82-100.
  • Goto, Hiroshi and Keiya Minamimura (2015) "Fertility, regional demographics, and economic integration." Kobe University RIEB Discussion Paper, No.2015-17.
  • Lovenheim, Michael F. and Kevin J. Mumford (2013) "Do family wealth shocks affect fertility choices? Evidence from the housing market," Review of Economics and Statistics 95(2), pp.464-475.
  • Sato, Yasuhiro (2007) "Economic geography, fertility and migration," Journal of Urban Economics 61(2), pp.372-387.