Research Digest (DPワンポイント解説)

イノベーションと公的研究機関:AIST、RIKEN、JAXAのケース

解説者 後藤 晃 (ファカルティフェロー)
発行日/NO. Research Digest No.0093
ダウンロード/関連リンク

公的研究機関は、国全体のイノベーションの推進を考えるうえで重要な位置を占めている。しかし、企業や大学などと比べると、担うべき役割や研究のパフォーマンスについては、これまで十分に検証されてこなかった。公的な研究機関としての固有のミッションと、産業界に対する技術の橋渡し役となって国全体のイノベーションの底上げに寄与するという役割とを、どのように果たしてきたのかという視点から検討することが必要である。

本研究では、長期間にわたる客観的なデータに基づき、公的研究機関は期待された役割を果たしているのか、イノベーションの推進に寄与しているのかを把握しようと試みた。分析対象となった3つの公的機関に関する検証結果を、著者の1人である後藤晃ファカルティフェローに聞いた。

――どのような問題意識から、この論文を執筆されたのでしょうか。

日本のイノベーションの構造はどうなっているのか、そしてどのように活発化すればよいのか、という意識が出発点にあります。

イノベーションについての研究では、大学、企業、政府が3つ重要なプレーヤーとして注目されてきました。それぞれがどのようにイノベーションに貢献してきたか、そしてこの3つのプレーヤーの関係はどうなっているのか、という視点から先行研究が積み重ねられてきました。

しかし、イノベーションへの貢献の役割を担うはずの公的な研究機関は、プレーヤーとしてあまり注目を集めることがなかったため、これまであまり研究されてきませんでした。

もちろん、歴史的な観点からの公的研究機関についての研究は多くありますが、最近の研究状況を踏まえたうえでイノベーションとのかかわりを論じた研究を探すとなると、少ないのが実情です。公費を投じている公的研究機関は、常に改革が求められ、イノベーション関連で重要な役割を果たしていなければならないはずですが、客観的なデータに基づいた議論が行われているとは言い難いのです。そこで私達は、客観的なデータを集めて、公的な研究機関をめぐる議論の材料を提供しようと考えました。

――どのような公的研究機関に注目されたのでしょうか。

産業技術総合研究所(AIST、産総研)、理化学研究所(RIKEN、理研)、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の3つの公的研究機関に着目しました。いずれもほかの産業分野に対して、産業技術の橋渡しの役割を果たす代表的な存在です。

長期にわたる客観的データに基づきイノベーションへの貢献度を評価

――公的研究機関の評価は多少地味なテーマである半面、その時々のニュースの影響を受けたりしませんか。

JAXAや理研を取り上げたのは、客観的なデータを用いて、日本の代表的な公的研究機関の長期間にわたるパフォーマンスを可能な限り客観的に評価するのが目的です。では、どのようなデータを使うのか、ということが問題になりますが、基本的には特許出願のデータベースに依拠しています。

実は私は10年ほど前に、特許出願関連の詳細なデータをそろえたデータベース作りに、全力を注いだことがあります。今回の分析に必要な詳細なデータが含まれた独自開発のデータベースがなければ、分析は不可能だったと思います。このデータベースは現在、一般に公開されています( コラム参照 )。

――海外では公的研究機関に関する客観的なデータは入手可能なのでしょうか。

海外の先行研究をみると、実務寄りの研究が多いようです。先進国での公的機関の役割についての研究はありますが、どちらかというと客観的なデータに基づくパフォーマンスの分析というよりは、どうすればもっとも改善できるかという視点にたったコンサルティングの発想で研究がなされています。

米国ではNASA(米航空宇宙局)が産業にどのような影響を与えたのかについて、特許データを基にした分析が有名です。NASA発の特許が民間でどのように引用されたのかを計量分析しており、インタビューも加えたものです。また、米国ではNBER(全米経済研究所)が特許の引用に関するデータベースを作成しています。

――分析対象として取り上げた3 つの機関は、それぞれどのような特徴を持っていますか。

産総研は、もともとの役割が産業界のイノベーションに貢献するというもので、長い伝統がある組織です。それに比べると、理研はややユニークな存在で、基礎科学志向の研究を目指してはいるのですが、設立には渋沢栄一が関与し、基礎研究とともに、産業への貢献を重視するというところが当初からありました。実際、第二次世界大戦前は理研コンツェルンとして、企業グループを抱えていました。理研光学工業(現リコー)のように理研からスピンオフして生まれた企業も少なくありません。現在でも、ベンチャー企業などの育成にもかかわるなど、産業との関係が深いといえます。

一方、JAXAは産総研や理研とはかなり異なるタイプの公的研究機関ですが、産業界には2つのルートを通じて貢献しています。1つは、ロケットや衛星などの開発を通じて契約している三菱重工業などの企業に対する直接的な技術のスピルオーバー効果です。もう1つは、宇宙服向けに開発した冷却下着の技術を活用した衣類や、ロケット用の断熱材技術を利用した断熱塗料など、宇宙用技術の産業界への幅広い応用というルートです。

3つの公的研究機関は、それぞれがイノベーションを軸に産業の発展に貢献しており、その詳しい実態をよく知りたいということが、研究の根底にありました。

3 研究機関の特許出願件数は90年代に減少、2000 年代に回復

――分析内容はいかがですか。

産業界に対する技術の橋渡し役としてのパフォーマンスに関する指標を使った分析をする前に、まず、全体的な特許出願の傾向を見てみましょう。1971~2010年の間に、産総研が約3万4000件、理研が約4500件、JAXAが約1900件の特許を出願しています。そのうち、産総研による特許庁への総出願件数を参考情報として示したものが図1です。

産総研は1990年代半ばに出願件数が減少し、その後に回復しています。これは理研、JAXAや日本全体でも同様の傾向として見られます。この背景として考えられるのは、特許制度の変更です。かつて、日本の特許は「1発明1出願」の単項制でしたが、現在は欧米と同じように、複数の発明について1回の出願で対応できる多項制となっています。従来の単項制から多項制への変更に伴い、件数が減少したのではないかという解釈です。その後、新しい制度に慣れたため、また2000年代に入って増加したと考えられます。

もう1つは、1990年代に産総研は基礎分野へのシフトを進めたために、特許出願よりも研究論文の発表を重視しました。これが特許の出願件数の減少に関係したのではないかと思います。

なお、特許庁への出願総数でみると1997~2005年にかけて2つ目の山がありますが、これはTLO(技術移転機関)法の施行が影響しているのではないかと考えられます。

図1:産総研の特許出願傾向
図1:産総研の特許出願傾向
[ 図を拡大 ]

特許引用件数や海外での出願状況など4つのパフォーマンス指標を活用

――分析で使われたパフォーマンスの指標についてご説明ください。

この論文では、指標として国内外で一般的に使われている以下の4つを取り上げました。具体的には、特許がその後、どの程度引用されたのかを調べることでその影響力を見る指標(発明者前方引用回数、審査官前方引用回数)、その発明が日本以外で何カ国の特許庁に出願されたか(特許ファミリーサイズ)、特許がどの程度広い範囲で引用され、普遍的であるか(ジェネラリティ)です。

より高い商業的価値が見込まれる発明であれば、多くの国の特許庁に出願されると考えられるので、特許ファミリーサイズも大きくなる傾向があります。ジェネラリティは、より多くの技術分野の特許から引用されるほど高い値をとる指標で、知識波及の範囲の広さを示すものです。

一般的な指標を使っているため、今後、国際比較をするうえで対応可能ですが、その際は制度面の違いに注意する必要があります。単項制であれば、特許の数そのものは増えやすいので、制度を比較せずに単純に特許出願件数の多寡だけでパフォーマンスを測ることはできません。

――分析内容はいかがですか。

指標を使った分析は、1992~2005年に特許庁に出願された7万7975件の特許を対象に行いました。

分析結果を示した図2と図3を見ると、3機関とも共同出願に熱心であることがわかります。

図2:実証結果の概要
図2:実証結果の概要
図3:分野別の共同出願特許の割合
図3:分野別の共同出願特許の割合

産総研などが単独で技術開発し、それを産業界にライセンス供与することで、効率的に新開発の技術の実用化が進むと考えられがちですが、そうではありません。産総研などの研究機関と民間企業が、技術を作る段階から一緒になって取り組むほうが、技術の伝播や橋渡しの効果が大きいことが示唆されます。

大学も同様に、共同出願の効果が大きいです。

――この論文から得られる政策的インプリケーションは何でしょうか。

公的な研究機関は企業と早い段階から接触して、早くから協力することが必要でしょう。科学的な要求から研究を始めて、民間にはライセンスを供与すればよいという発想は、イノベーションの生産性の点から考えるとあまり望ましくはありません。

3機関とも組織改変が行われたりして、公的研究機関として、どのように産業界との間の技術の橋渡し役を果たしていくかということが常に問われてきました。ここで視点を変えて、他国の公的研究機関のやり方を見てみましょう。

世界を見渡すと、公的研究機関としては2つのモデルがあります。1つがドイツのフラウンホーファー研究機構(Fraunhofer)で、もう1つが台湾の工業技術研究院(ITRI)です。いずれもその国の産業に貢献しており、また、日本にも拠点を持ち、日本を含めた海外の産業界との連携にも力を入れています。

両研究機関ともに、技術の橋渡しを進める上でマーケティングに力を入れています。産業界の需要に気を配りながら、自分の技術を売り込む努力をしているのです。よい技術を開発したら、簡単に産業界で商業・実用化されるという単純なものではないのです。

早い段階から企業と連携して共同で技術開発する姿勢が重要

――ドイツなど欧州は基礎技術をより重視するのでは、という印象があるのですが。

ドイツでは公的研究機関のミッションが明確に定義されています。マックス・プランク研究所が基礎科学を受け持ち、フラウンホーファー研究機構は産業技術の開発と産業界への橋渡しというように役割分担が明確になされているので、後者は産業界への応用という役割に集中できるのです。

たとえばフラウンホーファー研究機構の場合、政府からの資金は全体の3分の1に過ぎず、他省庁からの競争的資金による予算が3分の1、それ以外の3分の1は産業界からの調達なので、最初から産業界への橋渡し役という発想が組織全体にビルトインされているのです。日本もこういった視点を意識するような制度作りが必要といえるでしょう。

――今後の研究課題は何でしょうか。

特許と同様に論文にも分析対象を広げたいと思います。先ほど触れたように、1990年代に産総研は基礎分野へシフトしたため、特許よりも研究論文を重視したのですが、こうした点を考慮すると、公的研究機関のパフォーマンスの分析には論文についての研究も必要になります。論文データベースである "Web of Science" に掲載された研究者の論文を集めてデータベース化したいのですが、執筆者と所属組織名の特定はかなり大変かもしれません。

もう1つ関心があるのが、全国各地にある公設試験研究機関(公設試)などの役割です。日本の公設試は、明治時代に地場の中小企業の育成に関与しており、地場産業を輸出産業に育てる役割を果たしました。たとえば、愛知県の工業試験場は、輸出用の瀬戸物の品質管理面で大いに貢献しています。京都の織物産業では、地元の技術研究所が技術開発などに関与しており、長野県では精密機械産業の育成に県の公設試が寄与しました。最近は地方経済が疲弊し、地方自治体も予算不足という状態ですが、今こそ地域の公設試の役割と機能を見直してもよいのではないでしょうか。

コラム

企業が技術の開発を重視しているとすれば、多くの人材を投じて発明を実現しようとするはずです。特許の発明者の数が、その企業がどのくらい当該技術の開発を重視しているかの指標になりえます。また、重要な特許と判断していれば、特許更新料を毎年支払い、特許権の維持に努めるでしょう。こうしたデータは出願特許関連の書類の最初のページに記載されています。

ただ、いずれも文字情報なので、膨大な数の特許申請の関連書類のなかから拾い集めるという作業が前提となります。そこで10年程前、東京大学先端科学技術研究センターにいた際に、予算を得て日本の膨大な特許情報を購入してデータベースを構築しました。特許情報から必要な情報のデータのみを抽出し、データベースとしてまとめたのです。作るのも大変でしたが、作った後は更新をしないといけません。特許出願件数は年々増えているので、データベースの更新とメンテナンスは、一般財団法人知的財産研究所(Institute of Intellectual Property)にお願いして、「IIPパテントデータベース」という名称で同研究所のウェブサイトで一般公開されています。( http://www.iip.or.jp/

解説者紹介

1989年一橋大学経済学部 教授、1995年科学技術庁科学技術政策研究所 総括主任研究官、1997年一橋大学イノベーション研究センター 教授、2001年東京大学先端経済工学研究センター 教授、2003年同センター長、2003年東京大学工学系研究科 機械工学専攻 教授併任、2004年東京大学先端科学技術研究センター 教授、2007年公正取引委員会委員、2007年東京大学 名誉教授。2012年政策研究大学院大学 教授。
主な著作物:「独占禁止法と日本経済」(NTT出版・2013年)、「日本のイノベーションシステム」(東京大学出版会・2006年)、「イノベーションと日本経済」(岩波新書・2000年)ほか